こんにちは、ちゃむです。
「オオカミ屋敷の愛され花嫁」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

30話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 非常用の武器
私はごくりと唾を飲み込んだ。
『本当に人が多い。』
中央には大神官とケンドリック、そしてその隣にラニエロが並んで座り、その後ろに神官たちが控えていた。
私は父と目が合った瞬間、ふっと息をついた。
『い、息が……』
父の顔を再び目にした瞬間、前世の恐ろしい記憶が蘇った。
私を見下すように見ていたその眼差し。
私は吐き気を催してその場に立ち止まった。
アルセンが私の手をぎゅっと握ったまま、そっと尋ねた。
「……大丈夫?」
「うん。」
私は軽くうなずいた。
そして再び視線を上げた。
「リンシー!」
目が合った父は、目を大きく見開き、バッと立ち上がった。
大神官がさっと立ち上がり、父を制止する。
「静粛に。ここは神をお迎えする場です。騒ぎは許されません。」
大神官の言葉に、父は不満そうな表情を浮かべながらも再び席に着いた。
私は再び勇気を振り絞り、三人が座っている中央の円卓へと足を運んだ。
「リンシー。」
ケンドリックは、私が緊張していることに気づき、私に向かって優しく微笑んだ。
たくましい口元がわずかに上がった。
私とアルセンがぴたりと立つと、ケンドリックが再び口を開いた。
「狼族とトリ族の政略結婚は、トリ族の族長アーサーとラニエロとの協議の末に結ばれたものである。決まった事項ですので、神殿はこの件に関与できません。」
代身官は咳払いしながら言った。
「その通りです。」
「政略結婚は可能です!論点は、あちらがラニエロの子供を奪っていったという点です!」
父は拳を握り締めて強く言った。
ケンドリックは怒った子供をなだめるかのように、穏やかな声で言った。
「落ち着いてください、アーサー。今、話そうとしていたところでした。」
「……ゴホン。」
父は席に座り、私をじっと見つめた。
私はその熱い視線に冷や汗をかきながら、視線をそらした。
「神殿で争いの調停が行われ、両部族の族長がこの場に出席しているので、この問題は神殿に委ねられたもので間違いありませんね?」
「はい、間違いありません。」
大神官がゆっくりとうなずいた。
神殿を通じた争いの調停では、両部族が出席すれば、その問題自体を神殿に委ねることに同意したものと見なされる。
これに反対する部族は、連盟から除名される。
この場にいる全員——私とアルセンを除き——がすでに知っている事実を、ケンドリックはもう一度確認するように口を開いた。
「当事者の意見を聞こう、さあ。」
ケンドリックは私に手を差し伸べた。
私は大きく息を吸い込んだ後、父を一度、代身官を一度、そしてケンドリックを一度ずつ交互に見回した。
そしてゆっくりと口を開いた。
「私は、戻りたくありません。」
「何だと?」
父は理解できないというように、机を叩きながら椅子を引き下げた。
私はその怒りに満ちた視線に顔を少し引きつらせた。
「私は……、エクハルトでアルセンと結婚したいんです。」
「何を馬鹿なことを……!すぐにこちらに来い、リンシー!」
父は明らかに怒った様子で目を見開きながら叫んだ。
父は私が本当に「無理やり連れ去られた」と思い込んでいるようだった。
だから争いの調停を求めたのだろう。
通常、神殿に争いの調停を求めることはない。
問題を解決する権限まで神殿に委ねられるだけでなく、神殿が介入する以上、その問題は二つの部族だけのものではなくなるからだ。
それにもかかわらず無理を承知で神殿に助けを求めた父の胸中は透けて見えた。
『私が連れ去られたと思っているから、私を狼族の領地から取り戻そうとして調停を申し出たんだ。』
狼族の領土を理由に侵略行為とみなされることも、エクハルトに正式に抗議することもできないためだ。
しかし私が「行かない」と言った途端、彼は驚いたような表情を見せた。
きっと、自分に会えば私がすぐにラニエロに戻りたいと泣きつくとでも思っていたのだろう。
けれど、そんな未練はない。
私は絶対にラニエロには戻らない。
「誘拐された子供です。あの子が正気を失うはずがありません。あの子は非常に聡明です。」
父は神官たちと代身官を見回しながら、訴えるように言った。
「確かに幼いですが、賢くて機転が利きます。自分が何を言っているのかも理解できない子供ではありません。」
「それは自分の子どもが一番よく知っているだろうに。」
ケンドリックが笑った。
「この子どもたちをさらって、何か悪さでもしたかどうかは分かりませんが……」
「さあ、静粛に。」
大神官が小さな鐘を鳴らした。
穏やかな視線が一瞬アルセンに向けられた後、すぐに私に向けられた。
「リンシー様に、神の祝福があらんことを。」
「神の祝福があらんことを。」
私は片手を胸に当て、深く腰を下げて礼をした。
大神官がにこやかに笑った。
「リンシー様の助けが必要になりそうですね。ラニエロの主張通り誘拐されたのか、それともエクハルトの主張通り自らついて行ったのか。」
「私が連れて行ってほしいとお願いしました。エクハルトに行きたかったんです。」
ケンドリックが円卓の中央にメモを一枚押し出した。
私が最初にケンドリックに出会ったときに渡したメモだ。
『まだ持っていたんだ。』
「このメモは、リンシーが初めて私に会ったときに渡してくれたものです。このメモに使われている紙は、セイル族の領地でしか育たない木から作られる高級紙で、リンシーが家を出る前に自ら書いたことを証明するには十分です。もちろん、神殿でも筆跡検証を終えていますので、エクハルトが子どもを誘拐したという疑いは晴らせるでしょう。」
ケンドリックが落ち着いた口調で話した。
私はそのとき初めて、先週私に書かせた文字が筆跡鑑定のためだったことを理解した。
大神官が手紙を受け取って目を細め、慎重に目を通した。
ケンドリックとアーサーは険悪な空気を漂わせながら互いを見つめ合っていた。
しばらく神官たちと話をしていた大神官が、やがてこちらへ戻ってきた。
私はごくりと唾を飲み込んで彼を見つめた。
大神官は何かを書いた紙を外套の内側から取り出し、読み上げた。
「まず、エクハルト側から故意に拉致したという証拠は見つからず、リンシー様が自らの意志であったという状況が見受けられるため、誘拐と断定することはできません。しかし、リンシー様は明確な判断を下すにはまだ幼く、依然として保護者の助けが必要な年齢であると見なされます。」
「……」
「まだ十分な判断力がないとされる年齢だというラニエロ側の主張を受け入れ、リンシー様の送還を……」
私は神官の口から出る言葉を黙って聞いていたが、思わず口を小さく開いて嘆息した。
『ダメ。』
ダメだ、ラニエロには戻れない。
父はすでに、自分が勝ったかのように満足げな表情を浮かべていた。
それとは対照的に、ケンドリックの表情にはわずかに陰りが差していた。
私はアルセンの手をぎゅっと握った。
そして神官をしっかりと見据えながら口を開いた。
「私は、リンシー・ラニエルです。10歳です。ラニエル邸にいたとき、ベルリン夫人に虐待されていたので、ラニエルに戻りたくありません。私は自分の置かれた状況をはっきり理解しています、それに……」
アルセンは少し緊張していたのか、顔を引き締めて私の手を握り返してきた。
「アルセンが大好きなので、アルセンと結婚したいです」
私はアルセンをそっと見つめた。
『準備できた?』
唇をかすかに動かして合図すると、アルセンはいつもの真剣な表情で聖典をめくった。
私はアルセンの両頬を両手でしっかりと掴んだ。
神官とケンドリック、そして父と他の神官たちは、あっけにとられたような表情で私たちを見ていた。
ちゅっ。
私はアルセンにキスをした。
本当に一瞬だったが、神殿の中にいたすべての人々が、私たちがキスをしたのをはっきりと見ていた。
『……これでいい?』
私は短くて力強いキスが終わった後、そっと他の人々を見回した。
『本当はベルリン夫人が私を虐待していたことだけを話すつもりだったけど……。』
それならベルリン夫人だけが屋敷を追い出されて終わるだけで終わるかもしれない。
さらに。
父が私を虐待したのは10歳以降だったため、13歳の体に虐待の痕跡が残っているはずもなかった。
だから私は、トリスタンが教えてくれた「非常用の武器」を使った。
ちゅっ。
「………」
「………」
みんなが言葉を失ったように、ぽかんと私たち二人を見つめていた。
決定打を与えたわけではないが、ケンドリックが言った。
「ほら、あんなに好きって言ってる。どうせ政略結婚は既に家族として認められているのだから、結婚させるのが正しいのではありませんか、神官様。そうでしょう、アーサー?」
「……いったいこの子に何を言わせてるんだ……!」
父は震えるほど激しく怒り、体を震わせた。
私はびくっとして身をすくめた。
私が怖がっていることに気づいたのか、ケンドリックが視線をそらして言った。
「よく頑張った、リンシー。ここからは私が引き受ける。」
「何を言っているんだ!ここにいるぞ!」
アーサーが机をバンと叩いた。
ケンドリックが眉間にしわを寄せた。
「さっきリンシーが何と言ったか聞いていなかったのか?ラニエル邸で虐待されていたから戻りたくないと。大神官様、子どもたちを外へ出してもよろしいですか?」
「許可します。」
神官二人が私たちのところへ来て、私の手をしっかりと握った。
私とアルセンは神官たちの手をぎゅっと握ったまま、ホールを出た。
外へ出た瞬間、私はふぅっと大きく息を吐いた。
アルセンと手を握っていた手は、汗で少し滑った。
「ここでお待ちください。」
神官たちは私たちを外まで案内したあと、すぐに中へ戻っていった。
私とアルセンは素直に腰をかがめてお辞儀をした。
「ねえ、私うまく言えたよね?」
「うん。でも、どうして僕には聞いてくれなかったのかな?」
アルセンが顎をくいっと上げて笑った。
「僕にも聞かれると思って、一生懸命準備してたのに。」
「ほんとだよね、みんな正気じゃなかったみたい。」
私は呆然と空を見上げた。
もう本気で神に祈るしかなかった。
どうか、神官様の心を変えてくれますようにと。









