家族ごっこはもうやめます【１２９話】ネタバレ

クリードがすぐに彼らに攻撃魔法をかけた時だった。

「クアアアン！」という魔法が空中で爆発し、青い霧が四方を埋め尽くす。

明かりで昼間のように明るかった部屋が、あっという間に闇に沈んでしまった。

何かおかしい。

ナビアは強い直感を感じ、すぐそばにいたクリードに向かって手を伸ばし大声で叫んだ。

「クリード！」

手に何も引っかかることはなかった。

無底坑にでも落ちてしまったようで、空間が見当たらなかった。

（一体これは何の現象？）

魔法なら黒月が反応するはずだが、黒月は静かなままだ。

ナビアは本当に久しぶりに無力感を覚えた。

神の力の前では黒月も白月も通じなかった。

自分にできることが特にないという事実に気づくと不安になる。

（・・・お父さん）

彼がいたら安全だったのに、今は本当に一人になってしまった。

（お父さん、どうか目を覚ましてください）

ナビアは何も見えないあたりをきょろきょろと動き回る。

その時、後ろから誰かが彼女を抱きしめた。

ナビアの表情が一瞬にして明るくなる。

「クリード！」

間違いなくクリードだよ！クリードが私を見つけたんだ！

そうして後ろを向いた時、この瞬間全く見たくない顔に出くわした。

「・・・アレス」

アレスは優しい笑顔で彼女と抱き合い、乱れた髪を整えた。

「どこに行ったのか、ずいぶん探したじゃないか。まさか、陛下の寝室にいたとは」

彼の話を聞いていると、何も言わずに突然消えた恋人になったような気分だった。

憎たらしくて気持ち悪かった。

「離して！」

ナビアは体をひねってどうにかして彼の懐から抜け出そうとしたが、男の力にはかなわなかった。

「そんなことしてたら怪我するよ。いい子でしょ？」

アレスは怒りに満ちた目で自分を激しく睨みつけるナビアを愛らしく見下ろした。

「可愛いナビア。あなたが特別だという事実は知っていたが、まさか化身だとは思わなかった」

彼はナビアの淡い銀色の髪にキスをし、首筋に鼻をぶつける。

その瞬間、満足感に浸っていた笑みが奇異にねじれた。

「でも、おかしいね」

彼は妻の浮気を目撃し、完全に狂ってしまった人のような表情でナビアの腕をつかんで、捻るように握った。

「なんで君からあいつの臭いがするんだ？」

清涼な森の香り。

これはクリードの魔力の香りだった。

どうしてクリードの匂いがナビアの体からするのだろうか？

「そういえば、私をクリードと呼んだね」

君を抱きしめたが、あんなに嬉しそうな顔で自分を振り返った。

アレスの目つきが冷ややかに沈んだ。

ナビアは怒りに満ちていようがなかろうが、彼が一人で何を考えているのか全く気にしていなかった。

「離してって！」

アレスの体はびくともしなかった。

彼はむしろより強い力でナビアを抱きしめる。

激しく沸き上がる独占欲と所有欲がそのまま感じられた。

彼は怒りを抑えながら歯ぎしりをして言った。．

「お願い、私を怒らせないで」

その言葉があまりにもおかしかった。

「あなたは何？」

ナビアは彼をあざ笑うような表情でにらみつけた。

「いったいあなたが何で私にそう言うの？あなたは私の恋人でも、婚約者でも何でもないじゃないか？」

「あなたは最初から俺のものだったんだ、ナビア」

「私は一度もあなたのものだったことがない。それを望んだこともないし」

アレスはうつむいて唇の近くまで顔を近づける。

すぐ唇が重なるようなきわどい距離だった。

「それは今から見れば分かるだろう」

アレスには、ナビアが化身だと言っても、自分にはかなわないという奇妙な確信があった。

このまま唇を重ねて自分の息を吹き入れる。

そうして、ナビアを自分に屈従させよ。

パッ！

その時、クリードが闇を突き抜けて出てきて、アレスの顔を拳で叩いた。

「クリード！」

ナビアはすぐにクリードの元に行きたかった。

しかし、アレスは首を少しかしげただけで、元々あった姿勢のままであった。

クリードはすぐに彼からナビアを落とそうとしたが、魔力がまともに言うことを聞かなかった。

これと似た感覚を以前に感じたことがある。

ラルクが自分を相手にしてくれる時、このような圧倒的な力をたびたび経験した。

「くぅ！」

彼はできる限りの能力を引き出した。

全身に血筋が走るほどに。

アレスは首をゆっくりと回してくすくす笑った。

片目は白目が黒く染まっていた。

「クリード、君が人間である以上、私を相手にすることはできない」

黒い影をかろうじて上半身まで突き破って出てきたクリードが再び間に飲み込まれる。

「ダメ！」

ナビアは手を伸ばして彼に近づこうとしたが、アレスは再び自分のところに引き寄せた。

「ああいうのはあなたとレベルが合わない」

「放して！お願いだから放して！」

ナビアは惨愴たる気持ちになった。

このまま死んでしまいたいと思うほど、あまりにもぞっとした。

クリードに何か問題があったらどうする？

それも自分のせいで。

ナビアはその点が一番耐えられなかった。

「ふぅ・・・」

アレスは悲しそうに涙を流すナビアを見つめる。

彼女が自分じゃない他の人のせいで泣くのを見るのはあまりにも気持ちが汚かった。

「泣かないで」

彼はナビアの涙を優しくぬぐった。

ナビアは涙にぬれた顔で彼を見つめながら言った。

「どうか私の人生から消えて」

お願いだから、これでもう9回目じゃないか。

この程度ならもういい頃じゃないか。

アレスはここまで震えるナビアが理解できなかった。

「あなたは神の妻になるのだ。単純に皇后になることを超えて、人間をすべて足元に置くことができると」

彼はまるで馬鹿げた恋人を相手にするかのように優しく言い聞かせた。

「あなたが私を拒否する理由がないじゃないか？」

「あなたを拒否する理由がないって？」

ナビアは嘲笑した。

このような冷たい笑いまでも心臓が締め付けられるように美しかった。

「もう我慢しないで、ナビア。あなたの本当の価値を知ってくれるのは私しかいない」

彼はささやくように話し、ナビアの背中を抱いた。

愛してやまない銀色の髪の毛の間に指を突っ込み、彼女の後頭部を引っ張ってくる。

そのまま彼女にキスしようとした時だった。

ナビアは突然手を上げて彼の額に当てた。

攻撃的な行動ではなかったので、アレスは特に阻止しなかった。

ただ不思議に思っただけ。

「これはどういう＿＿＿」

「行動だろう？」と言葉を結ぶ前だった。

彼の目の前に不思議な光景が繰り広げられる。

『私をまっすぐ見て、ナビア・アグニス』

あっという間にアレスは脳裏から入ってきた見知らぬ記憶に目を見開いた。

それは自分だった。

ナビア・アグニスだって？

見知らぬ記憶の中の自分が疲れた表情で哀願する。

『彼らはあなたの家族ではない。あなたは彼らに言うことをよく聞く犬にすぎない』

すると、今とは全く違う雰囲気を漂わせるナビアが無表情に返事をしてきた。

『言い過ぎです、殿下』

『私の妻になる女が他の子に忠誠するのを見ろって？私の忍耐心を試すな。今もおかしくなりそうだから・・・』

『私と殿下の婚約は破られました。ヴィヴィアンが次の皇后になるでしょう。お話をお納めください』

『ナビア、お願いだ』

記憶は何度も見慣れない場面を強制的に見せてきた。

『私が望むのは最初から君だった』

ほとんど似たり寄ったりの光景。

そして、自分はいつも同じように行動した。

ナビアが欲しい。

彼はナビアが欲しくてどうしていいか分からなかった。

そして、ナビアも同じだった。

やせ細ってさらに鋭く見える姿の時も、若々しい姿の時も。

『申し訳ありませんが，私はあなたを望んでいません、皇子殿下』

「クウッ・・・」

アレスは突然襲ってくる奇妙な記憶に頭をもたげた。

自分は知らなかった他の回の記憶が強制的に目覚めていく。

おそらく、ナビアの記憶に自分の神が反応しているようだ。

アレスは相変わらず自分を無表情に見つめるナビアをようやく完全に理解することができた。

「ナビア、この女はいつもこうだった」

家族でないものはみんな石のように見ていた女性。

異性間の愛ほど似ていないものもないように、愛欲ほど汚いものもないように、そのように自分を眺めていた女。

もともとナビアはいつも絶望に打ちひしがれていたが、皮だけは何の問題もないかのように上品な女性だった。

しかも9回も。

「・・・ハハ」

アレスは失笑した。

ナビア・アグニスは、いや、ナビア・エセルレッドはなんと9回も生きた。

「たかが化身がそんなこともあるの？」

それもたかが、土着の神の化身なんかがそんな能力を持つことができるって？

しかし、それさえも副次的な問題だった。

今重要なのはそうではない。

彼女は幸せそうな表情でクリードに抱かれていた。

彼と口を合わせて優しく笑っていた。

『クリード、私、あなたに言いたいことがあるの』

「あなたは俺のものだ！」

このひどいほと誰にも気を使わなかった女が、クリードに恋をしているなんて。

「ナビア、これは間違いだよ」

ナビアは彼を絶望に陥れるような記憶をすべて見せつけ、魔力を断ち切った。

アレスは狂いそうな怒りに襲われる。

これは間違っている。

間違えだ。

直さなければならなかった。

何が間違っているのだろうか？

何から間違えたのかな？

ピクリ！

彼の中で何かがうごめいていた。

この女を飲み込もう。

この女性から偉大で愚かな父親の気運が感じられる。

その痕跡を飲み込めば、より大きな力が得られるだろう。

「もっと強くなれる。もっと強い力で、ナビアがしたように、この世界を再び覆そう」

そのようにすべて元の位置を取り戻せば良いだろう。

アレスの目が狂暴な空気に包まれた。

「ナビア、あなたは永遠に私の下で泣くだろう」

ナビアは最後に残った魔力で鋭い短剣を作り出す。

そして、自分の首にかけた。

「いいえ」

どうせこれでアレスを攻撃するのは通じないから。

「私は永遠にあなたを愛していない」

ぎゅっ！

（ごめんなさい、お父さん）

お父さんに絶対会いたかったのに。

その時だった。

クァアアアン！

突然アレスの体が後ろに飛び降り、押しつぶされた。

それと同時に周囲を埋め尽くしていた闇が黄金色にずたずたに裂けていき、本来の姿を取り戻す。

ナビアが握っていた魔力でできた短剣も跡形もなく消えていた。

そして冬の匂いがした。

「・・・」

ナビアの目が大きくなる。

間違いなかった。

4月の春と似合わないこの冷たい匂い。

これはラルクの匂いだった。

ナビアは急いで部屋の中を見回している男を見つける。

長い髪をなびかせながら全身から光を散らす威圧的な長身の、あっという間に涙がこぼれるほど見慣れた後ろ姿。

「パパ！」

ラルクが帰ってきたのだ。