大公家に転がり込んできた聖女様

大公家に転がり込んできた聖女様【151話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【大公家に転がり込んできた聖女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

151話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 神殿の焦燥

神殿内部の大会議室。

資格試験が終わってからすでに二日目の会議が進められていたが、錯綜する意見を一つにまとめるのは容易ではなかった。

「さあ、皆ひとまず落ち着こう。このままでは何も決められない」

見かねた大母サロンが再び会議を主導し、それまでの混沌とした議論の内容を大まかに整理した。

「まずは、四名の大神官たちをどう処理するかから決めよう」

現在、大神官たちは失脚したラビエンと同様に、神殿内で軟禁状態に置かれていた。

「領地での救護活動を行うには、彼らの力も必要です。今や一人でも人手が足りない状況ではありませんか」

「しかし、偽の聖女を立ててここまでの大不祥事を引き起こしたのは彼らだぞ! このまま何のお咎めもなしに見過ごすわけにはいかない!」

反対意見があまりにも拮抗しており、まったく結論が出なかった。

「仕方あるまい。多数決で決めよう」

普段の長老会議は、全員が納得するまでいくらでも話し合いを重ねて決定を下すのが常だった。しかし今の神殿側には、そんな時間も精神的な余裕も残されていなかった。

「では多数決に従い、四人の処分は伝染病の問題が解決した後に先送りとする。ただし、ルーカス大神官だけは引き続き軟禁とする」

全員が完全に納得した決定ではなかったが、重苦しい空気のまま、ひとまず次の議題へと移った。

「元聖女ラビエンの処罰をどの程度にするかが問題ですね」

「これはブラウス公爵が来てこそ話が進むはずだが、なぜ来ないのだ?」

「連絡が届いていないのでは?」

「そんなはずはない。これまで一向に姿を見せず、使いも寄こさないところを見るに、すでに我が娘を見限ったのかもしれん。あの男ならやりかねん」

「まさか。いくら何でも実の娘です。どれほど溺愛していたか、我々もこの目で見ていたではありませんか」

「ふむ、ひとまず今日まで待ってみよう。それでもブラウス公爵が来ないのであれば、ラビエンを地下牢へ移すのがよさそうだな」

深く考え込んでいたサロンが、冷徹に結論を下した。

ラビエンをいまだ特別室に置いていたのは、父親であるブラウス公爵の弁明を聞いたうえで最終的な処分を下すためだった。しかし、彼が来ないというのであれば、これ以上その身を情状酌量してやる必要はなくなったのだ。

「で……真の聖女様はどうなさるおつもりですか?」

そのとき、会議の間ずっと浮かない表情で行く末を見守っていた長老デリックが、重々しく口を開いた。

「どうなさるとは?」

「このまま引き続き、ドゥイン大公のもとに置いておくのか。それとも――こちらから人を送ってでも、一刻も早く神殿へお連れするのがよいのではありませんか?」

「お連れするだと?」

「デリック長老、何か確かな考えがあるのですか?」

長老たちが一斉に身を乗り出した。

「皆、落ち着け。それはできん。聖女様は、あろうことか神殿の内部で正体不明の襲撃まで受けられたのだぞ。今の大公家は、我々に対する反感と警戒が相当に強いはずだ」

サロンは、デリックとそれに同調する長老たちをなかば呆れた目で見つめた。

「今は我々にできること(伝染病の対処)をやりつつ、静観して待つのが最善だ。襲撃者が誰なのかも、徹底的に突き止めねばならん」

そして、一同を見渡して改めて鋭く念を押した。

「聖女様に関する情報が外に漏れないよう、内部の口止めを徹底することを忘れるな」

まだエスターを正式に連れ戻せていないこの緊迫した状況で、本物の聖女が別に存在するという話が外に広まってはならなかった。神殿に聖女がいないという事実が一般の人々に知られれば、神殿への絶対的な信頼は一瞬で失墜してしまう。万が一、外部の者に聖女の所在を問われた場合は、「体調が優れず、現在奥で治療中である」と伝えるよう厳命した。

「祈祷祭の日程も、もう少し後ろにずらしたほうがよさそうだな」

議論があまりにも紛糾したため、会議の途中でしばしの休憩時間が設けられた。

デリックは胸に強い苛立ちを覚え、親しい長老とともに外の回廊へ出て声を潜めた。

「大母様は、あまりにも大公家に甘すぎます」

「まったくです。よく考えてみれば、あの子はもともと我々の神殿にいた孤児ではありませんか。それをドゥイン大公が無理やり連れて行ったのです」

「うーむ、ならば私が直々に、大公のもとへ使者として赴いてみましょうか。高貴なる聖女様であれば、直接行けば大公とも話が通じるかもしれません」

「あのドゥイン大公ですか? どうでしょうね。もともと神殿を深く嫌っていた方でしょう」

「神殿を嫌っているとはいえ、大公は帝国を思う気持ちが人一倍強いお方だ。この忌々しい伝染病を止められるのが聖女様しかいないと分かれば、必ずや態度を変えるはずだ」

厳格な貴族社会の中で生きてきたデリックは、ドゥインがいくらエスターを盲愛しているとはいえ、国を揺るがす大義の前には、大公として越えてはならない一線があるはずだと考えていた。

「所詮は、大公家にとっても養子に過ぎない子でしょう。私が直接行って、話をつけます」

「大母様にはお伝えしないのですか?」

「話したところで反対されるのは目に見えています。誰かが神殿の未来のために動かなければなりません」

デリックはすべてを覆してみせるとばかりに、まるで戦場に赴く将軍のように傲然と肩を張った。

「すべては、この帝国を救うためです」

常に戦場の最前線で苛烈に帝国を守ってきたドゥインであれば、大義のために小さな犠牲を切り捨てる冷徹さも理解するはずだと、彼は固く信じ込んでいた。

一方、ブラウス公爵は早朝に領地を発ち、半日後には皇宮のある首都へと到着していた。

本来、皇帝に謁見するには数日前から正式な約束を取り付けるのが絶対の礼儀だったが、あまりにも急を要する重大な案件であると申し出て、皇帝との緊急面会の許可を求めた。

当然、自らの権勢を以てすれば、その日のうちに会えると思い込んで待っていたブラウスだったが、秘書官から返ってきたのはまったく予想外の返答だった。

「申し訳ありませんが、最も早くお取りできるのは四日後になります」

「急用だと、きちんと伝えたのか!?」

「はい、その通りお伝えいたしましたが、ここ数日は陛下のご予定が国家の重要案件で完全に埋まっておりまして……」

結局、ブラウスは何一つ収穫もないまま、数日間さらに皇帝を待つという屈辱を味わうことになった。

ブラウスに冷淡な伝言を届けた皇帝の秘書官は、彼が不満げに皇宮を出ていくのを確認すると、静かに執務室へと戻った。

忙しいという建前とは裏腹に、そこでは皇帝が皇太子ノアとともに、悠々と紅茶を楽しんでいた。

「先ほど、お帰りになりました」

「よくやった。あの男がまた来たら、今日と同じように適当な理由をつけて時間を引き延ばしてやれ」

「承知いたしました、陛下」

秘書官が出ていくのを見送りながら、ノアは温かいコーヒーを一口含んだ。

「父上、今回神殿で起きた(エスターの)誘拐未遂の件が、本当にブラウス公爵の仕業だとしたら、どうなさるおつもりですか?」

「さてな。好むと好まざるとにかかわらず、あれは帝国を支える四大公爵家の一つ、その当主だ」

「ドゥイン大公がブラウス公爵だけを除外して四大名家会議を招集したのを見る限り、彼が黒幕に関与しているのは間違いありません。今回の会議では、もしかするとブラウス家の処罰について本格的に議題に上がるかもしれません」

「そうだな、私もそう考えている。だがな、ノアよ。一門の処罰というものは、そう簡単に決められるものではないのだ」

皇室と四大公爵家、そして神殿。これらは現在の帝国を支える三本柱のような、緊密な体制だった。そのうちの一つでも急激に欠ければ、帝国の均衡は一気に崩壊する。ゆえに皇帝であっても、軽々しく判断を下せる問題ではなかった。

「まずは、あのドゥイン大公が何を持って(どんな証拠を引っ提げて)くるのか、それを見てからだな」

皇帝は深く思案しながら、大公家から急ぎの書簡で受け取った会議の日程を、改めて鋭い目で見つめた。

ブラウス公爵が首都へと席を外している間に、ベンは速やかに公爵邸を訪れ、捕らえていたルシファーを大公邸へと連れて戻ってきた。あらかじめ内密に約束していた日取りがあったため、向こうの警備も特に引き止めるようなことはなかった。

「時間をかける必要はない、すぐに入れ」

執務室でルシファーの到着を待っていたドゥインは、すぐさま彼の尋問に入った。ルシファーはすでに拷問と恐怖で洗いざらい話したうえに、もはやドゥインに逆らう気力など微塵も残っておらず、震えながらすべてを素直に語りだした。

「……それから、キャサリンの子どもについても、私は――」

「……今、“子ども”という表現を使いましたね」

ブラウス公爵がかつてルシファーに対して放った不穏な質問を伝え聞いたドゥインの唇が、驚愕にわずかに開いた。

「本当にそう言ったのか? 確かに、その耳で聞いたのだな!?」

激しく動揺したドゥインがルシファーの肩を強く掴みしめると、心身ともに弱りきっていたルシファーは恐怖に怯え、涙まで浮かべて身を縮こまらせた。

「は、はい……間違いありません! はっきりと、そう尋ねられました……!」

「……そうか。私の懸念は、やはり忌々しい事実だったか。まさかとは思っていたが……」

ドゥインは小さく呻くように呟きながら、よろめくように後ずさった。

「殿下、ではキャサリン嬢が……」

傍らにいたベンでさえ、あまりの衝撃に言葉をうまく続けられなかった。

亡き妻の妹、キャサリンがかつて隠していた男がブラウス公爵であるならば――エスターの実の父親、あるいは実の祖父もまた、あの残虐なブラウスである可能性が極めて高い。

これまでエスターの出生に関して抱いていたすべての疑問が一本の線でつながり、ドゥインは怒りと絶望に拳を血がにじむほど強く握りしめた。彼は額をぎゅっと押さえ、押し殺した声で命じた。

「ひとまず、こいつを楽に休ませてやれ」

騎士にルシファーを連れて行かせると、ドゥインは張り詰めていた糸が切れたように、そのままソファに崩れ落ちた。

「ブラウスは、エスターに何度も地獄のような苦しみを味わわせ、監禁してきた張本人だぞ……! しかも、今回も神殿で娘を誘拐しようとした。もし成功していたら、あの男が何をしたかなど想像に難くない」

手で顔を覆ったまま、ドゥインの口からはやり場のない激しい感情がにじみ出ていた。

「前世でもそうだったように、またエスターの血を奪おうとしたはずだ。……それなのに、あの男が、エスターの実の肉親だとは……!」

しばらく血を吐くような苦悩に身をよじらせていたドゥインの周囲に、やがて凄絶な殺気が立ち込め、執務室の空気が激しく張り詰めた。周囲が暗く錯覚するほどの、狂おしく強烈な漆黒の気配だった。

「殿下、エスターお嬢様がこの過酷な事実をお知りになれば、どれほど大きな衝撃を受けられるか……」

「エスターに知られることは、絶対にあってはならない!」

ドゥインは顔を上げ、ベンの言葉を遮って断固として言い放った。

「絶対にあってはならない。……私が、この手で守る」

たとえ血がつながっていようとも、エスターがこのすべてを知れば深く傷つくのは明白だった。ドゥインは机の上に置かれた小さな額縁へと視線を向けた。そこには、かつての愛する妻アイリンと、その妹キャサリンが仲良く微笑む懐かしい姿が描かれていた。

「ブラウスがもしこの事実を知れば、必ず実の家族としての権利を主張し、利用しようとするだろう」

「それでも、あの男はきっと来ます。すでに皇宮へ向けて動き出しているかもしれません」

「だが、あいつはキャサリンが私の妻の妹だったことまでは知らないはずだ。反論の余地はいくらでもある」

ドゥインは冷徹に心を研ぎ澄ませた。

「会議の日程は決まったのだな?」

「はい、四日後です」

「思っていたより早く決まったな」

四大名家の当主たちの過密な日程を考えれば、これは帝国に国家存亡の危機が起きたとき並みの異例の速さだった。

「陛下が直々に手配してくださったおかげです」

皇帝が裏で自ら動いたという言葉に、ドゥインの蒼い目が一瞬細められた。

「……ともあれ、よくやった。すぐに出発の準備をする」

「アルベルトとルシファーも連れて行きますか?」

「ああ。一度の会議で完全に決着をつけて、二度と再起できないように叩き潰してやる」

「この明確な証拠と証人があれば、たとえ四大公爵家の一つであっても、完全に処断するには十分でしょう」

ソファから力強く立ち上がったドゥインは、皇宮へと乗り込むため、急ぎの用件だけを選んで手際よく処理し始めた。

しかし、ドゥインが皇宮へ向かう準備を冷徹に進めているまさにその最中、領地テレシアの中央神殿から派遣された、長老デリックの息のかかった神官たちが大公邸へと到着した。

「ここに来るのは初めてですね」

「ええ。伝染病でさぞ大混乱になっていると思っていましたが……予想よりずっと落ち着いているようです」

派遣された神官フェドリックは、不満げな目で、活気に満ちて行き交う領民たちの様子を眺めた。

「すべては、本物の聖女がここにいるからでしょう。聖女をこのような辺境の領地に独占させておくわけにはいきません」

フェドリックとともに来た別の神官も不遜に会話を続けながら、そのまま大公邸の門をくぐった。事前の約束は一切なかったものの、中央神殿からの正式な来客ということで、ひとまず屋敷の中へ通されることになった。

「ところで、大公殿下をどう説得するおつもりですか?」

「当然の要求をするだけだ。神殿の権威の前に、大公といえど従わざるを得まい」

フェドリックの目が、濁った野心でぎらりと光った。

フェドリックは執事デルバートの案内で応接室へと向かう途中、美しく手入れされた庭園で、一匹の白猫と遊んでいるエスターの姿を見つけた。

「おや、こんなに早くお目にかかれるとは思いませんでしたね」

「そういえば、フェドリック神官は聖女様と以前、面識がありましたね?」

「ええ、少しばかり浅からぬ縁がありましてね」

フェドリックはにやりと下品な笑みを浮かべ、エスターの方へと無遠慮に歩み寄った。

突然現れた不穏な足音に目を向けたエスターは、フェドリックの顔を認識した瞬間、強い不快そうに眉をひそめた。

「お久しぶりですね。私のこと、当然覚えていますよね?」

「……何のご用ですか」

神殿を出たあの日、まるで汚物を捨てるかのようにエスターを冷酷に神殿の外まで連れ出し、大公家に売り払った神官――それが、このフェドリックだった。

エスターは胸に抱いていた白猫のチーズをぎゅっと強く抱きしめ、警戒の色を隠さずに彼を睨みつけた。

「どちら様ですか? 我が家のお嬢様に何かご用件でしょうか」

エスターの表情が著しく曇ったのを見て取った護衛のヴィクターが、即座に二人の間に壁のように割って入った。

「ええ、もちろん重大な用はありますが、まずは懐かしいお顔を見に来ただけですよ」

「でしたら、すぐにお引き取りください」

「はは、見ただけで帰るほど無粋ではありませんよ。久しぶりに挨拶をしたかっただけです」

フェドリックは薄気味悪く笑い、エスターに握手を求めるように汚れた手を差し出した。

「とても幸せそうですね。あの頃の、地下室で狂っていた薄汚い姿とはまるで別人のようで、少し見違えましたよ」

――シャーッ!!!

しかし、エスターがその手に恐怖するよりも早く、彼女の腕の中にいたチーズが激しい敵意を剥き出しにして威嚇し、フェドリックの手の甲を鋭い爪で深く引っかいた。

「うわっ!?」

チーズはエスターの腕の中からひらりと身軽に飛び降りると、フェドリックを鋭く睨みつけた後、遠くへ走り去っていった。

「これは一体……! 不躾な飼い猫だ!」

「応接室はあちらです」

エスターは、引っかかれた手の甲を見て顔をしかめるフェドリックに対し、冷ややかに微笑みかけると、そのままチーズを追いかけて歩き去った。

「大丈夫ですか、フェドリック神官」

「ええ、大したことはありません」

無理に笑みを浮かべて同行の神官に答えていたが、フェドリックの本心は激しい怒りに燃えていた。

(あの、かつて神殿の底で汚物まみれになって狂っていた孤児のくせに……! 偶然、聖女の力を少し得たからといって、あんなにも得意げになりやがって……!)

かつての惨めな姿をすっかり忘れ、何不自由なく平穏に暮らしている様子を見せつけられたうえに、あのように冷淡にあしらわれたことで、彼の内心は激しい嫉妬と侮蔑に満ちていた。フェドリックは応接室へ向かいながらも、なおエスターの後ろ姿をねっとりとした陰湿な目で見つめ続けていた。

コンコン、と。

急ぎの書類に目を通していたドゥインは、冷徹なノックの音に顔を上げた。

「何だ」

「今、応接室に中央神殿から派遣されたという神官たちがお見えです」

予期せぬ、そして最も不愉快な来訪に、ドゥインは不機嫌そうに眉をひそめた。

「誰だと?」

「中央神殿の神官フェドリックと名乗っております。急ぎの用件があるとのことで、どうしても本日中に殿下にお会いしたいと強硬に主張しておりまして……」

ただでさえブラウスの血縁の件で激しい怒りを燻らせていたドゥインは、大きくため息をつき、不快そうにこめかみを押さえた。

「……ひとまず通せ。ただし、絶対にエスターと二度と顔を合わせないようにしろ」

「承知いたしました」

許可が下りると、フェドリックともう一人の神官エドウィンは、すぐにドゥインの執務室へ案内された。

「遠くから何度かお見かけしておりましたが、正式にご挨拶するのは初めてですね。神官フェドリックと申します。偉大なるドゥイン大公殿下にお目にかかれて、光栄の至りです」

手の甲に猫の傷を負ってからずっと表情の冴えなかったフェドリックだが、帝国の最高権力者の一人であるドゥインの前では、これ以上ないほど愛想のいい笑みを浮かべた。

「神官エドウィンです」

「挨拶はいい。それで、何の用だ」

ドゥインは手元の書類から目も離さず、氷のように冷ややかな声で問いかけた。人間をまるで路傍の石ころのように扱う大公の傲慢な態度に、フェドリックはわずかに不満げに眉をひそめた。

「まずは腰を下ろしてお話しできればと思います。神殿と大公家に関わる、極めて重要な件ですので」

「座りたければ、そこに座ればいい」

ドゥインは、空いている席を顎で冷淡に示した。

「突然の訪問だ、こちらにはあまり時間がない。用件から先に話せ」

フェドリックは一瞬、大公の放つ威圧感にたじろいだが、どうにか卑屈な笑みを保ったまま口を開いた。

「こちらの用件は、聡明な殿下であればすでにお察しのことかと思います。我が神殿の『ダイナ』に、本物の聖女の力が現れたとの確かな報告がありましてね」

――ダイナ。

かつてエスターが神殿で奴隷のように扱われていた頃の、忌まわしい名が出た瞬間、ドゥインは初めて冷酷に顔を上げた。

「誠に喜ばしいことです。数日前、神殿で行われた資格試験の騒動については、殿下もお聞き及びでしょう? 偽物が排除され、真実が明らかになったのです」

「結論を言え、と言っている」

「殿下もご存じの通り、聖女は本来、神殿に崇められてしかるべき存在です。多少の時間は経過いたしましたが、ダイナ聖女のご帰還、すなわち神殿への引き渡しをお願いしたく参りました」

丁寧な口調を取り繕ってはいたが、その内容は到底、大公家が受け入れられるものではなかった。

ドゥインは眉間に深い皺を刻み、手にしていた書類をゆっくりと、しかし重々しく机に置いた。床を見下ろしたまま、低く言い放つ。

「何の話だ」

その蒼い瞳は、凶暴な肉食獣のように冷たく光っている。フェドリックはその深い緑を湛えた、だが狂気を孕んだ眼差しに一瞬たじろぎ、喉を鳴らして軽く咳払いをした。

「申し上げた通りです。神殿から聖女を連れ去られたのは殿下ではありませんか。経緯はともかく、あの“精神に問題のある狂った子”をわざわざ引き取られた時点で、殿下も不審に思われたはずです」

言いかけて、先ほど庭園でエスターに見せつけられた毅然とした態度を思い出し、フェドリックはしまったとばかりに口をつぐむ。

「……問題のある子、だと」

ドゥインは一瞬、本気で目の前の男をその場で肉塊に変えるかのような凶悪な目で射抜き、ゆっくりと足を組んだ。

「すでに私が引き取り、我が大公家の籍に入れた娘だ。そう簡単に神殿に返すと思うか?」

「元は神殿の絶対的な管理下にあった存在です。どうかお返しください。現在、我々神殿は伝染病の件もあり、非常に困難な状況に置かれているのです」

人間をまるで便利な道具か物質のように扱う言葉だった。限界まで抑えていたドゥインの口元が、ぴくりと獰猛に歪む。

「そうか。神殿が困っている、というわけか?」

「はい。当時の詳細な事情は分かりかねますが……大公殿下はあの聖女様を、たったの『100万エリン』という端金で買い取られたとか。さすがに神殿の至宝に対して、やりすぎではありませんか」

ドゥインとこれで話が通じると思い込んだフェドリックは、薄ら笑いを浮かべながら下品な軽口を叩いた。

――次の瞬間。

それ以上、一言たりとも聞くに耐えなかったドゥインが脚を解き、目の前の巨大な黒檀の机を、正面から勢いよく蹴り飛ばした。

ガンッ――!!!!

凄まじい爆音とともに、大公の規格外の怪力によって机は粉々に砕け散った。木片の破片が四方へと弾け飛び、執務室は一瞬にして凄惨な惨状と化した。

「殿下!?」

傍らにいたベンが驚いて駆け寄り、外の見張りの騎士たちも一斉に剣を抜いて飛び込んできたが、ドゥインは片手を上げてそれを冷酷に制した。

「ドゥイン大公! これは一体どういうことですか! 我々は神殿の使者だぞ!」

フェドリックとエドウィンは、あまりの衝撃と部屋を満たす暴力的な気配に圧され、悲鳴を上げて一歩後ずさった。

「どういうことだと?――俺の娘を守る、それだけだ」

そう言い放つと同時に、ドゥインは壁に立てかけてあった愛剣を、音もなく抜き放った。

神殿の神官に対して剣を抜く――それはすなわち、神殿への宣戦布告と同義だった。

凄まじい緊張感の中、神官に随行していた聖騎士たちも本能的な恐怖から即座に剣を抜く。それに応じ、大公家の騎士団も一斉に武器を構え、鋼がぶつかる寸前の火花散る緊張が走った。

執務室は一瞬にして、血の臭い漂う戦場さながらの対峙状態となる。

「よく聞け」

ドゥインの怒気を孕んだ声が、低く、しかし鼓膜を震わせるほど重く響いた。

「ダイナじゃない――あの資格試験で神殿を救った子の名は、エスターだ。そして、その子は――」

大公は一歩、死神のように踏み出した。

「――この子は、神殿の聖女なんかじゃない。俺の、かけがえのない娘だ」

「殿下! それはいけません、おやめください!」

エドウィンが絶叫するのと、ドゥインが迷いなく剣を振り下ろしたのは、完全に同時だった。止める間すら、存在しなかった。

ドンッ。

鋭い一閃とともに、フェドリックの左腕が、まるで薄い紙のようにあっさりと肩口から切り落とされた。かつて戦場で“戦鬼”と恐れられた大公の、容赦なき本性そのものだった。

一瞬、あまりの速さに誰も動けず、血飛沫だけが宙を舞った。その静寂を破るように、同行の神官エドウィンが必死に飛び出す。

「は、早く……腕を……!!」

エドウィンは震える手で必死に莫大な神聖力を流し込み、床に落ちた切断された左腕を無理やり繋ぎ止めた。迅速な処置のおかげで出血は止まり、腕もなんとか接合されたが――フェドリックはあまりの激痛と恐怖に顔面を蒼白に染め、その場にガタガタと崩れ落ちた。

「な、何が……今……私の、私の腕が……っ」

その哀れな姿を見下ろしながら、低く冷え切ったドゥインの声が室内に響き渡る。

「もう一度だけ言う」

ドゥインの瞳は、底なしの氷河のように冷酷だった。

「俺の娘を、二度と物みたいに安く呼ぶな」

「――大公殿下、このような暴挙、神殿との全面戦争になりますよ……!」

エドウィンの怒りと恐怖はすでに限界に達していた。

「我々は神殿の正式な代理人です。この件は戻り次第、大公家による神殿への明確な敵対行為として、大母様へ報告いたします!」

「構わん。何一つ包み隠さず、そのまま伝えておけ」

一切の迷いもなく冷徹に言い切るドゥイン。

「エスターを神殿に連れ戻すなど――夢にも思うな、とな」

言うべきことはすべて言い終えた。ドゥインはそのまま顎を振り、冷たく彼らを追い払う。

神官二人は、騎士たちによって半ばゴミのように執務室の外へと叩き出された。随行していた神殿の聖騎士たちも、大公の威圧感の前に為す術なく、震えながらそれに続くしかなかった。

満足に身なりを整える暇もなく屋敷の外へと放り出されたフェドリックは、荒い呼吸のまま、ふらつく足取りで大公邸を離れていった。

「いくら大公とはいえ、神殿を敵に回したこと、必ず後悔させてやりましょう! ふん、あんな不気味な子のために神殿の権威に背を向けるとは、あの男は狂っている!」

「急ぎましょう。使者の腕を平然と切り落とすなんて……あの男は正気じゃありません……!」

二人の神官は背筋にこびりついた恐怖を滲ませながら、逃げるように神殿へと戻っていった。

――だが、彼らが去った後の大公邸内でも、ドゥインの怒りは決して収まってはいなかった。

「まったく、どこまでも驕り高ぶった狂った連中だな」

「いまだに神殿の過去の権威が、自分たちの不遜を守ってくれると本気で盲信しているようですね」

「いっそ正面から戦争を仕掛けてくればいい。神殿ごと、まとめて叩き潰してやる」

「それも悪くありませんね」

温厚なベンもまた、先ほどのエスターを侮辱した神官たちのやり取りを思い出し、激しい怒りを内面に押し殺していた。

「仕事は……この状態じゃ、さすがに無理だな」

ドゥインは粉々に砕け散った木片の山を見つめ、気怠げに呟いた。これ以上、この部屋で執務を続けるのは不可能だった。

ドゥインは剣を収めると、そのまま愛しい子どもたちのいる部屋へと向かい、エスターをはじめ、一人ひとりを壊れ物を扱うように愛おしく、しっかりと抱きしめた。

そして、その温もりを胸に刻んだまま、全ての決着をつけるため、冷徹な足取りで皇宮へと向けて出発した。

 



 

 

  • 神殿の深刻な内紛と、デリック長老の独断によるエスター連れ戻し計画:

    神殿内では失脚したラビエンヌの処分や大公家への対応を巡り議論が紛糾。大母サロンはドフィン大公の警戒心を考慮して静観を命じたが、不満を抱くデリック長老は「国家の大義のため」と称し、独断でエスター(ダイナ)を神殿へ連れ戻すべく傲慢な神官フェドリックらを大公邸へ派遣した。

  • ドゥイン大公の衝撃と決意、実父ブラウス公爵への報復準備:

    捕らえたルシファーの尋問から、亡き妻の妹キャサリンが隠していた男がブラウス公爵であると判明。エスターを虐げてきた宿敵が「実の肉親」というあまりに過酷な事実にドフィンは絶望し激昂するが、エスターを一生守り抜くため、4日後に控えた四大名家会議でブラウスを二度と再起できないよう叩き潰すことを決意した。

  • 神殿の不遜な要求と、ドフィン大公の容赦なき「宣戦布告」:

    大公邸に現れた神官フェドリックは、エスターをかつての蔑称で呼び「100万エリンの端金で買った狂った子」と愚弄して引き渡しを要求。激怒したドフィンは大黒檀の机を粉砕して剣を抜き、フェドリックの左腕を肩口から一刀両断して神殿への宣戦布告を突きつけ、家族を抱きしめた後に皇宮へと出発した。

 

 

 

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