こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

103話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 肖像画③
「エスター、君には幼い頃の記憶が少しでもあるかい?」
「いいえ、全くありません。」
エスターは理由が分からずにドフィンの質問に戸惑いながらも答えた。
「君を産んでくれたお母さんのことを覚えていないかい?」
「はい。私の記憶は、孤児院で過ごしていた時からです。」
奇妙ではあるが、孤児院に入る前の記憶は全くない。
だから自分は両親に捨てられたのだろうと思うのも当然だった。
「……そうか。」
ドフィンは今、エスターが本当にキャサリンの娘であるのか疑いを持っていた。
まだ何も確証を得られる状況ではなかったが、ペンダントだけで証拠としては十分だ。
そして彼が知る限り、キャサリンは自分の娘を捨てるような人間ではなかった。
『死んだに違いない。』
アイリーンに続いてキャサリンも守れなかったという考えに、ドフィンは抑えられない怒りを感じた。
むしろキャサリンが自分やアイリーンに正直に全てを話していれば、例え難しい状況だったとしても最後まで共に歩むことができたはずだと考えた。
もしかしたらアイリーンも、あのように早く世を去ることはなかったかもしれない。
「お父さん?」
エスターは、その場で怒りが爆発しそうなドフィンの感情の変化を感じ取り、動揺を隠せなかった。
涙が目に浮かびそうになりながらも、何か分からない力に引っ張られるように、隣にいるドフィンの手をぎゅっと握る。
「……?」
「ただ、私がそばにいるから……。」
エスターが自らドフィンの手を握るのは初めてだった。
ドフィンは胸がいっぱいになり、握られた手をじっと見つめてから、そのままエスターの体をそっと引き寄せて抱きしめる。
ぎこちない仕草でエスターを抱きしめる形になったドフィンに、エスターは少し驚いて体を固くした。
「お父さん、大丈夫ですか?」
「……ああ。」
悲しみが詰まったような言葉は、確かに落ち着いた声とは違っていた。
これまで自分の本心を見せたことのなかったドフィンが、殻を破ったように感じられた。
『本当に何かがあったみたい。』
エスターは、自分が慰めになればと願い、小さな手のひらを広げてドフィンの背中を優しく撫でた。
エスターが自分を抱きしめたことを感じたドフィンは、一瞬動きを止め、そのまま固まった。
最初は彼がエスターを抱きしめていたが、いつの間にか逆転して、エスターに抱かれる形になってしまっていた。
エスターはドフィンの肩に顔を埋めたまま、しっかりと抱きしめ直しながら、気分を切り替えられる提案をした。
「お父さん、私と一緒に食堂に行ってチョコレートケーキを食べましょう。」
気分が沈んだときには、甘いデザートを食べることで気持ちが少し和らぐ。
ドフィンも同じであればいいとエスターは考えたのだ。
その意図を理解したドフィンは、少し笑みを浮かべてエスターをそっと離した。
「そうしようか。」
たとえ適当にエスターが「一緒にたくさん食べよう」と言えば、ドフィンはお腹がいっぱいになるまで付き合ってくれるだろうと思えた。
エスターの手を取って部屋を出ようとしたドフィンは、ふと立ち止まり、部屋の中をゆっくりと見渡した。
「これからはこの部屋をそのまま開けておきますか?」
なんとなく自分の中で「閉めたままにする」と考えていたが、エスターの明るい問いかけに、鍵を握りしめたまま考え込んだ。
この部屋を閉ざしておいた理由、それはただ一つ。
再び向き合う勇気がなかったからだ。
子どもたちを残して去ったアイリーンのことを思い出すたび、胸が締めつけられるように痛み、避け続けることを選んできた。
しかし、時間が経つにつれ、その痛みすらも次第に薄れ、彼はついに向き合う余裕を少しずつ取り戻してきたのだ。
これ以上この部屋を閉ざしておく理由はない。
ドフィンは鍵をポケットにしまい、こう結論づけた。
向き合う勇気がなく閉じ込めていたアイリーンを、今こそ解き放つべきだと思った。
この部屋からも、そして自分の心からも。
「……そうだな。デルバートに頼んで、きれいに掃除させよう。」
「それなら、また入ってもいいですか?」
「また入りたいのか?」
きらきらした目でエスターが尋ねるのを見て、ドフィンは少し意外そうに聞き返した。
「ええ。一人じゃ寂しいですから。」
予想外の答えに少し戸惑ったドフィンだったが、すぐにエスターをぎゅっと抱きしめるように手を強く握った。
「そうか。お前が来てくれるなら、アイリーンも喜ぶだろう。」
そしてドフィンは、自分が少し見当違いに考えていたことに気づいた。
エスターが寄り添うことで、自分を慰めてくれる存在だと思い込んでいたが、実は自分が癒されている側だったのだ。
エスターが来なかったなら、ドフィンはアイリーンの部屋を永遠に閉じ込めたまま開けようとすることすら考えなかっただろう。
家族として互いに影響を与え合いながら、こんなにも多くのことが変わったのだ。
「ありがとう。」
低く響くドフィンの声を聞いて、エスターが微笑んだ。
「えへへ。今度はお兄ちゃんたちも一緒に来ますね。」
以前からジュディは母親の顔をもう一度見たいと言っていた。
部屋が開いたことを知らせるつもりだった。
しかし、廊下でエスターの部屋を通りかかった瞬間、シュラが飛び出してきた。
自分だけ置いて行かれたと感じた様子だ。
ドフィンは鼻を鳴らして鳴くシュラを見て、優しく微笑みながら言った。
「その猫とベム、一緒に過ごせる家を裏庭に作ってあげようか?」
「家を建てるって?いや、それは無理だよ。」
ドフィンは本当に家を建ててしまいそうな自分を想像し、慌てて手を振った。
「そう?一緒に過ごしていると不便じゃない?外で暮らしたほうが彼らも良いかもしれないし。」
エスターはドフィンが動物たちを外に出したがっているのを感じ、急いでシュラを部屋に入れた。
それからチーズをさっと持ち上げ、ドフィンの顔のすぐ前に差し出した。
「でも、こんなに可愛いんですよ。」
チーズは突然持ち上げられると「ニャー!」と大きな声で鳴きながら、四本の足をピンと伸ばした。
まるで自分を守ろうとしているかのようだったが、その不格好さにドフィンは思わず鼻で笑った。
「どうです?可愛いでしょ?」
「全然だ。」
そう言いながらも、ドフィンはそれ以上チーズを拒むことができなかった。
チーズの居場所については何も言わなかった。
そしてエスターと階段を降りながら、無意識にチーズの柔らかい毛に視線が行った。





