こんにちは、ちゃむです。
「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
142話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 望んでいた場所
クラリスが初めて木に登り、六年が過ぎた。
[おめでとう、クラリス。]
朝起きると、内壁が待っていたかのように祝福の言葉をかけてきた。
「コオ!(私が先に言おうと思ってたのに!)」
マランは塀の上にぴょんと跳び乗り、クラリスの特別な日を祝ってくれた。
「コオ。」
「ありがとう、モチ。内壁も外壁も、ありがとうね。」
[私は、何も言っていない。]
「内壁に代わりに伝えてほしい、って言っただけでしょう?」
外壁は、どうしても優しい言葉をかけたくなると、決まって内壁を通して気持ちを届けさせていた。
[あんな惨めな記念日なんて、私にとっては何の意味もない。]
「コオ!あれは“木に登った日”であって、惨めなんかじゃない!」
[誕生日を誕生日とも呼べず、変な名前をつけて祝うなんて……本当に馬鹿みたい。]
「コオ!」
勢いよく開いた窓から、今にも飛び出していきそうなモチを見て、クラリスは慌てて彼を捕まえた。
外壁へ駆け出そうとしたその身体は、すぐに彼女の腕の中でおとなしくなる。
「……コオ」
「大丈夫よ」
クラリスは、マランのふわふわとした頭を、そっと撫でた。
「外壁卿は、私がきちんと誕生日を祝ってもらえるよう願っているのよ。だって、セリデンでは誕生日にはとても大切な意味があるから。」
セリデンの村では、十八歳になる前の誕生日をとても大切にしていた。
家庭だけでなく、村全体が子どもを祝福し、その日はまるで主役になったかのように一日を過ごすのだと聞いている。
「でも、私もけっこう似たような一日を過ごしてるけどね。」
クラリスは毎年この日になると、ケーキと祝福を受け取った。
「私の誕生日を別の名前で呼ぶのは、ある意味では、私を祝ってあげたい二人の……深い愛情なんだと思うの。」
クラリスはモチを胸元にぎゅっと抱きしめ、あたたかな微笑みを浮かべた。
「その気持ちも贈り物だと思えば、むしろもっと嬉しいわ。それに何より……」
誕生日には、必ずノアの手紙ではなく、本人がやって来た。
幼い頃は、友だちから祝ってもらえることが嬉しくて、その日を心待ちにしていたけれど、今年からは――その期待の向きが、少し変わった。
――“好きな人が……私を祝ってくれる”。
どうしよう。もう、ノアからの手紙を待っている自分がいる。
「……コオ。(心臓、破裂しそう)」
「え?」
クラリスははっとして、慌ててモチをベッドの上に降ろした。
「コオォ」
「ち、違うの!どうして急にノアのことなんて考えてるの、私……!」
「コオ!」
「ちょ、ちょっと……!みんな聞いてるのに、そんな大きな声出さないで!」
クラリスが慌ててモチを制止しようとした、その瞬間――内壁の反応のほうが、よほど早かった。
[え?キスしたって?]
「してないってば!」
[よし、今すぐ鐘を鳴らそう!セリデンの守護者たちよ……!]
「してません!たとえそうだとしても、それはセリデンの危機じゃないでしょう!」
クラリスは、彼らがこれ以上誤解しないよう、状況をきちんと説明することにした。
「だから、モチが言っているのは、ノアが私のおでこに口づけたっていう話なの。それに、あれはただの……友だち同士の祝福のキスだったのよ。」
[クラリスは公爵夫妻の子で間違いないですね。]
「は?意味わかんない。」
[間違いありません。同じ味のサツマイモを二人とも作れるだなんて!]
久しぶりに聞く「サツマイモ」という言葉に、クラリスは少し切なそうに微笑んだ。
「……違うわ。」
[とても似てますよ!]
「私の問題は、永遠に解決できないものなの。だから――あなたたち二人の問題とは、まったく別よ」
(ま、魔法使い様、いつの間にそんなに大きなサツマイモを育ててしまったんですか!?)]
「ごめん……」
[謝ってほしいわけじゃありません。私たち内壁一同は、ただクラリスが幸せでいてくれれば、それでいいのです]
「幸せではあるの。ノアはとても優しくて、よく手紙もくれるし……それに……今日も、きっと手紙が届くわ」
[魔法使いシネットは、きっと素敵な恋文を送ってくるでしょう。クラリスの記念日を祝うために]
――それは、恋文じゃないのに。
クラリスはそう言いたくて、思わず口を開きかけた。
けれどちょうどそのとき、ロザリーが朝の支度を手伝いに来たため、壁との会話はそこで途切れてしまった。
「おはようございます、ロザリー」
「よく眠れた?クラリス。もう起きていたのね」
「なんだか、目が覚めちゃった。」
クラリスは急いでベッドから抜け出し、ロザリーと一緒に部屋をきちんと整えた。
「ちょうどいいわね。どのみち、決めなきゃいけないことがあったし。」
「決めなきゃいけないこと?」
クラリスが声をかけるのとほぼ同時に、扉が開き、服を抱えた使用人たちが入ってきて、長いカーテンレールに一着ずつ丁寧に掛けていった。
「公爵夫人さまが、あなたがどんな服をお好きなのかわからないと悩まれて、お送りになったそうです。」
「え?こ、これ……全部ですか?」
クラリスは、カーテンをぎっしり埋め尽くすほど大量に並んだ服を、呆然と見回した。
落ち着いた形のワンピース、可愛らしいレース付きのドレス、動きやすそうな服。
それだけではなく、着ると肩がすべて露わになりそうな、少し大人びた服まである。
公爵夫妻がこれまでクラリスの衣服にお金を惜しんだことがないのは、よく知っていたが。
しかし、ここまで対策に困るほど一度に衣装が増えることは、これまでになかった。
そのためクラリスは、慎重にロザリーを振り返った。
「ご夫人は、この中から一着だけ選んで行きなさい、とおっしゃったのですよね?ええ。正確には“一着だけ選んで着なさい”ね。他の服は、別の日に着ればいいのだから。あまり悩まなくていいわ」
「そ、そうですか……でも……」
クラリスは、自分に割り当てられている予算が、それほど潤沢ではないことを知っていた。
いや、そもそも北方のセリデン公爵家は、他の貴族家門と比べると、かなり堅実な消費を良しとする家系だった。
農作物が豊富というわけでもなく、交通の要衝にあるわけでもない。
もしも、クラリスの衣装にこれほど大きな費用が使われたと公爵が知ったなら……。
彼女は、その先の想像を、思わず途中で止めた。
「心配しなくていいわ。こうしたらいいっておっしゃったのは公爵様なんだから。あ、そうだったわね。」
ロザリーは服を選ぶという意味を理解したようで、扉の前に置かれていた台車を引いてきた。
いつもは食事を運んでくるそのワゴンには、今日はかわいらしい小箱がいくつも載せられていた。
「これは修道院で、ウッズ夫人とクノー侯爵夫人がお送りくださった贈り物だそうよ。カードも入っているから、あとで必ず読んでね。それから、準備が終わったら応接室へ行くといいわ。公爵夫妻がお待ちだそうよ。」
「お二人をお待たせするわけにはいきません。」
クラリスは急いで着替え、髪を整えた。
ロザリーがきれいに結い上げてくれるという申し出は遠慮し、そのまま応接室へ向かった。
クラリスが来るのを待っていたかのように、執事はすぐに扉を開けてくれた。
応接室の中央には、ケーキが置かれていた。
公爵夫妻は、毎年この日になると必ずおいしいケーキを用意してくれていたが、もっとも、どこかで「そういうこともあるかもしれない」と、期待していなかったわけではない。
それでもクラリスは、思わず目を見開いてしまった。
原因は、チョコレート菓子の上に添えられた一文だった。
【愛するクラリスの十六歳の誕生日を祝して】
その文字はひどく拙く、少なくとも熟練の菓子職人が書いたものではないことは一目でわかった。
「……どうして」
呆然と立ち尽くすクラリスの前へ、セリデン公爵が静かに歩み寄ってくる。
「十六歳の誕生日を……心から祝おう。クラリス」
そう言って差し出された彼の手から、ふわりと甘いチョコレートの香りが漂った気がした。
「そ、そんな……あ、ありえません。わ、私……」
――罪人です
ようやく口にしようとした言葉を、ブリエルがそっと遮る。
「可愛い私たちの子でしょう?」
わずかにお腹のふくらんだ彼女は、やはり優しい眼差しでクラリスを見つめていた。
彼は近づいてきて、そっと手を差し出した。
「そうじゃないか?」
――私たちの子なんだから。
「そんなふうに言われると……私、困ってしまいます」
けれどクラリスは、二人の愛情をよく知っていた。
それを感じ取れるだけで十分だと、ずっと思ってきた。
ただ、彼らと自分の間にある“後見人と被後見人”という関係を、別の言葉に置き換えたいだなんて、考える勇気はなかった。
いいえ、たとえそんな考えが浮かんでも、必死に打ち消してきたのだ。
「どうしても……お二人のことを、他人のように考えてしまうんです」
「どう思っているのか、ぜひ聞かせてほしい」
公爵はもう一度、手を差し出した。
クラリスは本当に恥ずかしかったが、これ以上その手を拒むこともできず、震える手で、そっと握り返した。
「私も……“私たちの子”が、私たちをどう考えすぎてしまうみたいで……とても気にしてしまうのね」
そう言って、ブリエルは今度は迷いなくクラリスのもう片方の手を取った。
クラリスは目に涙を浮かべたまま、二人を正面から見つめ返すことができず、視線を伏せた。
どれほど穏やかな空気に包まれていようと、先に「家族みたいですね」などと、あまりに無防備な言葉を口にできるはずがなかった。
「……もちろん、あなたを困らせたいわけではありません、クラリス」
ブリエルはその戸惑いを察したのか、少し声の調子を落として、柔らかく言葉を紡いだ。
「もし、私たちが性急に踏み込みすぎて、心を重くさせてしまったのなら……ごめんなさい」
クラリスは小さく首を横に振った。
“私たちの子”
その言葉に驚かなかったわけではない。
けれど、拒絶したいほど嫌だったわけでもなかった。
むしろ――ほっとしてしまった自分がいた。
いつもどこか曖昧な場所を漂っていた三人の関係に、初めて“居場所”の輪郭が生まれた気がして。
そしてそれは、ちょうどクラリスが密かに抱いていた――誰にも知られずに胸の奥で温めていた思いと、静かに重なり始めていた。
望んでいた居場所だった。
けれど、決して手に入らないものだと、ずっと思っていた。
「わ、私……ずっと……」
クラリスは、二人の手を握ったまま、今にも壊れてしまいそうに震える唇を動かした。
なぜか恥ずかしくて、思わずうつむいてしまったけれど。
「……お二人の子になりたいって、思っていました」
クラリスはそのあとに続けそうになった
「身の程知らずにも」という言葉を、必死に飲み込んだ。
そんな言葉を足せば、二人を傷つけてしまう気がしたから。
「クラリス」
マクシミリアンに呼ばれ、クラリスはおそるおそる顔を上げた。
なぜだか、頬が熱くなっている気がした。
「……ありがとう」
「え?」
彼は「こんな不完全な……」と言いかけて、すぐにそれを否定するように首を振った。
「私も……あなたの家族になりたかった。ずっと……」
「わ、私も家族になりたいって思ってました!そんなこと考えちゃいけないって、ずっと自分に言い聞かせてたのに……どうしても、止められなくて……」
「だめなわけ、ないじゃない!」
ブリエルは思わず声を張り上げ、クラリスの手をぎゅっと握った。
「……本当に……ですか?」
「もちろん。今まで一度だって、違うと思ったことなんてありませんでしたよ」
「…………」
「最初は、確かに少しぶつかることもありました。でもそれは――どんな家でも通る道でしょう?だから……私たちは、とても自然で、ごく普通の家族なんです。ああ、本当に!」
ブリエルはそう言って、クラリスの肩を優しく抱き寄せた。
「お誕生日おめでとう、クラリス!この言葉を言える日を……私はずっと、何年も待っていたんですよ」
そして、そっと伸ばされた公爵の温かな手が、クラリスの髪をそっと撫でた。
「心から祝福するよ。私たち……」
言葉を探すように、彼は少し言いよどんだが、その最後には、はっきりと「私たちの娘」という、愛おしい呼び名が添えられていた。
「あ……」
その小さな声ににじむ深い愛情に、クラリスは一瞬、夢を見ているのではないかと思ったほどだった。
もしかすると、この瞬間こそが、永遠なのかもしれない、と。
(――いいえ。たとえ一瞬でも、私は幸せです)
たとえクラリスが、公爵夫妻を気軽に母や父と呼ぶことはできなくても、二人がクラリスの人生の中で「家族」という場所を与えてくれた事実は、決して変わらない。
クラリスは手を伸ばし、二人を同時にぎゅっと抱きしめた。
それは、彼女にとって最高の、十六歳の誕生日の贈り物だった。







