あなたの主治医はもう辞めます！【１５１話】ネタバレ

「シオニー、君の緑色の瞳は本当に綺麗だね。」

「でも、子爵様の目も緑色ですよね。自分で言うのはちょっと…。」

「綺麗なものを共有している仲だって言ったら、だめかな？」

「だめ！」

アルガは目をぱっと見開き、勢いよく立ち上がった。

昼間の空を見て、今になって彼がメイリス公国にいることを実感した。

夜遅くまで患者を診ていたので、さすがに疲れていたのも事実だ。

そのせいか、20年前の夢を見ることになるとは……。

「息子そっくりだからか。まったく瓜二つだな。」

アルガは再び毛布をめくり、歯を食いしばった。

「女性を見る目までそっくりとは、なんとも言えんな。」

20年前、帝国の国境近くの火山が噴火した際にも、同じようなボランティア活動に参加したことがあった。

あの時は、大惨事で、ラベリ島のシオニーも来ていたし、メイリス公国のシリオンもいた。

シオニーと自分の間にあった微妙な関係をどうにか断ち切ろうとしたが、シリオンはどんな手を使ってでも邪魔をしようとした。

だから、ボランティア期間中は本当に苦痛だった。

何度もアルガを牽制していた彼が、最も酷く追い詰められていたときのことを鮮明に思い出した。

「どうしましょう、ペレルマン子爵？ウィリアムを救うには、ベルポの薬が必要なようですが、それを私は旅館に置いてきてしまいました。」

「どこの旅館ですか？」

「来る途中で聞いた……エスポシ地域で一番大きな旅館です。」

その日はシオニーの誕生日だった。

ボランティア活動中だったので、大々的なパーティーは開けなかったが、若い貴族たちと医療スタッフが小さなパーティーを開くことにした夜だった。

しかし、アルガは自分の患者であった小さな少年を救うために、シリオンの策略を知りながらも、結局、子供を救った。

その決断に全く後悔はなかったが、シオニーとは完全に終わったのだと痛感し、口の中が苦くなった。

さらに、シリオンと親しげにしているシオニーを見つけ、足を止めそうになったが、すぐに向きを変えた……。

「フェレルマン伯爵はお前に全く興味がないぞ、シオニー。ほら見ろ。お前の誕生日の夜なのに、彼は氷のように冷たく一度も笑顔を見せなかっただろ？」

「でも、私には興味があるから問題ないですよ。」

「……何？」

「誕生日を一緒に過ごせなかったなら、翌日一緒に過ごせばいいでしょう。ねえ、アルガ！」

「……シオニー？」

「ちょうどいい。話がある。」

すべてを諦めて意気消沈していたが、彼女の言葉にどれほど嬉しかったことか、まるで正義が勝利したかのように感じた。

「一体どうして若い日のアルガがペレルマンにああなったんだろう。はっきりと言ってやればよかったんだ、シオニーとお互いに好き合っているんだって！お前たちが入る隙間はないんだ！そう宣言してやればよかったのに。」

黙って動かないで、シオニーに直接言おうとしないシリオンを見て、内心が煮えくり返った時、彼は思い出した。

最近、シリオンを見て、あの時の煩わしい奴の息子シリオンを見て、あの時の苛立ちが再び蘇ってくるようだった。

「そっくりだな、ジェンシー公爵。」

喧嘩腰な言葉はもちろん、こそこそと何もせずにうろうろしながら、女性にだけ近づくところまで。

それまでの状況から完全に予想がついた。

「でも、セルイヤーズ公爵はなぜまた何も答えないんだ？本当に。」

エルアンは、リチェが出発する前に、あらかじめ仕事の邪魔をしないように無意味な質問を控えるようにしていた。

そのことを知らないアルガは、大きくため息をつきながら髪の毛を最後までかきあげた。

「お父さんは眠ったの？」

「はい、何度か火が消えているのを確認しましたが……。」

ディエルが小声でつぶやくように慎重に答えた。

彼は私とエルアンの密会のために、宿泊している住宅の中で小さな空間をうまく作り出していた。

「ここです。」

ディエルはかなり器用で、エルアンがバルコニーからひょいと飛び降りればすぐに到達できる場所に、テーブルと椅子などを配置していた。

私もまた、父の部屋を通らずに外に出られる通路があったので、二人がこっそり会うことは特に難しくなさそうだ。

「君の部屋はどこだっけ？」

「私はあちら側の部屋です。」

「こっそり私の部屋と交換してくれ。バルコニーで繋がっているようだから。」

「え？でも、公爵様の部屋は……」

どんなにディエルが私の父の最側近であっても、彼は平民だから、とても良い部屋を持つことはできなかった。

当然、エルアンにはこの邸宅で最も良い部屋を割り当てていた。

「それでもこの部屋はリチェにもっと近いじゃないか。伯爵には内緒で交換しろ。」

「ええ……うーん……。」

「そこにお前がぐっすり眠れるように準備しておいたものがあるから、全部使え。」

しばらくすると、エルアンの部屋は広くて眺めも素晴らしいだけでなく、高級なバス用品やさまざまな高級食材を時間ごとに入れ替えるよう指示されていたことが明らかになった。

「わかった？」

獲物を狙うようなエルアンの視線に、ディエルは黙って肉を噛みしめた。

彼は自分の仕事はすべてエルアンがしてくれると思い込んで、毎日のように特等席で腕を組んで、海や空を眺めながら、あれこれ食べている状態だったので、ディエルの顔色は青ざめていた。

これ以上、彼の顔は青ざめることはないだろうと思った。

「では、良い時間をお過ごしください……。」

「ちょっと、ディエル。」

私はエルアンと私を置いて、足早に立ち去ろうとするディエルを引き止めて言った。

「あなた、シリオン様に必要以上の情報を渡したんじゃない？私とエルアンが婚約中で、父がそれに反対していることまで。」

「しつこく質問されて、どうしようもなかったんです……。私は平民だから、嘘をつくことができなかっただけで……。」

ディエルはエルアンの目を避けながら、ぼそぼそと話した。

エルアンは黙って腕を組んでいたが、低く言った。

「座れ。」

「……え？」

「座れって。」

「でも、席が二つ……。」

「俺の席に座れ。逃げようとするな。」

ディエルはエルアンの目をうかがいながら、結局、豪華な装飾が施された椅子におずおずと腰を下ろした。

エルアンは腕を組んだまま、欄干にもたれ、冷ややかな目で尋ねた。

「それで、その礼儀知らずのメガネ男がリチェにしつこく質問されたんですね？」

「はい。」

「脅されたの？」

「……はい。」

「分かった。」

私は立ち去ろうとするエルアンの腕をしっかりと掴んだ。

「どこに行くの？」

「あの眼鏡男のところに。」

「行って何をするの？」

「目じゃない他の場所も良くない状態にしてやるよ。」

エルアンは平然と言ったが、すでに唇がきゅっと結ばれていた。

「勝手に他人の婚約者に執着してるのか？」

仕事の邪魔をしないように嫉妬は控えるようにと言っていたが、長い間我慢していた彼にとっては限界だったようだ。

外交問題に発展する可能性もあるため、私は彼を引き留めて落ち着かせた後、ディエルに尋ねた。

「でも、父があの人を妙に嫌がっているみたいだけど、二人の間に何かあったの？」

「何かあったわけじゃ……。フェレルマン伯爵は初めて会ったときから彼を嫌っていたけど……あ、待って。」

ディエルの青い瞳が一瞬細められた。何かを思い出しているようだった。

「シリオン……シリオンか。」

「何か聞いたことがあるの？」

「以前、かなりの人々が出ていくのを聞いたことがある。」

ディエルは完全に深い考えに沈んでいて、私に以前のようにため口で話した。

「あ……そうだ。記憶が戻ってきた気がする。」

「そう？じゃあ、早く話して。」

「話さないほうが、結果的には良さそうな気がするけど。リチェ、君は演技が苦手だし。」

「え？」

「うまくやれば、これがすごいチャンスになる気がするよ。あ！できるかもしれない、きっと……。」

鋭くエルアンの視線を感じたディエルは、我に返ったのか、再び口を閉ざした。

「お二人とも、その伯爵様がしたいようにさせてみてはどうでしょうか。リチェ様は少し受け入れてみて、公爵様はただ見守るだけ。きっと良い結果が出ると思いますよ。」

エルアンと私はしばらく黙っていたが、結局口をつぐんでしまった。

ディエルがこんなに確信をもって話すのを見ると、何かあるに違いないと感じた。

エルアンが彼の邪魔をして外交問題に発展しそうだったため、私は止めようとした。

まあ、騒ぎ立てる話を片耳で聞いて流せば済むことなので、特に難しいことではなかった。

「俺、演技うまいから。」

エルアンがすました顔で言った。

「だから、事情を全部話してもいいよ。俺にだけは。」

「だめです。」

私は口を挟んだ。

「もしこれを後でお父さんが知ったら、裏切られたように感じるかもしれません。私たちは、できる限り事情を知らないふりをするのが、もしものためにも良いと思います。」

「うん……でも、あいつがしつこく迫るのを君が受け入れて、僕は知らないふりをするってことだよね……。」

「信じるしかありませんよ。別に一生そうしなきゃいけないわけでもないですし。」

「それでも……。」

「エルアン。」

私は彼の手のひらに自分の手を重ねた。

「私を信じてない？まさか私があのネチネチした奴に落ちるとでも？」

「……リチェ。」

エルアンがため息をつきながら私の髪を優しく撫で始めると、ディエルが突然立ち上がった。

「では、私はこれで失礼します。」

「ディエル！」

私はエルアンの腕を軽く押しのけて笑った。

「ありがとう、助けてくれて。」

「うーん、これはただの俺の考えだけど、たぶんフェレルマン伯爵様も諦めざるを得ないようなきっかけができれば、むしろ気が楽になるんじゃないかな……。」

彼はぼんやりと後頭部をかいた。

「そして公爵様のおかげで、とても楽に過ごしています。私は義理堅いので、受けた恩は必ず返します。」

朝も遅くまで寝て、治療所に出て行くと、エルアンが急いでやってきた。

「リチェ、ここにオレンジジュースとリンゴ一切れ、それから焼きたてのパン。今朝、まだ何も食べていないって。」

「はい、ちょうどお腹が空いていました。」

夜遅くまで眠らなかった人が誰だろう。

エルアンは自然に目を細めて微笑んだ。

「寝床が変わると大変だね。ちょっと、カバン持ってあげるよ。あ、パンがパサパサしてるから飲み物を取りに行く？俺が取ってきてあげるよ。」

私は彼の素早い視線を感じながら、少しため息をついた。

その申し出を受け入れるのは気が進まなかったが、朝から娘の動きを邪魔するのが嫌だった父が、落ち着かない様子で私たちを見てから、ふとつぶやいた。

「えっと……公爵様も顔色があまり良くないな。」

その理由は、おそらくディエルの顔色が青白くなる理由と同じなのだろう。

その時、絶妙なタイミングでシリオンがきちんとした身なりで現れた。

「リチェさん、今日も美しいですね。あ、このパン、ちょっとパサパサしてるかも。」

そのため、何か言おうとしたエルアンの顔がどうしようもなく強ばった。

「朝食が軽かったようなので、お昼には私と一緒に市内に出かけませんか？海鮮コース料理がとても上手なお店があります。」

私は今、必要なのはすぐに口に入るパンであり、遠い未来のランチの約束ではないと伝えようとしたが、ディエルの忠告が思い出され、思わず笑った。

「まあ、気を使ってくれてありがとうございます。」

エルアンは無言で、私がパンを食べ終わるまでオレンジジュースのカップを持っていた。

小さな手首に浮き出た血管が、かなりイライラしていることを物語っていたが、どうにか我慢している様子だった。

「こほん、こほん！早く食べて、リチェ。巡回に行かなければならない。そして、それから。」

父はシリオンの視線を遮りながら、冷静に言った。

「昼食は当然、私と一緒にしなければならない、わかったか？」

「えっと……はい、わかりました。」

「海鮮料理のコース？そんなのはどうでもいい。メイリスの食事はすべてあそこでああなんだから。」

明らかに地域差別的な発言をした後、父は素早く私の手をつかんで引っ張った。

エルアンが私に合わせてオレンジジュースを差し出し、一口飲んだ後、私は歩みを止めて言った。

「ちょっと待って、お父さん。まずルシを見てきます。どうしても一番幼い患者だから気になって。」

「こっちだ、リチェ。」

エルアンが素早く道を空けながら言った。

私は息をついて答えた。

「きっと、保育園にいたとき一緒に過ごした子どもたちのようで……」

「あ。」

「ルシも保育園に行くことになるので、無事に健康になってくれたらよかったのですが。」

「でも、子どもがずっと憂鬱そうにしているので心配です。」

父もやはり気にかかる様子だった。

「気分が少しでも良くなれば、元気を出して治療ももっと受け入れてくれるだろうにね。」

しかし、一日で親を失った子どもに無理に気分を上げて元気を出せと言うのは難しいことだった。

私は重い気持ちでぐったりとしたルシのもとへ行き、頭を撫でた。

「少しでも気を取り戻せたらいいのに……。」

エルアンが差し出した筆ペンでルシの状態を記録しながら、私は黙って凍りついた。

「ねえ。」

父がトイレに行った隙を見て、エルアンが素早く近づき、囁いた。

「正直に言うと、伯爵様が俺をすごく嫌ってるのは理解してるけど、それでも時々悲しくなるよ。」

私は彼が何を言うか予想がついたので、軽く笑って言った。

「でも最近は一つもぎこちなくないわ。称賛したくなる。」

もちろん、私に執着するシリオンを見るたびに、エルアンは怒りを抑えるのに苦労していた。

しかし、彼が我慢できずに出ていく前に、父が極度の嫌悪感を示すこともあった。

それでもシリオンが引き続き私に話しかけてきて、どうしても聞き入れない態度を取った理由は、私が無理やり突き放さなかったからだった。

ディエルの助言を受け入れて、私は穏やかな態度を保ちながら、ある程度受け入れるようにしていた。

例えば、彼がどこかに一緒に行こうと言えば、嫌がらずに一緒に出かけたり、プレゼントをくれれば喜んで受け取ったり、私を褒めると感謝の挨拶と一緒に簡単に褒め返したりしていた。

「実は、一目見た瞬間に心を奪われました。」

婚約者がいる相手にそんなはっきりとした言葉を投げかけても、彼は正面から受け止めることなく、ただ微笑んでいた。

「お母様の遺言も大切ですが、それでもリチェ様が好きな方を選ぶべきです。しがらみを振り払って、リチェ様が本当に望む相手を選んでください。」

このような発言にも、彼は「そうすべきなのでしょうか。」と曖昧に答えるだけだった。

もちろん、父が会話に介入してくるせいで、話が長引くことはなかった。

シリオンが父の反対を強く意識していないのは、婚約者であるエルアンにも父が同じように厳しく接しているからだ。

母の遺言に関わる婚約者にもそうなら、当然、自分にも厳しくなるのは当然だった。

そんな風にしばらく経つと、父は少し悲しげに、私が無理をしているのではないかと心配するようになった。

「どうしてあの男がしつこく付きまとうのに、冷たく突き放さないんだ？」

「良い気持ちでボランティア活動に来たのに、外交的な問題を引き起こしたくはないんです。」

「でも、それは……」

「私はジェンシー公妃様との関係もありますし、シリオンのことも嫌いではありません。見た目も良いし、私に親切にしてくれるじゃないですか。」

「リチェ、それはどういうことだ？お前はセルイヤーズ公爵の背後で辛い思いをしているのが見えないのか？」

「まあ、お父さん！エルアンが心配なんですか？言い過ぎだよ、お父さん。どうしてそんなひどいことを言うの？ 私が彼のことを気にする理由なんてないでしょう！」

よく分からないが、ディエルの言葉が効果を発揮したようだ。

もちろんディエルは、日に日にエルアンのために準備してきたものを、まるで自分が楽しむかのように満喫していた。

「それにしても、明日は『蛍の夜』だね。」

エルアンは考え込んで沈黙した。

『蛍の夜』はメイリス公国の祭りの一つで、その夜には湖の周りに蛍が一斉に舞い上がり、美しい景色を作り出すと言われている。

雰囲気がとてもロマンチックで、男女が一緒に蛍を眺めると、恋人同士になるという言い伝えまである。

その言い伝えが真実でなくても、年に一度しか訪れないこの美しい夜を楽しもうとする人々は多かった。

この「半月の夜」に対するメイリス公国の人々の熱意は非常に高く、患者の中でも数名はどうしても自分がその湖に行かなければならないと訴えた。

その中の一人がルシだった。

「ルシが半月の光をとても見たがっていたのに、どこにも移動できない状態だし、寒い夜風を浴びるのも健康に良くないと言われました。気分が良くないです。」

残念ながら、この地域で行われる「半月の夜」のイベントには、父と私は必ず参加しなければならなかった。

治療所に入院していない人々が多く集まると言われ、シリオンはその時に私たちを公式の場で紹介する計画を立てていたからだ。

帝国とメイリス公国の友好関係を広く知らせるために、ぜひとも必要な儀式だということだった。

特に、医療研究者の間で影響力の大きいフェレルマン侯爵は、必ず出席して挨拶を交わすべきだと念を押されていた。

「蛍がどんなに綺麗でも、特に嬉しいとは思えません。そんなものを見にここに来たわけではないんですから。」

「それでも外交問題が関わっている以上、避けられないよ。ジェンシー侯爵の面子も立てないといけないし、恩を受けたこともあるだろう？」

ちょうどその時、私たちの会話の中にシリオンが割り込んできた。

「リチェ嬢。」

彼はエルアンの鋭い視線に最初は怯んだようだった。

しかし、エルアンは表情だけで牽制するにとどめた。

彼は全く自分の言動に気を取られず、心を決めたように言いたいことを全て言おうとする状態だった。

「明日の『半月の夜』イベントの概要は受け取りましたか？」

「はい、ディエルが持ってきてくれました。」

「非常に満足されるでしょう。このような絶景はメイリス公国でなければ見ることができません。」

「そうですか……。」

「そこに伝わる伝説はご存じですか？ メイリス公国では『半月の光を一緒に見に行こう』という言葉がとてもロマンチックな意味を持つんです……。」

シリオンはその話を最後まで終わらせることができなかった。

父が近づいてきて、私の腕を引っ張ったからだ。

「何をしているのですか？」

「”蛍の夜” の説明を……」

「私にしてください。くれぐれも私の娘にはしないように。」

私は、エルアンの表情を見た。彼は非常にやつれた顔で腕を組んでいた。