こんにちは、ちゃむです。
「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
63話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 別離
その話を聞いた私は、まったくそうは思えなかった。
「本当に……笑えない話ね」
イバフネ教は、近年落ちていた影響力を回復し、これまでに起きた不祥事を覆い隠すため、リリカを強く押し出したのだ。
今や「神官たちでも治せず苦しんでいた人々さえ癒やせる」と大々的に宣伝している。
「イバフネ教が、リリカを主人公にしたミュージカルを作ったって?」
「……はい」
「それで……」
夜明けの祭儀でリリカが活躍した、という話も、それで終わりではなかった。
私は、そのミュージカルの内容を聞いて、嫌悪感を隠せなかった。
聖女が現れた――そうなれば、必然的にリリカと面会できる人数は厳しく制限される。
それに伴う反発を抑え込むため、神官に会うことすら叶わぬ者は「罪が深く、神々すべてから罰を受けているのだ」という教えも、同時に広められた。
すべては神の御業である。
ゆえに、そこに理不尽さを感じる必要はない――そう言われた。
――すべての人は、神の御前では罪人なのだ。
――ただ祈れ。ひたすらに、そして繰り返し祈れ。
奇跡は、そう易々とは起こらない。
だが、その困難な奇跡は、ひとたび起これば、何よりも強く、眩い光を放つ。
――私は最後まで信じました。ええ、だからこそ……神の祝福を受けたのです。
リリカは、神に選ばれた存在だった。
そして、選ばれなかった人々は――その理由を、誰からも告げられることはなかった。
個人の欠点として片づけ、選ばれた存在を持ち上げるために、さまざまな媒体が利用される。
捨て子の少女。
最底辺の場所にいた、価値のない少女。
誰からも指をさされていた少女は、ある日、自分が女神の転生だと知らされる。
――私が、あの冷酷な公爵様の娘、ですって?
死んだ母の前で汚れた仕事をさせられていた日々も、束の間。
新しい家族に迎えられ、幸せになれると思ったのもつかの間、陰湿な視線は最後まで彼女を追い続ける。
少女は人々から迫害されながらも、父と兄の愛に支えられ、数々の偏見と闘っていく。
貴族たちの世界。華やかでありながら、暗い世界。
ただ誰かの役に立ちたかっただけなのに、優しい少女は罠にはまり込んでしまう。
そして、彼女の周囲にいた人々が次々と倒れていく、その瞬間。
たとえ少女の真実を知っていようとも、神は――誰も及ばぬほどの癒やしの力を授ける。
……それが、あのミュージカルで描かれていた物語だった。
「意図が透けて見える、実に出来すぎた脚本だ」
これまでリリカが犯してきた過ちのすべてを、「誤解」や「罠」によるものだったかのように仕立て上げている。
なによりも悪質なのは、媒体として“ミュージカル”を選んだ点だ。
百の言葉を並べ立てるよりも、役者を舞台に立たせ、物語を目の前で再現して見せるほうが、はるかに人の心を支配する。
とりわけ、学のない者ほど――その影響は絶大だった。
「それに何より……このすべてを主導したのが、私と“母”だという意図が、はっきりと刻み込まれている」
ミュージカルという手段を用いて、誤解と罠を巧妙に作り上げた“悪しき陰謀者”を、あたかも私たち母娘であるかのように演出していたのだ。
偽物の化粧品の件も、姉の婚約者を奪ったという話も。
すべてが疑わしく、策略だらけの貴族社会の中で、何も知らない少女が「被害者だった」という構図で描かれているのが、なんとも……。
もちろん、露骨に私や母を悪者扱いしているわけではない。
けれど、そう受け取れるように作られている。
私は当然、このミュージカルを黙って見過ごすつもりはなかった。
そして、父に面会を申し入れた。
「入りなさい」
そこには……特に招く必要もなさそうなリリカが、父と一緒にいた。
「お父様、以前お願いしたこと、覚えていらっしゃいますよね?」
「もちろんだ。忘れるはずがあるか」
書斎のソファに腰掛けているリリカは、にこりと微笑む。
鼻にかかった甘えた声、やたらと潤んだ瞳。
これが――私の異母妹だというのだから。
一方で、硬質な声色に、隙のない態度を崩さない私は、どう見ても正反対だ。
……あれを“愛らしい”だとか、“可憐”だとか言うわけ?
同じ父を持つ姉妹である以上、少なくとも年齢はほとんど変わらない。
リリカと私は、せいぜい数か月ほどの差しかない同年代だ。
それでも、あの無邪気で幼い振る舞いが許されているのは――すべて、父に溺愛されて育った結果なのだろう。
「……」
書斎に足を踏み入れた私は、しばし言葉を失った。
先ほどまで、リリカを相手に嬉々として話し込んでいた父はしばらく時間が経ってから、ようやく父は私の存在に気づいた。
「おお、ユリア。ちょうどいいところに来たな」
「では、私はこれで失礼しますね」
リリカは意味深な笑みを浮かべながら、私の横をすり抜けて部屋を出ていった。
その瞬間、嫌な予感が胸をよぎった。
そして――その予感は的中する。
父が私を前に座らせて放った言葉に、私は言葉を失った。
「リリカについて、あまり良くない噂が出回っている。今回、姉であるお前から説明してやってほしい」
「……今、何とおっしゃいましたか?」
「ユリア?」
ミュージカルを見て私が感じた違和感とは、まるで正反対ではないか。
私は冷え切った声で、父の言葉を遮った。
「父上。私はプリムローズ公爵家の名において、このミュージカルに正式な抗議を申し立てたく、参りました」
ミュージカルは、まだ二度しか上演されていない。
だが、公爵家の名義で異議を唱えるのであれば――内容の修正や差し替えは、十分に可能な段階だ。
それにもかかわらず、父は私の言葉を聞いた途端、露骨に顔を曇らせた。
「……抗議、だと?」
「ミュージカルの内容が、事実から著しく逸脱しています」
「はあ……」
最近、歪められた物語のせいで、私と母に関する好ましくない噂が、静かに、しかし確実に広がりつつある。
それを家門の問題として正式に扱ってほしい――その一心で、私はここを訪れたのだ。
ところが父は、私の顔を見るなり、なぜかリリカの肩を持つような物言いを始めた。
父はこめかみを強く押さえ、ため息をついてから、再び口を開く。
「実際はどうであれ、ミュージカルが開幕してから“事実と違う”という抗議が来ているらしい」
「ええ。そこに、我が家の名を使って正式に抗議すれば、十分に……」
「それでは、リリカが誤解を晴らす機会にならないだろう」
帰りの馬車の中で、私は何も言わず、唇を噛みしめていた。
(ミュージカルの内容をすべて理解していて、話も聞いているのに、それでも私とはまるで違う考えに至るなんて……?)
私が黙っていたのは、父の理屈に納得したからではなかった。
言葉を交わしたところで、結局は何ひとつ通じない――そんな予感が、じわじわと胸の奥に広がっていった。
それでも、私の沈黙をどう受け取ったのか。
父は先ほどよりも、むしろ柔らかく、諭すような口調で語りかけてくる。
「ユリア。これまで、お前がつらい思いをしてきたこともあるだろう。今回のミュージカルの件も、その延長にあるのかもしれないな」
「……」
「だがな、リリカは最近、多少の失敗はあれど……癒やしの祝福に目覚め、立派に務めを果たしている。良い方向へ進んでいるじゃないか。だからこそ、私たちが支えてやるべきだろう」
その穏やかな笑みと、当然のように添えられた言葉が――胸を鋭く締めつけた。
「……家族、だから?」
「……」
考え方が多少違うことはあるだろうとは思っていた。
それでも、ここまで露骨にリリカの肩を持つとは。
「……それが、お父様のお考えなのですか?」
「……」
父は長いため息を吐いたようにも見えた。
けれど私は、それ以上何も言わなかった。
重苦しい沈黙が流れる。
カチ、カチ、と。
時計の針が進む音だけが、やけに耳についた。
先に沈黙を破ったのは父だった。
「ユリア。お前は、何を望んでいる?」
「……」
「ミュージカルの上演をやめさせたいのか?それとも、私が表に出てすべて否定しろと?」
父の唇が、冷ややかに歪んだ。
その笑みを目にするのは、久方ぶりだった。
「……お前は、妹がうまくいくのが――そんなにも気に入らないのか?」
けれど、驚きはしなかった。
最近こそ向けられていなかっただけで、それは私にとって何度も味わってきた、見慣れた敵意の表情だったからだ。
――ああ、そうか。
ここは、そういう世界なのだ。
この世界は、“寵愛される者”のために回っている。
『〈つまずき姫を愛してください!〉』
それは、リリカを主人公に据えた物語。
誰もが彼女を愛し、彼女のために動き、もし害が及びそうになれば、どんな理不尽を犯してでも守ろうとする――そんな世界。
「リリカを支える姿勢を見せていれば、ミュージカルに正式な抗議をしなくとも、お前の評判は自然と好転する。家名の力を借りる、ということだ」
父の言葉は、あまりにも明快で、あまりにも冷酷だった。
「お父様……」
「姉という立場なら、ずっとそうあるべきだろう」
「……」
「リリカがもう少し目立てば、良い物を持っていれば――耐えられず、嫉妬してしまう」
この世界は、リリカを中心に回っている。
それは、変わらない。
一時的にリリカに失望することがあっても、父にとって最も愛しい子は、やはりリリカだった。
リリカのために犠牲になることを受け入れなければ、公爵家で生き残ることはできない。
「……母は?」
私は顔を上げて問いかけた。
「私はいつも、リリカに嫉妬し、憎んでいる存在として描かれる。でも、母はどうなの?」
「……何を言い出すんだ」
「ミュージカルでは、母は最初からリリカを疎んじているように描かれています。まるで、彼女が失敗し、転落する瞬間を、誰よりも喜んでいるかのように」
――けれど。
現実の母は、リリカを自分の子どもたちと分け隔てなく扱おうと、懸命に努めていた。
リリカの誕生日の祝宴には、体調が優れなくとも必ず顔を出し、彼女が過ちを犯したときには、公爵夫人という立場でありながら、人前で頭を下げることさえ厭わなかった。
それだけでは、足りないというのだろうか。
「母は……リリカが“公爵令嬢”と呼ばれることを認め、幼い頃から彼女を――」
「……お前の母は、理解してくれるはずだ」
その言葉は、私の耳には、――「理解しろ」と命じられているようにしか聞こえなかった。
無言のまま引き結んでいた唇が、自嘲するように、鋭く歪む。
……そうだ。
私は、物語の主人公を苦しめる「悪役の姉」なのだ。
けれど、だからといって「そういう役割に生まれたのだから仕方がない」などと、母にまで向けていい理由にはならない。
――小説の中でも、母は早くに亡くなり、リリカと正面から敵対する描写は、ほとんどなかったはずだ。
私は、胸に渦巻く歪んだ嘲笑を隠そうともせず、そのまま吐き出した。
「私は、最初から大きな期待なんてしていませんでした。でも……母に対しては、昔も今も、あまりにも酷すぎます。それほどなら、どうして母と結婚なさったのですか?」
「ユリア・プリムローズ。その口を閉じなさい」
「母が身ごもっている最中に、別の女と関係を持っただけでも許されないのに、公爵邸へ連れてきて、自分の子どものように育てろと命じ……逆らえば許さないと圧をかけておきながら、それほどまでに母を侮辱し続けるなんて――そんな母の前で、父上は私とリリカを、はっきりと区別なさいましたよね」
「黙れと言っただろう!母を失った子を一人にするな――それだけのことが、なぜ理解できない!」
父は、ついに声を荒らげた。
……ああ、これだ。
久しく見ていなかった――けれど、私にとってはあまりにも見慣れた表情。
リリカを妬む私を、心底から蔑むその眼差し。
「周囲があまりにも辛辣だから、少しばかりリリカを庇ってやっただけだ。だが、お前は……姉という立場でありながら、それすら受け入れられない」
「……」
「父である私が『妹を支えろ』と命じ、リリカが私を『お姉さま』と慕う。だから年の差があるように見えるだけだ。だが実際は――お前とリリカは同い年だろう」
私は、はっきりと告げた。
「私が母のお腹にいたときに、リリカが生まれたこと――父上だって、ご存じのはずです」
その言葉が、部屋の空気を凍りつかせた。
結局のところ、年齢差はほんの数か月しかない。
それなのに父はいつも、私をリリカより年上だと言い聞かせるように、まるで大人が子どもを世話するのが当然であるかのように、我慢を求めてきた。
「いつも、私にだけ理解と寛容を押し付けてきましたよね」
「父親が子どもを愛さないわけがないだろう!兄妹を違って扱うなんて、差別だなどという馬鹿げたことを言うな!」
「ずっとそうでした。今も、まさにそうです」
「差別だと言うなら、それはお前の母親がしていることだ」
聞くに堪えない言葉の連続だった。
「お前の母親は、実の娘であるお前と、リリカを差別した。だから私は、リリカを少し多く気にかけただけだ。もし本当に、お前とリリカを同じように扱っていたのなら……リリカは、あれほどひどい苦労を味わわずに済んだはずだ」
「それなら――お父様こそ、私とリリカを同じように見ていないではありませんか?」
「……何だと?」
「私だって、同じくあなたの実子でしょう」
――それでも、一度くらいは話し合えるのではないかと期待した。
けれど、結果は予想どおりだった。
『最近は、ずいぶん落ち着いたじゃないか。そうだ、結局お前は“平穏”を乱す存在なんだな』
……なるほど。そういうことか。
かつては問題児扱いだったリリカが、聖女として役目を果たし、礼儀正しく、愛らしい娘の姿を見せるようになったことで――すべては「平和だった昔」に戻ったのだと。
それなのに私は、なぜこの平穏を壊そうとするのか理解できない――父は、そう言わんばかりの態度を隠そうともしなかった。
「お前がそんな調子だから、たとえ実の娘であっても――」
……ああ、もういい。
次から次へと繰り出される理屈。
それを正当化するための理屈、そのまた理屈。
「……結局、全部、私のせいだと言いたいんですね?」
その瞬間、私は悟った。
――これ以上、言葉を重ねる意味はない。
私は、対話を諦めた。
結局のところ、父は最後までリリカの味方だった。
最近起きた前世絡みの出来事をいくつか突きつければ、あの絶対的な偏愛さえ揺らぐのではないか――そんな期待をしていた私が、愚かだったのだろう。
「なら、原因である私が消えればいい、ということですね」
私は父の罵声を聞く気にもなれず、その場から立ち上がった。
そして、そのまま部屋を出ようとする。
ドアノブに手をかけた、その瞬間――氷のように冷たく、刃物めいた声が背後から落ちてきた。
「このまま出ていくのなら、もう二度と、お前を娘だとは思わない」
私は一瞬も動揺せず、静かに笑った。
「私が“父”と呼ぶのは、今日が最後です」
「愚か者め。最近、ずいぶん調子に乗った言葉を口にするようになったな。それで、お前は何者になれるというんだ?プリムローズの名を失って、何が残る!すべて、私が与えてやったものだろう……!」
父――いや、プリムローズ公爵の怒声を最後まで聞くことなく、私は扉を乱暴に閉めた。
それでも、どれほど声を張り上げていたのか。
いくつかの言葉は、扉越しになお、鋭く耳に突き刺さってくる。
どうやら、私が部屋を出たこと自体が、よほど癪に障ったらしい。
「家を出て、数日も持たずに……結局は後悔して、頭を下げて戻ってくるに違いない!」
――聞くに値しない。
昔から、何ひとつ変わらない言葉だ。
私と母が“悪役”に仕立て上げられ、彼らさえ無事であれば、それでいいという態度。
……そんな理屈に、これ以上、耐える必要はない。
『もう、我慢する理由なんてない』
数か月前までの私なら――きっと、その言葉を、ただ飲み込んでいたのだろうけれど。
泣いたかどうかは、自分でもわからない。
プリムローズ公爵令嬢。
それを失えば、何の価値もない人間だということ。
けれど私は、この日のために、プリムローズ家の外でさまざまなものを積み重ねてきた。
――さあ、言ったとおり、後悔して戻ってくるかどうか、見せてもらおう。
私は書斎を出て、ためらいなく歩みを進めた。
そもそも、私には最初から「家族」と呼べる存在など、一人もいなかったのだ。