こんにちは、ちゃむです。
「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

39話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- あなただけの芳香剤
翌朝。
『何だ?』
販売量の推移に関する話をするために集まった席。
エノック皇太子の前に現れたユリアは、いつもより元気がないように見えた。
もちろん彼女もユネットの仕事で忙しく、ビビアンの社交界復帰のための集まりにも参加していたので…疲れているのは当然だった。
だが、それを考慮してもどこか不自然に見えるほど、精彩を欠いていた。
その顔をじっと見守っていたエノック皇太子は、ついに口を開いた。
「プリムローズ令嬢、もしかして何かあったのですか?」
「いえ、特に何もありません。」
ただ眠れなかっただけです。
ユリアはあっさりと答えたが、エノック皇太子はそれがかえって気になった。
十分な睡眠が取れなければ、人はどれほどつらくなるか――それを一番よく知っているのは自分自身だったからだ。
「無理をしすぎているのではありませんか?」
その言葉は、側近たちが自分に言っていたものとまったく同じだった。
自分でも少しおかしく感じた。
「最近、ちょっと気を使うことが多くて。横になってもすぐに眠れませんし、忙しくて寝る時間がないというわけでもないんです。」
エノック皇太子は、ユリアのその言葉を聞くや否や――それがどういう状況かすぐに分かった。
『言葉ではそう言っても、本当に大丈夫なわけがないのに。』
エノック皇太子は、遠慮なく話すユリアの態度が気に入らなかったが、それに口出しする資格もなかった。
一言二言、軽く心配するくらいならともかく、それ以上はさすがに。
その程度の言葉をユリアが素直に受け取るかどうかも怪しかった。
エノック皇太子がしばし考えている間に、ユリアは会話の話題をすぐに彼へと向けた。
「皇太子殿下は、今日はよく眠れましたか?」
「ええ。」
即座に嘘で答えた。
エノック皇太子は椅子に座って一瞬目を閉じただけで、ベッドには初めから横になる気すらなかったのだ。
今日だけのことでもなかった。
ユリアはその言葉に、特に気負うことなくあっさりと笑った。
「まあ、今は夏ですけど、秋の準備もそろそろ始めなきゃいけないかと。乾燥して寒くなりますから、乾燥肌用ケア製品なんかを出すとか……」
そして続く会議。
それぞれが受け取った書類について意見を交わし、今後の予定を決めていく。
簡単には決まらないテーマばかりで、話し合いはかなり長引いた。
どれくらい時間が経っただろうか。
「……では、このまま進めるということでよろしいでしょうか。」
エノック皇太子が疲れを隠しながら、どこか寂しげな目元をぬぐっていると、ユリアがカバンから何かを取り出した。
それが何か尋ねる前に、親切な説明が続いた。
「前に殿下がよく眠れなかったとおっしゃっていたのを思い出して。一度持ってきてみました。」
ああ、そうだった。
以前、疲れて見えたと言われた際、自分もユリアのように大げさにではないが、少し眠れていないと答えたのだった。
「それで直接作ったんですが、ルームスプレーっていうんです。」
作ったって?
エノック皇太子は言葉だけでは用途が分からない物を見つめて、目を丸くした。
「初めて聞きますね。お嬢様が考案されたのですか?」
「そうだと思います?うーん、自分用に作ったついでに殿下の分も作りました。」
エノック皇太子は、顔の前でユリアの贈り物を受け取った。
「寝る前に枕元にスプレーしてください。ラベンダー抽出物を使ったルームスプレーで、気持ちを落ち着かせて、体もリラックスさせてくれる効果があるんです。」
「…ああ、もしかして。」
自分が眠れないことを察したということか?
しかしそう尋ねる前に、ユリアの言葉がさっぱりと続いた。
「効果がよければ、新製品として出してもいいかもしれません。殿下にテストをお願いしてもよろしいでしょうか?」
贈り物と言えば深く受け取られてしまいそうだったが、テストと言ったことで、受け取る側も気軽に受け取れるようになった。
拒むという選択肢は思いつかないように。
「ありがとうございます。では、私も一度使ってみますね。」
「私としてもよろしくお願いしますよ。」
そうしてエノック皇太子は、ユリアが差し出したスプレーを受け取った。
ユネットの会議を終えたあとも、エノック皇太子は別の場所へ向かい、報告書に記された内容を確認した。
また応接室を訪れた老貴族と面会し、領地の問題について相談にも応じた。
遅れて昼食を終えた後は、消化のためにと応対を続けた。
昼なのか夜なのかも分からない曖昧な時間に、彼が口にした二度目の食事は、簡素なサンドイッチだった。
その間も報告を受けながら、食事をとる暇もなく働き続けた。
そうして一日が過ぎていった。
夜が更けたころ、エノック皇太子はまた新たな仕事を始めた。
古代魔法の書の解読を始めたのだ。
帝国の現行の魔法体系とは異なる視点で記された書物。
そこにはプリムローズ公爵家に伝わる祝福の力だけでなく、帝国内の少数民族社会に伝わる呪術についても記されていた。
【彼らは生まれつき、相手に好感を持たせる能力を備えている。その力をさらに発展させれば……】
その書によれば、誰からも愛される存在が実在するように書かれていた。
もちろん、野史にすぎず信憑性は低いが――
『もう少し実用的な書籍を探さなければ。』
エノック皇太子はためらいなく本を片付け、別の大きな本を広げた。
いつもと変わらず。
それは精読に集中する夏の夜となる予定だった。
まだ眠っていなかったので、この曖昧な時間は昨日なのか今日なのか。
もし次の日を迎えていないのだとしたら。
ほとんど眠れていない今は、ずっと過去に縛られて生きているのかもしれない。
答えのない、もどかしい考えにふけっていた彼は、ふとユリアがくれた物のことを思い出した。
―眠れない人が私だけじゃないかもしれないし、商品としての価値があるかどうかも確認しなきゃだから、忘れずにちゃんと使ってみてくださいね。
そう、別れる前にもユリアは必ず使ってみてほしいと強く念押ししていたのだった。
『普段から眠れない人が試してみるにはぴったりだな。』
自分はテスターとして合格だった。
ベッドに横たわると、よくない記憶に囚われて眠れないのだ。
休息のためにベッドに横になって眠ろうとするのは嫌だったが――ルームスプレーをかけたベッドに横になるのも仕事の一環だと考えると、それは悪くなかった。
北側の魔力灯を消すために一度部屋の扉を開けると、ちょうど巡回していた騎士と鉢合わせた。
「で、殿下…?もしかして、今お休みになられるところですか?」
「何か問題でもあるのか?」
「い、いえ!ございません!」
普段は落ち着いた性格で皇太子宮に勤務できていたはずなのに――あまりにも騎士らしくない発言に、少し驚いた様子だった。
「まだ午前2時にもなっていないのに明かりを消すなんて、まさか今後は……」
「まぁ、今日だけのことだろう。」
「えっ?」
「ユネット代表の言葉に従ってみるだけだ。」
そうあっさり答えた彼は、ルームスプレーを手に取った。
そこには丁寧に、さまざまな状況に対応した使用説明書と注意事項が書かれていた。
一つひとつ丁寧に記された文字は、ユリアの筆跡だった。
『試作品なのに完璧で、どれ一つおろそかにしていないな。人に売るわけでもないのに、ここまで丁寧に作るとは。』
だが、いい加減に作ったとか雑だという考えは一切浮かばなかった。
エノック皇太子は、彼女らしいと思いながら、使用説明書に書かれている通りにルームスプレーを枕元に吹きかけた。
「おお。」
以前ユリアが出していた香りとは少し違っていた。
それらが精神を鮮烈に刺激するような、強めの香りだったとすれば、この香りは自然と存在感を放ちながら近づいてくる。
いや、単に自分が好きな香りだからそう感じるだけかもしれない。
エノック皇太子は、ルームスプレーに含まれる香りを一つひとつ嗅ぎ分けてみた。
「ラベンダーが強く感じられるけど……かなり独特だな。」
他の人たちがラベンダーの香りを心地よく感じるという話はよく聞いていた。
しかし今自分が感じている香りは、それとは少し違っていた。
かなり独特なスモーキーだった。
少しピリッとするような香りだろうか。
好みが分かれる香りかもしれないが、それはエノック皇太子の好みだった。
無骨に人の心を動かすような、そんな香りだった。
『これのほうが落ち着く気がするな。』
ユリアは化粧品店のオープンがかなり成功裏に終わった後も、研究と開発の手を止めなかった。
その結果、睡眠に役立つ香りを作ろうと考えたという。
『夢があると言っていたな。だからこそすごく熱心なのか…。』
全体的に落ち着くような感覚が広がり、体を優しく包み込んだ。
きっと簡単なことではなかったはずだ。
これは普通の香りではないのだろう。
ユリアが悩みに悩んで作った、その集中の結晶なのだ。
そんな様子を思い浮かべると、照れくさくなったが、エノック皇太子は思わず口元がほころんでいた。
『まったく真面目で、なんて一途な人だろう。』
そんなユリアを思いながら目を閉じ、そのままベッドに身を預けた。
香りとは実に不思議なものだ。
ただルームスプレーをひと吹きしただけなのに、自分の部屋がまったく違う空間になったように感じた。
普段と変わらない寝具なのに、なぜかその感触までもが異なって感じられるのはなぜだろうか。
「睡眠に劇的な効果はないだろうけど、しばらくはこうして横になってみよう。」
ユリアにルームスプレーを使った感想を伝えなければ…。
思ったよりも香りが自分に合っていて、効果もよかったと。
そんなことを伝えたら、どんな表情をするだろうか。
側近たちが差し出した茶や食べ物よりも、はるかに大きな助けになったと…。
「………」
しかし彼は予想に反して、少し目を閉じていたつもりが再び目を覚ますことはなかった。
ユリアにかける言葉を選んでいた彼は、そのまま深く息を吐きながら眠りに落ちてしまったのだ。
かつてないほど穏やかな表情を浮かべたままで。
朝が来た。
「…..」
目を開けたエノック皇太子は、明るい天井を見て目をぱちぱちと瞬かせた。
淡い天井の模様が見えるほど、明るい光が部屋に差し込んでいた。
『少しだけ目を閉じているつもりだったのに。』
いつの間に眠ってしまったのか、自分でも分からなかった。
ただ、ユリアに伝えることを考えていただけなのに。
ふとした瞬間に緊張がほぐれてしまったのが、この時間だった。
戸惑いの気持ちで、彼は髪をかきあげた。
「殿下、午前の予定が… あれ?」
眠りから覚めた騎士が驚いた様子で彼を見て、思わず声が裏返った。
いつもと変わらない行動だったが、エノック皇太子はそれを咎めることなく、続く言葉を待つ代わりに一度だけ軽くうなずいた。
自分でも、こんな夏の夜に眠れるとは思っていなかった。
侍従もきっと驚いたことだろう。
ほんの一瞬で噂が広まったのか、その日の部屋では簡単な朝食をとっていると、ビビアンがバタバタとやって来た。
「お兄様、昨日はどういうわけかぐっすり眠れたって本当?」
「そうだ。」
「何か心境の変化でもあったの?ん?」
「その程度で動揺するほどのことじゃない。」
「いや、普段は全く眠れないくらいだったじゃない。けど昨日は布団までかけて、ぐっすり眠ってたじゃない!」
エノック皇太子は少し言葉を選んだ。
そして、最大限素っ気ない口調で口を開いた。
「プリムローズ嬢からもらった物を使ってみたんだ。ルームスプレーってやつで、ユネットの新製品をテストしてるとかで。」
「もしかしてプリムローズ嬢が“睡眠に効く”って言いながら渡したの?」
ビビアンの表情が曇った。
「私… 前にうちの兄が夏を嫌いだって言ってたの、覚えてる?無意識に。」
「……」
「だから最近みたいな日は眠れないって話もしたの。…もちろん詳しいことは話さなかった。でも、令嬢は深く追及せずに受け流してくれたの。」
ビビアンはかすれた声で話を続けた。
エノック皇太子は黙っているビビアンをじっと見守っていた。
あの日の出来事を少しでも思い出せば、際限なく悲しみに沈んでいく自分の妹が目に浮かんできた。
「私は… 力になれなくてごめん。同じことを経験したのに、兄さんだけがつらそうで、その痛みに共感してあげることすらできない。」
自分が覚えているにはあまりに曖昧な、幼いころの記憶。
年齢のわりには未熟で。
兄の痛みを共有できなかったことに対して「ごめんね」と言う。
ときどきすねても、自分を思ってくれる気持ちが分からないはずがない。
過分なほど思慮深い子だった、ビビアンは。
「それはお前が謝ることじゃない。」
「でも。」
「いつも思ってるよ。お前が覚えていないことが幸いだって。」
だからこそ、そんな苦しい記憶をビビアンが持つ必要はなかった。
「それに、お母様や兄上が亡くなったことが原因というわけじゃなくて、最近ちょっと気を遣うことが多いだけさ。」
それは嘘だった。
エノック皇太子の不眠は、いつも重苦しい季節――特に今頃の梅雨時にひどくなっていた。
相手を気遣って発した言葉だったが、それが通じるかどうか、ビビアンはエノック皇太子をあまりにもよく知っていた。
そしてそれは、やはりエノック皇太子にとっても同じだった。
ビビアンが自分の言葉を信じていないことを、エノック皇太子も理解していた。
しばしの沈黙が流れた。
ビビアンは彼の言葉のどれにも突っ込むことなく、会話を変えた。
「でも… お兄ちゃんにこういう贈り物をしてくれる人がいてよかったね。」
重苦しい空気を変えようとするかのように、
ビビアンはルームスプレーの香りを自分でも試してみたいと言い、あっけらかんとした態度に戻った。
「ルームスプレーがそんなに効果あるって、どういうこと?もしかして毒みたいなの混ざってたりして?」
「僕が気づかないほどの毒を開発したなら、プリムローズ嬢はもう帝国で一番毒を扱うのが上手な人ってことだな。」
エノック皇太子は「ほら」と言いながら、ルームスプレーを空中に吹きかけた。
空中に漂う微細な粒子を見て、ビビアンはそっと目を閉じた。
しばらくして目をしばたたきながら開いた。
「まるでお兄様みたいな香りがする!」
「何だって?」
「お兄様によく似合うし、何よりお兄様が普段好きな香りばかりじゃない?それで作ったんじゃないの?」
「まさか。プリムローズ嬢がプレゼントだって言ってたけど、僕のために作ったわけじゃない。」
ユリアは「これはただ新しく作った商品だ」と自分に言い聞かせるように渡してきた。
まるで「全然あなたのためじゃないですよ」とでも言うように。
テストまで頼んだって話もした。
「きっと一般的に人々が好む香りや、嫌う香りを参考にして作ったんでしょ…。私の好みが特に反映されてるわけじゃないし。」
エノック皇太子は誤解を解こうとして、そのときの会話を苦労して説明した。
だが、ビビアンはもう一度はっきりと否定した。
「違うよ。」
「え?」
「ルームスプレー、自分で使うために作ったって?それ、ただの言い訳だよ。」
ビビアンが言葉を重ねるほどに、エノック皇太子の目の色が変わっていった。
「前に話したことあるけど、プリムローズ令嬢って横になるとすぐに眠れるタイプなんだって。」
「……」
「お兄ちゃんのために作ったのよ、そのルームスプレーは。」
「それは……」
「まぁ、お兄様が最近眠れないって言ってたから心配してたけど、まさかこんなものまで作ってくれていたとは思わなかった。」
以前、眠れないって話してたっけ?
ビビアンはそう確認した事実を思い出しながら立ち上がった。
「でもユリア嬢もちょっと抜け目ないよね。寝る前に使うものだなんて、ちょっとドキッとしない?」
「お前、くれぐれもユリアに変なこと言うなよ。」
「まぁまぁ、怖いわね。何も言ってないじゃない。でもさっきも言ったけど、本当にお兄様にぴったりなのよ!お兄様じゃなきゃ使いこなせない香りなんじゃない?後で香水にもしてってお願いしなきゃ!」
ビビアンが出て行った部屋で、エノック皇太子は「自分と妹が交わした会話」を何度も反芻していた。
プリムローズ令嬢が、自分のために作った贈り物だって?
『確かに… 俺の好みにぴったりだった。』
ビビアンとの会話、自分との対話…。
それらを総合して考えると、ユリアが自分のために作ったというのは間違いなかった。
テストだなんて言ったのも、彼女なりの配慮だったのだろう。負担をかけないように。
『あの日、ユリアがやけに疲れて見えたのは、もしかしてルームスプレーを作るのに時間が足りなかったせいだったのか?』
むしろ、ルームスプレーを作るせいで、ユリアの方が眠れなかったのだろう。
でもそのおかげで、エノック皇太子は眠ることができた。
彼はもう一度、その事実をじっくり噛みしめた。
『私のために… 作ってくれたんだ。』
何の気なしに聞いた話だったが、確かに効果はあった。
気を抜くとそのまま眠ってしまいそうなほどに。
実際、昨晩のように途中で目が覚めることなく熟睡できたのは久しぶりだった。
――商品としての実用性が十分にあるということだ。
テスト対象としても合格。
そして、自分にぴったりだというビビアンの言葉も、まんざら外れていなかった。
「……いい香りだったな。」
ぽつりと独り言のように呟いたその声は、無意識のうちに笑みすら含んでいた。
一つの文章。
その一文字一文字に、自分への想いが込められていた。
「まさか、エノック・フィアスト一人のための物だったなんて….」
ただの夢だから一生懸命だったのではなく、自分のために一生懸命だったんだ。
頭の中でユネットのために全力を尽くすユリアを想像するのは難しくなかった。
集中する横顔、眉間にしわを寄せた表情まで、細やかに描くことができた。
エノックは、いつも彼女を見ていたからだ。
彼女が自分に関心を持たなくなる時までも。
『ユリアは昔も今も、僕を不思議な気持ちにさせるな。』
だが、今日はその姿に一つの意味が加わった。
自分のために、自分を想ってくれるユリアの姿。
その姿を思い浮かべると、頭の中が静かになり、安らぎが訪れた。
穏やかな朝を過ごしたその夜もまた蒸し暑い日だったが、窓を打つ雨音が激しかっただけで、気にはならなかった。
すべてが「大丈夫だ」と感じられた……。
「いやあ、私が皇太子殿下にお仕えして以来、こんなに夏にぐっすりお休みになるのを見たのは初めてですよ!」
そんなふうに近侍がコツコツと夜になるとベッドに入った。
最初は、ひょっとしてエノック皇太子のリズムが乱れるのではと少し緊張していた側近たちも、今ではすっかり落ち着いた様子だった。
「先日から突然ぐっすりとお休みになるようですが、何かいいことでもありましたか?」
「特に何かというわけじゃない… この品のおかげだよ。」
エノック皇太子はルームスプレーをそっとしまいながら、微笑んだ。
「見慣れない品のようですが、どこで手に入れたものか教えていただけますか?」
「ユネットの代表が、私のために作ってくれたんです。」
「え、前にもユネット代表様のせいで夜な夜なうなされてるって…」
(まったく、結局ずっと悩んでたんだな…)という言葉は胸の中にしまった。
エノック皇太子がぐっすり眠れたというのはとても大きな出来事だったが、言葉少ななのは何か気にしているのではと心配になった。
だが幸いにも、エノック皇太子はその言葉に揺さぶられることはなかった。
「その方は実に素晴らしいものを作られたようですね。」
そう言ったとき、できる限り感情を抑え、平静な表情を保っていた。
ただし、側近たちは皇太子の部屋から出てきて同時にお互いの顔を見合わせた。
「ユネットの代表が女性だと言いましたよね?」
ユネット代表の正体は秘密だった。
理由は分からなかったが、ユネット代表と出会って接していた皇太子の側近たちでさえ、彼女については何も知らなかった。
ただ、声を聞いて若い女性だろうと推測するのみだった。
最初はただ皇太子と二人きりで会おうとしていたが、最近はユネットの業務が増えて、やむを得ず姿を現すようになった印象だった。
『そこまで身元を隠す理由って何なんだ?』
世間の関心を引くこの人物の正体が非常に気になったが、「信じるに足る人物だ」というエノク皇太子の一言があったため、彼らはただ信じて従っているだけだった。
最初から優れた魔剣士であったエノック皇太子に損害を与えること自体、簡単なことではなかった。
むしろ気を遣っていたのは安全ではなく、別の側面だった。
「雰囲気が妙です!皇太子殿下があんなお顔をされるのは初めて拝見します!」
「ルームスプレーというものが助けになったのかもしれませんが、もしかすると“あの人”がくれたものだから…効果がより大きかったのでは……」
「いよいよ我らが殿下にも婚約者ができるのではないですか?」
心配する一方で、このようなアプローチについては想像すらしていなかったのも事実だった。
これまで特にスキャンダルもなかったエノック皇太子に、ついに?
側近たちはそれぞれに様々な推測を並べながら、そわそわと言葉を続けていった。
「でも、もしユブ夫人だったらどうしますか?」
「縁起でもないこと言わないでください!最近は皇太子様がまったく興味を示されていないので心配なのに……」
「そう言われてみると、ユネット代表について何も知らされていませんね。」
「突然皇太子様が事業をするとだけおっしゃいましたから。」
「どんな経緯でお会いになったのか、誰も知りませんよね?」
互いに意見を述べていた彼らは、ついにひとつの結論に達することができなかった。
ユネット代表というあの女性がどんな人物かは分からないが、
当分は礼儀正しく接するべきだ!
『禁じられた愛なんてことは……ないよね?』
という、不安げな推測を抑えながらの言葉だった。

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