こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

114話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- カリードの苦悩
翌日、ブラウンス公爵は執務室で溜まった仕事を処理しているところだった。
彼の秘書が、予定外の来客が来たと知らせた。
「名前は何だって?」
「エビアンと申しておりました。テレシアから来たと言えば分かるはずだと……」
エビアンという名前には覚えがなかったが、「テレシア」という言葉を聞いた瞬間、公爵の目が光った。
「すぐに通せ。」
『あの時の男か。』
目に野心を満ちた様子だったテレシアの侍従。
まさか本当にここまで来るとは思ってもみなかったブラウンズの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
しばらくして、緊張した面持ちのエビアンがドアを開けて入ってきた。
「再びお目にかかれて光栄です。」
「そうか。私を訪ねてきたということは、重要な情報を持っているのだろうな?」
ブラウンスはエビアンにソファを勧めながら、すぐに本題に入った。
「はい。私は主君の意志とも関係なく、テレシアを離れました。ここで自分の居場所を保証していただきたいのです。」
「いいだろう。」
どうせ使い切った後は切り捨てても構わない。
公爵の立場からすれば損をすることはない話だった。
だが、エビアンはそう簡単に操られる人物ではなかった。
彼はあらかじめ用意しておいた誓約書をテーブルの上に出した。
「私も生きるための道を探さなければなりませんから。私の雇用を責任を持って保証してくださるという内容です。ご覧になってください。」
堂々としたエビアンを見て、ブラウンスの眉がぴくりと動いた。
そのまま追い出したくもなったが、何よりも元主君だったエビアンが知っている情報が必要だった。
誓約書をざっと目を通してみると、特に難しい内容ではなかった。
金と権力に対する欲望だけが見えるだけだ。
そばにあったペンでサインをし、書類をエビアンの方へ押しやった。
「さあ、話してみろ。」
エビアンはとても満足げに、何事も協力できるかのような好意的な態度を見せた。
「ありがとうございます。まず……あのお嬢様に関心を持たれている理由は、”能力”のせいですよね?」
「能力?」
「はい。私があのお嬢様を初めて診察したとき、異常なほどに強い能力を感じました。」
「お前がどうやって能力を感じたというのだ?」
ブラウンズは疑わしげに尋ねた。
信徒でもないのに能力を感じるというのは簡単なことではなかった。
「私は能力を察知する力があります。信じられないのであれば、確認していただいても構いません。」
「ほう……。とりあえず続けてみろ。」
話が終わってから確認しても遅くはないと考えた公爵は、エビアンの話をすべて聞くつもりだった。
「とてつもない能力が眠っていました。その程度は並大抵の神官たちでも見つけるのが難しいでしょう。」
エビアンはそのほかにも、エステルが一日で花を咲かせたことや、毒を盛られた下女を治療したことなど、貴重な逸話をすべて語った。
「そんなにすごいのか。」
話を聞きながら静かにテーブルをコツコツ叩いていたブラウンズの目が鋭くなった。
聖女候補にとって能力とは神の祝福そのもの。
聖女の中で能力が最も高い者が選ばれる理由だった。
「……分かった。もう行っていい。秘書にそれを見せれば、適切な役職を与えるようにする。」
「ありがとうございます、閣下。いつでも私をお呼びください。」
やはり自分が選んだこの道が正解だったという思いに、エビアンはほほ笑みながら部屋を後にした。
ブラウンズは執務室で一人になるやいなや怒りを抑えきれず、テーブルの上の物を脇へ投げ飛ばした。
「くそっ!!」
神官たちを飛び越えるほどの強い能力とは。
確認してみなければならないが、彼はエスターが自分の娘であることを確信した。
外から物が壊れる音がして、驚いた秘書が飛び込んできた。
「お怪我はありませんか?」
「キャサリン、私が捜せと言ったキャサリンはどうなった?」
目に光を帯びたブラウンズの姿に、秘書はたじろぎながら答えた。
「申し訳ありません。あまりにも昔の出来事なので、まだ追跡中です。」
ブラウンズは唇を噛みしめながら、いら立ちをあらわにした。
「確実に逃げたんだ。」
もしあの子が生き延びて大公家に引き取られたのなら、どうやって連れ出せばいいのか答えが見つからなかった。
『どうにかして連れてこないといけないのに。』
大公家でなければ誘拐が一番簡単だが、一流の暗殺者を雇ったとしても成功の保証は難しかった。
「憎たらしい、キャサリン。」
キャサリンが大公妃の妹だという事実を知らないブラウンズは、最終手段として政権の後ろ盾を使おうとすら考えた。
数日後の午後。
久しぶりに制服ではなく私服を着たビクターは、大きな手には不釣り合いなピンク色のバスケットを持ち、正門へと向かっていた。
「なんだ?お嬢さん、どうしてここに?」
ビクターを見て気づいた今日の門番である警備兵ジョンはドタバタと音を立てながら彼を迎えた。
「今日は家でゆっくりしてって。いいでしょ?」
持ってきたバスケットをそっと前に差し出しながら、ビクターが肩をすくめた。
「でもなんで出かけないの?村で君を待ってる女の子たち、たくさんいるじゃん。」
ジョンの言葉に、ビクターは聞こえないふりをして耳をそらした。
「何言ってんだよ。もう他の子なんて眼中にないよ。ずっとお嬢さまだけを守るつもりだ。」
キッパリと言いながら、ビクターは持ってきたバスケットの蓋を開けた。
中には、いちごジャムを塗ってチーズとハムを挟み、カップ型に詰めたサンドイッチが三つ入っていた。
「……なにこれ、この不格好なサンドイッチは?寝ぼけて作ったの?」
もちろんビクターがテキトーに作ってきたと思ったリオは、サンドイッチの見た目をけなした。
するとビクターが真面目な顔で言った。
「これ、お嬢様が作ったものなんです。」
「えっ?」
一瞬、静まり返った。
リオより先に我に返ったジョンが咳払いをして手続きを始めた。
「はは……だからこんなに見た目が独特で個性的だったのか?うちのお嬢様、センスがすごいからなあ。」
「そ、そうだよ。あまりに芸術的だから飾り物かと思ったよ。飾り物って、もともと芸術性が必要っていうし。」
なんとかごまかそうとする二人を見て、ビクターが鼻で笑った。
「マズいって、サンドイッチって?君らに食べる資格ないよ。」
「冗談だよ。そんなに本気で怒る?」
リオは、どうか自分がそう言ったとバレないようにしてほしいと必死に願った。
ドフィンの耳に入ったら何か罰を受けるのではと怖がっていたのだ。
「私は失敗してないから、食べてよ。お嬢さまが作ったって、これは誇らしく自慢しなきゃダメだよ、ね?」
ジョンがしょんぼりしたふりをしながら、ビクターからサンドイッチを一つ受け取った。
リオも少し渋々ながらサンドイッチを受け取り、セスは自分のサンドイッチを持って幸せそうにしていた。
見た目は少し不格好でも、中身はしっかり詰まっていて美味しいサンドイッチだった。
「こんな方が他にいる?一日ゆっくりしてと言っておいて、サンドイッチまで作ってくださるなんて。」
「お前、幸運だな。」
もちろんエスターを慕うようになったのが、自分にとって最大の幸運だったと、ビクターは誰よりもよくわかっていた。
「そうだね。うちのお嬢さまのような方は、この世にもういないよ。」
ビクターは優しく微笑みながら、愛おしそうにエスターを見つめた。
初めて出会ったときは曇った表情だったが、時間が経つにつれ驚くほど明るくなっていった。
そんな変わっていく姿を見守るのが、ビクターの大きな喜びだった。
「俺がこれから一生お酒を注ぐから、俺と付き合ってよ。」
「いや、私が注ぐよ。ジョンより私の方がいいでしょ?」
実は、ビクターの座を狙っている騎士は一人ではなかった。
大公家の人々は皆、エスターを好いていた。
エスターが来てから、家の中の雰囲気が変わったからだ。
冷静で冷淡だったドフィンまでもがすっかり変わってしまい、大公家の実勢がエスターにあることを皆が察していた。
ほんの少しでも隙があれば、ハイエナのように奪おうとする準備をしており、ビクターが離れるのを今か今かと待ち構えていた。
「誰とだって絶対に替えない。千年万年、お嬢さまをお守りするんだ。」
和気あいあいとした雰囲気の中で楽しくはしゃいでいた彼らの目に、正門に近づいてくる訪問客の姿が映った。
「誰が来るの?」
「今日、約束は特にないけど……」
ジョンとリオが今日のスケジュールを再確認しながら不審に思った。
顔が見分けられるほどの距離に近づいたとき、ビクターは近づいてくる人物を見て目を細めた。
「……あの人……」
「知ってる人?」
「うん。お嬢さまが嫌っている人。」
見た目は穏やかに見えるが、エスターが会うたびに嫌がっていたことを思い出し、ビクターも表情を引き締めた。
「こんにちは、あの……」
カリードの言葉が終わる前に、リオが口を挟んだ。
「何のご用でしょうか?」
「エスターに会いに来ました。」
「約束されたのですか?」
「いいえ。」
その言葉にリオはぱっちりと目を見開いた。
「約束がなければお通しできません。」
「古い友人なんです。約束はしていませんが、一言だけ伝えていただけませんか?お願いします。」
礼儀正しく、しかも切実な態度に心が少し揺れたが、皆がエスターを嫌っているという言葉に、最大限慎重にカリードを見据えた。
「本当にお通しできません。」
「え?そちら……エスターと一緒にいらっしゃいましたよね?覚えていませんか?」
カリードはビクターを見て、うれしそうに話しかけようとしたが――
「はい。覚えていません。」
ビクターは淡々と答え、さらにしっかりとドアを閉めた。
『どうしよう。』
門の前で堂々としていたカリードは、それでも立ち尽くしていた。
強い覚悟を持って来たので、そう簡単に引き下がることはできなかった。
そのときだった。
蹄の音が大きく響き、高級な馬車が門の前に止まった。
馬車に刻まれた家紋を見た騎士たちは、カリードを相手にしていたときとは違って、明るく出迎えた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ジュディと一緒に剣術の練習でもしようかと。中にいるかな?」
「はい、皆さまいらっしゃいます。」
セバスチャンは馬車から降りず、窓を開けて騎士たちと会話を交わした。
それだけで門は開かれた。
「僕も中に入れてください!」
「何だ?誰だあれ?」
「それが……約束もせずにエスターお嬢様に会わせてくれと言うんです。」
「エスター?」
セバスチャンは細めた目でカリードを上下に見ながら言った。
どこかおかしなやつが紛れ込んできたようで苛立った表情だった。
そして、セバスチャンは堂々と窓を閉めて正門の中へ入っていった。
「どうしてあの方はすぐに入っていくんですか?あらかじめ約束があったのですか?」
「セバスチャン様とは事情がまったく違います。」
何を言っても通じないと感じたカリードは、冷たい目で入ることのできない扉の内側を見つめた。
そろそろ神殿へ戻らなければならない時間が近づいていたが、彼はエスターに会うことすらできなかった。
ジュディはエスターと一緒に庭のテラスに座ってサンドイッチを食べていた。
「次は卵を入れて作ろう。もうイチゴジャムは飽きちゃった。」
サンドイッチを作ろうと提案したのはジュディだった。
エスターが憂鬱に見えて気分を変えてあげたかった。
けれど、作ってみたらあまりにも量が多かった。
あちこちに分けてもまだ残っていたので、2人で分けて食べていた。
「ジュディ!エスター!来たよ!」
セバスチャンが2人のところへ走ってきた。
時も場所もわきまえずに来るセバスチャンなので、ジュディは眉をひそめた。
「また来たのね。」
「こんにちは。」
ぼんやり座っていたエスターも立ち上がって挨拶をした。
「うん、こんにちは、エスター。サンドイッチ食べてたの?」
「君にも一つあげようか?」
ジュディがサンドイッチを差し出すと、セバスチャンはもじもじしながら横に置かれていた水だけゴクゴク飲んだ。
「うーん、見た目がちょっと……。食べても大丈夫かな?誰が作ったの?」
「私です。」
水を飲んでいたエスターが手を上げると、セバスチャンがカチッと音を立てて水を前に差し出した。
「そんなに何してるんだ?」
「見た目がとてもきれいだって意味よ。誤解しないで。」
セバスチャンはジュディの言葉を聞かないふりをして、凍ったサンドイッチを受け取った。
2つに切られていたが、片方は食べるふりをし、もう一方はナプキンで大事に包んで感謝の気持ちを込めて保管した。
セバスチャンとジュディが並んで立っていると、激しく運動している様子が伺えた。
2人とも毎日運動に励んでいるようで、身体が以前より引き締まっていた。
かつてのぽっちゃりした姿は見られず、変わったセバスチャンはもう盾のようにたくましく見えた。
しかし、優しい父や兄たち、そしてノアに慣れてしまったエスターは、特に感慨深い思いは抱かなかった。
「はい、これエスターにあげようと思って来る途中で買ったんだ。」
セバスチャンは恥ずかしそうに赤いリボンを取り出した。
エスターにあげたくて買ったリボンだ。
「ありがとうございます。」
エスターはかすかに見つめたが、アクセサリーにはあまり興味がないせいか、少し戸惑っていた。
「今、髪につけてみようか?きっと似合うと思うよ。僕がつけてあげる!」
セバスチャンはもじもじしながら近づいてきた。
リボンをつけたらどれだけ可愛いか、ぜひ見たかった。
「え?はい。」
ドロシーが自分がやるとリボンを受け取ろうとしたが、セバスチャンが目でどいてと訴えた。
エスターが拒まなかったので、もう少しで成功しそうだったが、結ぼうとした瞬間、ジュディに足で蹴られる。
「ちょっと、離れてよ?なんでエスターの頭に手を置くの?」
「これ、結んであげるんだよ。」
「うちのチーズにでも結んでおけばいいのに。」
結局、赤いリボンはエスターの頭ではなく、横でぐっすり眠っていたチーズの首に結ばれた。
「はあ。」
落胆したセバスチャンは、チーズが一番好きなぬいぐるみのバタルウィプを上下に振りながらため息をついた。
実は、エスターはドフィンから母の話を聞いた後、ずっとぼーっとしていて、正気ではなかった。
自分を産んで死んだ母に申し訳ない気持ちが湧いてきて、母を襲った人物をどうしても突き止めたいという思いで苦しんでいた。
そんなエスターの関心を引こうと、セバスチャンは几帳面に庭で剣術の訓練をしていた。
「なんでここで練習するの?家に帰ってやればいいじゃん。」
「家でやったらエスターに見せられないじゃない。」
首を殴ろうとするジュディの攻撃を避けて反撃するかと思われたセバスチャンが一言つぶやいた。
「さっき見たけど、エスターの友達もけっこういい体してたよ。」
その言葉にまったく反応のなかったエスターが、魚のようにぱちぱちとまばたきをして尋ねた。
「私の友達ですか?」
「うん。外で君の友達だって人が会いたいって来てたけど……。」
エスターが関心を示すと、セバスチャンはうっかり話してしまったことに気づいて、しまったと思い口をぎゅっと閉じた。
『カリードかしら?』
母も大切だけど、とりあえず今はラビエンヌを解決するのが先だった。
エスターがドロシーに手で合図を送った。
「正門に来た人がカリードなら、中に入るように言ってくれない?」
「はい?わかりました。」
カリードにどうしても確認したいことがある。
「ジュディ、カリードって誰か知ってる?」
「え?初耳だけど……。ちょっと待って、もしかして前に泉の前にいたあの人?」
同時に「カリード」という名前を聞いたセバスチャンとジュディは目を細めて警戒心を高めた。





