余命僅かな皇帝の主治医になりました【２７話】ネタバレ

翌日、アジェイドがセリーナを連れて行ったのは、堅い岩の小高い丘だった。

「また会ったな。」

ジャックがにやりと笑いながらセリーナを迎えた。

負傷していたのか、片目には派手な眼帯をつけていた。

セリーナは険しい表情でアジェイドを見上げた。

「外出するって、ここだったんですか？」

「頼まれた用事があってね。」

アジェイドが目で合図すると、ジャックは隣にいた部下に何かを持ってくるよう指示した。

「立ったままでいるつもり？とりあえず座ったら？」

ジャックがソファを勧めると、セリーナはその隣に座ろうとした。

「そこは俺の席だ。」

アジェイドが彼女とジャックの間に無理やり割り込んで座る。

セリーナが呆れた顔で尋ねた。

「あなたの席って、どこにでもあるんですか？」

「ここだよ。そして君の席は、あいつの隣じゃなくて、俺の隣だ。まあ、どこでもいいから座れよ。そんなのどうでもいいだろ。」

ジャックはくすくす笑いながらアジェイドの味方をした。

セリーナは、今日はやけに親しげに振る舞うアジェイドに小さくため息をついた。

『友達を取られるとでも思ってるのか？やけに親しいな。』

そんな不満を振り払うように、セリーナはジャックの様子を見ながら口を開いた。

「傷がきれいに治っているようですね。私が処方した通りにちゃんと服用したんですね。」

「おう。お前が言った通りに薬を取り寄せて飲んだら、すぐに治ったぞ。あんな組み合わせは初めてだったけど、自分で考えたのか？」

「医者として修行を怠けたらいけませんから。この程度、大したことじゃありませんよ。」

セリーナは肩をすくめながら答えた。

すでに二度目の転生で、薬に関してはかなり詳しくなっていた。

もともとその分野に興味もあったのだ。

ジャックはにやりと笑って言った。

「気軽にジャックって呼んで。タメ口で話そうって言ったのに、また敬語に戻っちゃったな。」

「陛下の友達だから丁寧に接してたんですけど、不便ですか？不便ならタメ口にします。」

「うん、不便。だからタメ口で。」

「わかった、ジャック。」

セリーナがぎこちなくタメ口に切り替えると、ジャックは愉快そうに笑いながらクスクス笑った。

一方、二人をじっと見ていたアジェイドの表情はほんの少し険しくなった。

アジェイドの変化に気づいたジャックが尋ねた。

「何か言いたいことでも？」

するとアジェイドが、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

「ジャック、俺の主治医に妙なちょっかい出すなよ。」

「何言ってんだよ。俺が女を見たらすぐに口説くみたいなこと、滅多にないだろ？」

「せめて敬語くらい使え。俺の主治医だぞ。」

「誰かに聞かれたら、俺がセリーナに告白でもしたと思われるじゃないか、な？」

ジャックは、同意を求めるようにセリーナを見たが、彼女はじっと詰問するような表情を向けた。

そのとき、アジェイドがさりげなく二人の視線を断ち切るように言った。

「ジャック、お前だからダメだって言われるんだよ。」

「わあ……、傷ついたよ。」

ジャックはふてくされた表情を浮かべながら、わざとらしく傷ついたふりをした。

アジェイドはそんなジャックに「芝居はやめろ」と言いたげな無言の視線を送る。

セリーナはアジェイドの袖をそっと引っ張った。

『それでも私を自分の仲間だと思ってるってことかな？』

『私の保護対象』という言葉に、セリーナは少し嬉しくなった。

前世とは違い、誰かに認められた気がしたからだろう。

セリーナはアジェイドの機嫌を取るために、明るく話しかけた。

「心配しないでください、陛下。私は上司の友達と付き合ったりするような馬鹿なことはしません。」

ジャックは、うまく言ったと言わんばかりに続けて質問した。

「じゃあ、上司と付き合うのは問題ないってこと？」

アジェイドと自分の恋愛を語るなんて……職務と私情を混同するなんてあり得ない。

確かに、皇帝のそばで女を取り合うなんて、滑稽で恥ずかしいことだ。

セリーナはそんな馬鹿げたことには無言で対応した。

「上司とは絶対にダメだ。社内恋愛がどれほど脆いか。」

そう言ってアジェイドを見ながら、ジャックはにやりと笑った。

その瞬間、アジェイドの表情には言葉にできない意味が浮かび、ジャックはアジェイドの肩を軽く叩きながら言った。

「そうだよな、アジェイド。」

「聞いたことないけど。」

アジェイドはジャックを殺しそうな目で睨んだ。

もちろん、セリーナにはその様子は見えなかったが。

ジャックは慌てて気まずい表情を浮かべ、また小さく縮こまった。

「今日はやけに敏感だな、アジェイド。」

その時、ちょうどジャックの部下が部屋に入ってきた。

「お申し付けの品、持ってまいりました。」

「ご苦労だった。」

ジャックが部下から箱を受け取ると、それをすぐにテーブルに置いた。

アジェイドはそれを軽く押し、セリーナの前に差し出した。

「君のだ。」

「え？ 私のですか？」

セリーナは突然のプレゼントに目をぱちくりさせた。

アジェイドから贈り物をもらうのは、今世ではこれが二度目だ。

セリーナが戸惑っていると、アジェイドは「開けてみろ」と目で促した。

セリーナは慎重に箱のふたを開けた。

中には、持ち運びに便利なサイズの、小さくて可愛い通信石が入っていた。

「これって……」

「別に特別扱いしてるわけじゃない。前みたいに何かあったら疲れるからね。」

「便利グッズじゃないよ。あれ、俺たち専用に分けてもらった特製の通信石だ。」

ジャックがアジェイドの言葉に得意げに答えると、アジェイドはまた彼を睨みつけた。

セリーナは二人の言い合いを聞きながら、手の上に置かれた通信石をじっと見つめ、ジャックに尋ねた。

「普通の通信石と違うの？確かに持ち運びしやすいように作られてるみたいだけど。」

「市販されてない特注品だよ。普通の通信石よりセキュリティ機能が強化されてるんだ。」

ジャックは通信石について長々と説明を続け、得意げな様子だった。

セリーナは箱の中の取扱説明書を丁寧に読みながら、感心したように尋ねた。

「うわぁ、機能がめちゃくちゃ多いね。あなたが直接作ったの？」

「まあ、この優秀なジャック様がちょっと腕を振るっただけさ。」

「俺とノクターンが設計して、材料はカタガとロウェルガが提供した。あいつらはただ組み立てただけだ。」

「あの野郎、やっぱりまだ俺に逆らってやがるな。」

ジャックは不満げにぶつぶつ呟きながら唇を尖らせた。

皇帝に向かって「野郎、野郎」と言ってしまうジャックに、セリーナはなぜか少し羨ましさを感じた。

自分では決して口に出せない言葉を、代わりに誰かが代弁してくれるようで、カタルシスすら感じたのだ。

アジェイドはジャックのぶつぶつをきれいに無視しつつ、話を続けた。

「皇宮でも専用の通信具が支給されるはずだけど、まあ両方持っていればいい。俺はこれだけで充分だ。」

「はい、そうします。」

「あっ！もしかしたらと思って、俺の通信コードも入れておいたよ。君は俺の命の恩人だから、いつでも助けを求めてくれていいからね！」

ジャックはウインクしながらニヤリと笑った。

セリーナはぎこちなく微笑みながら肩をすくめた。

こうしてセリーナは高級相談所の個人通信コードを手に入れた。

きっといつか役に立つ日が来るだろう。

「あとで頻繁に使ったって文句を言わないでね、ジャック。」

「うーん、文句言うのは得意だから、約束はできないな。」

「だったら最初から『いつでも』なんて言わなきゃよかったのに。」

「アジェイドより手ごわい奴だったとは……」

ジャックは目を細めながら、こめかみをくしゃくしゃと掻いた。

どうやらアジェイドが彼を色々とこき使っているらしかった。

『裏で何か企んでるんじゃないかしら。』

セリーナはジャックとアジェイドが何やら言い合っている様子を眺めていた。

そしてふと、まもなく狩猟祭が開かれることを思い出した。

クロテンの狩猟祭。

毎年、皇帝が貴族たちの領地の一つを選び、そこへ赴いて行われる恒例行事だ。

『今年はグリーンウッド公爵家の領地になるのかしら。』

前世でも同じだったから、今回も間違いないだろう。

前世ではただの宮廷侍女だったため、狩猟祭に同行することはなかった。

しかも、その狩猟祭の最中に何か事故があったと聞いたが二人はくつろいだ雰囲気だったので、正確な事情はまったくわからなかった。

ただ、死亡事故があったという話だけは耳にしていた。