大公家に転がり込んできた聖女様

大公家に転がり込んできた聖女様【130話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【大公家に転がり込んできた聖女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

130話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 好きという気持ち

数日後――ひとり馬車に乗ったエスターが皇宮に到着した。

皇帝に会うと思うと、顔には自然と緊張が走った。

「怖い方ではなかったのに……。」

以前、宮殿を訪れた際に一度だけ会った皇帝は、父よりもずっと穏やかに見える人物だった。

そんなことを思い返しているうちに、馬車の扉が開いた。

ビクターが中に入れていた贈り物を両手いっぱいに抱え込んだ。

「重いでしょう。持ちましょうか?」

「まあ、とんでもないことを。お嬢様に荷物を持たせたなんて大公様に知られたら、私の首が飛んでしまいますよ。」

自分の半分ほどの体格しかないエスターが手伝おうとするのを、ビクターは愛おしげに見つめながら苦笑した。

そして秘書の案内で歩いて行くと、遠くからもきらきら輝いて見える人物が素早く駆け寄ってきた。

「あっ。」

ノアだ。

その瞬間、エスターの口元が弧を描くように自然とほころんだ。

皇太子となったせいか、ノアは端正で威厳ある見事な服装に身を包んでいた。

エスターに気づいたノアは、嬉しそうに駆け寄ってきた。

隠しきれず、陽だまりよりも明るい笑顔を浮かべた。

「来た?俺がどれだけ待ったと思ってるんだ。」

「そんなに遅れなかったでしょ?」

「遅いよ。俺なんて昨日の夜からこの時間だけを待ってたんだから。」

冗談めかしたノアの言葉に、エスターも思わず吹き出した。

二人は、皇帝が待っているという室内庭園へと並んで歩いていった。

「ところでエスター、緊張してる?」

「うん。ちょっと震えてる。」

「じゃあ、手をつないであげる。ぬくもりが伝われば、すぐに楽になるから。」

ノアはエスターの緊張をほぐそうと、自然にその手をぎゅっと握った。

エスターは、以前つないだときよりもノアの手が大きくなったと感じ、そっと横顔を見やった。

気づけば、視線の高ささえ変わっていた。

「もしかして、背が伸びた?」

「背だけじゃないよ。ほら見て、肩幅もずっと広くなったんだ。最近運動を一生懸命しているんだけど、効果が出てると思う?」

「そんな気もするけど……でもよくわからない。」

肩にわずかに力を入れて見せる仕草はおかしかったが、実際には体が一回りたくましくなったように見えた。

「違うよ。ちゃんとよく見て。」

大体見てすぐ目を逸らしたエスターに物足りなさを覚えたノアの目が少し沈んだ。

熱心にノアと会話を交わしているうちに、二人は部屋の中庭へと続く扉の前に辿り着いた。

エスターはノアの手を離し、大きく息をついた。

「入ってもいいの?」

「うん。」

扉を開けると、広い空間がすべて芝生で覆われていた。

大小さまざまな植物が生い茂っており、空気も清々しかった。

天井が丸く覆われた構造が不思議で、その中央にはテーブルが用意されており、皇帝がゆったりと腰掛け、二人を待っていた。

扉の開く音を聞いて振り返った皇帝は、エスターの姿を見て大きく目を見開き、思わず動きを止めた。

「ごきげんよう、陛下。」

「これは……まさか、知った顔に出会うとは思わなかった。」

以前よりも一段と落ち着いた雰囲気を漂わせるエスターを見て、皇帝の口元には深い皺が刻まれた。

「ノアが何も話してくれなかったから驚いたぞ。」

皇帝はなぜ事前に知らせなかったのかと咎めるような視線をノアに向けたが、ノアは気まずそうに視線を逸らした。

「ドフィン大公の娘であったな?」

「はい、そうです。」

父の名が出たことで、エスターの胸には懐かしさが込み上げた。

彼女は無意識に目を細め、くすっと笑った。

「服を着たら、もっと綺麗だね。」

その様子を見逃さなかった皇帝が、優しい声で言った。

「ありがとうございます。」

思いがけない褒め言葉に、エスターの白い頬は瞬く間に淡い紅色に染まった。

『ノアに似てる。』

ノアの陽気な性格がどこから来たのかと思っていたが、父親にそっくりだということがわかった。

「ノアよ、少し二人きりでいられるように席を外してくれないか。」

「エスターを困らせてはいけませんよ。」

「そんなことはしない。とても大事な子だからな。」

「わかりました。」

案内役を務めていたノアは、エスターに目配せをして「扉の前にいる」と言い残し、外へ出ていった。

「こちらへ来て座らないか?」

「はい、陛下。」

陽射しが降り注ぐ椅子に恐る恐る腰を下ろしたが、皇帝のすぐそばで対面するのはあまりに気恥ずかしく、視線ばかりが落ち着かずに泳いだ。

そんな心境を察したのか、皇帝は場を和ませようと会話を切り出す前に、テーブルの上に置かれていた銀の器の蓋を開けた。

中には、さまざまな果物が串に刺され、美しく盛り付けられていた。

串ごとに透明な膜のようなものが覆われていて、不思議な見た目だった。

「……これは何ですか?」

たまらなく甘い香りが漂い、エスターの鼻がひくひくと動いた。

「果物に砂糖をたっぷりまぶして固めた菓子だ。宮廷料理人が新しく考案したデザートである。」

皇帝は、目を輝かせて好奇心に満ちた表情を浮かべるエスターの手元に、ひときわ美味しそうに見える苺の串をそっと置いた。

「さあ、食べながら話そう。」

皇帝の言葉に従い、エスターはきらきら輝く苺を大きく一口かじった。

そして頭がしびれるほど強い甘みと、爽やかな酸味の組み合わせに驚き、思わず目を見開いた。

「美味しいか?」

エスターは無意識に大きくうなずき、激しく同意を示した。

張りつめていた空気が一瞬で解けたことは、言葉にしなくてもわかった。

「宮廷料理人が新しいデザートを作るのが大好きなんだ。でも、うちの子どもたちはあまり好まなくて……。」

そう言って、皇帝は少し寂しそうにエスターを見た。

「ノアから、君がデザートが好きだと聞いて嬉しかったよ。いつか宮殿に遊びに来るときは、美味しいデザートをたくさん用意しておこう。」

皇帝は「よく宮殿に遊びに来ていると聞いた」とやんわり口にしながら、果物の串が並んだ盆をエスターの前へと押し出した。

「老臣の話では、君は聖花を育てられるそうだな。本当か?」

苺を口の中で転がしていたエスターは、動きを止めた。

固い決意を胸にここへ来たはずなのに、事実を明かしてよいのか迷いがよぎる。

だが、いずれにせよノアに話したことを思えば、皇帝とも向き合わなければならないのは確かだった。

「……事実です。」

苺がなかなか喉を通らず、言葉は途切れがちだった。

頬は、まるでドングリを詰め込んだリスのように膨らんでいた。

「では、ここでも可能なのか?」

「……はい、土さえあれば。」

ようやく苺を飲み下したエスターは、明るい光が差し込む床の一角に目を向け、そっと視線を移した。

床に隠れていた小さな芽が見えた。

デザートを食べて気分が良くなったエスターに反応して、ひょっこり顔を出した芽だった。

それを見た皇帝の目が、信じられないとばかりに大きく見開かれた。

「ほう、聖力を集中したわけでもないのに聖花が芽を出すとは……信じられん。こういうことがよくあったのか?」

「ええ、最近はよくあります。」

皇帝はしばらく黙って考え込み、やがて静かに口を開いた。

「“神の果実”と呼ばれるノアの不治の病を治したのもそうだが……。」

その間に串を食べ終えたエスターの瞳が、幸せそうにきらきら輝いた。

後でまたこれを食べに来たくなるほど美味しい味だった。

皇帝は、砂糖で唇がきらきらと光るエスターの様子を見て、今度はくすっと笑った。

皇帝は青ぶどうの串もつまみ、エスダの前に差し出した。

「ノアはまだ何も言ってはいないが……私は君が“聖女”だと見当をつけていた。」

エスターは串を受け取り、静かにぶどうを口へ運んだ。

聖花について話した時点で気づかれているだろうと予想していたため、驚きはしなかった。

「やはりそうか。ふふ、聖女が二人とはな。この状況が何を意味するのかはわからぬが…君の力は、初代聖女のものとよく似ている。」

再び頬を赤くしたエスターは、思わず目を見開いた。

まぶたの裏でまつ毛が震える。

「……初代聖女様、ですか?」

「ああ。聖女といっても皆が同じ力を持つわけではない。扱える聖力には大きな差があるのだ。」

串を皿に戻したエスターは、耳をぴんと立てるように集中して話を聞こうと、膝の上で手を固く組み合わせた。

「その中でも歴史上、最も優れた聖力を持っていた方。唯一無二とまで呼ばれた存在が、まさに“初代聖女”だった。」

ここまではエスターも授業の時間に学んで知っていた内容だった。

「彼女がとどまった場所には聖花が咲き、帝国には川の水の代わりに聖水があふれた時代があったそうだ。」

だが、聖花があちこちで咲いたり、聖水を水のように使っていたという話は初めて聞いた。

エスターの力と驚くほど似ている部分があった。

「その方は“聖女”という名にふさわしい、この世界の救済者だった。」

代々、皇帝だけに伝えられる歴史書には、帝国の起源と結界が生まれる以前の世界が記されていた。

魔物やモンスター、そしてあらゆる病から解放されることができたのは、初代聖女が作り上げた結界のおかげだったのだ。

「神殿では君が聖女だという事実をまったく知らないのだな。」

「今のところは。」

テレスィアで救護活動をしているのだから、噂は少しずつ広がり、いずれ神殿の耳にも届くかもしれない。

「聖女だと明かして神殿に入るつもりはないのか?」

「絶対にありません。どんな場合でも、私が神殿と手を結ぶことはないでしょう。」

エスターの揺るぎない眼差しを見て、皇帝は声を低めた。

「理由を聞いてみたいものだ。」

エスターは傍らに置いたナプキンで口元を拭った。

皇帝に劣らぬ強さで、彼女の瞳も真剣さを宿していた。

「陛下は神殿をどの程度支持しておられるのですか?」

「帝国に神殿はなくてはならぬ存在だ。だが、今のように帝国を蝕む終わりは、これ以上見過ごすわけにはいかない。」

エスターの力を得るために無理やり信仰を強いるのではなく、偽りなく答えたその言葉だけで十分だった。

少なくとも、ラビエンヌが聖女である間は、皇帝が自分の味方であるという確信を得られたのだ。

「聖花が必要なのですね?」

「そうだ。」

「お手伝いします。」

ためらいなく答えるエスターを見て、皇帝は安堵の息をついた。

神殿を支えるためだけでなく、病に倒れて死にゆく帝国の民のためにも、聖花は欠かせないものだった。

「君にばかり大きな重荷を背負わせてしまってすまない。何か望むものがあれば遠慮なく言ってくれ。」

「私は……今の神殿が崩れ去ってほしいと思っています。中央神殿にいる者たち全員が罰を受ければいいのに。」

「今、聖女の座にあるブラオンズの娘も含まれるのだな?」

「はい。」

「なるほど。それならお前だけの願いとは言えぬな。帝国のためには、いずれにせよ必ず成し遂げねばならぬことだからな。」

皇帝は、エスターにとってあまりに重いことだろうと感じ、何も気負わず話すよう優しく言った。

ラビエンスと神殿への報い以外には何の望みもなかったエスターは、しばし考えてから口を開いた。

「悪人のいない世界はありません。けれど、少なくとも悪人や過ちを犯した者がきちんと罰を受ける国であってほしいのです。――私たちの帝国が。」

その瞬間、皇帝の表情に笑みが浮かんだ。

久しぶりに心の奥まで響くような言葉を聞いた気がしたのだ。

最も単純だが守るのが難しいこと――それは、神殿の掟を守るという、これまで堅く抱えてきた信条だった。

「……これは、私が一度痛い目を見たな。分かった。これからは心から改める努力をする、と君に約束しよう。」

エスターと皇帝の視線が交わり、二人は同じように微笑んだ。

その時、外が騒がしくなったかと思うと、皇帝の許しもなく温室の扉が勢いよく開かれた。

こんなことをできる人物は宮中でも限られていた。

皇帝が特別に可愛がるレイナ皇女に他ならない。

「エスターが来ていたなんて、本当だったのですね?お父様、ひどいです。私も呼んでくださればよかったのに。知らなければそのまま通り過ぎてしまうところでした。」

テーブルの傍へ駆け寄ったレイナがぱっと笑顔を浮かべ、エスターを見つめた。

「姉上、お話の最中にそんなふうに飛び込んではいけないって言ったでしょう。」

レイナを止めようとして失敗したノアが後から入ってきて、ため息をついた。

「ちょっと顔を見てすぐ帰るから。邪魔する気はないよ。」

ノアの姿は、彼のことで苦しんでいた頃とは違い、まるで別人のように生き生きとしていた。

「元気でしたか? あのとき本当に大きな支えになってくれて、また会いたいと思っていました。」

「はい。皇女様もお元気でしたか?」

「ええ。ノアも戻ってきて、今はとても幸せに過ごしています。」

レイナは心から嬉しそうに答えながら、エスターの手をぎゅっと握った。

感謝の気持ちが込められた、温かなまなざしだった。

「いつ帰るのですか?その前に少しお茶でも飲みながら話しましょうよ。」

「残念ですが、今日はすぐに戻らなければならなくて……。でも、次に来たときは必ず寄りますね。」

エスターの言葉に、レイナは名残惜しさを隠せず、寂しげな表情を浮かべた。

「約束したんです。次に来るときは、一緒に美味しいものを食べたり、お話をしたりしましょう。私はエスターと仲良くなりたいんです。」

レイナが本来の性格ではないほど積極的にエスターへと歩み寄る様子を見て、皇帝は思わず笑みをこぼした。

「はは、我がレイナがエスターをとても気に入ったようだな。」

エスターは気づいていなかったが、温室の扉の前では皇后が静かにその様子を見つめていた。

「……あの子が?」

「はい。大公殿下のお嬢様だそうです。」

誰を連れて来ても疎ましく思っていたのに、大公の娘だとは。

皇后は驚きに目を見開いた。

「まあ……我がノアがすっかり心を奪われてしまいそうね。なんて愛らしい子。あの子の周りだけ光がきらめいているみたいじゃない?」

「そ、そうでしょうか?」

皇后の侍女は、自分には分からないと首をかしげながらも感嘆していた。

「大公様が絶対に渡さない宝物のようだね。ノアが少し苦労することになりそう。ふふ。」

皇后は見ただけで、エスターがすぐに気に入った。

顔だけ見に来たつもりだったのに、会ってみると単なる好奇心では済まず、レイナのように温室に招いてあれこれ尋ねたくなる気持ちになったのだ。

少しして、皇帝との会話を終えたエスターは、ノアと一緒に外へ出てきた。

最後まで見送ろうとついてきたノアは、曲がりくねった庭園の小道へとエスターを案内した。

「ここ、本当に綺麗だね。」

「でしょ?私が一番好きな散歩道なの。」

二人はささやかな会話を交わしながら歩き、時間が経つのを忘れるほどだった。

気づけば、庭園の出口が近づいていた。

「なんだ、別れるのが名残惜しいのか?」

「どういう意味?」

「さっき歩くの、少し遅かったじゃないか。」

「そ、そんなことない。」

きっぱりとエスターが手を振った。

実際には、少し前に名残惜しさから歩みが鈍っていたのを見抜かれたのが気まずくて、声が上ずってしまったのだ。

「違うならいいけど。」

ノアの顔にふっと笑みが浮かぶ。

エスターはまだ気づいていなかったが、ノアはすでに自分に大きく心を開いてくれていることを知っていた。

「エスター、知ってる?」

「なに?」

「俺、君のことがすごく好きだ。」

バサッ。

木の葉が揺れる音と共に、エスターの心臓が大きく跳ねた。

前へ踏み出そうとしていた足は、思わず方向を失って止まってしまった。

エスターをその場に立ち止まらせた。

「……え?」

ノアがこんなことを言うのは一度や二度ではなかったが、今回は声の調子が妙に違っていた。

その違いからくる緊張感が、エスターの足を思わず止めさせた。

「知ってるよ。私も好きだもの。」

ぎこちなくなった空気を和らげようと、エスターは再び歩き出しながら、やわらかく笑みを浮かべた。

「本当に分かってる?」

だが今日は引き下がるつもりはなかったのか、ノアはそのまま流さずにエスターの前へ回り込んだ。

正面からまっすぐに見据え、立ち止まったエスターをじっと見つめる。

「君が父上や兄上たちを好きなのとは……違う感情なんだ。」

エスターは唇をそっと噛んだ。

底の見えない黒い瞳に吸い込まれるようにして、急に息が浅くなるのを感じた。

ここまで言われてしまえば、たとえ恋愛経験のないエスターでも気づかないわけにはいかなかった。

――ノアは本当に私を好きなの?それも……男と女として?

これまでずっと自分の思い過ごしではないかと悩んできた数えきれないほどの考えが、頭の中で交錯した。

何を言えばいいのかわからず、ただ口元だけがもどかしく動いた。

「えっと……だから私は……」

「おや?ちょっと待って。今のは告白じゃないから、返事はしなくていい。」

返事をしようとしたわけではなかったが、そう言われてしまい言葉を封じられたエスターは、思わず唇をわずかに開いたまま固まってしまった。

「じゃあ何なの?」

「ただ知っておいてほしいんだ。エスター、君は自分から言わなきゃ分からないだろうから。」

エスターが不満げに唇を尖らせ、何か言おうとした瞬間、ノアが先に声を出して言葉を重ねた。

「変わることなんて何もないよ。僕はいつだって君のそばにいる。」

ノアの柔らかな声色が小鳥のさえずりと混ざり合い、まるで甘いささやきのようにエスターの耳元をくすぐって通り過ぎた。

「くすぐったい。」

「何が?」

「変わらないわけないでしょ。これじゃ、もう君の顔を見るのが気まずくなるじゃない。」

「気まずいって?つまり僕のことを意識しちゃうってことだね?」

自分のことを特別に思ってくれていると望んでいたエスターとは逆に、ノアはむしろ嬉しそうに目を細めてぱっと笑みを浮かべた。

ノアの微笑みは相変わらずあまりにも綺麗で、その前では他の言葉など出てこなかった。

言葉に詰まるエスターの隣に、ノアが再び並んで立った。

「行こう。もっと遅くなる前に出発しなきゃ。」

「うん。」

二人は残り少ない散策路をゆっくり歩き始めた。

――あっ、またぶつかった……。

エスターはそっとノアを見上げた。

特に不器用でもなく、普通に歩いているのに、好きだという気持ちのせいなのか、どうしてもノアとの距離や触れ合いが気になってしまう。

歩きながら腕が少し触れるたび、頬が熱くなるのを抑えられなかった。

「今日は天気がいいね。そうだろ?」

「うん、いいね。」

ノアが声をかけると、ただそれだけのことで、エスターの胸は熱くなり、心臓が早鐘を打った。

短い道を歩く間、二人の意識はただひたすら相手に向けられていた。

目が合うことはなかったが、エスターが見るとノアがそっと顔を背け、ノアが見るとエスターがすぐに視線を外す。

互いに気づかれまいとしながら、こっそりと相手を盗み見ていた。

やがて気軽な散歩道が終わり、エスターが乗ってきた馬車が見えた。

ノアとエスターは、まるで林檎のように赤く染まった顔で、ぎこちない挨拶を交わした。

「じゃあ、行くね。」

「気をつけて帰れよ。」

「うん。」

そう言って背を向けたエスターを、ノアが突然の大きな声で呼び止めた。

「エスター!」

振り返ろうとしたその瞬間、ノアがエスターの肩を強く引き寄せた。

その勢いで目の高さがぴたりと合い、互いの瞳の奥には、相手への思いがあふれるほどに映し出されていた。

エスターは一瞬、戸惑ってノアの視線を避け、横を向いた。

その様子を見たノアの唇が、かすかに弧を描く。

「どうしたの?まだ言いたいことがあるの?」

「いや。ただ……しばらく会えないから、少しでも長く見ていたかっただけ。もういいよ。」

ノアは照れくさそうな声でそう言いながら、そっとエスターの額に自分の額を軽く合わせた。

そしてすぐに離れたものの、エスターは足元からせり上がるような気持ちに言葉を失い、口だけがぱくぱくと動いた。

後ろから二人を見守っていたビクターは、もう見ていられないとでも言うように、先に行って馬車の扉を開けた。

「だから……あぁ、本当に行くよ。じゃあね、ノア。」

何を言えばいいのか分からず、エスターは振り返ることもせず、ビクターが開けてくれた馬車の扉へと足を運んだ。

すぐにヴィクターも続いて扉を閉め、同時に馬車は走り出した。

「……もう、信じられない。」

無駄に胸がどきどきして熱まで上がってくる気がして、エスターは馬車の壁にぴたりと顔を押し付け、必死に冷まそうとした。

両頬は両手で覆い隠している。

しかしようやく気持ちが落ち着いてきた頃、今度は恥ずかしさが込み上げてきた。

とくに一部始終を見ていたヴィクターが気にかけて声をかけてくる。

「全部見えました?」

「皇太子殿下の前であんなふうになったのは、ほんの一日二日のことです。大丈夫ですよ。」

何でもないことだと安心させるように言うヴィクターに、エスターは小さく唇を尖らせながらノアのことを相談するように尋ねた。

「ヴィクター、ノアが……私を好きだって。」

とてつもない秘密を打ち明けるみたいに、こっそり囁くエスターの言葉に、ヴィクターは思わずむせそうになった。

そして笑った。

「大公邸の使用人の中で、その事実を知らない者はいないでしょう。」

「えっ?ビクターも知ってたの?」

「はい。」

気まずくなったエスターは、両手を膝の上に置いて指をもじもじと動かした。

「お父さんには秘密にしてくれるよね?」

「さきほど私が見たことを詳しく伝えるほど、大胆ではありませんので。」

それを詳しく報告したら、ドフィンの烈火のごとき怒りを買うに違いないと、ビクターは肩をすくめた。

「ふぅ……。」

それでも馬車がゴトゴトと揺れ始めると、エスターの胸の高鳴りも少しずつ落ち着いていった。

エスターは、頭にこびりついていたノアのことをなんとか脇に押しやり、皇帝とのやりとりをゆっくりと思い返した。

窓の外には、雲ひとつない青空が広がっていた。

見上げたエスターの目がじんわりと潤んだ。

皇帝と手を取り合っていたセスピアとの約束を守れた気がして、胸がいっぱいになったのだ。

まさかこんな日が来るとは思わなかった。

『もう復讐も夢じゃない。』

まだ病が広がっていない、穏やかな首都の街並みを通り過ぎながら、エスターはそっと目を閉じた。

 



 

 

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