こんにちは、ちゃむです。
「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
143話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 望んでいた場所②
夜も更けるというのに、ノアからの手紙は届かなかった。
誕生日が過ぎ、一日、また一日と日が流れ、さらには一週間が経っても――ノアからは何の音沙汰もなかった。
クラリスは、次第に不安を募らせていった。
もしかして、魔法使いの城で何かあったのではないか、と。
彼女は時間ができるたび、外壁の見張りに声をかけ、遠方から吹いてくる風が不穏な噂を運んできていないかを尋ねた。
だが、魔法使いの城はセリデンからあまりにも遠く、しかもその城の内情を知った風が都へ流れ着くことなど、滅多にない。
不安が胸に重くのしかかる夜には、ノア宛てに手紙を書いたこともあった。
けれど、彼の身に何が起きているのか分からない以上、理由の分からない心配をぶつけることはできず、クラリスはその思いを文字にすることができなかった。
結局、便りに綴られるのは、ただの安否を気遣う言葉ばかりで――ノアからの返事は、ついに戻ってこなかった。
――そういえば、バレンタイン王子とも、もうずいぶん長い間、連絡を取っていない。
前回、彼の別宮からそのまま戻ってきて以来、クラリスは彼に一通の手紙も送らなかった。
その代わりに、毎日公爵が読んでいる新聞を部屋へ持ち込み、そこに彼に関する記事が載っていないか、こっそり目を通していた。
もしも、「バレンタイン王子がどこかの宴に出席した」そんな短い記事を見つけるだけでも、胸が躍り、その一文を何度も何度も読み返した。
「……元気にしているのかな」
記事に書かれているのは、彼の公的な行動ばかりで、気分や表情がうかがえるような情報は、ひとつもなかった。
「……それなら、いいんだけど」
クラリスはベッドの上にごろりと転がり、窓の向こうに広がる、澄みきった夏の青空を見上げた。
「……変な夏だな」
公爵夫妻と家族になると約束してから、この夏は、どこか落ち着かないままだった。
それでも、セリデンで過ごす日々は宝石のように穏やかに輝いていた。
だが、胸の奥に巣食う不安は、霧のように消えてはくれなかった。
むしろ――二人からの便りが途絶えた期間が長くなるほど、クラリスの心の中で、その不安は少しずつ重みを増していくように感じられた。
「どうしよう……」
クラリスは両手を額に添え、誰に聞かせるでもなく、そっと呟いた。
「……すごく、会いたい」
「コオ」
鏡の前にいたマランが、とてとてと歩み寄り、クラリスの頬に身体を預ける。
ひんやりとした感触が、いつも通り優しく心を落ち着かせてくれて――そのまま抱き寄せたクラリスは、ほんの少しだけ、涙をこぼしてしまった。
そして。
その静かな日々に変化が訪れたのは、太陽が高く昇りきった、数日後のことだった。
――ついに、喜ばしい知らせが届いたのだ。
「バレンタイン王子殿下が北の城壁へ向かわれるですって?ノアまで連れて?」
マクシミリアンが慌ただしく訪ねてきて伝えた知らせは、この夏に入ってから、クラリスが初めて耳にする――あの二人に関する新しい話題だった。
彼女は思わず顔を輝かせ、マクシミリアンの腕をつかんだ。
「公爵様、お願いがあります」
「……そう言うと思っていたよ」
マクシミリアンは、まるで彼女の反応を予想していたかのように、深く息を吐いた。
「北の城壁へ行きたいんだろう」
クラリスは慎重にうなずいた。
どうやら、彼はあまり快く思っていないらしいと察したのだ。
「君がそうしたいなら、そうすればいい」
「でも……公爵様がご不快に思われるなら……」
「不快だ」
彼はきっぱりと言い切った。
その口調は、はっきりと厳しかった。
「魔法師シネットが、君の誕生日に手紙一通も寄越さなかった、だと?」
「あ……ご存じだったんですか?」
彼は小さく頷き、クラリスの頭にそっと手を置いて撫でた。
「ノアを責めてはいけないよ。きっと、はっきりとした理由があってのことだ。君も分かっているだろう。ノアが、君のことをどれほど……」
クラリスは言葉に詰まり、少し俯いたまま続けた。
「大切な……友だちとして、接してくれているって……」
[外壁卿!公爵様が高級焼き芋を百本分食べたみたいな顔をしています!]
内壁の突然の叫びに、クラリスははっとして、ようやく彼の顔をきちんと見上げた。
しかしそこにあったのは、内壁がよく言う“焼き芋顔”とはまるで違っていて――柔らかく細められた目と、穏やかな微笑みで、彼はひたすら優しくクラリスを見つめていた。
その視線には、責める色も、怒りもなかった。
ただ、静かな心配と、深い慈しみだけが宿っていた。
「……どうせなら、この機会に彼ときちんと話してみるのがいいだろうな」
「私も、そう思います」
クラリスはようやく、彼の言葉を受けて小さく微笑んだ。
「ずっと心配していたんですけど、ようやく少し安心できました。とにかく、ノアと王子殿下が一緒にセリデンへ来られるというのは、二人にとっても大きな意味があることですよね。そうでしょう?」
「もちろん、私もそう信じている」
「修道院で三人一緒に過ごした時間は、本当に楽しかったです。最後が少し慌ただしくなってしまって、残念でしたけれど……」
かつてクラリスは、ノアにこんな話をしたことがあった。
バレンタインが戻ってきたら、みんなで連れ立って年代表にでも行って、ゆっくり時間を過ごそう、と。
結局それは果たされない約束になってしまったけれど。
「また会えるようになったなんて、本当にうれしいです」
「そうだな。君がそう思えるなら、それでよかった」
彼はそう言って、静かにうなずいた。
「……そうか……」
マクシミリアンは少し考え込むように間を置き、それからひどく慎重な口調で問いかけた。
「ブロカ大陸語は……順調に学べているか?」
「はい。公爵夫人と一緒なので楽しいですし、基本的な文章の作り方は分かってきました。ただ……動詞の活用を一つ一つ覚えて使うのが、少し難しくて……」
「なるほど」
「それに、発音も正しくできているのか分からなくて。たまに、ちゃんとした先生がいればいいのに、って思ってしまって……あ……」
言い終えてから、クラリスははっとした。
自分でも気づかぬうちに、まるで当然のように“教師が欲しい”と口にしてしまったことに気づき、頬が一気に熱くなる。
「す、すみません。不満を言いたかったわけじゃなくて……」
「いや」
マクシミリアンは穏やかに首を振った。
「熱心に学んでいる証拠だ。むしろ嬉しいよ」
「本当ですか……?」
「もちろんだ。私も、夫人の手助けができていると思うと誇らしい」
そう言って、少し照れたように続ける。
「最近は二人でブロカ大陸の市街地図を広げて眺めていてね。あれを見るたびに、まるで一緒に旅をしている気分になるんだ。……それが、なかなか楽しくてな」
その言葉に、クラリスは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
「はい。ご夫人は、いつかきっとブロカ大陸へ行かれるのでしょうね。あそこの緑の海は、本当に美しいと聞きました!あ、もちろん私は、セファスの海もまだ見たことはないのですが……」
「連れていこう」
「……え?」
「その……海、だ」
「本当ですか?私が公爵さまと一緒に海を見に行くことになるんですか!?」
クラリスは、これまで絵でしか知らなかったセファスの波を思い浮かべ、目を輝かせた。
「そうだ。約束しよう」
「どうしよう……とても嬉しいです」
「ただし、クラリス」
マクシミリアンは少し真剣な表情で、彼女を見下ろした。
「この約束は、私たち夫婦と君――三人だけの秘密にしておいたほうがいいだろう」
「あ……はい。それがいいと思います」
クラリスがどれほど王室の庇護を受けていようと、気まぐれに海辺まで遊びに出かけているなどという噂が広まって、得をすることは一つもなかった。
「私も……秘密にしておいたほうがいいと思います」
「助かる。では、後日あらためて人を遣わすから、北側の城壁へ向かう日程が決まったら知らせてくれ」
「はい!いつでも出発できるよう、前もって準備しておきます!」
クラリスはただ素直に喜び、マクシミリアンの表情が一瞬だけ曇ったことには、ついに気づかなかった。
そして、数日後。
王室の兵を率いたヴァレンタイン王子は、セリデン北部の城壁へと向かった。
崩れ落ちたゴーレムを調査し、先王の遺骨と、王室に伝わる秘宝を探し出すためである。
この遠征によって、ヴァレンタインは瞬く間にサーフェスで名を知られる存在となったが――それは、これまで影に隠れて育てられてきた王子にとって、あまりにも急激な注目の始まりだった。
それは、彼の肖像が公開されたからだった。
自分の兄によく似た端正な顔立ちの青年が、真っ先に父を探しに立ち上がるだなんて。
年配の貴婦人たちは、「なんて美しい王子さまなの」とその心根まで褒め、涙ぐむ者までいた。
「どう見ても、肖像画のほうがずいぶん柔らかい印象じゃない?」
一方、北へ向かう馬車の中で、クラリスは新聞に載ったバレンタインの肖像を、かなり不満げに眺めていた。
「王子さまの目は、こんな形じゃありません」
彼女はロザリーのほうを見て、少しだけ鋭い視線を向ける。
「もちろん、その目つきが悪いって言いたいわけじゃないですよ。ただ……雰囲気が違う、って言いたいだけです。私は」
するとロザリーは、口元を押さえたまま、くすくすと笑った。
「王子さまが、そのお話を聞いたらどんなお顔をなさるか、楽しみですね」
「私もそう思います。きっと、私に怒るでしょうし。きっと、ひどいこともたくさん言われると思います」
あまりにも長いあいだ会えなかった反動だろうか。
クラリスは、ヴァレンタインが自分に腹を立てる場面を想像しただけで、なぜだか心が弾んだ。
「そうしたら、私は王子殿下の腕をぺしっと叩きますね。そしたら殿下は、ゴーレムに殴られて死にかけたくせに、って大げさに叫ぶんです。……それから……」
クラリスは、その隣に立つノアの姿を思い浮かべた。
きっと彼は仮面をつけ直し、新聞を一通り読み終えたあとで、『少女の判断は正しい』などと言って、ヴァレンタインと遠慮なく言い合いを始めるに違いない。
――そこにユゼだけいてくれたら、本当に完璧なのに。
一瞬、『ベルベルさんもいたほうがいいかな?』という考えもよぎったが、クラリスは小さく首を振った。
やはり彼女は、少し距離があるくらいがちょうどいい。
「早く着いてくれたらいいですね。それでも、私がセリデンの子として、あの二人を迎える役目は……」
そう思いながら、クラリスは遠くを見つめた。
「そこにいなきゃいけないでしょう?」
「そんなに急がなくても、私たちのほうが先に着くはずよ」
それでもクラリスは、二人が自分たちより遅れて到着してしまったらどうしよう、と落ち着かなかった。
「公爵さまが出発なさるときに、一緒に行くものだと思っていました」
公爵は二日前に、先に北の城壁へ向かっている。
クラリスはブリエルとの勉強の時間を優先するため、今日になってようやく出発することになったのだった。
「それでよかったの?」
「もちろんです!」
「それは安心ね。奥さまも、ずいぶん心配していらしたから。あなたが舞踏会のような場所に出席することを、負担に感じるかもしれない、と」
「ま、待ってください。私がそんな場に……え?本当に私が舞踏会に行くんですか?」
クラリスは一瞬、自分の耳を疑った。
今、ロザリーは確かに「舞踏会」と言ったはずで――。
クラリスは、十六になるまで一度も舞踏会に出席したことがなかった。
だからこそ、それが当然だとも思っていた。
「当然、騎士たちを迎える舞踏会が開かれるはずよね。だから首都から淑女たちも来るって聞いたけど……奥様、何もおっしゃっていなかったの?」







