こんにちは、ちゃむです。
「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
54話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 狩猟大会④
――戦場の英雄とはいえ、狩猟となると話は別では?
――殿下は狩りは得意ではないと聞いていますが……。
もしかすると——できなかったのではなく、あえてしなかったのかもしれない。
人々はジキセン・プリムローズとマルセル・ビエイラのどちらが狩猟大会の優勝を勝ち取るかで賭けをしていた。
エノク皇太子はこれまで、この大会にほとんど関心を示したことがなかった。
彼が狩りに出る姿を見た者など、誰ひとりいなかったのだ。
だが、それは「できない」からではなく、「する必要がない」と思っていたからだ。
一度怒りに火がつくと、むしろ冷静になるタイプ——そういう人間なのだと、ユリアは改めて思い知らされる。
――「ハンカチをお渡しします。」
――「もう、他の誰からも受け取りません。」
その言葉を思い出すたび、胸の奥で何かがざらついた。
ユリアから受け取るのが当然とでも言いたげな、あの穏やかな笑み。
その態度が、どれほど傲慢で、どれほど彼女の想いを弄んでいるかなど、気づきもしないのだろう。
(……ユリアは、なぜあんな男を好いたのだろう?)
ビエイラのこめかみが、知らず知らずのうちに脈打った。
でも……別れたことを幸運だと思いながらも、
あんな男に傷つけられたことを思い出すと、まるで狂ったように胸がかき乱された。
『やっぱり……』
自覚はしていなかった。
いや、むしろ無理に自覚しないようにしていたのだ。
――彼はユリアを好きなようだった。
過ぎ去った初恋ではなかった。
いつの間にか再び芽生えたのか、それともあの炎はずっと消えずに、ひっそりと燻っていたのか――それはわからない。
いや、そもそも重要なことではないのかもしれない。
『認めよう。』
ビエイラ公爵令息がユリアに向ける感情は――嫉妬だった。
腹の底から、どうしようもない苛立ちが込み上げた。
ユリアが本当にあのハンカチを渡してしまうのではないかと、考えただけで胸の奥がざわつく。
思考より先に、身体が動いていた。
気づけば、彼はユリアとビエイラの間に立ちふさがっていた。
彼をこんなふうに衝動で動かす存在は、ユリア以外にいない。
(――だから、自分は彼女を「不器用で扱いにくい」と思っていたのか)
これまで、誰かにここまで心を乱されたことはなかった。
良識ある彼は、いつも理性と距離を保っていた。
それなのに。
彼女が笑えば、なぜか言葉が詰まり、彼女が困っていれば、なぜか胸が痛んだ。
大切な妹のように思っていたはずだ。
だから、信頼していた友に紹介した――「彼女はいい人だから、仲良くしてやってほしい」と。
同じ志を持つ者として励まし、助け合おうとさえした。
だが今、そんな自分が愚かに思える。
静かにしていれば何の問題もなかった。
それなのに、自分は自ら嵐の中心に踏み込んでしまったのだ。
ユリアとの出来事を思い返すと、自然と穏やかな笑みがこぼれた。
いつも「皇太子らしく振る舞わねば」という強迫観念に縛られていた彼の顔には、どこか柔らかな表情が浮かんでいた。
しかし、それも束の間だった。
エノク皇太子の瞳に、鋭い光が宿る。
『負けたくない。』
プリムローズ子爵の様子はあまり良くなさそうだった。
自分が出場しなければ、ビエイラ令息が優勝する可能性が高い。
――獲物をユリアに献上するか、あるいはそれをネタに彼女に取り入るか。
どちらの光景も、目を背けることなどできなかった。
『婚約者の妹に求婚しておいて、よくもまあそんな態度を取れるものだな……。』
通常、狩猟大会の勝者は「最も多くの獲物を仕留めた者」か「最も捕獲が難しい獲物を仕留めた者」によって決まる。
その評価は往々にして主観的で、運や見栄も大きく左右する。
――ならば、両方をやってのければいい。
エノク皇太子は一瞬の迷いもなく馬首を返し、風のように狩場を駆け抜けた。
たてがみが翻り、土煙が彼の足跡を覆い隠す。
彼はすでに十分な成果を収めていた。
それでも、満足してはいなかった。
「……まだだ。」
視線の先に、山へと続く細い獣道が見える。
そこは誰も踏み込もうとしない危険な区域だった。
冷静に考えれば、今の時点で優勝は確実。
しかし、彼は知っていた。
――ユリアが自分をただの“優勝者”としてではなく、真の強者として見ることを望むなら、これだけでは足りない。
(……正直に言えば、少し焦っていたのだ。)
胸の奥でかすかに笑いながら、彼は手綱を強く握りしめた。
そして、躊躇なくその獣道へと馬を走らせた。
エノク皇太子は、ユリアに圧倒的な勝利を捧げたいと願っていた。
狩猟大会に参加した貴族たちは、獲物を探して次々と前方へと進んでいった。
だが、その後ろの状況も大差なかった。
「……何だ、これは……」
すでにエノクによって初期段階で狩場が荒らされてしまっていたのだ。
なんとか獲物を探そうと慌ただしく動き回ってみても、大貴族たちでさえ同じく苦戦を強いられていた。
「プリムローズ公爵家では、ろくに獲物も見つけられないのでは?」
「私も疑わしいと思います。それ以外に説明がつきません。」
「そんなに姿を見せないはずがありませんよ。」
「でも……歩き回っていたら、あちこちに狩りの痕跡がありましたけど?」
「ええ、私もです。あの方向でかなり見かけました。」
「私はヨンシク卿のいた場所とは反対側にいましたが、そこにも獣の血痕がありました。」
三人の証言が重なった瞬間、皆の視線が交錯する。
「つまり――この狩場のどこかで、今も誰かが狩りを続けているということでは?」
その「誰か」が誰なのか、誰も確証を持てなかった。
だが、ただ一人、皆が心の中で同じ名を思い浮かべていた。
狩猟場中に散らばる無数の獲物の痕跡。
それは、明らかに常人の手によるものではなかった。
エノク皇太子はすでに、他の参加者が狩りを終えるよりもはるか前に、山の奥深くで次々と獲物を仕留めていたのだ。
「――今回の狩猟大会は、エノク皇太子殿下の圧勝ですね。」
誰かが呟くと、周囲に静かなざわめきが広がった。
積み上がる獲物の山。
そして、その中には、熟練の猟師でさえ滅多に仕留められぬ“黒岩獅子”の姿があった。
終わったわけではなく、次々と積み上がっていっていた。
「これまで狩猟大会で活躍されたことがなかったので、正直期待していなかったのですが!」
その声は森の奥まで響き渡った。
「いや……私は一匹も捕まえていないんだが。」
「私も同じです。」
他の貴族たちが戸惑い、あたりを見回している中、ひとりの男だけが小さく含み笑いをもらした。
「すみません、少し通していただけますか?」
「おや!」
それはビエイラ公子だった。
彼は手ぶらの貴族たちの間を悠々と通り過ぎ、自分が仕留めた獲物を彼らの前に差し出した。
「キツツキです。」
その光景を見た瞬間、周囲の人々の目が大きく見開かれた。
「まさか……あれ、本物の“サンビョラク鳥”ですって?」
「サンビョラク鳥って……何ですか?」
「ま、まさか――」
「うそだろ!」
息を呑む声が重なる中、ビエイラ伯爵はわずかに唇の端を吊り上げた。
その笑みには驚きよりも、どこか安堵の色が混じっていた。
(ふん、皇太子殿下といえど、どうせ簡単な獲物しか狩っていないはずだ。身分の威光で持ち上げられているだけ――。私のような実力者とは違う。)
そうやって自分に言い聞かせ、少しばかり揺らいだ自尊心を取り戻そうとした。
(まさか“サンビョラク鳥”を見つけたとは運が良い。それにしても……噂ほど難しい相手でもなかったな。ふむ、やはり私の腕前は大したものだ。)
だが、その油断が、すべての始まりだった。
彼はまだ知らなかった――“サンビョラク鳥”が、黒岩獅子に並ぶほどの危険な存在であることを。
もはや自分には太刀打ちできる力はない――
そう見下していたエノク皇太子の表情が、期待と警戒の入り混じったものに変わっていた。
そして、そんな彼を見つめるユリア・プリムローズの反応は――?
『見てごらん、今だって皆、私を見る目が違うじゃないか。』
キツツキは、彼が再び自信を取り戻すきっかけとなるほど、見事な獲物だった。
「いや……あんな素早い鳥を、ビエイラ公子はどうやって捕まえたというんです?」
「キツツキくらいなら、エノク皇太子殿下がいくらでも捕まえられたでしょうに……」
「でも、エノク皇太子殿下はこの森の獲物を、ほとんど捕まえてしまわれたんですよ!」
すでに人々は二手に分かれ、今回の狩猟大会の優勝者が誰になるかで騒ぎ始めていた。
(ふん、量より質だ。)
ビエイラ伯爵は内心で満足げに頷いた。
狩猟大会の勝敗がどうあれ、珍しい獲物を仕留めた自分の功績は決して小さくない。
(最初こそ皇太子殿下に花を持たせるつもりだったが……私もそろそろ本気を見せる頃合いだ。)
もしエノク皇太子が勝利しても、「身分の差ゆえに押された」と思われるだけ。
だが自分が一矢報いれば――“実力で拮抗した”という印象を残せるだろう。
(それに……あのユリア嬢の前で、弱気な男と思われるのも癪だ。)
軽く笑みを浮かべたそのとき、完璧に思えた構図に、小さなひびが入った。
フリムローズ公爵家に仕える騎士の一人が、おずおずとした様子でビエイラに近づいてきたのだ。
「し、失礼いたします……その鳥は、“サンビョラク鳥”ではなく“サンドク鳥”かと……。森で育ちましたので、見間違いはないと思います。」
その瞬間、周囲の空気が凍りついた。
――サンドク鳥。
それは珍しいどころか、害鳥として知られるごくありふれた種だった。
「……」
「さっき、これはキツツキだって言ったよな?」
ビエイラ公子は鋭い声で言い放った。
「今、俺の目を疑ってるのか?」
「い、いえ……ですが、後ほどバーベキューパーティーを開く予定ですし……もしこれが毒鳥だったら、召し上がる方々が毒に当たる危険性も……」
「お前、名前は?」
「そ、それは……」
獲物を判別していた騎士は、気圧されて口ごもった。
ビエイラ公子は周囲を一瞥し、誰にも聞かれていないことを確認してから、低い声で言い放った。
「バーベキューパーティーでは、外しても構わん。」
「……」
「だが、後々のことを考えるなら、今は黙っていた方がいい。わかったな?」
「……え?」
サンビョラク鳥は、極めて稀少で捕まえるのが困難な鳥。
一方、サンドク鳥は森のあちこちで見かけるありふれた鳥で、捕まえるのは容易い。
つまり――ビエイラ伯爵が自慢げに掲げたその獲物は、皇太子エノクが仕留めた伝説級の獣とは比べものにならない代物だった。
「……承知しました。」
顔を引きつらせながらも、ビエイラはなんとか平静を装った。
だが、内心は煮えたぎる屈辱でいっぱいだった。
その瞬間――
「う、うわああっ!!」
背後で悲鳴が上がった。
何事かと振り返ったビエイラの視界に、信じがたい光景が飛び込んでくる。
「な、なんだあれは!」
貴族たちの狩猟区から少し離れた森の方で、一群の騎士たちが慌てて後退していた。
彼らの前方――木々をなぎ倒すように姿を現したのは、巨大な黒い影。
それは、長年この地に棲み、“狩りの象徴”として語られてきた伝説の獣。
――黒岩獅子(ヘイロック・ライオン)。
その眼光が、真っ直ぐにビエイラの方を向いていた。
突然、火鳥熊(プルセナラクゴム)がここに現れるなんて、ありえない――ありえないはずなのに!
「うわああっ!」
火鳥熊が突然歩いて現れたのだ。
ビエイラ公子は驚愕のあまり剣を抜くこともできず、ただ狼狽えて手を振り回していた。
「驚かせてしまいましたね。申し訳ありません。」
生きて動いているように見えたその火鳥熊は、実はすでに死んでいた。
それが地面にドスンと落ち、地響きのような音が響き渡る。
そしてそのすぐ後ろから、エノク皇太子が姿を現した。
彼が、死んだ火鳥熊を背負って運んできたのだ。
「な、なんだと!?」
巨大な獲物を背負ってきたにもかかわらず、エノクはまるで何事もなかったかのように、少しも疲れた様子を見せなかった。
「“火焔獅子”は、山の奥深くの洞窟に棲むと言われています。まさに――山の覇者ですね。」
「子どもの頃に読んだおとぎ話にも出てきたやつよ。まさか本当にいたなんて……!」
「見て……あの大きさ、まるで岩が動いてるみたい!」
貴族たちは息を呑み、騎士たちは慌てて退避した。
それでも皇太子エノクは、ただ一人、静かにその巨獣の方へ歩み出た。
風が唸り、木々がざわめく中でも――彼の姿には一片の迷いも、焦りもない。
(……やっぱり、特別な人だ。)
ユリアは、遠くからその背中を見つめていた。
すべての視線が恐怖と驚愕に釘づけになる中で、彼女の目だけは、ただ一人の男の姿を追い続けていた。
(どうか……この人にとって、私が“特別な誰か”でありますように。)
狩猟大会の喧騒の中――無数の人々の中で、ユリアが見つめていたのはただひとり、エノク皇太子だけだった。
だがすでに……その前からエノク皇太子は、ユリアにとって特別な存在になっていた。
エノク皇太子以外のものは、もはや視界に入っていなかった。
他の人々や周囲のざわめき。
驚いた様子でこちらを見つめるジキセン子爵の表情や、リリカの顔。
以前の彼女なら、きっと気になって仕方がなかったはずだ。
だが今は、ただ自分を見つめるエノク皇太子の、その一瞬一瞬を見逃したくなかった。
「この栄光を、ユリア・プリムローズ嬢に捧げます。」
エノク皇太子は腕に巻き付けていた手拭いを静かに解いた。
真っ白なその手拭いには、汚れ一つついていなかった。
もしかして、自分が渡したものだから気を使ってくれたのだろうか?
……そうだったら、嬉しい。
「……皇太子殿下。」
ユリアが差し出した手に、エノク皇太子の唇がそっと触れた。
それは、ほんの一瞬の触れ合い――けれど、時間の流れが急に速く、そして同時にゆっくりになるような、不思議な感覚だった。
胸の奥で波打っていた鼓動が、今や痛いほど大きく響く。
「ありがとうございます。」
ユリアは微笑んだ。
周囲の視線も、未来への不安も、その瞬間だけはすべて消えていた。
ただ純粋に、彼女の笑顔がそこにあった。
その笑みに、エノク皇太子も思わず口元を緩める。
二人の間に、言葉では埋められない静寂が流れた。
(……この沈黙さえ、愛おしい。)
柔らかな風が吹き抜け、狩猟場に差し込む光が二人を包み込む。
その光景は、まるで絵画の一場面のようだった。
エノク皇太子は、思わず握ってしまったその手に、無意識に力を込めてしまった。
「殿下……?」
「あっ。」
思わず握り続けてしまっていた。
本来なら、一瞬の接触で離さなければならないのに。
その短い時間が、なぜか惜しいと感じてしまったのだ……。
無意識のうちに、自分よりもずっと小さいその手を、長い間自分の手の中に包み込んでいた。
「……すまない。」
離さなければならないのに――離すのが正しいはずなのに――なぜだか、その小さな温もりが自分から離れていくのが惜しかった。
以前、髪飾りを差し出そうとしたとき、自分の手が触れた瞬間に大きく反応していたユリアの姿が、ふと脳裏に浮かんだ。
ユリアは顔を上げた。
かつて護衛騎士たちにはそっけなく、ほとんど反応を示さなかったユリア。
そのときは、それがどこか寂しく感じられた。
――自分を親しく思ってくれていないのか、それとも自分を不快に思っているのか。
だが今は、その態度がむしろ嬉しかった。
今のユリアは、確かに自分に反応している。
意識している。
「……嫌だったわけではありません。」
そして、どうやら本当に嫌がっている様子ではなかった。
頬にじわりと差した赤みが、妙に愛おしく見えた。
その様子を見たエノクの顔にも、同じように熱がこみ上げてくる。
(……今、他の人たちには見られていないだろうか?)
――もう少しだけ、手を握っていてもいいかと聞いてみればよかった。
もしかしたら、ユリアもその言葉に応えてくれたかもしれない――そんな予感があった。
狩猟大会での優勝のせいで気が高ぶっているのだろうか。
なぜか頭がふわふわとしていた。
『野心なんて、とっくに捨てたと思っていたのに……』
我に返ると、周囲のざわめきが耳に入ってきた。
人々がこちらに向かって笑みを浮かべている。
「皇太子殿下、ご優勝おめでとうございます!」
「プリムローズ令嬢、お花に選ばれたことをお祝いします!」
自分が最高の栄誉を手にし、それをユリアに捧げている――その事実が、なぜだか誇らしく感じられた。
エノクは、ふっと口元を緩めて笑った。
ユリアに最高のものを渡すことができて、幸せだった。
そしてこれからも――ユリアには、常に最も良いものを与えたいと思った。
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