悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す

悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す【90話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。 ネタバレ...

 




 

90話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 偽りの聖女

――そして、この瞬間。

“奇跡の聖女”として皇女を救い、一躍帝国の寵児となった存在。名門フリムローズ公爵家が誇る至高の令嬢。

そんなリリカ・フリムローズが、正式に裁判へと召喚された。

それだけでも帝国全土を揺るがす大事件であったが、何よりも誰もが予想していなかったのは――彼女自身が“被告側”としてそこに立たされているという、あまりにも奇妙な現実だった。

「リリカ・フリムローズが、違法な術式を用いて皇帝陛下暗殺を企てたとの告発が提出されました。――以上です」

読み上げられた罪状に、法廷内は一瞬にして騒然としたざわめきに包まれる。

確かに、最近のリリカの評判は地に落ちていた。偽化粧品騒動に、目に余る傲慢な振る舞い。だが、それにしても、だ。

“皇帝暗殺未遂”など、あまりにも話の飛躍が過ぎる。

「皇宮で爆発事件が起きたのだって信じられなかったのに……あの若い令嬢が、本当に皇帝陛下を害そうとしたって言うのか?」

「養女とはいえ公爵家の娘でしょう? 公爵夫人に花を贈った件だって、裏では色々と囁かれていたけれど……」

「いや、それでも“皇帝暗殺”は別格だろ……。さすがに信じがたい」

どれほど悪評が立っていようと、皇帝への加害は帝国における最大級の重罪。だからこそ、この裁判には帝国中の視線がぎらぎらと集まっていた。

傍聴席は隙間なく人で埋まり、これまでにないほどの熱気が法廷へと押し寄せている。過去最高の傍聴人数を記録した法院の外では、本来なら入場許可が下りない者たちまでが暴徒のように押し寄せ、怒号を響かせていた。

「リリカを擁護するなんて正気か!」

「皇帝陛下を害そうとした大逆人を許すな!」

地を這うような怨嗟の声。

――しかし、当のリリカ本人の声は、不気味なほどに静かだった。

「……認められません」

冷静を装っている。誰もがそう思った。

けれど、彼女は震えを隠しきれていなかった。声の端がかすかに揺れ、人目につかないよう、ドレスの布地の中で何度も手を握り直している。

「どこから否定すればいいのか分からないくらい、全部があまりにも滅茶苦茶です」

その言葉が終わった瞬間、傍聴席のあちこちから小さなため息が漏れた。

ここ最近の心労が祟ったのだろう。リリカは普段よりもさらに痩せ細り、その顔色は痛々しいほどに青白かった。

けれど、皮肉にもその状態が、彼女の持つ生まれつきの美しさをいっそう際立たせていた。

細い首筋へ儚げに落ちる水色の髪。血の気を失った、ガラス細工のような顔立ち。

その姿は、人々の心に潜む醜い庇護欲を強烈に刺激した。リリカへの怒りを胸に抱いてこの場に足を運んだ者たちでさえ、どうしても彼女から目を離すことができない。

「見た感じ、一生罪なんて犯さずに生きてきたような子なのに……」

「純粋すぎて、本当は誰かに利用されたとか、悪いことに巻き込まれただけなんじゃないかしら……」

そんな同情の空気が漂い始める中、リリカの無実を頑なに信じる男が、大声を張り上げた。

彼女の弁護人だ。彼は元々、イバフネ教の熱心な信徒であり、自ら進んでこの茨の道の弁護を引き受けた人物だった。

「他でもありません! “聖女”様が卑劣な手段で皇帝陛下の暗殺を企てたなどと……一体どこのどなたの妄言ですか!? こんな馬鹿げた罪状で裁判を開くこと自体、聖女様への冒涜であり侮辱です……!」

「弁護人、落ち着きなさい。それと、この場におけるリリカ・フリムローズの呼称は“被告人”です」

「……失礼しました。しかし、“卑劣な手段”、つまり神の力ではないという意味でしょう? それは即ち、彼女の力が偽物であるという『異端の示唆』に他なりません! イバフネ教においてその言葉が何を意味するか、敬愛する裁判長もご存知のはずです」

長い年月、異端狩りの名のもとに多くの血を流してきた歴史を持つイバフネ教。その狂信的な影を背負う弁護人は、さらに声を荒らげた。

「もし証拠もなく、被告人へこのような濡れ衣を着せたのであれば、むしろその告訴人こそが法の厳正な裁きを受けるべきでしょう!」

虚偽告訴で逆に訴え返す――。

弁護人が見せたその強気な姿勢に、傍聴席の空気も少しずつ「やはり無実なのでは」という方へ傾き始めた。

「神聖力を扱う聖女が、わざわざ“卑劣な手段”を使う必要なんてないものな……」

だが。

そんな揺らぎのなかでも、検事だけは微塵も動じなかった。

「被告人には、本当に神聖力があるのですか?」

淡々と、あまりにも冷徹な問いかけだった。

「は? 何を言っているのです。今まさに“聖女”と呼ばれている被告人に向かって、そのような無礼な――」

「ならば」

検事は弁護人の言葉を遮り、感情の消えた目でリリカを見据えた。

「この場で、その治癒の力をお見せください。もし被告人がこの場で神聖力を行使できるのであれば、“卑劣な力”など使っていないという何よりの証明になります。同時に、皇帝陛下暗殺未遂の容疑も容易く晴れるでしょう」

「なっ……! これまで数多くの人々を癒やしてきた実績、それ自体が揺るぎない証拠ではありませんか!」

「……でなければ、他に何だと言うのです?」

検事は、手元の書類に目を落としながら呟く。

「裁判長。通報内容によれば、被告人が神聖力を扱える場所は極めて限られているとのことです。通常の神官とは異なり、どうやら『この場』では、被告人は神聖力を使えないはずなのです」

弁護人は露骨に顔をしかめた。しかし、裁判長は検事の主張をもっともだと受け入れ、リリカへ実際に神聖力を使うよう厳かに求めた。

(神聖力というのは、本来このような見世物にするほど安っぽいものではないというのに……)

弁護人は内心悪態をつきながらも、それほど心配はしていなかった。彼は周囲に聞こえないよう、そっと声を潜めてリリカへ耳打ちする。

「連中のやり方は気に入りませんが……まあ、神聖力さえ見せれば全部片付きます。むしろ大勢の前で聖女様が奇跡を見せれば、自分が本物の聖女なのだと、人々へ改めて印象づける最高の機会になります。……さあ、どうぞ」

しかし。

どれほど時間が経っても、リリカはただ硬い表情を浮かべるばかりで、指一本動かそうとはしなかった。

沈黙が法廷を支配していく。時間が経てば経つほど、最も困惑し、焦り始めたのは、他ならぬ熱心な信徒である弁護人だった。

「聖女様……? もしかして、この場では神聖力をお見せになるのが難しいのですか?」

「……申し訳ありません。少し、体調が優れなくて」

低く掠れた、消え入りそうな声。弁護人は気まずそうに、慌てて頭を下げた。

「ああ、私が無理を言ってしまいましたね。聖女様ほどの膨大な神聖力ともなれば、体調に左右されるのも無理はありません。……後日改めてお見せいただいても構いませんので、今は、ほんの少しだけで十分です。ええと……本当に神聖力だと周囲に分かる、最低限の程度で構いませんので――」

すがるような弁護人の言葉に、リリカはただ、ゆっくりと首を横に振った。

「え……? 神聖力を、証明なさらないのですか? 力を見せれば、今すぐここで全てが解決する話なのに、なぜ……?」

弁護人の顔から血の気が引いていく。

こんな荒唐無稽な罪状で、しかも“卑劣な手段”などと侮辱されているのだ。普通なら、激昂してでもその反証を叩きつけるはずだった。

リリカがなおも沈黙を貫くにつれ、傍聴席の空気は急速に冷え切っていった。中には、あからさまに不審の視線を向け始める者まで現れる。

「本当に……体調の問題なのか……?」

静まり返った法廷で、検事がこれまでよりもいっそう低く、よく響く声で口を開いた。

「被告人は“より多くの患者を救うため”、死の直前まで神聖力を使い続けていた――世間には、そのような美しい美談が広く知れ渡っていますよね」

「……」

「ですが今日は、その時のように大勢を救えと言っているわけではありません。ただ指先一つに神聖力を示し、自らの潔白を証明してほしいだけです。……それでも、拒否なさるのですか?」

検事は、大規模な奇跡である必要はないと何度も念を押し、追い詰めていく。弁護人もまた、何か、どんな小さなことでもいいからしてくれと、血走った目でリリカへ何度も視線を送る。

だが――返事はない。

そうなるしかなかった。

(最初から、逃げ道なんて存在しないように作られているのよ)

傍聴席の一角で、ユリアは法廷の空気が徐々に変わっていくのを肌で感じ、冷たい愉悦に浸っていた。

――ヤコブがいない以上、リリカが神聖力を使えるわけがないのだ。

容疑を聞かされた直後、リリカは半ば抵抗することもなく、拘束されたまま取り調べを受けていた。そもそも、ここまで大事になるとは本人を含め誰も予想していなかったのだろう。今までの特権階級としての驕りから、軽い事情聴取程度で終わると思っていたはずだ。

だが、その油断に冷酷につけ込むように、何も知らないリリカを連行した時点から、ヤコブと彼女を引き離す準備は完璧に整えられていた。

――あの紅河派の男から、リリカの“発動条件”を聞き出していたのだから。

検察へその情報を流したのは、他でもないユリアとエノクだった。

万が一に備えて、ヤコブを完全に拘束しておけば、リリカは借り物の力を一切使えなくなる。

結局、検事や裁判長が何度促しても、リリカが治癒能力を使うことは最後までなかった。先ほどから彼女が落ち着きなく握り締めていた掌からは、爪が食い込み、じわりと血が滲み出ている。

「こんなふうに大勢に囲まれていて、私がいつも通り気軽に神聖力を使えると思いますか?」

追い詰められたリリカは、なおも余裕があるように見せようと、唇の端を吊り上げて無理に笑みを浮かべた。

「私の行動一つ一つを、そうやってずっと悪意を持って監視していらっしゃるじゃないですか」

もしここで弱い神聖力しか見せなければ、今度は“聖女らしくない卑小な力だ”と難癖をつけるつもりなのだろう――彼女はそう主張した。そもそも、こんな馬鹿げた罪状で裁判が開かれていること自体がおかしいのだと。

リリカは、今起きている事態を大したことではないように見せるため、努めて穏やかで、かつ見下すような声を作った。

もちろん、大逆の疑いをかけられている以上、完全に無視するわけにはいかない。だが……結局のところ、この場を凌いで後でヤコブを相手に治癒を見せれば済む話だ。

――もっとも、ヤコブという発動機の存在を周囲に悟られないよう、今まで以上に慎重になる必要はあるけれど。後で適当に披露しておけば、こんな疑いくらい、いくらでも晴らせる。

『とにかく、この裁判さえ乗り切ればいい』

リリカはそう確信していた。

だが、ユリアはその浅はかな思考をすべて見抜いていた。彼女は今日、この裁判を無事に終わらせるつもりなど、毛頭なかった。

(リリカ、ごめんなさい。でも、これで終わりじゃないのよ)

ユリアの目元が、どこか愉快そうに歪む。

一方で、必死に冷静さを保とうとしていた弁護士の声は、焦燥のあまり次第に狂を帯びた熱を帯び始めていた。

「根拠のない告発で、無理やり神聖力を使わせるおつもりですか!? この裁判自体、聖女様を不当に追い詰めるために仕組まれたものではないかと疑わざるを得ません!」

リリカが頑なに神聖力を使おうとしないことで、弁護士の精神も限界に近づいていた。戸惑いながらも、彼は必死に盾になろうとする。

だが、その哀れな反論に対し、検事の表情はいっそう険しく、冷徹に研ぎ澄まされていった。

「私だって信じたいわけではありません。ですが、当方に寄せられた有力な証言には……被告人が“邪術”を使えたのは、そもそも彼女が聖女ではなかったからだ――という、極めて衝撃的な話まで含まれているのです」

「これ以上、根拠のない扇動的な発言は厳に慎まれよ――!」

「つまり、本来の治癒能力を一切持たない被告人が、“ヤコブ”という邪術を扱える下僕を利用して、自らを聖女に見せかけていた……そういう疑惑があるということです」

「そんな……! では聖女様が治療の際に放っていた、あの神々しい白い光は何だったと言うのですか!? 邪術や魔法で簡単に再現できるようなものでは決してありません!」

熱くなった弁護士は、一度注意されたにもかかわらず、再び“被告人”ではなく“聖女様”と呼んでしまっていた。呼称が再び戻ってしまったことに裁判長が苦言を呈し、再度仲裁に入る。

そして、その淀みない流れのまま、検察側は待機させていた最初の証人を呼び出した。

現れたのは、“光魔法”の使い手として帝国で高名な魔導士だった。

「光魔法そのものには、そこまで膨大な魔力は必要ありません。目の前で人が苦しんでいたり、大事故が起きて周囲が激しく混乱しているような状況下では……ええ、どれほど優秀な術者であっても、その程度の微弱な魔力を正確に見抜くのは極めて困難でしょう」

「だからといって、“光魔法に使われた魔力が微弱だった”という話が、どうして治癒能力が偽物だった証拠になるんですか!?」

リリカ側の弁護士は、証人の言葉に必死で食い下がる。

「検察側の方針としては、我々に初歩的な光魔法の理論から一つ一つ説明しなければならないほど、証拠が薄いのですか?」

「ええ、もちろん。今の話はあくまで前提に過ぎませんので」

検事は肩をすくめ、冷ややかに笑った。

「今のは、数ある可能性のうちの一つを示したに過ぎません。では次に――被告人リリカ・フリムローズが、使用人ヤコブの不在時には、ただの一度も力を使えなかったという、決定的な証言をお聞きいただきましょう」

検察側は続けて、ヤコブが病に伏していた日はリリカが一切の治癒を行えなかったこと、そして治療の際には、常に彼が不自然なほど近くに控えていたことを証言する者たちを次々と呼び出した。公爵家の元使用人や、神殿の奉仕者たちだ。

「人のいない完全な密室では、一度もお力を使われたことはありませんでした。特に、治療用に設けられた神殿のような場所では……なおさら、頑なに従者を同伴させておりました」

「聖女様が突然、“補助が必要です”と仰って、使用人を呼ぶよう緊迫した様子で命じられたんです。その……ヤコブという男を」

「検事から質問します。他の神官にも、そういった『補助役』は存在するのですか? 神聖力を行使する際に」

その問いに、使用人の一人がためらいがちに答えた。

「……いいえ。まったくありません。リリカ聖女様だけでした。神聖力を使うのに、どうして別の人間が必要なのか……正直、ずっと不思議でした」

積み重ねられる生々しい証言は、まるで「リリカではなく、ヤコブこそが神聖力を使っていた」という説を完璧に裏づけていく。

さらに次の証人として現れたのは、リリカにも見覚えのある、大神殿所属の高位神官だった。

「リリカ聖女様の治癒の力は、他の神官たちの純粋な神聖力とは、どこか違う異質な印象がありました」

「どう違ったのですか?」

「……うまく言語化できませんが、“神聖力らしさ”を感じない、と言いますか。実は、セブリノ神官長が初めてリリカ令嬢を聖女候補として迎え入れた時も、神殿内部では似たような懸念があったのです。“あまりにも違和感がある”――そんな理由で、彼女を聖女として迎えることに強く反対していた方々もいたほどです」

しかも、問題はそれだけではなかった。彼女がヤコブを自らの傍らに呼び寄せる頻度が、一介の使用人に対するものとしてはあまりにも多すぎたのだ。

神官の厳かな証言が続くにつれ、当初はただ困惑していただけの法廷に、鉛のような重苦しい空気が広がっていく。そして人々の疑念は、少しずつ、しかし確実に別の方向へと向かい始めた。

――“祝福”の力は、フリムローズ公爵家の血筋にのみ宿る。

それは、外部にはほとんど知られていない絶対の秘密だった。

「リリカ・フリムローズ嬢を除けば……ユリア嬢とジキセン卿だけが、フリムローズ家の祝福を扱えるはずでは?」

「でも、それを誰に確認するんだ? ジキセン様は精神を病まれたまま、長く屋敷に閉じこもっているし……」

傍聴席の囁き声を拾い上げるように、検事は静かに、しかし勝利を確信した目で裁判長へ告げた。

「被告が“治癒の祝福”を持っているという主張が偽りであると、完全に証明できる人物を、ここへ呼びます」

「ほう?」

法廷が大きくざわつく。

フリムローズ家において、“祝福”を扱える直系はたった二人しか残されていない――それは貴族界の常識だったからだ。

弁護士がすぐさま椅子を蹴立てて立ち上がる。

「ユリア・フリムローズ、その一人の証言だけを鵜呑みにするわけにはいきません! 確かに彼女は祝福の使い手ですが、被告とは以前から深刻な不仲だという噂もあります。私情や憎悪が証言に混ざる可能性は十二分にあります!」

だが検事は、その猛反発すら想定済みだったかのように、薄く残酷な笑みを浮かべた。

「ユリア嬢だけが証人だとは、一言も言っていませんよ」

「……え?」

検事は淡々と続けた。

「本日、この証言台に立つのは――フリムローズ家の“祝福”を持つ者、全員です」

その言葉を合図に、法廷の重厚な扉が左右へと開け放たれた。

現れたのは二人。

ユリア・フリムローズ。

そして――ジキセン。

“成長の祝福”と“剣の祝福”を授かった、フリムローズ公爵家の正統なる直系だった。

「なっ……ジキセン公子まで……!?」

地鳴りのようなどよめきが広がる。

遠目からでもはっきりと分かる、フリムローズ家特有の美しい銀髪。かつてのような、周囲を見下す尊大な足取りではない。それでも、その場の空気を一瞬で支配するような圧倒的な存在感だけは、少しも衰えていなかった。

しかし、その身体は痛々しいほどに痩せ細り、瞳は生気を失ったように虚ろだった。そのあまりの変わり果てた姿に、法廷中の視線が釘付けになる。

「まあ……なんてお労しい姿に……」

思わず息を呑む声が漏れる。明らかに以前とは違うジキセンの異様な様子に、誰もが激しく動揺した。

だがその中で、最も劇的に顔色を変えたのは、他ならぬ被告席のリリカだった。

それまで必死に維持していた平静の仮面が、初めて醜く歪む。

――そう、彼がここにやって来るとは、夢にも思っていなかったのだ。

ユリアは、そのリリカの絶望の表情を見逃さなかった。

彼女は裁判が始まる前、ジキセンの部屋を訪ね、これまで起きたすべての真実を容赦なく話していた。

リリカが“偽りの聖女”だという決定的な疑惑。そして今回、騎士に禁忌の術をかけて皇帝暗殺を企てたという恐るべき件まで――。

世間には決して知られていない陰惨な裏事情を、ユリアはすべてジキセンの前へ曝け出したのだ。

『――それ、本当なのか?』

『私がわざわざお前に、そんな嘘をつく理由がある?』

ユリアは冷ややかに肩をすくめて言った。

『真実はこういうことよ。最初から最後まで、お前はただ都合よく利用されていただけ』

そして、絶望に震える兄へ追い打ちをかけるように続けた。

『どう? その真実を、世間に知らしめたくない? リリカの“治癒の祝福”に、決定的な違和感を覚えていたのは……お前だって同じだったでしょ? 証人として出てくれない? あそこまで好き放題にお前を破滅させておいて、まだのうのうと生きているあの子に、少しくらい仕返ししたくならない?』

だがジキセンは、血がにじむほど苦しげに眉を寄せた。

『ユリア。お前は“俺のため”って顔をしてそれを言っているけれど……本当は違うだろ。お前自身のためでもある。俺だって、それくらいは分かっている』

『はぁ? あれだけ酷い目に遭わされて、まだあの子を庇うつもり? ……いいわ、それでも庇いたいのなら好きにすれば? 私は無理強いしない』

ユリアは心底冷めた声で言い放った。

『ただ、もし少しでも自分の人生を取り戻す気があるなら。明日の裁判が始まる前に、法廷へ来なさい』

そう言い残し、彼女は未練など一欠片もないように背を向けた。

もしあの時、ユリアがしつこく説得し続けていたなら。「必ず証言して」と感情的に迫っていたなら、プライドの高いジキセンは拒絶して来なかっただろう。

だが、ユリアの計算通り、彼は一晩中血を吐くような思いで悩み抜いた末に、自らの意志でこの法廷へと現れたのだ。

「……ジキセン・フリムローズです」

ざわついていた法廷が、一瞬で静まり返る。

不自由な足を引きずりながら、一歩一歩証言台へ向かうその痛々しい姿に、誰もが言葉を失い息を呑んだ。

「ここで語ることは、すべて真実であると誓います」

かすかに震える声で宣誓を終えると、検事の問いに対してジキセンはゆっくりと口を開いた。

「先ほどの魔法師の証言……私も同意します。リリカの力は“治癒の祝福”というより、質の悪い光魔法に近いものだと、肌で感じていました」

法廷が大きく波打つ。

「少なくとも、ユリアや私が本物の祝福を使う時のような魂の共鳴は、一度としてありませんでした。さらに……フリムローズ家の祝福は、その多くが幼少期に発現します。リリカのように、成長してから突然目覚める例など、歴史上ほとんど存在しません」

そして一度言葉を切ると、ジキセンはゆっくりと顔を上げた。

充血し、狂気と絶望を孕んだ赤い瞳が、まっすぐにリリカを射抜く。

「あの魔物討伐の時……お前は、私の足を治してくれなかった。いや……“治せなかった”んだろう」

法廷の空気が、完全に凍りついた。

「助けてくれと懇願したのに、聞こえないふりをした。あの凄惨な混乱の中でも、お前は――」

「……結局、“あの男(ヤコブ)”のことしか見ていなかった!!」

それは、かつて誰よりも妹を盲目的に溺愛していた兄の口から出たとは到底信じられない、剥き出しの激しい敵意だった。

法廷中が息を呑む。祝福を持つ当事者である二人がそろって、リリカの力は“治癒の祝福”ではないと断言し始めたのだ。

続いてユリアも、静かに、しかし明確に証言した。

「私も、兄と同じ違和感をずっと覚えていました。ですから……弁護側の『聖女だから無実だ』という主張には到底賛同できません」

その間も、ジキセンの鋭い視線は一瞬たりともリリカから外れない。

「被告の力は、“祝福”ではない――私もそう考えています。もちろん……」

ユリアはそこで言葉を切り、意味深にリリカを見つめた。

「今この場で、その素晴らしい治癒の祝福を見せてくだされば、私たちの勘違いかどうかは一発ではっきりするはずですけれど?」

それでもなお、リリカは頑なに顎を引き、力を使おうとはしなかった。

すると、ジキセンも血を吐くような声で静かに追随した。

「ええ。もし私たちの考えが間違っているというのなら……ここでその高貴な治癒の力を見せれば済む話ではありませんか?」

ジキセン・フリムローズ。かつて「リリカはフリムローズ公爵家の至宝であり、大輪の花だ」とまで豪語し、彼女を全肯定していた男。そんな彼が、歩くこともままならない身体を押してまで法廷に現れ、妹を糾弾している。その事実が、人々に与えた衝撃はあまりにも大きすぎた。

「リリカ令嬢を、兄であるジキセン様がどれほど狂信的に大切にしていたか、貴族界で知らない者はいませんからね……」

「もし単なる兄妹喧嘩の仲違いだとしても、実の兄の脚を失うまで放置したなんて、聖女のすることじゃない。だが、もし最初から“ヤコブ”という従者がいなければ何もできなかったのだとしたら……すべての凄惨な辻褄が合う」

数ある証言の中でも、最も大きな決定打となったのは、間違いなくジキセンの存在そのものだった。時には言葉そのものよりも、その人間の崩壊した態度や憎悪の振る舞いの方が、何倍も強い説得力を持つ。あれほどリリカを愛していたジキセンが、今や殺意に近い敵意を隠そうともしない――その事実だけで、リリカの偽りの歴史を粉砕するには十分だった。

「リリカ・フリムローズ。これについて、何か明確な反論はありますか?」

裁判長の問いかけに、リリカは唇を噛み締め、何も言えない。

「言い返せないだろう……! 全部、全部嘘なんだからな!!」

ジキセンの荒々しい怒声が、法廷の天井を突き破らんばかりに響き渡った。

それでもリリカは最後まで、頑なにジキセンの方を見ようとはしなかった。完全に無視し、存在を否定するかのように顔を背け続ける。

そのあまりにも冷酷な態度に、ジキセンの細い糸がついに切れた。彼は我忘れて感情を爆発させた。

「お前みたいな奴を、信じるんじゃなかった……! ――いや、母親もいない可哀想な妹だからって、誰よりも俺が守ってやらなきゃいけない存在だと思っていた、俺の人生そのものが……すべて惨めな間違いだったんだ!!」

ジキセンはリリカに向かって、まるで腹の底に溜まった泥を吐き出すように呪詛を叫び続けた。

しかし、リリカはただ静かに顔を背けるだけ。その底冷えするような無反応さが、かえってジキセンをさらに狂気へと駆り立てる。

「母上も! 兄上たちも! 誰一人として俺に優しくしてくれなかったのに……お前だけは違ったんだ……! お前だけは俺の味方だと信じていたのに……!!」

怒りと興奮、そして絶望のあまりジキセンの顔は赤黒く染まり、今にも卒倒しそうなほど荒い呼吸を繰り返した。

見かねた周囲の係官たちが、慌てて彼の痩せた身体を支える。

「ジキセン様! お気を確かに!」

「リリカァァァアアア――ッ!!」

それは、魂の底から絞り出された絶叫だった。その最後の咆哮には、法廷で聞いている者たち全員の背筋を凍らせるほどの、凄まじい怨念が込められていた。

「……静粛に。……これ以上の審理は不可能です。少し、休廷します」

ついにはジキセンの激しい発作により、誰もが息を呑む緊迫感のなか、裁判そのものが中断されることとなった。

 



 

 

  • 【証拠のない沈黙と落ちた権威】

    皇帝暗殺未遂の容疑で被告として召喚されたリリカは、無実を主張しながらも「その場で神聖力(治癒の力)を示せ」という裁判長や検事の要求を頑なに拒み続けたことで、傍聴席や弁護人からの全幅の信頼を完全に失った。

  • 【暴かれた「ヤコブ」という仕掛け】

    元使用人や神官たちの生々しい証言、光魔法使いの分析により、「リリカ自身には神聖力がなく、常にかたわらに置いた下僕(ヤコブ)の力を利用していた」というカラクリが法廷の場で白日の下に晒された。

  • 【かつての溺愛者・ジキセンの怒りと破滅】

    ユリアの手回しにより出廷した実兄ジキセンが、「リリカの力は祝福ではない」「足を治してくれなかった」と憎悪を剥き出しにして証言。妹を信じ抜いた自らの人生を呪い叫ぶ血吐くような狂乱により、裁判は休廷へ追い込まれた。

 

 

 

【悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。 ネタバレ...