悪役なのに愛されすぎています

悪役なのに愛されすぎています【109話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役なのに愛されすぎています】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介...

 




 

109話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 約束

翌日、ロレッタは公爵に従って皇宮へ向かった。

皇宮内の彼の執務室は、公爵家にあるそれと大きくは違わなかった。

ただ、真ん中にはロレッタがごろごろ転がれるくらい大きな机が置かれていた。

もちろんロレッタは「転がれるかも」と想像しただけで、実際に転がったことは一度もなかった。

床には奇妙な曲線模様のカーペットが敷かれていて、幼い頃のロレッタはその模様をなぞるようにしてブロックを積み上げて遊んだものだ。

そのせいで、公爵を訪ねてきた他の貴族たちは、彼女が積んだブロックを避けながら歩くのに大変苦労させられた。

だが今の彼女は十代半ばの少女であり、そんな子供っぽい遊びはもう楽しむことはなかった。

父や一族の仕事を邪魔したくもなかった。

それでロレッタは、父が持ってきてくれた頑丈な椅子に腰かけ、優雅に……うとうとしていた。

本を膝に抱えながら。

おそらく昨日、席を移すときに眠ってしまった影響だろう、公爵は子どもを起こさなかった。

午前中ずっとうたた寝していたロレッタは、軽食の時間になってようやく目をぱちりと開けた。

なぜか周囲が静まり返っていた。

「……お父さま?!」

体を起こして執務室を見回したが、その姿は見えなかった。

「どこに行ったの?」

思わずつぶやいた声に、すぐそばから返事が聞こえた。

「公爵様は会議に行かれました。」

ロレッタはびっくりして振り返った。

絨毯の上にちょこんと座り、積み木を並べていた――。

その時、イサヤ・マーロンが彼女に向かってニッと笑った。

「マーロン卿!」

「はい、イサヤ・マーロンです。」

「卿がなぜここに?」

「なぜでしょうね。」

彼はわざとらしくそっけなく、眉間に深いしわを寄せた。

「公爵家の騎士が何のためにいるのか、そばで見極めてみたくて。」

もちろん普通の公爵家の騎士であれば、ロレッタの安全を守る役目を果たしていただろう。

しかしイサヤ・マーロンは違っていた。

彼はメロディアやロニーの友人でもあり、ロレッタにとっては……。

「私の部下をからかいに来たんだろう?」

茶化すような問いに、イサヤは口元をゆるめて笑った。

「はい、大将。」

ロレッタは椅子から降りて、イサヤの大きな体のそばに歩み寄った。

彼が席から立ち上がると、ロレッタは片腕を高く掲げた。

もしかして天井にまで手が届くのかと気になって。

けれど、イサヤがどれほど背が高いといっても、皇宮の高い天井に届くはずもなく、ロレッタの手はただ空を切るだけだった。

「もっと背が高くなればいいのに。」

「大将自ら成長しようと思わなきゃな。」

「その時は、もうダランの背中には乗らないんでしょ?」

「えっ?!」

イサヤは驚いて、自分の背にしがみついているロレッタを振り返った。

「大将、私を捨てるつもりですか?」

「どうして? 寂しいのか?」

「寂しいですよ。私は大将が笑っているのが好きですから。」

「それは、メロディが私を好きだからだ。」

ロレッタが彼の首飾りを握りしめて問いかけると、イサヤは肩をすくめて答えた。

「はい、大将が笑えば、メロディアも笑いますから。」

「そうだな、メロディアは俺が好きだからな。」

「嫉妬を招くようなお言葉は、ほどほどにしていただけるとありがたいです。どうか、大将には私という部下がいることをお忘れなきよう。」

「部下」という言葉に、ロレッタは大きく目を見開き、すぐに窓の外へと視線を向けた。

季節は夏の終わりに差しかかっていたが、天気は申し分なく快晴だった。

「外で食べましょう。」

ロレッタは窓の外を覆い隠すようにして、はっきりと告げる彼の背中にぴたりとくっついた。

「おやつって何?」

「さあ、私も知りません。ヒギンス夫人が持って行けと仰っただけですから。」

「じゃあ、きっとおいしいに決まってるわね。私の秘密の場所を教えてあげる。」

ロレッタは少しくしゃくしゃになった服をきちんと整え、髪を結んでいたリボンもきっちりと結び直した。

「どう?」

最後にイサヤに確かめるように尋ねると、彼は親指を立てて答えた。

「大将の品格を感じます。」

「よし、ついてきなさい。」

ロレッタは引き締まった表情で皇宮の回廊を堂々と歩いていった。

時折出会う侍従や貴族たちと優雅に挨拶を交わしながら。

イサヤは堂々と菓子の入った籠を持ちながら、小さなお嬢様の後ろをせっせとついて行った。

回廊を抜け、陽光がいっぱいに差し込む広間を通り過ぎ、小さな池のある神殿の庭にたどり着いたとき、ロレッタは「そこでおやつを食べるのよ」と言おうとして、ふと足を止めて言葉をつまらせた。

「お嬢様、どうなさったんですか? 道にでも迷われました?」

イサヤが問い返すと、ロレッタは顔を赤らめて俯いた。

「そ、そんなわけないじゃない。わ、私はただ……。」

彼女は不安げに指先をいじっていたが、何かを思いついたのか、パッと顔を上げた。

「かくれんぼしよう!」

「えっ?急に?それで、おやつは?!」

イサヤがおやつのかごを差し出して問いかけると、ロレッタはそのかごをじっと見つめながらごくりと唾を飲み込んだ。

だがすぐに気持ちを奮い立たせて言った。

「お、おやつは遊んだあとに食べればいいじゃない!」

何か怪しいと感じたイサヤは腰をかがめ、ロレッタの顔をじっと見つめた。

このおしゃべりなお嬢様が、また何かしでかそうとしているのではと心配しながら。

しばらくそわそわしていたロレッタは、やがて小さく笑みを浮かべ、イサヤの肩越しにそっと身を乗り出した。

「……うぅぅ。」

彼女は何か堪えられないように、両手をぎゅっと握りしめた。

「やっぱりかくれんぼをしなくちゃ。イサヤ、すぐに目をつぶって二百数えなさい!」

「ええっ?!」

「まさか、私の命令を聞かないつもり?」

「いえ、そうは言っても二百はあまりに多すぎます。せめて……」

「文句を言うなら三百に増やすわよ。」

「お嬢様……」

イサヤが泣きそうな顔をしても、彼女は絶対に命令を変えようとしなかった。

「二百数える間に少しでも目を開けたら、一生私のそばに近づけないからね。」

「そんな残酷なお言葉を!」

一生ロレッタのそばに近づけないというのは、結局メロディのそばにも行けないのと同じことだ。

「危険な場所に行ってはいけません。出入りも禁止です。もちろん、許されていない場所はダメだけどね。」

「僕は身分の高いロレッタお嬢様だよ?まさか僕がそんなことすると思う?」

イサヤは「身分の高いお嬢様が、おやつの時間にかくれんぼなんてするはずがありません」と答えようとしたが、結局その場にしゃがみ込んで目を閉じた。

正直に言えば、ロレッタはかくれんぼに関してはまるで才能がなく、二百秒ではなく五百秒数えたとしても、イサヤには簡単に見つけられるのだった。

「まあ、分かりましたよ。」

片手におやつのかごを持ちながら、もう片方の手で両目を覆い、イサヤは数を数え始めた。

「いーち、にー。」

ロレッタは両手を軽く振りながら、本当に彼が前を見えていないのかを確かめた。

そしてすぐに周囲を見回し、薄いカーテンをサッとくぐり抜け、庭園へと駆け出していった。

最初はイサヤに足音を聞かせたくなくて、ゆっくりと進んでいったが、数歩も行かないうちに我慢できず足をぱたぱたと鳴らしてしまった。

ロレッタはさらに勢いよく足を踏み出した。

スピードがつくと、心地よい風が後ろから吹きつけ、背中を押してくれるようだった。

息が弾むと、大声で叫びたくなった。弾けそうなほどの楽しさに。

しかし、そんなことをすればイサヤに全部聞かれてしまうかもしれないと思い、ぐっと堪えた。

ロレッタはもう一度視線を上げた。

そこには美しい池のある庭園が広がっていた。ロレッタが好きな場所だったが、今の彼女が見つめていたのはそこではなかった。

池のほとりには、水面をじっと見下ろしている小さな少年がいた。

イサヤと一緒にいた会廊からは距離があったため顔ははっきり見えなかったが、ロレッタは一目で彼がエヴァンだとわかった。

ロレッタの足音に気づいた少年が、駆け寄ってくる方向を振り返った。

「……!」

ロレッタを見つけた少年はあまりの驚きに、その場で目を丸くしたまま動くことすらできなかった。

「エヴァン!」

駆け寄ったロレッタは彼の名を呼びながら、両腕で思い切り抱きしめた。

あまりに強く抱きしめたせいか、エヴァンはそのまま芝生に押し倒されてしまった。

「お、お嬢様?」

彼が戸惑いながら呼びかけると、ロレッタは腕の力を少し緩めて、にっこりと笑った。

「遠くから見たとき、すぐにエヴァンだって分かったの!」と伝えたい気持ちで。

だが、湖のほとりまで全力で走ってきたせいで、口を開いた彼女の唇からは、言葉よりも荒い呼吸だけが漏れ出していた。

「息をしなきゃ。ゆっくりね。」

エヴァンがまるで手本を示すように深く息を吸い込み、ロレッタもできる限りそれに合わせようとした。

幸い、それほど時間が経たないうちにロレッタの呼吸はかなり落ち着いた。

「エヴァン、エヴァン。」

彼女は再び彼の名前を呼びながら、思わず彼をぎゅっと抱きしめた。

「また会えて本当にうれしい。元気にしてた?」

「……うん……はい。」

エヴァンの返事は少しゆっくりとしたものだったが、ロレッタはそのゆったりした響きさえも嬉しくて仕方がなかった。

だが、ここで喜びを分かち合ってばかりもいられない。

今はかくれんぼの最中であり、イサヤに気づかれればせっかくの再会もそこで終わってしまうのだから。

ロレッタはすぐに立ち上がり、彼に手を差し伸べた。

「握って。」

エヴァンが驚いて顔を上げようとすると、ロレッタは心配そうな顔で尋ねた。

「もしかして……迷惑だった?」

少年は真っ赤になってその場で立ち上がり、ズボンを何度もこすりながら拭いた。

そして、必死に覚悟を決めたような顔で、ロレッタの指先をぎゅっとつかんだ。

「……ばかだな。」

ロレッタは両手で彼の顔をしっかりとつかみ、覗き込むように言った。

「早く逃げないと。イサヤが数を数え終わったら、私たちを捕まえに来るんだから。分かった?」

「えっ?」

「分かったなら、急いで逃げよう!」

ロレッタが先に駆け出し、エヴァンも慌ててその後を追った。

正直なところ、彼にはロレッタが急に現れた理由も、何から逃げようとしているのかも、まったく理解できなかった。

しかし、その一歩先でひらひらと揺れる金色の髪を追いかけることは、とても楽しいことだった。

「遠くへ行ってはならない。」とスン様に言われていたことさえ忘れてしまうほどに。

彼はロレッタを追って、ついに湖の庭園を抜け出してしまった。

しばらく走っていたロレッタは、庭園に続く神殿の前にたどり着いた。

白い服を着た侍従たちが時折通り過ぎていったが、幸い二人に関心を払う者はいなかった。

その慌ただしい足音から察するに、明らかに何か忙しい仕事をしているようだった。

ロレッタの父はもちろん、皇帝と共にいる人々も皆忙しいのだという事実を改めて思い出し、ロレッタは苦笑を漏らした。

だがそのとき、遠くから「お嬢様! ロレッタお嬢様!」と叫ぶイサヤの声が聞こえてきた。

その声を聞いた瞬間、彼女の顔は青ざめた。

ロレッタは再びエヴァンの手をぎゅっと握り、神殿の中へ二人は入った。

最初は高くて重厚な天井に足音が響き渡った。

二人は自然に足先を上げ、慎重に前へ進んだ。

両側に並ぶ椅子や荘厳な絵を通り抜け、司祭だけが立つことを許された最前列にまで辿り着くまで。

ロレッタはその場で辺りを見回し、巨大な女神の彫像を見つけた。

「こっちへ来て。」

女神像は二人よりも何倍も大きく、その後ろに隠れれば誰にも見つからないだろう。

「ぴったりじゃない?」

台座として造られた彫像と壁の間の、狭くて暗い空間の中で、ロレッタはエヴァンに向かっていたずらっぽく笑った。

「えっと……叱られたり……しないでしょうか?」

心配そうに尋ねるエヴァンに、ロレッタはくすりと笑って答えた。

「かくれんぼの最中に隠れるのは当然のことよ。そんなことで叱るのは不当だわ。」

「は、でも神様が……。」

「もしも、かくれんぼをしている子供を叱る神がいるのなら、そんな神を信じたい人なんて誰もいないでしょう。」

それはとても説得力のある言葉だったので、エバンは苦笑せざるを得なかった。

「そうだろう?」

ロレッタは自分で見つけた新しい秘密の場所に大いに満足し、足を組んで腰を下ろした。

エバンも彼女と少し距離を置いて、そっと腰を下ろした。

「エバン。」

「は、はい?」

「私に会いたくなかったの? どうしてそんなに離れて座るの?」

「そ、それは……。」

エバンは言葉を濁していたが、結局はもじもじしながらもロレッタに少しずつ近づいて座った。

「よしよし、いい子ね。」

ロレッタは彼の髪を優しく撫でた。

「本当に、すごく綺麗な髪だわ。」

「はい、司祭様が……」

ロレッタは彼の顔を覗き込んだ。

視線をそらしたエヴァンは、少し照れたようにうつむいた。

「ちょっと残念ね。これでエヴァンの瞳がとても綺麗だって、みんなに知られてしまう。」

「え、えっ?!」

「本当は私だけが知っていたかったのに。」

彼が慌てて顔を上げると、ロレッタはじっと彼を見つめた。

「まさか、エヴァンは自分の綺麗な瞳をみんなに見せびらかしたいなんて思ってるんじゃないでしょうね?!」

「ち、違います!」

「私は嫌。私だけが知っていたいの。」

「……すみません。」

「うん、仕方ないよね。お兄さまが『宮廷での礼儀』だなんて言って無理やり切らせたんだから。本当に残念だけど……。」

エバンは気まずそうに笑った。

正直に言うと、エバンの目には髪を切った従姉妹は少しも可愛く見えなかった。

そんな表現は司祭ジェレミアや、大切な妹であるロレッタにこそふさわしい言葉だ。

それでも、ロレッタが自分を可愛いと見てくれるのは、なぜか嬉しかった。

「宮殿には何の用で来たの? お兄さまについてきたの?」

「はい。」

「魔塔は?お兄様と猫たちは元気?」

「みんなお嬢様を恋しがっています。もちろん、ジェレミア司祭様は秘密をしっかり守ってくださっています。」

「それは本当にありがたいことね。私もいつも恋しく思っているって伝えてくれる?」

少年は顔を赤らめてうつむいた。

そして何かを思い出したように、再び口を開いた。

「えっと……そういえば。」

「そういえば?」

「はい、今日、エコーがずっと馬車に乗りたがっていたんです。まるでついて来たがっているみたいに……」

エコーとは、エヴァンの世話をしている塔の猫のことだ。

「でも、司祭様が絶対に駄目だと仰ったので、一緒には……来られなかったんです。」

彼が少し寂しそうに言うと、ロレッタはふっと笑みを浮かべ、結論づけた。

「きっとエコーは、私たちが今日会えるって分かってたのね!」

まるで彼が言いたかったのもそのことだったかのように。

エヴァンは頬を触りながら、照れくさそうにうつむいた。

「もっと話して、エヴァンがどう過ごしているのか。」

「お嬢様が……興味を持ってくださるなら……」

エバンは小さな声で、ジェレミアが管理している薬草畑の話もしてくれた。

彼が薬草を少しずつ集めて乾燥させ、ジェレミアがそれを高い場所に吊るしてくれたことなど。

ロレッタは両手で顎を支え、ゆったりと続く話に心地よく耳を傾けていた。

「その……私がこんなことを伺ってもいいのかわかりませんが。」

彼の日常についての説明が終わるころ、エバンは両手をきちんと合わせたまま、慎重に尋ねた。

「お嬢様は……お元気でいらっしゃいましたか?」

「ええ、私はいつも元気よ。ボルドウィン公爵家では、私が学ばなければならないことが山のようにあるから。」

ロレッタは昨夜、父と交わした会話を思い出し、少し切なげに微笑んだ。

「でも……時々寂しいと感じるの。ほんの少しだけ。」

「こっそり……なさったんですか?!」

「ええ。だからお父様にお願いして、今日ここまで連れてきてもらったの。けれど、そのおかげでエヴァンに会えたのだから……内緒にしてよかったって言うべきかしら?」

「だ、駄目です。お嬢様が、そんなことなさったら……駄目なのに。」

彼は不安そうに両手をもじもじと動かし、ついには今にも泣きそうな顔になった。

「……僕は、お嬢様に何もして差し上げられないんです。」

「どうしてそんなふうに思うの?」

ロレッタは彼にそっと手を差し出した。

エヴァンはまたもや膝の上で手のひらをぎゅっとこすり合わせた後、その手を差し出し、彼女の手を握り返した。

冷たい石の床に触れていた二人の手はすっかり冷えていた。

けれど少しそのままでいると、触れ合った場所からほんのりと温もりが立ちのぼってきた。

「……エヴァン。」

その温もりが二人の指先にまで伝わったとき。

「何でもいいから。」

ロレッタは静かな声で彼に頼んだ。

「私に魔法をかけてくれる?」

「……っ!」

エバンは驚いて、掴んでいた彼女の手を思わず離してしまった。

そんなことは決してできなかった。

正当な理由もなく人間に魔法を使うことは、修練者に禁じられた行為だったからだ。

「もしかして……嫌なの?」

ロレッタが恐る恐る問いかけると、彼は今にも泣き出しそうな顔になった。

「き、嫌いなわけじゃありません。」

「でも、私の手を放してしまったわね。エバンの手は温かくて、とても心地よかったのに。」

「それは……あまりに驚いたからです。私が、お嬢様に魔法をだなんて……。」

「どうして驚くの? 前にも私に魔法をかけてくれたじゃない。治癒の魔法でしょ。」

ロレッタはたっぷりしたスカートを膝まで持ち上げた。

健康的な赤みを帯びた膝には、傷一つ残っていなかった。

最初から大した怪我ではなかったが、ロレッタはすべてエヴァンの魔法のおかげだと思っていた。

「ほら、もう平気よ。そうでしょ?」

「……はい。」

「じゃあ、今度は私に魔法をかけてくれるのね?!」

ロレッタが期待に満ちた顔で尋ねたが、エヴァンはうつむいてしまった。

「どうして駄目なの?!」

思わず問い詰めると、エヴァンは口ごもりながら慎重に答えた。

「正当な理由がないと、できないんです。」

「でも私は、エヴァンの魔法がとても好きなの。そんな理由じゃ駄目なの?」

「……形式的には……」

彼女は鋭い目をして、顔を近づけた。

「一体どうして?」

「私は修練者です、お嬢様。怪我などの必要な状況でなければ、師匠の許可なく魔法を使うのは規則……なのです。」

「それは不公平よ!」

ロレッタは両拳を握りしめて叫んだが、エバンはゆっくり首を振った。

「違います。師匠は私を、私自身を守ろうとなさっているのです。」

「……じゃあ私は?」

「え?」

「前に言ったでしょ。私は心臓の鼓動を聞くたびに、エバンが一緒にいるって思うって。」

「お嬢様……」

「でも、私が寂しさを感じるってことは、私の中に残っていたあなたの魔力が、全部消えてしまったってことなのよ。」

彼女の言葉に、エヴァンは視線を落とした。

「そんなはずはありません。魔力はそんなに早く消耗しませんから。」

あのとき、エヴァンはつい彼女を見つめすぎてしまい、思っていた以上の魔力を彼女の体に流し込んでしまったのだ。

「でも、寂しく感じたのは……それは、エヴァンの魔力がなかったからよ。」

「そんなはずは……ありません。僕はあの時、とても多くの魔力を……あっ、お嬢様?!」

エヴァンが必死に否定し続けるのを遮るように、ロレッタは彼の両手をぎゅっと握りしめた。

エヴァンは避けることもできず、大きく目を見開いたまま瞬きすら忘れていた。

「本当なのよ。」

やがてロレッタは囁くように言った。

「本当に、私にはエヴァンしかいないの。」

彼は「違います」と言い返す言葉を見つけられなかった。

その震える唇が、ロレッタの「寂しい」という告白を一層真実味のあるものにしていた。

「えっと……それじゃあ、わ、私が調べてみましょうか?」

少しの逡巡の後、エバンが慎重に提案した。

「うん、調べて。」

ロレッタは少年にさらにぐっと近づいた。

エバンはすぐに目を閉じ、彼女の手を握ったまま額を寄せてきた。

しばらくして――

「……あれ?」

彼は微笑んで首をかしげた。

ロレッタは少し頬を上げ、得意げに笑った。

「ほら、ないでしょ?」

すぐにエバンは魔法使いらしい好奇心を見せ、再びロレッタの手を取り彼女の気配を探った。

だが、そこには何もなかった。

明らかに前回別れたときには、彼の魔力が溢れるほど宿っていたはずなのに……。

「ひと月も経ってないのに、どうして……?」

「“一か月だけ”だって?!」

ロレッタはあまりに衝撃を受けて目を大きく見開いた。

「私にとって、その一か月は本当に長く感じられたのよ。」

「僕も一か月の間、お嬢様のことばかり考えていました。でも、その間に魔力がすっかりなくなってしまうなんて……。」

彼は魔法の修練者としてもっともらしい理屈を口にしたが、自分がどれほど恥ずかしいことを言っているかには気づいていなかった。

「“私のことを考えていただけ”ですって?」

すぐにロレッタがその部分を逃さず指摘した。

「……はい?」

「今、言ったわよね、エヴァン。一か月の間、私のことを考えていたって。」

「わ、違います!」

エヴァンは慌てて真っ赤になり、顔を伏せた。

「……違ったの?」

「違う、違う、それじゃない!」

ロレッタがとても悲しそうな顔で投げかけた問いに、エバンは彼女の体から急速に魔力が消えたことへの疑問をすっかり忘れてしまった。

「……お嬢様のことを考えて……いました。」

「やっぱりね。エバンは私がいないと駄目だから。」

しょんぼりしながら言う彼女の言葉に、エバンは深く頷いた。

「その通りです。僕はお嬢様がいないと駄目です。」

「そうでしょ。だから私に魔法をかけてちょうだい。」

話が再び振り出しに戻ってしまい、エバンは困惑した。

そもそもどんな魔法を使えばいいのかも分からなかった。

「私の寂しさが消える魔法よ。」

「そ、そんな魔法は……ありません。」

「いいえ、確かにあるわ。それにエバンは必ず私にその魔法をかけてくれるはず。そうでしょ?」

彼女を見つめる視線には、揺るぎない信頼が込められていた。

エヴァンはどうしても否定することができなかった。

『……でも、本当にそんな魔法は存在しないのに。』

彼の困惑は長引いた。

ロレッタはもう何も言わず、ただ彼の魔法を待つことにした。

そうして、さらに少しの時間が過ぎたとき。

「ロレッタお嬢様?」

神殿の入口の方から、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

ロレッタはびくりと肩を震わせて息をのんだ。

その様子を見ていたエヴァンは、彼女が少し前に口にしていた言葉を思い出した。

――「かくれんぼをしている」と。

きっとスレアがここまで探しに来たのだろう。

「お嬢様、もうお戻りにならなければ……。」

「でも……。」

ロレッタはまだ未練を捨てきれず、エヴァンを見つめた。

「神殿に隠れていることはともかくとして、僕とこんなふうに一緒にいるところを誰かに見られたら……お嬢様が困ってしまいます。」

彼は少し言葉を止め、小さな声で続けた。

「僕は……お嬢様の困難になりたくないんです。」

「エバン。」

「行ってください。」

ちょうど彼女を探す足音がさらに近づいてきた。ロレッタは仕方なく席を立った。

「……君が私の困難だから立ち去るわけじゃない。」

ロレッタは最後に、彼が誤解しないようにと、はっきり伝えた。

「エバンは私の一番大切な秘密だから。誰にも知られたくないから立ち上がっただけよ。」

「……」

「君がとても大切だって意味だよ、ばかだな。」

少し気恥ずかしくなったロレッタは、視線を落としながらエヴァンの横を通り過ぎ、イサヤの方へ戻ろうとした。

しかし、わずか三歩も進まないうちに、彼女の足は止まった。

手の甲に柔らかくて温かな感触が伝わってきたからだ。

驚いて振り返ると、いつの間にかエヴァンが彼女の片手を両手で包み込み、その上に額をそっと当てていた。

二人を包む空間には、翡翠色の光がほのかに揺れていた。

ロレッタには、それがエヴァンの魔力から生まれた光であることがすぐに分かった。

「エヴァン。」

ロレッタが名を呼ぶと、彼は静かに顔を上げて答えた。

「お嬢様、今度はどうか……」

エヴァンの声はゆっくりと、けれど確かな響きをもっていた。

そこには、もう迷いも震えもなかった。

「長い間、大切にしてください。」

「……うん。」

「失くしちゃだめですよ。」

「そうする。」

するとすぐに、すべての光が彼女の白い指先の間から消えていった。

エバンはゆっくりと彼女を放し、ロレッタはしばらく自分の手の甲をなぞるように見つめた後、ふっと微笑んだ。

「それじゃあ、エバン。また会いましょう?」

明るく別れの言葉を告げると、彼女はすぐに彫刻像の外へ走り去っていった。

「イサヤ!」

近くで身を潜め、椅子の下を覗き込んでいたイサヤは、突然名前を呼ばれて驚き、慌てて顔を上げた。

「申し訳ありません、大将。彫像の後ろに隠れていらしたんですね。」

ロレッタはイサヤの前に歩み寄ると、両手を差し伸べて彼を立ち上がらせた。

おやつの時間に何も食べず、ずっと走り回っていたせいで、彼の足には力が入らなかったのだ。

エヴァンの言葉に、一つの曖昧さも残されていなかった。

「お嬢様はもう子どもではありませんから、ちゃんと落ち着かないと。」

そう言いながらも、イサヤは軽々とロレッタを高く抱き上げた。

宙に浮いたロレッタの両足がばたばた揺れ、彼女は思わず声を上げて笑った。

「まあ、何か楽しいことがあったみたいですね。」

「うん、寂しさが消えたの。やっぱりかくれんぼは最高ね。」

ロレッタは目を閉じ、胸の鼓動に耳を澄ませた。

その近くに、エヴァンが残していった美しい翡翠色の魔力の残滓がある気がして、不思議と微笑んでしまう。

「よかったですね。」

イサヤもまた、優しく笑った。

「大将がこんなに楽しそうにしている姿を見れば、メルディもきっと幸せでしょう。」

ロレッタは顔を赤らめ、イサヤに抱きかかえられたまま、神殿の外へ足を向けた。

「さあ、戻りましょう。お嬢様の休憩時間ですから。30分も遅れたことを公爵様に知られたら、きっと叱られますよ。」

ロレッタは神殿から出て公爵の執務室に戻り、おやつを食べた。

ヒギンス夫人が用意してくれたおやつは緑色のブドウで、プチプチ弾ける爽やかな味がとても気に入った。

公爵が会議を終えて戻ってきたのは、彼女がブドウをすべて食べ終えた後だったので、ロレッタは今日のかくれんぼのことを聞かれずに済んだ。

 



 

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