大公家に転がり込んできた聖女様

大公家に転がり込んできた聖女様【143話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【大公家に転がり込んできた聖女様】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

143話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 市場の温もり

二人が周囲の警戒を怠らず会話を交わしながら歩くうちに、すぐに目的の場所へと辿り着いた。

そこは、中央神殿の白く巨大な中心部からは少し離れた、貧民街に近い、人通りの極端に少ない裏路地の奥だった。

「……本当に、長老会の最高幹部であるシャロン様が、こんな場所に住んでいるの?」

ひと目見ただけでは、歴史ある長老会の一員が隠居生活を送っているとは到底思えないほど、そこは周囲の街並みに溶け込んだ質素で古びた家屋だった。貴族の屋敷のような立派な庭らしいものもなく、ただ古びた玄関の扉が、寂れた通りに直接面しているだけだった。

なぜか周囲一帯に、独特の張り詰めた魔術の結界の気配を覚え、エスターは周囲をきょろきょろと見回して、扉の横にある小さな表札を確認した。

「うん……名前の刻印は、確かに同じね」

古びた真鍮の板に〈シャロン〉という名がはっきりと刻まれているのを見て、どうやら間違いなく目的の相手の隠れ家に辿り着けたようだった。

「エスター。一応確認だけど、今日ここへ来ることは、事前に彼女と約束して来たわけじゃないんだろう?」

「ええ。いなければ、扉の前で戻られるのを待つだけよ」

エスターは淡々と答えると、扉の横に付いた古びたベルを静かに押した。

中から誰かが出てくるのを待つ間、ノアは皇太子としての冷静な視線から、念のために彼女の耳元で釘を刺す。

「いいかい、神殿の人間を相手に、こちらの詳細な大公家の事情や皇宮の動きは絶対に話さないで。下手に貸し借りを作ってこじれると、後々政略的に厄介なことになるから。今日の要件だけを簡潔に伝えて、すぐに別邸に戻ろう」

「大丈夫よ、ノア。分かっているわ」

長年、権謀術数が渦巻く神殿の頂点で生き抜いてきたシャロンという怪物を相手にするのが、一筋縄ではいかないことくらい、エスターも十分すぎるほど承知していた。

やがて、屋敷の奥の方から静かな足音が響き、ギィと重厚な扉がゆっくりと内側へ開いた。

よくあるシスターの使いが出てくるものと思っていた二人だったが、扉の向こうから直接その姿を現したのは、他ならぬシャロン大司教その人であった。

「……あら、あなたが、どうしてここに……?」

まさか、テレシアにいるはずのエスターが、今この瞬間に自分の目の前に立っているとは思ってもみなかったのだろう。百戦錬磨の老長老であるシャロンは、その驚きを隠しきれず、細い目を見開いたまま、しばらく言葉を失って凝視していた。

「事前に連絡もせず、急に押しかけてしまいまして……ご迷惑でしたでしょうか? シャロン様」

「いいえ! まさか、そんなわけがないでしょう。……いつ、あの日以来お越しになってもいいように、私はずっと、この場所でお前のことをお待ちしていましたよ」

シャロンは込み上げる喜びと興奮を抑えきれない様子で、すぐにエスター、そして後ろのノアを家の中へと丁重に招き入れた。

「来てくださって、本当にありがとうございます。何もない簡素な家ですが……どうぞ、中へお入りください」

案内された室内は、シャロンの実直で禁欲的な人柄をそのまま映し出すかのように、必要最低限の機能的な調度品だけが整然と整えられていた。エスターは促されるままに、居間のテーブルにつき、静かに腰を下ろした。

「……ルイボスティーです。お口に合うと良いのですが」

シャロンは、美しい香り高い茶葉の入った上質な陶器のカップをエスターの前に置き、自らの手で静かに熱湯を注いだ。

鮮やかな赤い湯気が立ちのぼり、ほのかな甘い香りが室内に広がると、エスターも旅の疲れから少しだけ肩の緊張を解いた。

「……わざわざ、現聖女のいるこの危険な王都へ、私に会いに来てくれたということは。それだけ、お前の中に『真の座』に就くための相応の覚悟がおありと考えてよろしいかしら? エスター」

向かい側に座るシャロンは、目尻の深いしわがくっきりと寄るほど、母親のようなにこやかな優しい笑みを浮かべながら、真っ直ぐに問いかけてきた。

そのあまりにも親密で、魂を見透かすような様子に、エスターの後ろで壁を背にして控えていたノアは、鋭く細く目を眇め、彼女を守るように警戒心を一段と強めた。

「いいえ。私はただ、現聖女ラビエンヌ様から直々に社交の招待を受けまして、その件について伺いに参りました」

「……まさか、あのラビエンヌの主催する、あのお茶会に……?」

「ご存じだったのですか?」

ティータイムの話題が出た瞬間、シャロンの優しかった表情が一気に硬くなり、老神官としての冷徹な鋭さが顔を覗かせた。

「ええ。代司官たちの間で、近日中に名門令嬢を集めた私的なお茶会があるという不穏な話は、私の耳にも入っています。ですが……あそこには、絶対に出席なさらない方がよろしいのではなくて? あそこは、今のラビエンヌが君を陥れるために作った、不浄な罠の檻よ」

明らかにエスターの身を案じ、不安を滲ませるシャロンの様子。エスターもその言葉の裏にある本物の優しさを感じ取っていた。

それでも――彼女は、最初からそのラビエンヌの罠を逆手に取り、すべてを白日の下に晒すつもりで、この王都へ来ているのだ。

程よく蒸らされた赤い茶を一口運んで喉を潤し、そっとカップを戻してから、エスターは冷徹に、静かに口を開いた。

「私の身をご心配いただけるのは、本当にありがたいのですが……。シャロン様、私の進むべき道は、私自身で決めます」

「……それでは、お前がわざわざこの隠れ家にまで足を運んだ理由は、一体何なのかしら?」

「あなた方に、確かめたいことがありまして」

「何でも言いなさい。遠慮なさらずに」

シャロンが手にした茶器を持つ指先に、わずかに強張るような力がこもっているのを、エスターは一目で見て取った。彼女自身と同じように、目の前の長老もまた、この歴史的な邂逅に激しく緊張しているのだ。

「本当に……長老会内部の意見は、現聖女の更迭と、私の擁立に向けて一つにまとまっているのですか?」

「ええ、間違いないわ。神殿の中枢を担う枢機部の長老たちは、すでに私が全員、個別に説得し終えました。皆、私と全く同じ考えよ。これ以上、あの偽りの聖女に神殿の未来を汚させるわけにはいかないと、皆が危機感を募らせているわ」

これまで、聖女ラビエンヌとブラウン公爵家の世俗の影響力が及ぶ範囲は、教団の実務を担う代司官たちに限られていたのだ。もしその政治的均衡が崩れたとき、一体どんな凄惨な事態が起きるのかを恐れるあまり、事なかれ主義の長老たちは、聖女をすげ替えるという国家規模の選択肢を、これまで想像することすらしていなかった。

だが最近は、ラビエンヌのような未熟な子供を神殿の神聖だと信じ、すべてを任せて放任してきたこと自体が、自分たちの取り返しのつかない大罪だったのではないかと、悔やむ長老たちも増えていたのだ。

エスターは、自信ありげに自らを見つめるシャロンの視線を正面から受け止めながら、手にしていたカップをそっと受け皿の上に戻した。

――カチリ。

静寂に包まれた居間に、思いのほか大きな硬い音が響き渡る。

同時に、部屋の空気が張りつめた。

「では……。その長老会の力を以て、来月に予定されている例の『聖女資格試験』の日程を、数日前倒しして今すぐ執行することは可能でしょうか?」

「……いつの話ですか?」

「今日から三日後です。聖女ラビエンヌ様が、私をハメるためにティータイムを主催される、まさにその当日です」

「なぜ、よりにもよって……そんな危険な日を選ぶのですか!?」

シャロンはあまりの突飛な提案に、驚いたように思わず身を引いた。

「時間も、お茶会が始まる予定時刻と完全に同時刻、あるいはほぼ同じが望ましいですね。多少の前後があっても構いませんが、だいたい一時間後ろ倒しまでが執行の限度でしょう」

どうせラビエンヌが長老会の承認も得ず、“非公式”に開く後ろ暗い会なのだから――エスターは、その意地悪い事実をあえて口には出さず、飲み込んだ。お茶会と資格試験が重なったところで、実害が出るわけではない。

だがシャロンは、それでもなお、こうした危険極まりない同時事態を計画するエスターの真意がどこにあるのか、その本心が気にかかってならなかった。

「……お前が、我が神殿に求める望みは、日程の変更、ただそれだけなのかしら?」

「いいえ。もう一つあります」

エスターは間髪入れずに、鋭い眼差しで言い放った。

「――その資格試験を、神殿の内部で完全な『公開形式』で行ってください。神殿に仕えるすべての神官、シスター、そして信徒たちなら、誰でもその目で結界の推移を見られる形で」

「……っ! それは、あまりにも難しすぎる要求です。お前も分かっているでしょう!?」

聖女ラビエンヌの絶対的な無力さと神聖力の枯渇が、万人の目に晒されること自体も教団の崩壊を意味する大問題だが、もし一歩間違えれば――長年、そんな誤った偽物の人物を聖女の座に据えて民を欺いてきたという猛烈な非難を、長老会自身も免れなくなるのだ。自分たちの政治的な命運をも賭けろという、あまりにも冷酷な要求。

「ええ。それがどれほど過酷な要求であるかは、十分に承知しています」

それでもエスターは、一切視線を逸らすことなく、静かに言葉を続けた。

「ですが、あなた方が自分たちの保身を捨て、その程度の覚悟すら持てないのであれば……私は、あなた方を信じて我が身を賭けることなど、到底できません。大公家を巻き込むわけにはいかないのです」

静かな口調だったが、その声音には一切の迷いも揺らぎもなかった。

「“聖女”という、民の命を背負う最も神聖な名を掲げる以上、少なくとも――公の場で己の力を試されることから、決して逃げない人でなければ、その座に就く価値などないはずです」

その言葉は、長老会に対する厳格な問いであると同時に、絶対的な『宣告』でもあった。

シャロンの老いた瞳が、はっきりと激しく揺れ動いた。目の前にいる少女は、かつて神殿の地下でただ怯えて泣いていた、あの哀れな子供では決してない。大公家の血と、真の神聖を宿した、一人の冷徹な統治者としての精神が、そこには完成していた。

「……エスター。そのあまりにも重い言葉は……私ども長老会と同じ立場に立ち、ついに神殿へ戻る決意をしてくれた、という意味に受け取ってもよろしいのですか?」

エスターは、その問いに対して何も答えなかった。

肯定も否定もせず、あえて沈黙という選択を選んだのは、シャロンに“そうだと思わせる”ため、そしてこれ以上の内政干渉を拒むための、彼女なりの高度な政治的策略だった。

「――提示した二つの条件を、どちらも完璧にお飲みいただけるのであれば。三日後のその資格試験の場には、私もテレシアの名において、正々堂々と立ち会いましょう」

「……日程の前倒しはともかく。二つ目の『完全公開』となると、長老会の中からも、教団の破滅を恐れて必ずや激しい猛反対が出ます。決して容易なことではありませんよ、エスター」

シャロンは、極限の緊張から口の中がカラカラに渇いていくのを自覚しながら、震える手でカップを持ち上げ、赤い茶を一口含んだ。

エスターは、彼女の言い訳じみた言葉が終わるのをすべて理解したうえで、それ以上何も言わず、ただ静かに次の言葉を待った。妥協する気など、最初から一歩もないという風に。

「……ですが」

やがて、シャロンは深く息を整え、意を決したように真っ直ぐにエスターを見据えてはっきりと言った。

「その素晴らしい舞台が整うよう、この私が命に変えても、頑迷な長老たちを全員説得してみせます。必ず、三日後に公開試験を執行させます」

「……シャロン様。あなたを、信じてもよろしいのですね?」

「ええ。その代わり――」

シャロンの鋭い視線が、真っ直ぐにエスターの魂を射抜いた。

「必ず、その三日後の試験の場に、逃げずに出席なさい。そして、現聖女ラビエンヌと、あなたとの間にある、あの太陽と泥のような『神聖力の圧倒的な格の差』を、神殿のすべての者の前で明確に示していただかなければなりません。それが、あなたを真の聖女として迎えるための、絶対的な条件です」

その言葉は、もはや確認などではなかった。お互いの命を賭けた、最後の一線を越えるための契約であった。

「……承知いたしました。三日後、神殿の試験場で」

シャロンは、エスターをこの神殿に引き留め、真の座に就かせることができるのなら、どんな過酷な条件でも呑む覚悟だった。ここまで来てなお、神殿の古い権威や保身を盾にして、この本物の光を手放すわけにはいかないのだ。

「そうですか……あぁ、神よ……」

エスターの明確な返答に、シャロンは胸を深く打たれたように息を呑み、感極まった様子で祈るように胸の前で両手を固く組んだ。

だが、当のエスターは、一切の感情を狂わせることもなく、ただ静かにシャロンの動揺を見つめ返しているだけだった。

(――勘違いしないで、シャロン様。私が、あの冷酷な神殿に今更『聖女』として戻ることなんて、永遠にないわ。あなた方がどうあがこうと、私を利用して教団を建て直したいだけなのは、最初からすべて目に見えているのだから)

エスターの目的は、神殿の権力を得ることではない。三日後のお茶会の場で、自分を害しようとするラビエンヌの罠を完璧に粉砕し、彼女の化けの皮を剥ぎ取って、二度と自分や大公家に手出しできないよう、社会的に完全に抹殺すること、ただそれだけだった。そのための舞台として、長老会が勝手に用意してくれる『公開資格試験』は、これ以上ない最高の目隠しであり、最高の武器になるのだ。

「試験を三日後に執行するとなれば、長老たちへの回状や会場の設営など、かなり慌ただしく裏で動く必要がありますね」

「私は現在、大公家の別邸に滞在しています。長老会の説得が完了し、手配が整いましたら、すぐにこちらにご連絡ください」

エスターはそう言って、シャロンの前に一枚の丁寧に畳まれた紙を差し出した。そこには、彼女が今潜伏している別邸の正確な所在地が記されている。

それを受け取ったシャロンは、どこか名残惜しそうに、その紙切れを両手で愛おしそうに握りしめた。本当は、何年も離れていたこの愛おしい子供と、もう少しだけ昔のように話をしていたかったのだろう。

だがエスターは、それ以上彼女が自らの心の領域に踏み込むことを、冷徹に許さなかった。彼女は用件が終わると静かに席を立ち、一礼をしてから部屋の扉へと向かった。

背中を見送るシャロンの胸に深く残ったのは、最大の協力を得られたという安堵と同時に――この泰然とした少女を、もはや“神殿の聖女”という狭い枠の中に収めてコントロールすることなど、到底不可能だという、確かな、そして恐ろしい予感であった。

エスターはそのまま、ノアを伴って屋敷の扉を開けた。

「では、三日後、神殿の試験場でお会いしましょう」

「はい。近いうちに、また。神のご加護があらんことを」

シャロンに見送られて外に出たエスターは、彼女の屋敷がある薄暗い路地を、追っ手の目を警戒しながら足早に抜けていった。

 



 

「はあ……っ。ノア、私、大丈夫だった……?」

路地を完全に抜け、人通りのある大通りに出た瞬間、エスターはそれまで張り詰めていた緊張の糸が一気に切れ、堪えていた息を吐き出して、前かがみにその場にへたり込みそうになった。

「大丈夫、大丈夫! すごく上手だったよ、エスター。……もしかして、中では相当緊張していた?」

「うん……心臓がどれだけ激しく震えていたか。……ねえ、ノア、私の顔、緊張で変に強張っていなかった? 相手はあの長老よ。今日の話は、全部私のハッタリを交えた賭けだったんだから」

「全然わからなかったよ。君はまるで、本物の女王様みたいに堂々としていて、格好良かった」

ノアは、エスターが今にも緊張のあまり倒れてしまいそうな可愛い顔をして笑うのを見つめていたが、すぐに彼女の前に回り込むと、その大きな身体を折り曲げて、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「ほら、つらくなったり、足が震えて歩けなくなったら、私が君を背負って別邸まで歩いてあげるよ」

「な、何言っているのよ……! いいってば、自分で歩けるわ」

「少しくらい、私に甘えて頼っていってくれてもいいのに」

そのノアの真っ直ぐな言葉に、エスターは一瞬だけ足を止め、目を丸くした。

ふと目の前を見つめれば、かつてスラムの地下で共に傷を舐め合っていたあの頃よりも、ずっと大きく、広く、頼もしく成長したノアの逞しい背中が視界に飛び込んでくる。そのあまりにも劇的で温かい変化に、エスターの澄んだ視線は、照れくささから思わず左右に泳いだ。

「……ふふ。大丈夫よ、ありがとう」

そう答えながらも、エスターは軽くノアの広い背中をぽんと叩き、自らを奮い立たせるように姿勢を正した。そして、どこか赤くなった顔を隠すように照れくさそうに視線を逸らし、ノアの前を小走りで通り過ぎていく。

内心では、ほんの少しだけでも自分の背中に預かってもらい、その身体を抱き留めたかったノアは、名残惜しそうに目の前を走り去っていくエスターの小さな後ろ姿を見送った。

(――本当に、変わったな、エスターは)

かつて神殿の地下で、世界のすべてを諦めてただ絶望の涙を流すことしかできなかったあの小さなエスターは、今や大公家の令嬢として、自らの強い意志で運命のすべてを切り開こうとしている。

理不尽な罠から逃げるのではなく、自ら声を上げ、敵の陣営へと真っ直ぐに歩き出す選択をしたのだ。その姿は、正午の眩しい陽射しよりも、今のノアの目には美しく、まばゆく映った。

「……あぁ、やっぱり、私がずっと君の隣に並んで、一緒に行かなきゃね」

ノアは愛おしそうにそう呟くと、彼女の後を追って、すぐに大きな足取りで歩き出した。

そして、彼がエスターのすぐ隣に並び、その肩が触れ合った、まさにその瞬間――。

グゥ、と、エスターの小さなお腹から、はっきりとした、とても可愛らしい音が鳴り響いた。

「……あ」

エスターは一瞬で顔を耳まで真っ赤に染め、自らのお腹を手で押さえて硬直した。

「……ふふ、エスター。もしかして、お腹が空いているの?」

「あ……うん。そういえば、王都に着いてから緊張のあまり、何も食べていなかったわ……」

「じゃあ、作戦会議の前に、まずは景気よく腹ごしらえをしよう!」

ノアは、ここへ来る途中の大通りで、賑やかな活気に満ちた大きな市場を見かけたことを思い出し、今度は優しくエスターの手を引き、楽しそうにそちらの温かい光の溢れる場所へと向かって歩き出した。三日後の決戦を前にした、二人だけの、束の間の穏やかな日常の光の中へ。

 



 

 

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