私が主人公(ヒロイン)だと思ってたのに

私が主人公(ヒロイン)だと思ってたのに【47話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「私が主人公(ヒロイン)だと思ってたのに」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【私が主人公(ヒロイン)だと思ってたのに】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「私が主人公(ヒロイン)だと思ってたのに」を紹介させていただきます。 ネタバレ...

 




 

47話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 影の情報網

「エスピン様、お久しぶりです!」

「本当ですね。ずいぶん久しぶりのご来店です!」

私が店にやってきたという知らせを聞きつけたのだろう。メイとベルが、厨房から弾かれたように飛び出してきて私を出迎えてくれた。

「メイ、ベル! 元気だった?」

「私たちはお店の運営で大忙しでしたよ」

「私は新作デザートの開発で毎日大変でした。エスピン様はお変わりありませんでしたか?」

(よし、その質問を待っていたのよ!)

「すごくいいことがあったの!」

私はこれみよがしに、得意満面な笑みを浮かべて二人に向かって両手を突き出した。自慢というものは、みんなに見せて、羨ましがられてこそ意味があるのだ。

「まあ、魔法道具ですか?」

「見たことがありませんね。新しく買われたんですか?」

さすがは私と何年もの付き合いがある二人だ。私が自慢したくてたまらないのだと瞬時に察し、期待通りの完璧なリアクションを返してくれる。

「うん。今年の誕生日にもらったプレゼントなの」

二人が呆れたように笑いをこらえているのは分かっていたけれど、そんなことはお構いなしだ。せっかく自慢したくて身につけてきたのだから、恥ずかしがる方がおかしい。

「三つも新しく増えたんですか? いいですね」

「お好きなものばかり贈られたんですね。本当に嬉しかったでしょう」

「うん、うん。まさか三つもプレゼントをもらえるなんて思わなかったわ」

あの日、あの時、本当に幸せだった。数々の美しい魔法道具に囲まれて、私は天にも昇る心地だったのだ。

けれど、私の言葉を聞いた二人は、なぜか顔を見合わせて不思議そうに小首を傾げた。

「おかしいですね。プレゼントは三つじゃないはずですが?」

「そうですよ。三つじゃありませんよ?」

「え? 三つよ?」

私は昔から数を数えるのだけは得意だった。数が多いわけでもないのに、たった一つ数え間違えるなんてあり得ない。

すると、メイがクスリと笑いながら引き出しから小さな箱を取り出し、私の手のひらの上にそっと乗せた。

「お誕生日おめでとうございます、エスピン様」

ベルが優しいお祝いの言葉を口にした瞬間、それが二人からの誕生日プレゼントなのだと気づいた。

胸を高鳴らせながら丁寧に包装を解き、中に入っている贈り物を見た途端、私は思わず息を呑んだ。

バサッ!

価値のある高級品だと一瞬で本能的に察知したのだろう。私の肩の上で、黄金(ファンゴミ)が激しく反応して羽ばたいた。私が慌てて箱から説明書を取り出すと、黄金は名残惜しそうにその小さなクチバシで箱を何度もつついた。

「だめよ、大人しくして」

ピィーッ!

黄金の抗議の声を無視して説明書を読み進めると、それは強力な『防御魔法』が込められた美しい腕輪だった。あらゆる攻撃魔法を、一度だけ完全に無効化できる優れものらしい。

「これ、すごく高かったでしょう……! 本当に、二人ともありがとう!」

今年は本当にプレゼントが大豊作だ。それも全部、私の大好きな魔法道具ばかり。今、世界で一番幸せなのは、間違いなくこの私だ。

「お嬢様のおかげで、私たちもたくさん稼げるようになりましたから」

「それでも、こんなに頑張ってお店を維持してきたのは二人でしょう?」

「いいえ。お嬢様がいなければ、私たちは店を開くことすらできませんでした」

私がいなくても、二人の才能ならきっとお店は開けていたはずだと告げたが、二人は頑なに首を横に振った。

「そうです。お嬢様のおかげで今があるんですから、気にせず受け取ってください。……プレゼント、お気に召しましたか?」

「うん。本当に幸せ。ありがとう」

私が嬉しさを隠せずに顔をほころばせると、二人もつられて嬉しそうに笑顔になった。大騒ぎする黄金をなんとか宥めながら、さっそく新しいブレスレットを腕に身につける。

バタン!

黄金はついに私の腕輪の上に直接飛び乗り、小さな足で必死にそれを隠そうとし始めた。その欲張りで愛らしい姿を見て、私は呆れて首を横に振った。

「私の腕についている方が、もっと価値があるように見えない?」

「そうですね。お嬢様の腕につけている方が、何倍も素敵に見えます」

「ふふ、メイは本当に見る目があるわね」

ひとしきり満足するまで自慢を楽しんだあと、私はようやく表情を引き締め、本題に入った。

「さて、そろそろビジネスの話をしましょうか。今回の新作の反応はどう?」

私が真面目なトーンになると、二人の表情もプロの商人のそれへと引き締まった。

「反応は非常に良好です。今日の売上は、現時点で早くも昨日の終日売上を超えました。メイベル・プレミアムも一か月先まで予約で満席です。こちらが先月の帳簿になります」

「新作、そんなに美味しかったの?」

(そんなに大絶賛されているなら、なんで開発者の私はまだ食べていないのよ!)

私の心の声を完全に察したのだろう。ベルはくすくすと悪戯っぽく笑った。

「これまでの新作の中でも、過去最高のリアクションをいただいています。ゆっくり帳簿をご覧ください。今、お持ちしますね」

ベルがデザートを取りに厨房へ戻る間、私はメイと売上の推移についてさらに深く話し合った。

売上は文字通り、綺麗な右肩上がりを維持している。客の足が少し落ち着いてきた絶妙なタイミングで新作を投入し、再び市場の飢餓感を煽って呼び戻す。メイの商売センスは、本当に恐ろしいほど磨きがかかっていた。

「いいね。特にこの新商品の発売時期が絶妙だわ」

「売上の推移をリアルタイムで見ながら決めています。ただ……売れすぎて予約待ちが長くなりすぎているせいで、お客様からの不満やクレームの声も少しずつ増えてきていまして」

そう言われて予約台帳を確認した私は、思わず目を丸くした。

なんと、本当に一か月先までびっしりと予約の文字で埋まっている。プライドが高く忍耐力のない貴族たちの性質を考えれば、「いつまで待たせるのだ」と不満の声が出始めてもおかしくない異常事態だった。

「お嬢様、もう一店舗、支店を出しましょうか?」

メイのその提案に対し、私は即座に、きっぱりと首を横に振った。

「支店? いいえ、メイベル・プレミアムはこれ以上、絶対に店舗を増やしてはダメよ」

「え……?」

メイが不思議そうに瞬きをする。私は台帳を閉じ、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「メイベル・プレミアムがここまで成功している理由は、貴族たちの『希少性』を極限まで刺激しているからよ。世界にここだけ、唯一無二だからこそ価値があるの。あえて店舗を増やして、そのプレミアムな価値を薄める必要は一切ないわ」

「ありふれた店」という印象を一度でも与えた瞬間、見栄を喰らう貴族相手の商売は完全に終わりを迎えるのだ。

「――分かりました。メイベル・プレミアムの支店計画は白紙に戻します」

メイは少しも迷うことなく、私の意見を全面的に受け入れた。私の判断を、ビジネスパートナーとして100%信頼してくれている証拠だった。

そこへ、ベルがトレイに乗せた新作デザートを恭しく運んできた。

「メイ、お嬢様とゆっくりお話ししていてください。私は厨房の様子を見てきますね」

「ありがとう、ベル。いただきます」

運ばれてきた新商品は『クリームチーズシュー』だった。

外側は驚くほどサクサクに焼き上げられた香ばしい生地。フォークを入れると、中から少しとろけた、極限まで滑らかで柔らかなクリームチーズが溢れんばかりにたっぷりと詰まっていた。

「――っ、すっごく美味しい……!」

目を丸くして感嘆の声を漏らすと、メイが自慢げににっこりと微笑んだ。

「うまくできましたでしょう?」

「うん、本当に最高よ!」

あんな自信満々な笑みを浮かべるのも納得の、完璧なクオリティだった。私は残りのシュークリームも夢中で口へと運んだ。大人の拳ほどもある大ぶりなサイズだったにもかかわらず、あっという間に胃の中に消えていく。

「チーズのとろけ具合が絶妙ね。甘すぎないし、これだけ濃厚なのに全くくどさがないわ」

人気が爆発する理由が、痛いほどよく分かる素晴らしい完成度だった。私は皿の上のクリームをフォークできれいにさらいながら、大きな声をあげた。

「もう一つちょうだい!」

メイは嬉しそうに笑いながら、二個目のクリームチーズシューを取りに行った。

私は結局、こうして「もう一つ!」を三回も繰り返すことになった。本当はもっと食べたかったけれど、理性を総動員して自制したくらいだ。

「本当に美味しいわ。二人とも、やっぱりデザート作りの天才ね」

「お嬢様のおかげで、そのお言葉はもう何度も聞いていますよ。ベルにもしっかり伝えておきますね」

メイもベルも、今ではすっかり一流の経営者・職人としての自信に満ち溢れていた。大げさなほど自信満々な私の背中を見ているうちに、自然と彼女たちも堂々とした態度を身につけたのかもしれない。

メイが淹れてくれた、すっきりとした味わいのルイボスティーで甘くなった口内を落ち着かせる。

そんな、穏やかで満ち足りた時間を楽しんでいた、まさにその時だった。

コンコン――。

静かな事務室のドアをノックする音が響いた。待っていた「彼ら」が到着したのだ。

「入ってちょうだい」

私が声をかけると扉が静かに開き、見慣れた顔がひょっこりと姿を現した。

「お嬢様、遅れてしまいましたか?」

「ううん、ちょうどいいタイミングよ。早く入って」

その言葉を聞いてホッとしたように大きく息をつき、中へ入ってきたのはシオンだった。そして、その後ろからはデリアも静かに続いて入ってくる。

「あれ? どうして二人が一緒なの?」

「偶然、お店の入口の前で鉢合わせたんです」

「こんにちは、エスピンお嬢様。お久しぶりです、お元気でしたか?」

久しぶりに顔を合わせた二人は、互いに軽く挨拶を交わした。

私の勢力がこうして一堂に会する姿を見ると、胸の奥が熱くなるような感慨深い気持ちでいっぱいになる。

シオンは原作のプロット通り、自らの商団を立ち上げ、今や王都でも指折りの規模にまで見事に育て上げていた。本人すら「自分の才能が怖い」と漏らすほど、私の介入がなくても彼の商才は驚異的なスピードで開花していた。

例えば以前、育毛剤の開発者に原材料となる『ポティックの実』を独占販売した際、シオンは翌年の「育毛剤そのものの販売権」までセットで契約をもぎ取ってきたのだ。一体どうやってあの気難しい開発者を説得したのかは分からないが、私と商団を本格的に立ち上げる前から、彼は私が教えた以上の利益を叩き出していた。その並外れた商才は、今や誰もが認めるものとなっている。

そして、デリアが運営する冒険者ギルドの情報網も、今や王都の影を完全に掌握するほど強固なものとなっていた。今ではちょっとした噂話や裏社会の情報なら、デリアのギルドを通せば手に入らないものなど存在しないほどだ。

私は事務所の中にいる信頼できる仲間たちを、満足そうに見渡した。

ちなみに二人は貴族ではないため、本来ならこのメイベル・プレミアムの正面エントランスからは入れない。けれど、今回は関係者用の隠された裏口から秘密裏に入ってもらった。こうして奥まった場所にある事務室で集まれば、表で優雅にお茶をしている貴族たちの目に留まることもない。

「そうだ、エスピンお嬢様。少し遅れてしまいましたが、お誕生日おめでとうございます」

「私も準備してきました。お誕生日おめでとうございます、お嬢様」

シオンとデリアまでが、それぞれ懐から美しい包みを取り出した。予期せぬプレゼントの連続に、私はまたしても感動の波に襲われる。

「みんな、本当にありがとう……。私、今すごく幸せだわ」

幸せすぎて、本当に体がとろけてしまいそうだった。

「見ていれば分かりますよ。お嬢様の顔にそう書いてありますから」

バタバタバタッ!

私の肩の上で、黄金が興奮を抑えきれないといった風に激しく羽ばたいた。

「会うたびにお嬢様に似て、どんどん欲張りになっていきますね、その鳥。毎日高級なものばかり食べさせてもらっているからでしょうか」

シオンの憎まれ口は、今日の幸福感に免じて綺麗に聞き流してあげることにした。

ひと通り挨拶とお祝いの儀式を終えたところで、私は声を一段落とし、今日この場所に集まった「本当の目的」を切り出した。

「さて……何か、新しい情報は入っているかしら?」

これこそが、私たちが定期的に秘密の集会を開く理由だ。

私はこの三人を通じて、王都中の噂や機密情報を集め、精査していた。

冒険者ギルドは言わずもがな情報の宝庫であり、シオンも商団を運営する上で常に市場の動向や貴族の資金源に目を配っているため、彼にしか掴めない質の高い情報を持っていた。

そして、この『メイベル』というサロンもまた、極めて優秀な情報収集の場だった。

人間という生き物は、美味しいデザートを口にしている間、自然と心が解きほぐれておしゃべりになる。さらに、この店の穏やかで甘い雰囲気に気が緩み、普段なら絶対に他人の前では口にしないような秘密や派閥の裏話を、つい口を滑らせてしまう令嬢や貴族たちが後を絶たないのだ。

この三つの異なるルートから得た情報をパズルのように照らし合わせることで、情報の正確性は格段に跳ね上がる。最初は私が個別に話を聞いていたけれど、今ではこうして一堂に会して共有する方が効率的だった。

ちなみに、メイやシオンとは違い、デリアは元々私から直接大きな恩を受けたわけではなかった。そのため、当初は私の計画や能力をどこまで打ち明けるべきか悩んでいたのだが、その問題はシオンの機転であっさりと解決した。

シオンが有望な投資先の案件をデリアに流し、デリアのギルドがそれで莫大な利益を得たのだ。組織を運営するには莫大なお金が必要であり、冒険者ギルドは決して裕福ではない。つまり、デリアはお金の価値と、それを運んでくれる人間への恩義を誰よりもよく理解していた。この実利を伴う信頼関係の構築によって、彼女は完全に私たちの loyal な仲間となったのだ。

「――そういえば、少し気になる話を聞いたんです」

最初に口を開いたのは、メイだった。

「クェイド公爵家のご子息が、ついに王都の社交界に姿を現したそうですね。お嬢様は、もうお聞きになりましたか?」

デミアンのことだと、すぐに分かった。

「ええ、もう会ったわよ」

「えっ、もうお会いになったんですか!? さすがお嬢様、行動が早いですね」

シオンが感心したように親指を立てた。そこに「さすが」が使われる理由はよく分からないけれど。

「どうでした? 噂では、本当に信じられないほどの美貌だと聞いていますが……」

メイの言葉に、私の脳裏にあのデミアンの完璧な顔立ちが鮮明に浮かび上がった。あのルチの顔に見慣れているこの私でさえ、初対面で思わず息を呑んだほどの美しさだ。

「ええ……もの凄く、格好よかったわ」

「やっぱりそうなんですね。今、社交界はその方の美しさの話題でもちきりですよ。うちのお店にいらっしゃる若いお嬢様方も、お茶を飲みながらみんなクェイド公爵令息の話ばかりされていますもの」

「彼は、積極的に社交界の集まりに参加しているの?」

私が尋ねると、デリアが静かに頷いた。

「いくつかの主要な夜会や集まりには、すでに顔を出しているようです」

(デミアンが、もうそんなに表舞台で活発に活動しているなんて……)

それは、私の知る「原作」のタイムラインとは明らかに異なっていた。

知っているはずの未来が少しずつ、けれど確実に変わっていくというのは、やはりどうしようもなく不気味で落ち着かない。すでに何度も原作との食い違いは経験しているはずなのに、それに気づくたび、理由のない重い不安が胸の奥に澱のように溜まっていく。

「世間の、他の貴族たちの反応はどうかしら?」

「クェイド公爵に息子がいたこと自体がトップニュースなのに、公爵がその子を正式な『後継者』に据えると公表したのですから、政界は大騒ぎですよ」

デリアは小さく肩をすくめた。

(なるほどね……だから、私との約束を断るほど裏で忙しく動き回っているわけか)

普通、成人近くになってから貴族の息子の存在が突然明らかになる場合、その大半は「私生児」だ。そして多くの場合、社交界での風当たりは強く、評判は芳しくない。貴族という生き物は、血統の純血性に異常なほど固執するからだ。

しかし、デミアンは違った。クェイド公爵自身が、最初から彼を完璧な「公式の後継者」として指名し、その背後をガッチリと固めている。

公爵のお墨付きがある以上、他の貴族たちは彼を侮るどころか、何とかしてその強力なコネクションに肖ろうと必死になって近づくはずだ。それだけ、今のデミアンの周囲には有象無象が群がり、彼自身の時間も奪われているのだろう。

「デミアンについて、何か過去の経歴で掴めたことはある?」

デミアンは、あまりにも唐突にチェス盤の上に現れた強力な駒だ。つまり、彼の過去は完全にベールに包まれている。

「こちらにまとめてあります」

デリアが手際よく、懐から一枚の書状を取り出して私に手渡した。その短い期間で、すでに彼女のギルドは独自の調査を進めていたらしい。

「クェイド公爵家の公式発表は、すべてあの『魔塔』を通して行われています」

書状に目を落とすと、そこには以前デミアン自身が私に語った内容とほぼ同じ経歴が並んでいた。

【4歳の時にクェイド公爵に引き取られ、そのまま魔塔へ入る。類まれなる魔力の才能が認められ、6歳で魔法使いとして覚醒。その後は魔塔の最深部でひたすら修行に明け暮れ、一か月前にようやく塔を出た】

記載されていたのは、本当にそれだけだった。

その間、一度も王都を訪れた公式な記録はなく、あまりにも非の打ち所がない、綺麗すぎる経歴だ。だが――。

「4歳以前の記録が、完全に白紙なのね?」

「はい。彼を生んだ実母に関する情報はおろか、それ以前に彼がどこで誰と暮らしていたのか、その痕跡が完璧なまでに抹消されています」

私が顔を上げると、デリアの口元にはどこか意味深な、冷ややかな微笑が浮かんでいた。その視線が意味するものは、一つしかなかった。

「……怪しい、ということね」

「はい。恐ろしいほどに、怪しいです。一人の人間の過去が、これほど塵一つ残さず綺麗に消えているなど、通常ではあり得ません。情報ギルドの大部分はクェイド公爵の勢力下にありますから、彼らが国家規模で完璧に情報を操作し、隠蔽していると見て間違いありません」

「デミアンが滞在していた場所も、よりによって『魔塔』だしね……」

「ですので、それ以上の深追いは危険と判断し、魔塔内部の調査は一度打ち切りました」

「ええ、それでいいわ。賢明な判断よ」

魔塔は、この国の法すら届かない独立した魔境だ。後に原作のヒロインが「大魔法使い」として覚醒し、その扉をこじ開けるまでは、今の私たちがむやみに手を出して目をつけられるべきではない。

「でも、彼がもう魔塔の外に出て社交界にいる以上、話は別よ。デミアンの王都での動向だけは、網を張って見張っていてちょうだい。あの男に関しては、まだ調べるべき謎が多すぎるわ」

(――彼が、一体私に何を望んで近づいてきたのかも含めてね)

「すでに最低限の警戒網は敷いてあります」

「相手は国内最高峰の優秀な魔法使いよ。くれぐれも尻尾を掴まれないよう、慎重にね」

「もちろんです、お嬢様」

こうして、デミアンに関するひと通りの情報共有は終わった。

「それで、他には何か面白い動きはある?」

私の問いに、今度はメイが少し声を潜め、意味深なトーンで告げた。

「……ネイソン伯爵が、最近、裏で密かに『ある人物』と頻繁に接触しているようなのです」

その名前に、私は思わず身を乗り出した。

「あ、その件でしたら、私のところのギルドでも同じ報告が上がっています」

デリアも即座に同意したことで、その情報の信憑性は一気に跳ね上がった。ネイソン伯爵といえば、現体制の政権に深く食い込んでいる主要貴族の一人だ。

「相手は誰なの?」

「……若い女性、だそうです」

「若い女性? でも、あの伯爵には確か、熱烈な愛妻家として有名な奥様がいたわよね?」

「だからこそ――非常に興味深いお話なのです、お嬢様」

デリアの悪戯っぽい笑みに、私の胸はにわかに高鳴った。

この手のドロドロとした男女の醜聞は、単なる根も葉もない噂で終わることも多いが、意外なほど決定的な真実が隠されているケースも少なくない。もしこれが真っ黒な不倫の事実だとしたら……。

(今は泳がせておいて徹底的に証拠を固め、いざという時にあの派閥を揺るがす『最強の切り札』として使えるわね)

「その若い女性の身元は、もう分かっているの?」

「いえ、相手も相当に警戒しているようで、そこまではまだ突き止められていません」

「徹底的に調べてちょうだい。それと、ネイソン伯爵夫人側の動向についても、引き続きマークをお願い」

「承知いたしました」

デリアは深く頷いた。これまで私たちは、こうして地道に他人の弱みやスキャンダル、資金の不正流用といった闇の情報を集め続けてきた。今や、いざとなれば政界の勢力図をひっくり返せるだけの爆弾(切り札)を、いくつも手の中に握っている。

そうして主要な情報交換を終えると、室内に一瞬、穏やかな静寂が戻ってきた。

「これで全部かしら?」

「はい。今すぐお嬢様のお役に立ちそうな重要案件は、これ以上はなさそうです」

「私も、仕入れていたお話はすべてお伝えしました」

これで今日の会議は解散ね、と私がお茶をすすろうとしたその時――シオンが、どこかおずおずとした様子で、躊躇いがちに右手を小さく挙げた。

「……あの、お嬢様。まだ一つだけ、お伝えしておくべき話があるのですが」

「あら、何?」

「ただ……これ、まだ100%の裏が取れた確実な情報というわけではないんです」

シオンにしては珍しく、言葉を濁して言い淀んでいる。とはいえ、あの慎重な彼がこの場でわざわざ口にしようとする以上、まったく根拠のないただのデマというわけでもないはずだ。

「何よ、思わせぶりな態度をとって。どうしてそんなに言い淀むの?」

私の追及に、シオンは視線を泳がせながら、覚悟を決めたように声を潜めた。

「……ルチアーノ皇子殿下に関する、お話だからです」

その名前が飛び出した瞬間、事務室の空気がピキリと凍りついた。

私がルチとどれほど深く親密な関係であり、彼を次期皇帝に押し上げるために水面下でどれほど血の滲むような計画を進めているか、ここにいる全員が嫌というほど知っているからだ。

「ルチの話!? 早く言って、一体何があったの?」

私が思わず椅子から立ち上がりそうになるほど慌てた様子を見せると、シオンは一瞬、気圧されたように目を丸くした。

ルチの名前を出してこちらの反応を窺うなど、よほどの重大事に違いない。

「そんなに大事なことなの? もったいぶらずに早く話しなさい!」

私に激しく急かされ、シオンはようやく重い口を開いた。

「――ルチアーノ皇子殿下が、近々『ご婚約』を進められるという話が、皇宮の極秘裏で出回っているのです」

「っ、えっ……!?」

まったく予想だにしていなかった最悪の知らせが、まるで脳天に直撃した雷鳴のような衝撃となって私を襲った。あまりの衝撃に、一瞬、思考が完全に真っ白フリーズする。

(ルチが……婚約……!?)

いつかルチに大切な恋人ができることは、最初から分かっていた。原作の正ヒロインであるブリアナが登場すれば、二人の運命の関係は嫌でも急速に進展していくはずだからだ。

けれど――それはあくまで「原作ヒロイン」が登場してからの話だ。

(まだブリアナは社交界に現れてすらいないのに、このタイミングで婚約だなんて、一体どういうことよ!?)

原作の設定や細かいイベントが多少変わることはあっても、それは許容範囲内だった。だが、「結婚」や「婚約」といった、キャラの人生や人生の根幹を揺るがす巨大なイベントの前倒しは、完全に話の次元が違ってくる。

私の動揺っぷりを見て、シオンが戸惑ったように尋ねてきた。

「お嬢様、まったくご存知なかったのですか?」

「知っていたら、こんなに驚くわけないでしょう……! ね、ねえ、これってみんなが知っている公の話なの!?」

私が助けを求めるように視線を向けると、メイとデリアはそろって深刻な顔で首を横に振った。

「私は初めて聞きましたわ……」

「私のギルドでも、皇宮のそのレベルの機密はまだ掴んでいませんね」

「だったら、やっぱりただの根も葉もない噂なんじゃ――」

私のすがるような言葉に、シオンは余計なことを言ってしまったという風に、きまり悪そうにポリポリと頬を掻いた。

「いえ……噂レベルなら僕もここでお嬢様には話しません。僕の商団のルートで、皇宮の物資の動きや資金の不自然な流れを追った結果、可能性が極めて高いと判断したからこそ、お伝えしたのです」

そう、そこが問題なのだ。シオンはくだらない恋愛の噂話で時間を無駄にするような男ではない。彼が「確度が高い」と言うなら、ルチの婚約話は間違いなく皇宮の闇で実体を持って動いている。

日用品や贅沢品、生活必需品はどんな場所でも必要とされる。それは、あの幾重もの結界に守られた皇宮であっても全く同じだ。シオンの商売の網は、デリアの情報網よりも早く、皇宮内部の「異常な変化」を察知していたのだ。

「相手は皇族ですから、十中八九、政治的なメリットを絡めた政略結婚でしょうね」

シオンは、激しく動揺して取り乱す私を落ち着かせるように、努めて冷静なトーンで言った。

確かに、この世界において皇族が政略結婚をするのは当然の義務だ。本来なら、第一皇子であるルチに正式な婚約者が最初から設定されていても、何らおかしくはなかった。

しかし、婚約者の一族が味方につくということは、その実家がルチの背後の「巨大な盾(勢力)」になるということを意味する。ルチに少しの権力も持たせたくない、あの冷酷無比なイザベル皇妃が、ルチの地盤を強くするようなそんな有利な婚約を、簡単に認めるわけがなかった。

事実、原作小説のプロットでも、イザベル皇妃はルチがまともな勢力と結ばれないよう、彼の婚約や婚姻の儀を最後の最後まで全力で妨害し続ける設定だったはずだ。

それなのに、なぜこのタイミングで、突然婚約の話が、しかも皇宮側から浮上してきたのか。

「……その婚約の話って、ルチア本人が自発的に進めていることなの?」

私の張り詰めた問いに、シオンは静かに首を横に振った。

「いいえ。どうやら、イザベル皇妃側が主導して、強引に進めている話のようです」

(――そうよね。ルチアが私に何も言わずに、自分からそんな重要な話を進めるはずがないわ)

その一言を聞いて、胸の奥を締め付けていた最悪の恐怖からは、ほんの少しだけ解放された。ルチの裏切りではないと分かっただけで、幾分か冷静さを取り戻すことができる。

「ルチア本人は、この話をもう知っているの?」

「当事者ですし、いくら何でも話は耳に入っているかと思いますが……」

シオンは、自分が掴んだ客観的な事実を淡々と述べているだけで、当の本人がその事実を知らない可能性については考えていないようだった。彼の言う通り、普通なら本人が知らないはずがない。

(でも……だったら、どうしてそんなに重要な大事件を、彼は私に一言も話してくれなかったのよ……!?)

その事実を知っていながら、なぜ私に隠していたのか。私の頭の中に、最悪のシナリオが次々と浮かんでは消え、激しい頭痛と、それ以上の猛烈な苛立ち、そして焦燥感が込み上げてきた。

今のルチは、昔のような無防備で純粋な、ただ泣いているだけの子供ではない。自分の利益や目的のためなら、本心を完全に隠して完璧な嘘の演技をすることさえ覚えたのだ。嫌なこと、不条理なことがあっても、平気なフリをして冷徹に笑える大人の男に、彼は成長してしまった。

(まさか……あのバカ、自分の地盤を固めるために、皇妃の罠だと知りながら『契約婚約』みたいな危険な取引を、裏で勝手に受諾するつもりじゃないでしょうね……!?)

今のルチなら、目的達成のためにそれくらいの突飛で危険な手段を思いつき、実行しかねない危うさがある。そんな勝手な真似、絶対に許さない。今すぐあの男の胸ぐらを掴んで、事の真相を徹底的に問い詰めなければ気が済まなかった。

私は椅子を激しく引き、勢いよく立ち上がった。

「――今日の話は、もうこれで全部かしら!?」

私のただならぬ殺気立った様子に、シオンが慌てて両手を挙げた。

「は、はい! 僕はもうありません! どうぞ、すぐに向かってください!」

メイもベルも、私の気迫に圧されてコクコクと首を縦に振る。

「私も特に付け加えることはありません」

「私もちょうど帰るところでしたので、一緒に出ましょう」

デリアもそう言って立ち上がった。

「じゃあ、私は行くわね。みんな、今日もありがとう!」

挨拶もそこそこに、私はすさまじい勢いで事務室を飛び出し、廊下を早足で歩き出した。

「お嬢様」

建物の裏口を出たところで、背後からデリアの静かな声が私を呼び止めた。

「ん? どうしたの?」

「……後でお時間がある時に、私のところへ(・・・・・・・)来ていただけませんか?」

デリアは、いつも以上に真剣で、どこか深い意味を含んだ眼差しで私を見つめていた。

「何か話があるなら、さっきの会議の中で話せばよかったじゃない。……それとも、今ここで話す?」

「いえ、ここでするような話ではありません。それに今の状態のお嬢様は、それどころではなさそうですので」

言われなくても、今の私の頭の中はルチのことで一杯で、一刻も早く皇宮へ乗り込みたくて仕方がなかった。だが、あの慎重なデリアがわざわざ「後で二人きりで来てほしい」と言い残すほどだ。ただ事ではない、非常に重要な話なのだろう。

「……急ぎの用件じゃないのね?」

「ええ、今すぐというわけではありません」

「分かったわ。それじゃあ、後で必ず時間を作って、あなたのところへ行くね」

デリアとの短い会話を切り上げると、私は待たせてあった馬車へと飛び乗った。

「ビリー、大至急よ! 今すぐ皇宮へ向かってちょうだい!」

「かしこまりました、お嬢様!」

ビリーの返声とともに、馬車が激しい音を立てて走り出す。私は窓の外の流れる景色を睨みつけながら、胸の中で激しく渦巻く焦燥感を必死に抑え込んでいた。

(待っててなさいよ、ルチ。ただで済むと思わないことね!)

 



 

今回のエピソードの要点は以下の3点です。

  1. 「メイベル」の絆と大豊作の誕生日プレゼント

    店を訪れたエスピンは、大忙しのメイとベルからサプライズで誕生日プレゼントの「防御魔法の腕輪」を贈られます。黄金(ファンゴミ)の妨害をかわしつつ、信頼する二人からの贈り物と、自身のビジネス論(希少性を守るための支店計画却下)を共有し、幸せな時間を過ごします。

  2. 裏の精鋭集結と「デミアン」の完璧すぎる謎

    裏口からシオンとデリアが合流し、エスピン陣営の秘密会議が始まります。社交界で美貌が話題のクェイド公爵令息・デミアンについて、デリアから「4歳以前の記録が完璧に消されている」という怪しい調査報告を受け、エスピンは警戒を強めて彼を見張るよう命じます。

  3. ルチアーノに突然の「婚約話」とエスピンの焦燥

    ネイソン伯爵の不倫疑惑などの情報交換が進む中、シオンから「イザベル皇妃側がルチアーノの婚約を強引に進めている」という衝撃の極秘情報がもたらされます。原作のタイムラインの歪みと、自分に何も相談のなかったルチへの怒りと焦りから、エスピンは真相を問い詰めるため急ぎ皇宮へと向かいます。

 

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