こんにちは、ちゃむです。
「残された余命を楽しんでいただけなのに」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
103話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 影と光の交差点
「この峠を越えれば、ジルデルのベースキャンプです」
「お父さんも一緒に行くの?」
ロンは首を横に振った。
「私が行けば大騒ぎになる。兵士たちが整列して敬礼を始めるぞ」
イサベルは「ふーん」と唇を尖らせた。言っている意味は分かっていたが、それでも父と別れるのは寂しかった。
「それでも、こうして時間を作ってくれてありがとうございます」
――感謝などするな。私がお前と時間を過ごせないのは、私が至らないからだ。お前と時間を過ごすこと自体は、感謝されるようなことではない。
そう言いたかったが、結局口にはできなかった。
「それと、この前の話なんですが」
「この前?」
「お父さん、この陽射しと風が心地いい景色がそんなに好きなのかって聞きましたよね」
「ああ」
「気分がいいときは、陽射しも風もなくたって幸せなんです」
「…………」
「本当は、お父さんとたわいない話ができたことが嬉しかったんです」
ロンはとうとう堪えきれず、イサベルの頭をそっと撫でた。壊れ物に触れるかのように、細心の注意を払いながら、そっと、丁寧に。
「カルポア村で出会った子に、『無理に大丈夫じゃなくてもいい』と言われたそうだな。お前も同じだ。大丈夫じゃなくてもいい。もし辛いなら、私が支えてやる」
本心では、残された時間のすべてをイサベルのために使いたかった。一日中彼女のそばにいられるビアトンが羨ましかった。だが、皇帝であるロンにはそれが許されなかった。今も山のような執務が彼を待っている。
離れがたい気持ちを押し殺し、ロンは皇宮へ向かって歩き出した。その背中をビアトンが見送る。遠くには、目的地であるジルデルのベースキャンプが見えていた。
「ん?」
ビアトンがふと首を傾げた、その直後だった。
ドオォォォン……!
巨大な魔力の波動が周囲を満たし、窓の外に激しい砂嵐が巻き起こった。地面がかすかに震えている。何か巨大な存在が、こちらへ向かって突進してくるようだった。
砂煙の向こうから、凄まじい叫び声が響き渡る。
「イサベェェェェェェル!!!」
ミハエルが暴走した雄牛のような勢いで駆けてきていた。そこまではまだ、イサベルにとっても予想の範囲内だった。だが、本当に予想外だったのはその後ろだ。ミハエルの背後に、さらに二人の男が続いていたのである。
ひとまず、イサベルは息を切らせるミハエルを落ち着かせた。
「お兄様、そんな勢いで走ったら馬たちが驚きますよ」
ミハエルはなぜか少し拗ねたような顔をした。言いたいことが山ほどありそうだったが、それでもまずは馬たちに向き直って謝った。
「ごめんね、みんな」
どういう理屈なのか、馬たちはミハエルの言葉を理解したかのように鼻を鳴らし、満足そうにうなずいた。
『あれも通じるんだ……』
そういえば、自分が初めて意思疎通(?)できた甲虫もミハエルだった気がする、とイサベルは思い出す。
ミハエルが不満げに唇を尖らせた。
「なんで僕だけ置いていったの?」
「置いていったわけじゃありませんよ」
「じゃあ?」
「大切な人に会ってきたんです」
「どれくらい大切な人なの?」
――私と顔がそっくりで、『悪女が死んだ後』のヒロインだった人。それなら、ものすごく大切な人に決まっている。
「とても大切な人でした」
「そうなんだ?」
変装していたわけでもないのに、ミハエルは一瞬で表情を輝かせ、にっこりと笑った。
「わかった!」
さっきまで拗ねていたのが恥ずかしくなったのか、ミハエルはあっという間に元気を取り戻した。いや、元々元気すぎるくらいだったけれど。ほんの少しだけ寂しさを感じていたらしいミハエルは、今日も相変わらず単純で分かりやすかった。
「来たか」
不意に、もう一人の人影――カマンが声を漏らした。
「カマンお兄様が魔獣を捕まえてきたそうですよ」
カマンはそれ以上、特に何も言わなかった。必要最低限のこと以外は口にしない性格だからだろうか、ここ数日でさらに無口になった気がする。
するとミハエルが「しーっ」と口元に指を当て、それから親指で自分を指した。
「僕はお兄ちゃん」
次にカマンを指す。
「兄上はお兄様」
そしてまた自分を指した。
「僕はお兄ちゃん」
再びカマンを指す。
「兄上はお兄様」
「…………」
見ていると、本当に子どもそのものだった。いったいいつになったら大人になるのだろう。
「もう挨拶してもいいかな?」
その声に、イサベルはぎょっとした。周囲を見回したが、声のした方には誰もいない。
『ひっ!?』
そういえば、先ほどの砂嵐の中に二人の男が見えた気がした。一人はカマンだ。では、もう一人は……確かにいたはずだった。
『何なの……?』
その時、ミハエルの足元にある影の中から、すうっと黒いものが飛び出してきた。まるで本物の幽霊のようだった。
「きゃあっ!」
驚いて尻もちをつきそうになったイサベルの身体を、ビアトンが背後からしっかりと支えた。
「第二皇子殿下。そんな登場の仕方をされたら、皇女殿下が驚いてしまいます。次からはもう少し気を付けてください」
ミハエルの影から現れた人物は、他でもない第二皇子セレモンだった。選定式以来の再会だった。
イサベルの脳裏に、その時のミハエルとセレモンのやり取りがふと思い出される。
『兄上、僕の方がもっと可愛くないですか?』
『可愛さを競わせるな』
『でも僕の方が可愛いですよ』
『いや、イサベルの方が可愛い。間違いない』
それを思い出すと、セレモンは案外自分のことを可愛がってくれているのかもしれない――そう考えたイサベルは、こっそりビアトンの方へ身を寄せながら、お礼を言ってその場に立ち上がった。
すると突然、鋭い風が吹き抜けた。
ひゅっ!
髪がふわりと揺れる。
『今、何か通り過ぎた……?』
鋭く、刃物のような何かが横切った気がした、その瞬間。
キィン!
金属同士が激しくぶつかり合うような音が響いた。何が起きたのか理解できない。
すると、ビアトンが静かに言った。
「以前よりも、ずいぶん鋭くなられましたね」
見ると、ビアトンの頬に一本の細い切り傷が走り、血が滲んでいた。
「先生! 頬から血が出ています!」
「第二皇子殿下の腕が、かなり上達されたということですね」
ビアトンは何でもないことのように治癒魔法を使い、瞬く間に頬の傷を塞いでみせた。
いつの間に移動したのか、ミハエルの隣にはセレモンが立っていた。セレモンはとても穏やかな声で言う。
「惜しかったな。喉を貫けると思ったのに」
「まだ機会はありますよ、殿下」
「次は確実に喉を狙うとしよう」
「楽しみにしております」
あまりにも物騒な会話なのに、二人とも終始にこやかな表情だった。そのせいで余計に不気味さが際立つ。
「期待していますよ」
状況がまったく理解できず、イサベルは二人を交互に見つめながら目をぱちくりとさせた。どうやら、この場で事態を把握できていないのは自分だけのようだった。
『いったい……何が起きているの?』
ひと騒動の後、ジルデル基地の宿舎で、イサベルはベッドに大の字になって倒れ込んだ。
ビアトンが彼女の肩を軽く叩く。
「かなりお疲れのようですね」
「はい、とっても……。それに、セレモンお兄様って一体どんな方なんですか? 皇宮でもセレモンお兄様の話はほとんど聞いたことがありません。みんな避けているような感じもしますし」
これまで何人かにセレモンについて尋ねてみたが、納得できる答えは誰からも得られなかった。まるで子どもが「赤ちゃんってどうやって生まれるの?」と尋ねた時のような、大人の歯切れの悪い反応ばかりだった。
『小説の中でも、セレモンについての描写はほとんどなかった』
初登場の場面ですら、彼の死の場面だったほどだ。ビロティアン皇家が滅亡するその日、セレモンが主人公アレンを急襲する場面――。
『お前が噂の第二皇子か。本当に恐るべき暗殺の腕前だな』
主人公アレンですらセレモンの暗殺を完全には防ぎ切れず、浅くない傷を負い、そして――『生かしておくには危険すぎる』と彼を斬った。セレモンは登場すると同時に退場した人物だったのだ。
ビアトンは少し考え込むような表情で言った。
「もしかすると、知らないままの方が幸せかもしれませんよ、皇女殿下」
「苦くても飲まなければならない薬ってありますよね」
実のところ、イサベルは皇宮で顔を合わせる機会のなかった血縁者たちには、あまり関心を向けてこなかった。なぜなら彼女は、目の前にいる人々へ誠意を尽くすことに精一杯だったからだ。いつか会う時が来たら、その時はその時で最善を尽くそう、と漠然と考えながら生きてきた。彼女に与えられた「今日」という時間は、他の人々よりずっと少ないのだから。
しかし今日、第二皇子と出会った。これからは彼にも心を尽くさなければならない。
「私は、苦い薬を飲む覚悟ができています」
ビアトンは唇を引き結び、しばらく考え込んだ。やがて決心したように口を開く。
「セレモン皇子殿下は、ブラドック公爵家で育てられました」
「アレナ宮ではなく?」
「はい。お生まれになってすぐ、ブラドック公爵家へ預けられたのです」
帝国二大公爵家の一つ――ブラドック公爵家。その一族は、厚いベールに包まれた存在だった。
「どうしてですか?」
「セレモン皇子殿下は、生まれた時からその運命が定められていたのです。――“影”として育てられる運命です」
ブラドック公爵家は代々、帝国の闇の部分を担ってきた。皇室に大きな脅威が現れた時、排除すべき敵が現れた時、あるいは皇族の醜聞を隠蔽しなければならない時、密かに動く者たち――それが“影”だった。そして、その影たちを統率する最高責任者が『第一の影』。
セレモンは、その『第一の影』となるべく選ばれ、訓練を受けながら育てられた。皇位を継承するためではなく、皇族を守護する絶対的な暗殺者として育成されたのだ。
「皇室は代々、その時代の皇族のうち少なくとも一人をブラドック公爵家へ預けてきました」
「お母様がそんなことを認めるはずがありません」
「皇后陛下が認めるかどうかの問題ではありません。これは皇室を支えてきた一つの法とも言えるものです。第二皇子殿下は、皇室に異変が起きた時に動く最後の切り札なのです」
イサベルは先ほどセレモンと視線を交わした時のことを思い出した。あの時、彼女は本能的な恐怖で思わず身をすくめそうになった。セレモンから感じたもの――それはビアトンへ向けられた、あまりにも澄み切った殺意だった。
さらに恐ろしいのは、その殺意に一片の悪意すら含まれていなかったことだ。まるで、幼い子どもが何の悪意もなく虫の胴体をつかんで引きちぎるような、純粋で無機質な感覚。
感情を学ぶ機会を失った人形のようにも思えた。
「それは……良くないことですよね」
「ですが、ビロティアン皇室を十二度も救ったのも事実です」
ビロティアン五百年の歴史の中で、『第一の影』たちはおよそ十二回にわたり活動し、そのたびに皇室を破滅の危機から救ってきたという。
感覚の鋭いイサベルは、ロンの変装ですら一瞬で見抜くことができる。それなのに、セレモンが近づいてきたことも、そこに潜んでいたこともまったく察知できなかった。それこそが『影』の力だった。
「もっとも――私がこの制度に賛成しているという意味ではありません。さらに、影たちには特権も与えられています。誰かを殺しても罪に問われません。たとえ相手が帝国の首席補佐官であったとしても」
「もしビアトン卿が重傷を負ったらどうするんですか?」
「それは私の力不足ということでしょう。そして、『第一の影』の実戦経験を積ませることも首席補佐官の役目の一つです」
「……私、さっき本当に怖かったんです」
ビアトンはイサベルの髪をそっと撫でた。温かく優しい手で、彼女の怯える気持ちに寄り添う。
「何がそんなに怖かったのですか?」
「殺意が、あまりにも純粋だったからです」
ビアトンは心配そうな表情でイサベルを見つめた。
『皇女殿下はかなりの衝撃を受けられたようですね……』
第二皇子の存在は暗黙の秘密であり、誰も自分から口にすることはない。皇族にとっても、『第一の影』は常に触れてはならない傷のような存在だった。
「皇女殿下。長旅でお疲れでしょうから、少しお休みになりませんか? 私がそばについております」
その夜、イサベルはなかなか眠ることができなかった。そしてビアトンは、一晩中彼女のそばを離れなかった。
いつ眠ってしまったのだろう。
夜明けまで何度も寝返りを打ちながら、ようやく目を開けた。目の前には、椅子に座ったまま眠っているビアトン卿の姿があった。
そして、そのすぐ隣には――。
「きゃっ!」
そこにいたのは、穏やかな雰囲気を纏った美青年だった。セレモンお兄様だ。彼は優しく微笑みながら、ベッドの中のイサベルを見つめていた。
「……頭のそれは何ですか? 花冠みたいですけど……」
「花冠だよ」
あれほど大柄な男性が花冠を頭に載せているのに、不思議とまったく違和感がなかった。むしろ、その姿は絵になるほど美しく、どこか幻想的ですらあった。
「どうして花冠をつけているんですか?」
「君がリスや小鳥と一緒にこういうのを作るのが好きだって聞いたんだ。それで作ってみた。どうかな?」
「すごく似合っています。本当に」
セレモンは満足そうに微笑んだ。
「そうか。良かった」
黄色い花で編まれた花冠は少し不格好だった。だが、セレモンの並外れた美貌と相まって、この世で最も美しい冠に見えた。
「でも、作るのが結構難しくてね。よかったら一緒に作らないか? 近くに花畑があるんだ」
「今は少し疲れているので、もう少しここにいてからでもいいですか?」
「それだと君の友達が死んでしまう」
セレモンは穏やかな笑みを浮かべたまま言った。
「リスさん」
セレモンの左手には、イサベルの友達であるリスのキンポウゲが乗っていた。イサベルは思わず、セレモンの左手をぎゅっと握った。すると、自身の魔力を通じて彼の感情が流れ込んでくる。
セレモンからは、悪意も敵意もまったく感じられなかった。むしろ、彼女への純粋な好意だけが満ちていた。それは好意というよりも、好奇心に近い感情かもしれない。ビロティアン皇家で初めて生まれた「妹」に向ける、不思議な興味。
【ガマンしない】
【手を放せ】
リスは本来、人間に捕まれば恐怖を感じるはずなのに、今日に限っては怯えていなかった。
イサベルは一度唇を引き結び、できるだけ冷静に尋ねた。
「どうして私の友達を殺そうとするんですか?」
「それが一番効率的だから」
「……」
一瞬、言葉を失った。だがすでに魔力を通じて彼の感情は読んでいる。念のため、もう一度確かめることにした。
「少しだけ手を握ってもいいですか?」
「もちろん」
セレモンは穏やかに微笑みながら、右手を差し出した。イサベルも手を伸ばし、その手を握る。
彼の手はとても温かく、その感情は驚くほど穏やかだった。そして、彼がリスを殺すと言った理由も――本当にただ、それが「効率的だから」だった。
『だから怖いんだ……』
これはただの脅しではなかった。なぜならセレモンは感情ではなく、純粋な理性によってそう判断していたからだ。彼にとって「効率的」で「合理的」だと結論づけられれば、他人の命や感情など考慮の対象にすらならないのだ。一緒に花畑へ行くのを少し先に延ばしたいと言った、ただそれだけの理由で。
そのとき、不意に静かな声が響いた。
「殿下。私を刺すのは構いませんが」
いつの間に目を覚ましたのか、ビアトンが目を細めて微笑んでいた。
「キンポウゲは刺してはいけません」
「どうしてですか?」
「あいつ、ロベナ大公がものすごく可愛がっているんですよ」
――ロベナお姉様がキンポウゲを可愛がっている? イサベルにとっても初耳だった。
セレモンは肩をすくめながら言った。
「だからといって、今の私を止められるわけじゃないでしょう?」
「後日、ロベナ大公が『なぜ私の友達を傷つけたのですか』とブラドック公爵領へ乗り込んできて抗議を……いえ、小さな騒動を起こされたら、かなり面倒なことになりますよ」
「……」
「それにあの方は表向きは穏やかでも……いえ、失礼。とても細かいことまで覚えている方ですからね。第一の影の任務に支障が出る可能性もあります。効率という点でも得策ではありません。味方を増やすより敵を作らない方が重要だ、という言葉もありますし」
「言われてみれば、その通りだな」
セレモンはにっこり笑うと、あっさりとキンポウゲを解放した。どうやらビアトンは、セレモンの扱い方をよく心得ているらしい。
解放されたキンポウゲは、再びセレモンへ飛びかかろうとした。イサベルはそれを慌ててぎゅっと抱きしめ、落ち着かせる。キンポウゲは今にも突進しそうだったが、やがて彼女の腕の中で頭をこすりつけながら大人しくなった。一つのことに夢中になると周りが見えなくなる性格らしく、今回はそれに助けられた。
「それと、殿下。ひとつ申し上げたいことがあります」
「何ですか?」
不意に、ビアトンの雰囲気が一変した。イサベルが肌で感じ取れたのだから、セレモンが気づかないはずがない。二人の間に、目に見えない奇妙な緊張が走る。
「私の喉を貫くのは構いません。しかし、皇女殿下の心を傷つけることだけは、どうかおやめください」
「……」
「もし皇子殿下の何気ない行動によって、皇女殿下が悲しむことになったなら――私は首席補佐官ビアトンとしてではなく、一人の人間ビアトンとして皇子殿下と向き合うつもりです」
「警告のように聞こえるな。私の理解で合っているか? もう少し分かりやすく説明してくれ」
「首席補佐官ビアトンは第一の影に手を出せません。しかし、一人の人間ビアトンならセレモン殿下に手を出せます」
イサベルは思わず唾を飲み込んだ。目には見えないが、鋭い刃でできた嵐が二人の間で吹き荒れているようだった。下手に口を挟めば、その刃に巻き込まれてしまいそうだった。
「私にそこまで言う理由は何だ?」
セレモンは特に不機嫌そうな様子もなかった。その問いに込められていたのは、純粋な疑問だけだった。
「利益はありません」
「なら、どうして?」
「人が生きる理由は、利益だけではありませんから」
セレモンはイサベルを見ながら柔らかく微笑んだ。そして、本気で不思議そうに尋ねる。
「ねえ、イサベル。もし彼が死んだら、どうして君は悲しむの?」
続けて、ビアトンにも視線を向けた。
「悲しいって、何?」
「……」
「それが何なのか、私には分からない」
セレモンは穏やかに笑っていた。だからこそ、余計に恐ろしかった。彼はどこか根本的な部分が、決定的に壊れているように見えた。
-
皇帝ロンとの別れとイサベルへの言葉
離れがたい気持ちを抱えつつも、皇帝としての職務のために皇宮へ戻るロン。彼は去り際、イサベルに「無理に大丈夫じゃなくてもいい、辛いなら私が支える」と、不器用ながらも深い愛情を伝えた。
-
第二皇子セレモンの登場と、明かされた「影」の運命
ミハエルたちに続いて現れた第二皇子セレモンは、感情を解さず純粋な理性と「効率」だけで動く歪んだ人物だった。彼は皇室の闇を担い、暗殺や隠蔽を隠密裏に行うブラドック公爵家の『第一の影』として育てられていた。
-
ビアトンとセレモンの緊迫した対峙
セレモンの純粋な殺意や合理的すぎる脅しに対し、首席補佐官のビアトンは巧みに交渉して事態を収める。さらにビアトンは、もしセレモンがイサベルの心を傷つけるならば「一人の人間」として命がけで敵対するという強い覚悟を示した。