公爵邸の囚われ王女様

公爵邸の囚われ王女様【148話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【公爵邸の囚われ王女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となって...

 




 

148話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • ゴーレムマスター

ノアを導いていた光が消え去ると、彼の目に映ったのは、すっかり荒れ果てたクラリスの姿だった。

胸がざわつくほどに美しいそのドレスは、もはや体を守るための装いではなく、かろうじて身を覆う薄布にすぎなかった。

髪の先から足先に至るまで、彼女の身体で無傷な場所など、ひとつも残っていない。

その刹那――ノアの指先に、灼けつくような熱が宿った。

今ならアルステアの命を奪うどころか、この一帯すべてを吹き飛ばしてなお余るほどの力がある。

「……できるのか?」

だが、アルステアが放った、たった一言。

それだけで――彼が紡いだ、簡素で、あまりにも脆い魔法によって、ノアは爆発しかけた力のすべてを、必死に己の内へと押し戻さねばならなかった。

クラリスの周囲に、澄んだ青白い光が立ち昇る。

ノアは、その光を知っていた。

アストが研究し、繰り返し訓練していた――移動魔法の輝きだ。

「動かない方がいい。……僕の弟」

「魔法使いアスト……!」

その呼び声は、怒りと祈りが混じった叫びとなって、夜の空気を切り裂いた。

尊敬してきたが、今や憎むべき男の名を呼ぶ声は、冷たく擦り切れていた。

「俺はお前とは違う。今ここで集中力を失えば、お前の恋人の身体がバラバラになって、一部しか転移しない可能性もあるんだ」

それは、でたらめな脅しではなかった。

ノアは、彼の研究室で見た切り刻まれた人形の姿をはっきりと思い出していた。

「そうだ。大人しくしろ。そうすれば、少なくとも無事に辿り着けるだろ?」

「いったい、少女に何をするつもりなんですか!」

「それは、だな」

アルステアは意地の悪い笑みを浮かべ、クラリスに伸ばしていた手をさっと引いた。

青い光は渦を巻くように形を変え、クラリスを包み込み、宙へと浮かび上がらせた。

「どうして分からない?」

「クラリス!」

ノアは、どうしてもその魔法を打ち破ることができなかった。

アルステアが辛うじて保っていた、危うい均衡。

それが崩れれば、確実に傷を負うのは――彼女だった。

荒れ狂う風に煽られ、髪も衣も無残に翻りながら、クラリスはそれでも必死に振り返り、ノアを見つめた。

「……ノア!」

魔法の隙間から、彼女の切迫した声が漏れ出す。

「絶対に死んじゃだめ。あなたがいなかったら、私は……!」

パァン――!

その言葉が最後まで届くより早く、彼女は魔法の光とともに掻き消えてしまった。

「…………」

ノアは、クラリスがいたはずの虚空を呆然と見つめる。

「どこ……へ送った?」

その表情を眺めていたアルステアが、低く笑った。

「大した場所じゃないさ。君の魔法でも、追跡できないようなね。上手くいけば、今日中に見つけられるだろう」

ノアは駆け寄り、彼の胸倉を掴んだ。

「今すぐ言え。でなければ……!」

最後まで言い切れない脅しに、彼は嘲るように笑った。

「殺すつもりか?悪くないね」

「……」

「王女をあまり長く待たせない方がいいぞ、ノア。さっきも見ただろうが……彼女、血をかなり流している。お前のような怪物が好みそうな匂いだ」

アルステアは視線をわずかに横へ逸らした。

それは、果てしなく広がる北の地のどこかに、クラリスを投げ捨てたという意味だった。

「俺の転移魔法ですぐに連れ戻さなければ、あのか弱い少女は、すぐに魔物に喰われてしまうだろう」

ノアはさらに強く胸倉を掴み、殴りかかろうとしたが、どうにか彼を突き飛ばすにとどまった。

「……」

「――ようやく、落ち着いたようだな」

アルステアは乱れた衣の裾を軽く払うと、そのままノアへと短剣を突きつけた。

刃の形状と大きさから察するに、かつてルカを殺す際に使われたもの――おそらく、それと同じだ。

「望むものは一つだけだ。――死だ」

ノアはいったん剣先を見下ろし、それから静かに顔を上げた。

「……いつから、そう決めていた?」

「そんなことを聞く余裕が、まだあるとでも?王女は今、まさに死にかけているのだぞ」

「魔法使いアスト」

ゆっくりと頭を上げたノアは、仮面を直し、わずかに口元を歪めた。

それは嘲りでも、虚勢でもない――確信に満ちた笑みだった。

「……私の少女は、強い」

 



 

クラリスが落とされた場所は、また別の森だった。

突然周囲の景色が変わったことに戸惑い、クラリスはしばらくのあいだ、目を丸くしたまま周囲を見回していた。

「……ここは?」

まず目に入ったのは、幹が裂けた巨大な木だった。

その傍らには細い水の流れがあり、ぬかるんだ地面には、いくつもの巨大な足跡が刻まれていた。

普通の動物のものではないことは、一目で分かった。

「やっぱり北の城壁の外みたいね……」

クラリスは小さく息を吐き、ひとまずその場で立ち上がろうとした。

だが、魔物が出没する森の近くにいるのは、とても安全とは言えない状況だった。

「……っ」

脚に残る激しい痛みのせいで、思うように体を動かすことができない。

加えて、転移魔法の影響なのか、頭の中はまだふらついていた。

どうにか体を支えながら立ち上がったものの、足元がよろめき、クラリスは近くの木に身を預けた。

(こんなふうに、呆然としている場合じゃないのに……)

クラリスは必死に気持ちを立て直そうとしたが、どうにも体が言うことを聞かなかった。

「ノア……」

あの場所が罠だと分かっていながら、それでも駆けつけてしまった彼は、普段とは比べものにならないほど感情的だった。

クラリスを見た瞬間に噴き上がった、あの赤い炎の魔法。

あれはきっと、通常の工程を踏んで発動されたものではなかったのだろう。

――あの激しい衝動が、今、どんな結果を招いているのだろうか。

もし、ノアが……。

「ノアが……もう、いないなら……」

胸の奥が、ひどく冷えた。

こんなふうに考えたことは、これまで一度もなかった。

クラリスに与えられた時間は長くはない。

だからこそ彼女は、いつだって「先に去るのは自分だ」と思い込んで生きてきた。

この恐ろしい想像に囚われると、息をすることさえままならなくなる。

クラリスは、ノアが自分を「世界」と呼んだ、その意味をまだ、きちんと理解できていなかった。

けれど。

もしその世界が失われるのだとしたら。

それはきっと、彼女自身が消えることよりも、ずっと――耐えがたいことなのだと。

そう、初めて気づいてしまった。

理由を、今になってようやく理解した。

それは比喩などではなく、紛れもない事実だったのだ。

彼が存在しない世界を想像するだけで、胸が締めつけられるように苦しくなる。

それほどまでに――。

「でも、私は……」

クラリスは、引き裂かれるような痛みを訴える胸元を、強く押さえた。

ノアに向かって、かつて意地を張るように口にした言葉が、はっきりと思い出される。

『私の未来は……グレジェカイアのものよ。』

『この命を使って、一つの国の歴史を、きちんと終わらせるの。』

あの言葉は……どれほどノアを苦しめていたのだろうか。

滅びゆく王国の王女として与えられた使命を、大切に思っていたのは確かだった。

それが自分にしか果たせない役割だと、誇らしく感じていたこともある。

けれど――もしそれが、ノアへの想いよりも前に出てしまうのだとしたら……。

――立ち止まっている暇はない。

ノアのいる場所へ、急いで戻らなければ。

クラリスはそう自分に言い聞かせると、胸元の内側にぴたりと忍ばせていたマランを取り出した。

衣の内に隠されていた魔力が解け、マランはふわりと本来の姿へと戻る。

先ほどまではアルステアの存在が邪魔をして力を解放できなかったが――ここなら問題ない。

クラリスは、滑らかな石の上に唇を寄せた。

「……ッ、くぅっ!」

だが、魔力を注ぎ込むよりも早く、――ドン、と胸を打つような低い咆哮が森に響いた。

その一声で、周囲は一瞬にして静まり返る。

この一帯に生きるものすべてが、息を潜めたのだ。

無慈悲な捕食者の視線に晒されぬように。

――さささっ。

落ち葉を踏み分ける、重く湿った足音が近づいてくる。

同時に、木々の葉陰に隠れていた鳥の群れが、怯えたように一斉に飛び立った。

何かが――来る。

しかも一体ではない。

クラリスは息を呑み、マランを強く握りしめた。

胸の奥で、魔力がざわめき始める。

――急がないと。

――ノアのところへ、戻らないと。

だが、その前に。

この森は、彼女を簡単には通してくれそうになかった。

ざわりと、何かが空を切る音がした。

さささっ。

その音に反応するように、クラリスの周囲の下草が一斉にざわめき、揺れた。

水を飲みに来たのか、それともクラリスの血の匂いに引き寄せられたのか、小さな魔物たちが走り去っていく気配があった。

足音はますます近づき、速度も明らかに増している。

その魔物が狙っているのがクラリスだという事実は、もはや疑いようがなかった。

「……っ!」

やがて、天を衝くかのような巨大な巨木の上に、魔物の姿が現れた。

これまでセリデンで魔物図鑑を眺め、挿絵を見たことは何度もあったが、実物は比べものにならないほど悍ましかった。

十本を超えているように見える太く異様な脚。

そして頭部全体を占めるほどの、巨大な単眼。

その魔物の瞳が、森の下――クラリスのいる方向を、はっきりと捉えた。

左から右へと、音もなく狩り場を探していた最中――ふいに、クラリスとその視線が真正面からぶつかった。

――ぱちり。

巨大なまぶたが、閉じては開く。

もう一度、ぱちり。

「……っ!」

その異様さに囚われ、クラリスの全身が一瞬で凍りついた、その刹那。

魔物の脚の一本が、彼女を目がけて凄まじい速度で伸びてくる。

反射的に、ほとんど転がるようにして、クラリスは背後にあった巨大な岩へ身を滑り込ませた。

紙一重。

彼女の身体をかすめて通過した、ぬらりとした嫌な感触の脚は、近くの大樹をがしりと掴み、幹をへし折ってから、ようやく引き戻された。

「……どうする?」

答えは、すぐに出た。

この脚では、逃げ切ることはできない。

だからといって、――おとなしく殺されるつもりも、毛頭なかった。

クラリスは、生きたいと思った。

心から、本当に、偽りなくそう思った。

その願いは、ただあの魔物から逃げ延びたい、というだけのものではなかった。

これまで想像することすらできなかった老いの日々も、その先に続く時間も、すべて生きてみたいと思うようになっていた。

「……あなたの言うとおりよ、マラン」

クラリスは深くうなずきながら、マランを大切そうに抱き寄せた。

「私は、ずっと……生きたかった」

許されない願いを口にしてしまったという事実に、なぜか胸がきゅっと締めつけられる思いがした。

それでも――それでも、彼女は。

クラリスは今も、生きることがたまらなく愛おしかった。

セリデンの人々と笑い合う日々も、親しい友人から届く手紙を心待ちにする時間も、

何度も読み返して背表紙が擦り切れた本の数々も、偶然出会った、少し風変わりな鉱物好きの友人も――そのすべてが、どうしようもなく大切だった。

そして、ノアが好きだった。

クラリスはマランの上へ、そっと唇を寄せた。

いつもとは違い、そこには飾り気のない、ありのままの想いをすべて込めて。

「名誉なんてなくたっていい。どうせ……私はグレイジェカイアの王女なんかじゃなかったんだから」

それでも――ただ“クラリス”として認められた記憶は、確かにいくつも残っていた。

「もし、いつか私が死ぬことになったら……それは……クラリスとして迎えさせて。だから……ね、マラン」

彼女はゆっくりと唇を離す。

「お願い。生かして」

褐色の小石は、いつもよりもずっと滑らかに、柔らかく繋がっていった。

クラリスは、“どんな形にでもなれる”――マランの言葉が、紛れもない真実だったのだと、胸の奥で理解した。

再び、魔物が動く気配がする。

巨大な目を持つその存在は、どうやら視力が鈍いらしく、岩陰に身を潜めたクラリスの姿を、まだ捉えきれていないようだった。

それでも、猶予は長くない。

何が起きているのか、まだ理解できていない様子だった。

無秩序に漂う血の匂いを追って慌ただしく動く素早い足音の末に、その巨大な単眼が、ついにクラリスを捉えた。

獲物を確認したとでも言うように、大きな瞳が一度、ぎょろりと瞬いた。

(たぶん、また一瞬見失うはず。さっきもそうだった……)

だが、クラリスの予想に反して、魔物は一気に脚を伸ばした。

風を切る音が、急速に距離を詰めてくる。

クラリスは必死に後ずさったが、迫ってくる速度に比べれば、それはほとんど動いていないのと同じだった。

(このままじゃ、捕まる……!)

そう思い、きつく目を閉じた、その瞬間。

「クオ!」

少し聞き慣れない――けれど、生涯ずっと彼女の傍で結界を張り続けてくれた、あの可愛らしくも凛とした声が、彼女の前に立ちはだかった。

クラリスは、ゆっくりと顔を上げた。

巨大で、それでいてあまりにも美しい“石”が、彼女の前に――静かに、しかし確かに立ちはだかっていた。

「……本当に……なったんだ」

クラリスは、太く引き締まった脚から、しなやかで量感のある胴体へと、視線をゆっくり巡らせる。

「……すごく、たくましい」

さらに、その上にちょこんと乗った――あまりにも小さな頭部と、愛嬌のある耳。

「こんなに完璧な美しさ……どこでも見たことがないわ」

純粋な感嘆が、思わず零れたその瞬間、魔物は再び脚を伸ばした。

今度は一本ではない。

左右から、二本同時に。

だが――クラリスの心に、恐怖はもうなかった。

だって、分かっていたから。

マランは、必ずクラリスのために戦ってくれる。

「く、くぉ……(じ、じんわり気持ち悪い……!)」

「……え?」

小さな頭をぶるりと振り、ぎこちなく身をよじったマランは、そのまま迷いなくクラリスを両手で掬い上げる。

そして――森の奥へと、勢いよく駆け出した。

逃げるためではない。

守るために。

その背中は、もう疑いようもなく、“彼女の味方”だった。

「……マラン?」

「クオ。(汚くて臭い……ねばねばしてるの、嫌い。)」

「そっか。私も、あなたが嫌がることをするつもりはなかったんだけど」

クラリスは、マランの冷たい腕の中で、なぜか微笑んでしまった。

かなり無理をして魔力を使った結果が、こんなふうに“逃げる”という結論になったことが、少し虚しくもあり……同時に、どこか可笑しくもあった。

気づけば、彼女たちと魔物の距離は、少しずつ開いていた。

水辺から離れた場所では力を発揮できないのか、その魔物の動きは、明らかに鈍くなっている。

クラリスは、顎を高く上げて追ってくる魔物を一瞥し、それから改めて、自分を大切そうに抱えているマランを見上げた。

いつもは抱えられる側だったクラリスにとって、立場が逆転したこの状況は、不思議で、少し楽しくもあった。

――ゴーレムマスターは、もし余裕があったなら、本当に何でもできる。

そう直感した瞬間、理由の分からない確信が胸に満ち、いつの間にか「怖くない」という感覚に変わっていた。

「マラン……」

「クオ?」

「ノアがいる方向、分かる?」

「クオ。」

マランは少しだけ周囲を嗅ぐように首を巡らせ、やがて、はっきりと頷いた。

近くを流れる風が、彼に答えを運んできたのだろう。

「……少し、急いでくれる?」

「クオ。」

「魔力?そんなの、当然でしょ」

クラリスが両腕を高く伸ばすと、マランは彼女を軽々と持ち上げ、そのまま自分の額の上へと乗せた。

クラリスは、巨大な岩のような彼の頭部を両腕で抱きしめ、どこか懐かしい、その滑らかな表面に、そっと唇を触れさせる。

「クオ!」

「きゃっ」

短い鳴き声と同時に、マランは地を蹴った。

彼女を落とさぬよう、迷いなく、力強く――ノアのいる場所へ向かって。

マランは、もう走ることはできず、まるで空へ跳ね上がるように、上へ上へと飛び始めた。

ドン、と鈍い音を立てて着地するたび、舞い上がる土埃で一帯がひどく荒れていくほどだった。

(そういえば……眠っている時ですら、床から天井まで一人で跳び上がれるくらいだったっけ……)

クラリスが、ちょうどそんなことを考えた、その瞬間。

なぜか妙に調子が良さそうなマランは、地上が小さく見えるほどの高さまで、一気に跳ね上がった。

このままなら、すぐにノアのもとへ辿り着けそうな気がした。

そして、彼と再会したら……。

(伝えなきゃいけないことが、あまりにも多い。だからお願い……!)

クラリスは、彼が無事であること、

そしてまだ、自分がすべてを正直に伝える時間が残されていることを、心から祈った。

 



 

 

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