こんにちは、ちゃむです。
「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

104話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 動揺③
ジェレミアとクロードは、実のところ、それほど親しい間柄ではなかった。
もちろん、ずっと昔に比べればかなり親しくなった方ではある。
少なくとも顔を合わせたときに軽く会釈や挨拶を交わす程度にはなったのだから。
けれど、その関係が完全に打ち解けたものになることは、おそらく一生ないだろう。
奇妙な緊張感があった。
そんな関係が続いていたある春。
クロードは思いがけず、ジェレミアから一つの依頼を受けることになった。
「保護者のサインが必要です、兄さん。」
そう言って彼が差し出したのは、土地を借りるという内容の書類だった。
ジェレミアは魔法士ボルドウィンとして税金も納め、塔主に代わって王宮に出向くこともあったが、年齢的にはまだ成人に達していなかった。
そのため、時折書類作業には若干の制約が生じることがあり、今回もまたそうした問題があったようだ。
「お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ、悩むようなことでもない。」
彼は特に悩むこともなく、ジェレミアが差し出した書類の下段に署名をした。
「ありがとうございます。でも、兄さん。内容をちゃんと確認せずにサインするのはダメですよ。」
心配になったのか、ジェレミアは慎重に助け舟を出し、クロードは思わず声をあげて笑った。
「普段はこんなふうにしないけど、君を信じてるからだよ。」
彼の言葉に、ジェレミアは少しだけ表情を崩し、そっと首をかしげた。
恥ずかしがっているのだろうか?
「わかった。ちゃんと行って土地を見て、関係者たちにも会ってくるよ。それでいいかな?」
「いえ!必要ありません!」
「いや、なんだかそうしたくなっただけなんだ。まさか書類上の保護者が訪問するのを拒否するつもりじゃないよね?」
「……父にお願いするべきことでした。」
「僕が行くよ。父はきっと、その土地の所有関係や履歴を確認した上で署名されたに違いない。」
ジェレミアは静かに首をかしげた。
だからこそ、クロードに頼むことにしたのだ。
「わかりました。仕方ありませんね。」
ジェレミアは眼鏡をいじりながら、彼の訪問を許可した。
「ロニーも連れて行きます。」
「ロニー兄さんはもう行ってきましたよ。一緒に土地を選んでくれました。」
「やはり二人は仲良くしてるのですね。では私はメロディ嬢と行きましょう。」
「ヒギンスの訪問まで妨げるつもりはありませんが、何があってもロゼッタが近づかないようにお願いします。」
ジェレミアはロゼッタを内心ではかなり可愛がっていたが、彼女をあの場所へ連れて行くのは極端に嫌がっていた。
クロードはそんなジェレミアの様子を少し不思議に思った。
ロゼッタがフィシスだという事実を知らないにもかかわらず、魔法に関係する場所には彼女が近づかないよう常に阻止していたのだ。
それはつまり——
『もしかして何かに気づかれたんだろうか?』
魔法使いは一般人よりもずっと頭が良くて、勘も鋭い。
いずれにしても、ジェレミアの主張によれば、この1年間ロゼッタはこの土地の存在を知らなかった。
おそらく今後もそうだろう。
目的地に近づくにつれ、馬車の速度は徐々に落ちていった。
ジェレミアが管理する土地は、白いフェンスに囲まれていた。
内部には区画ごとに異なる形の緑豊かな草木が茂っていた。
「もしかして、ジェレミア様は植物の研究をされているのですか?」
メロディは、薬草学が魔法使いの研究分野のひとつであることを知っていた。
工房で使われる薬の多くが、ジェレミアの手によって製造されて届けられていたのだから。
「似たようなものだよ。ジェレミアは自然の中で薬草を探す手間を減らすために、栽培に取り組んでいるんだ。」
「それは確かに良い方法ですね。」
どこにあるかも分からない植物を探すよりは、こうして育てるのが良い結果を生むかもしれない。
「ただし、効能に差があるようです。そのせいでジェレミアが結構苦労しているんですよ。これから数年はもっとかかるだろうと言ってました。」
やがて馬車が止まり、クロードがドアを押して開けた。
まるで蒸し暑い夏の風が薬草をかすめて室内に流れ込んだかのように、爽やかな香りが広がった。
クロードが先に降りて手を差し出した。
「気をつけて降りてください。地面が柔らかいので、履きやすい靴を持ってくればよかったですね。」
「私は大丈夫です。」
メロディは馬車から降りながら、得意げに笑った。
「私、農村の近くで育ったんですよ。」
だが、彼女にはひとつ無理をしていたことがあった。
メロディがまだ孤児だった幼い頃は、こんなに硬い地面をハイヒールで歩くようなことはなかったのだ。
「きゃっ!」
自分の考えが間違っていたと気づいたときには、すでにヒールが土の中に沈み込んでいた。
まるで床に穴があいたような感覚とともに、メロディの体は後ろへと倒れかけた。
もしクロードが咄嗟に彼女の手をつかんでいなかったら、彼女は見事に馬車の前で尻もちをついていただろう。
『ふぅ、助かった……』
——と安堵したのも束の間。
およそ5秒後、メロディはむしろそのまま転んでしまったほうがマシだったのでは、と思い始めた。
倒れるのが怖くて思わずしがみついてしまった結果、メロディは彼にしっかりと抱きついた格好になってしまっていた。
『あ……』
……レースが付いているだけでも恥ずかしかったのが、ほんの数分前のことだった。
今ではレースだけでなく、彼女の体全体が彼に寄りかかっていた。
それも、彼の服をしっかりと掴んだまま。
「大丈夫ですか?」
不意に聞こえてきた声に、メロディは凍ったように顔を上げた。
だがすぐに後悔した。
彼の胸に寄りかかって顔を擦りつけたような格好になってしまったのだ。
「だから、気をつけろって言ったじゃないですか。」
続いて聞こえてきた声には、どこか笑い声が混ざっていた。
おそらく、メロディが得意げに降りてきたはずが、こんなふうに転んでしまった姿が、彼にはとても面白く映ったのだろう。
「……」
もちろんメロディにとって、こんなことは少しも面白くなかった。
それどころか、こんなことで一喜一憂する自分が情けなくてたまらなかった。
『そんな気を起こさないようにしようと思ってたのに……』
メロディは無理にでも表情を引き締めた。
そうしないと、なぜか恥ずかしさに耐えられなかったからだ。
彼の手を放し、足に少し力を入れて立ち上がった。
多少不安定ではあったが、自力で立つことはできた。
彼女が一歩下がると、クロードは腰をかがめて目を合わせてきた。
穏やかな表情で。
「すみません。私の考えが浅はかでした。今日はこのへんで……できればまた次回、お願いしてもいいですか?」
「また次回」とは、妙に間接的な表現だった。
突き詰めて言えば、彼はメロディの時間に対して権利を持っているわけではない。
つまり、そこまでへりくだった態度を取る必要はなかったのだ。
『なんで今日はこんなに変なのよ……』
彼が妙に優しくするのがなぜか嫌で、メロディは顔をそらした。
「大丈夫です。」
「でも、歩くのは大変でしょう?」
「言ったじゃないですか。私は荒地の近くで育ったんです。」
メロディはそう言いながら、この土地にそぐわない靴を慎重に脱いだ。
足の裏に触れるやわらかく温かい感触がとても心地よかった。
そして気づけば、こうした感覚をずっと忘れていたのだと感じた。
メロディはクロードの腕を離し、二、三歩前に歩き出した。
「ほら、もう大丈夫でしょう?」
そう言ってメロディが後ろを振り返ったとき、ふわりとめくれ上がったドレスの下から、白い足首がすべて露わになった。
「それは……大丈夫じゃ……ないかも……。」
クロードは慌てて視線を上に向けたまま口ごもった。
メロディは再び体を向けて、白いフェンスに向かってすたすたと歩き出した。
クロードは床に残されたメロディの靴を拾い、泥をはらった後、車の中にそっと置いた。
もう一度振り返ると、メロディは妖精のようにフェンスの扉を開けていた。
「これ、全部ジェレミア様がお世話してるんですか?!」
少し大きめの声で尋ねると、クロードは彼女の方に歩み寄りながら答えた。
「もちろん、保護者として僕も手伝ってますよ。」
「ジェレミア様が自分でこんなことをされたって?本気ですか?!」
どういうわけか、メロディは笑い声をあげた。
なぜか昔のことを思い出すような癖があった。
工房に来てまだ間もない頃のことだ。
「どうして、私にはできないと思ったんですか?」
「はい。机の外では働かない感じですね。」
「私に対する認識が、なんだかちょっと偏ってる気がします。そんなにまでして机の置物ってわけじゃないですよ?」
彼は少し困ったように苦笑いを浮かべて答えた。
「アカデミーにいたときは、剣術の試験で一番高い点数を取ったんです。」
でも、それはあまり効果がなかったようだ。
メロディは顎を軽くしゃくった。
「いったい何年前の話をしてるんですか?」
「そんなに昔の話でもないですよ。たぶん……。」
期間を数えていた彼は、手を下ろしてため息をついた。
「いったい誰が、こんなにも時間が早く流れるようにしたんでしょうね?」
メロディは肩をすくめながら笑った。
「少なくとも、私は違いますから、がっかりしないでくださいね。」
メロディはウルタリの中へ入り、最も近くにある薬草を手に取って近づいて見た。
「隣から香りがします。」
それはただの草の匂いとは違った。スッとする涼しげな香りだった。
「葉をすり合わせるともっと強くなりますよ。僕もジェレミアに習ったことですけど。」
彼は新鮮な葉を摘んで擦ったあと、それをメロディの鼻先に差し出した。
思わず驚くほど強く漂ってきた香りに、メロディはびっくりして身を引いた。
「本当ですね。」
「葉っぱごとに香りが違うので、1枚ずつ試してみるのも面白いですよ。」
メロディも彼にならって、長い形の草の葉を摘み、香りを確かめた。
緑の葉から柑橘系のさわやかな香りがするのが不思議だった。
「こういうのを集めて薬を作るんですね?」
「はい、私も最近はよく訪ねてきて、ジェレミアの研究を見守っています。」
メロディは、彼が事業の目的でジェレミアの足跡を辿っているのではないかと考えた。
いずれは工場規模で薬草を大量生産する計画なのかもしれない。
もちろん、それはジェレミアが薬草の性能問題を解決した後の話になるだろう。
「坊ちゃんはここでさらにお金持ちになるつもりですか?」
メロディが軽く笑いながら尋ねると、彼は顎をくいっと引いた。
「はい。そうすれば、愛する家族のために何でもできるでしょうから。」
「坊ちゃん。“家族のために何でも”には、奇抜な買い物も含まれませんよ?」
「いえ、含まれます。」
彼は真面目に宣言しながらも、彼女の言葉の中に誤りを見つけた。
「それに、私は怪しい物は絶対に買いません。」
「……それはブリグス商団から品物が届いてから、また話しましょう。ロレッタと一緒に。」
「いい考えですね。それに付け加えるなら、単なるお金儲けのためにこの仕事を見ているわけではありません。」
「……そうですか?」
メロディの質問に、彼はしばらく顎を触りながら答えを返した。
「薬や薬草が、今よりもっと手に入りやすくなってほしいんです。」
自然から採取しなければならない薬草の量は非常に限られていた。
さらに、優れた魔法使いによって加工される薬の量はもっと少なく、そのため、良い薬は常に貴重なものとなり、何の効果もない偽物の薬が出回ることも少なくなかった。
「その結果、いつかは誰でも気軽に薬が手に入るといいですね。」
彼はそばに咲いていた野菊をそっと指でいじりながら、穏やかな笑みを浮かべた。
「どんな薬であっても、たった一足の靴をとても大切にしていたあの少女が……簡単に手に取れるほどです。もちろん、そんなことを思うようになったのはごく最近ですが。」
彼はすぐに「ごめんなさい。」と謝った。
「時々、ふと思うんです。幼い頃、靴をなくしたメロディ嬢の足に傷が残っていなかったかと……。今となっては私にはどうしようもない問題ですけど。」
「……ありがとう。」
メロディは手にしていた野菊を何度もそっと撫でながら、静かに答えた。
本当はもう少し話したい気持ちもあった。
心から、将来誰でも簡単に薬が手に入る日が来ればいいと願った。
メロディもそのためにできる限り協力すると決めていた。
しかし今は、ただ何も言わなかった。
幼い頃のメロディの話をしながら、どうしていいか分からず戸惑う彼女の様子を見るのが、なぜか嬉しかったのだ。
「でも、後で聞いたんですが、あの時はお母様がメロディちゃんのことをよく見守ってくださってたそうですね。私が余計な心配をしてたんだと分かって安心しました。」
「そうだったんですね……。私のことを心配してくれる村の大人たちがいたんです。」
もちろん、すべての大人が彼女に好意的だったわけではない。
かつての商人とその娘が村を歩き回ること自体を好まない人も多かった。
幼い頃は、そういう人たちがただ怖かっただけだったが、今では少しはその理由も分かるようになっていた。
そして、そんな雰囲気の中でもメロディを心から心配し、気にかけ、世話してくれた大人たちには、深い感謝の気持ちが湧いてきた。
それがどれほど簡単なことではなかったかも理解できたからだ。
大変なことだったろうに。
「良い方が近くにいらっしゃったなんて幸いですね。」
「でも、それでも……いつも傷に薬を塗れるわけではありませんでした。」
「そうなんですか?」
彼女は小さく草の葉を撫でた。
「その頃は今よりも薬が貴重でしたから。お医者様も自分で薬草を育てたり、薬を作ったりしていましたが……」
「村全体を見守るには、十分な量ではなかったんですね?」
「そうです。でも、私が都に旅立つ時には、その貴重な薬を少し持たせてくれたんです。」
都会では、もしかするとメロディが誰かにすら「痛い」とも言えないかもしれないと心配してくださったのだという。
心優しい方だった。
「実は、その先生にいつも無料で治療を受けていたのが申し訳なくて、傷を隠したこともありました。」
「……」
彼は何か言おうと口を動かしたが、結局は沈黙した。
なんとなく重苦しい雰囲気になるのが嫌で、メロディは伸び伸びと育った薬草の横をゆっくりと歩き出した。
半歩ほど後ろからクロードが彼女についていった。
柔らかい畝(うね)に沿って歩いていると、目に入る薬草の形や香りが変わっていった。
中にはすでに季節が過ぎて、茎や葉がしおれてしまったものや、力なく倒れているものもあった。
メロディは地面に這うように伸びた小さな植物を指でそっと押さえ、慎重にその葉を撫で下ろした。
「新しい……土地のことも調べてみなきゃいけませんね。もしかしたら環境の問題かもしれませんし。」
「ええ、ジェレミアが、念のため調べているって言ってました。」
「ジェレミアさん、大変ですね。」
「本当に大変な仕事ですよね。私はのんびりと机に座って、あの子が用意してくれた書類にサインするだけなんですけど。」
どうやら彼は、少し前に交わされた話に未練が残っているようだ。
メロディはくすくす笑って席を立った。
「かつては、剣術の試験で一番良い点を取ったほどだったそうですよ。」
「うわ、昔の話じゃないですか!そんなに前のことだったなんて。」
彼が大げさな反応をするのが面白くて、メロディはまた声を出して笑った。
なぜ彼が今までメロディをからかっていたのかが、彼女にはやっとわかってきた。
自分の言葉にこれほど敏感に反応が返ってくるのが、面白くて仕方ないのだ。
「私が“机上の人間”じゃないことを証明して戻るのがよさそうですね。」
「ここで?」
「はい、まずは作業のスケジュールから確認しましょう。」
彼はすぐに体を回して、柵の向こうへと歩き出した。
その端には小さな小屋があり、おそらく畑を借りていた頃からあったものだろうか、ずいぶん昔からあるように見えた。
ひときわ長いスカートの裾の下には大きな植木鉢があり、そこにもジェレミアが植えた薬草があった。
そこに育っているもののようだ。
ざらざらした木の壁の前には、一定の間隔で立てかけられた農具があった。
それらもまた、つやつやと手入れされていた。
古びてはいたが、周囲の景色と見事に調和していて、違和感はなかった。
まず小屋の中に入ったクロードは、簡単なろうそくの明かりを灯した。
普段なら日差しがあるため、こういった明かりは必要ないが、今日は曇っていて、周囲は薄暗かった。
クロードはまず周囲をぐるりと見渡した。
何か変わった様子がないか確認するためだ。
古びた木の棚と、その上に整然と並べられたガラス瓶、数枚の紙とインク、そして長く使い込まれた壁に沿って吊るされた薬草たち。特に目立ったものはなかったので、彼は安心して大きな作業机に置かれた日誌を確認した。
「ジェレミア様の筆跡ですね。」
いつの間にか隣に来ていたメロディが、彼と一緒に日誌を覗き込んでいた。
「よくご存じですね。」
「わからないわけがないですよ。魔塔主の字に似てるって言われて、ロニー様がいつも心配してたじゃないですか。」
「はい、ロニはジェレミアの手紙を“解読”すると言ってました。『読む』んじゃなくて。」
幸いにもクロードとメロディはその字を苦労せずに“読む”ことができた。
しばらくの間ジェレミアが薬草を少し摘んで乾かしておいたことが書かれていた。
【クロード兄さんが到着したときには水気がないだろうから、壁にしっかり掛けておいてください。】
最後に残された作業日誌を確認したクロードは、「ああ」とため息をついた。
「そんなに大変なことなんですか?」
「いや、そうじゃない。」
彼はジェレミアが書き残したという薬草の分類をじっくりと確認した。
「ジェレミアは机でやっていた作業を残していったんですね。これでは机の専属の人間ではないという証明にはなりません。」
「クスッ。」
「いずれにせよ、かわいい妹が頼んだことだから一生懸命やらなくちゃね。メロディ嬢。そこに見える赤い茎の……いや、いいです。」
彼は自然に指示を出しながらも、ふと何かに気づいた人のように顔をこわばらせた。
「これを持っていけばいいですか?」
メロディが赤い茎の植物を作業用の机に持っていくと、彼は「ごめんなさい」とため息をついた。
「どうして謝るんですか?」
「それが、メロディさんに仕事を頼むつもりはなかったんです。少なくとも今……までは。」
「何でもお申し付けください。」
メロディはしっかりと巻かれた布の端を両手でぎゅっと握った。
「私は坊ちゃんの……お手伝いじゃないですか。」
思わず口にしたその言葉に、メロディは後悔を覚えた。
こんな当然のような言葉で、彼が何気なくペンダントをいじる姿を見るのは、なぜか気が進まなかった。
とても奇妙な気持ちだった。
むしろ最初から言わなければよかったのにと。
「メロディさん。」
すぐに彼の返事が返ってきた。
メロディは思案に深く沈んでいたため、その返事がいつもより少し遅かったことに気づかなかった。
「……メロディさんですよ。」
「はい?」
「はいはい、わかりました。とりあえず座りますね。」
彼はそう言って話を終え、机の中央にジェレミアが残していった薬草を積み上げた。
「何度もやってきたことだから、そんなに時間はかからないよ。だから、そこに座って、僕が机でどれだけ上手にやるか見てて。失望させないから。」
そう言うと、彼はジャケットを脱いで壁にかけ、白いシャツの袖を丁寧にまくり上げた。
そして、棚からピンセットを取り出し、机の前に座った。
その様子をじっと見つめていたメロディは、慎重に尋ねた。
「私は何をすればいいですか?」
「休んでいてください。息をするメロディ嬢はそれだけでかわいらしいから。」
彼は、昔ロレッタがよく言っていた言葉を少しアレンジしてからかうように言い、いたずらっぽく笑った。
「でも、坊ちゃんが何かしていらっしゃるのに、私がただ休んでいるだけじゃ、なんか変じゃないですか。」
「変じゃありません。」
彼は薬草を少し取り、茎の一部の葉を取り除いた。
メロディはちょうどやることもなかったので、腰を下ろして彼のすることをただ見つめていた。
彼は葉を取り除いた茎の残りをまとめて、赤い糸できっちりと結んだ。
そして束ねた後、茎の一部を長く残して切った。
「これ、壁に掛けるんですか?」
メロディは少し前に彼が作った薬草の束を手に取って掲げた。
赤い糸の下に小さなビーズの飾りがたくさん垂れていて、まるで飾りのように見えたため、なぜか愛らしかった。
「まるでお祭りの飾りみたいですね。」
「そうですか?」
彼はメロディが背にしていた壁を見た。
振り返ると、すでに似たようなものがいくつか掛けられていた。
窓から差し込む光と風に葉が乾いて、色が濃くなり、先端がくるくると巻かれた状態。
「完全に乾いたら、粉末にしてガラス瓶に保管します。」
「なんだか面白いですね。」
メロディは机の上に積まれた薬草を丁寧に扱った。
「でも、なめないでくださいね。」
クロードがすぐに制止したが、彼女は苦笑いした。
「でも、一緒にやればもっと早く終わるじゃないですか。」
「……それは。」
(嫌なんだけど)と言いかけたクロードは、その言葉を飲み込んだ。
メロディがとても楽しそうにしていたからだ。
「ちゃんとできているか見ていただけますか?」
彼女は初めての作業にもかかわらず、かなり器用に薬草の束を作り上げた。
「もう少しだけ、束をきつく縛るといいかもしれません。飾りとして吊るしておくんです。」
その忠告に、メロディは顔を赤らめながらもぐっと力を入れて再び束ねた。
「どうですか?」
まるで宿題をチェックされる子どものようなその質問に、彼は顎を軽くうなずかせた。
「上手ですね。」
その褒め言葉にメロディはまたやる気を出して、新しい束を作り始めた。
『変に褒めちゃったかな……』
彼女に仕事をさせるつもりなど全くなかった彼だったが、クロードは少しばかり戸惑いを覚えた。
どうやら普段の彼女たちの姿とは違うように見えた。
「私のそばでただ呼吸だけしていたのに……」
彼がなんとなくつぶやいた言葉には返事がなかった。
メロディが深く集中しているようだったので、彼は彼女と共に静寂を守りながら作業に没頭した。
ただ、単純に繰り返される作業が続いてクロードは少しぼんやりした気分になった。
いつも冷静に何かを考えて悩むことに慣れていたせいかもしれなかった。
幸い、彼には考えなければならないことがたくさんあった。
ロゼッタに関することだけでなく、彼には公爵領の任務もあったのだから。
けれど今はなぜかそういったことについて考えたくなかった。
彼は束ねる手を止めて、少し視線を上げた。
ちらりと葉を摘むメロディの顔が見えた。
すでに作業に没頭していて、口元と目にぴんと力が入っていた。
それは彼がとても好きなメロディの表情だった。
彼は難なく、幼い頃のメロディを思い出した。
実は、彼はメロディのことを初めて聞いた時、それほど気にかけてはいなかった。
「新しい妹ができた」と聞いても、その事実をあまり実感していなかった。
弟しかいなかった彼に、妹ができたというのは、もし期待していたとしても無理はなかった。
それに、実際に会ってみたロレッタはその存在だけでも輝いていて、彼はその子をこの世の何よりも大切に守ろうと決意していた。
ただ、彼の心には少し引っかかるものがあった。
屋敷に来たロレッタにはすでに「最も大切に思う存在」がいたということだ。
つまり彼にとってメロディの第一印象をひと言で表すとすれば、恥ずかしながらも「嫉妬の対象」と言うべきかもしれない。
彼はメロディがロレッタを独占できないよう、彼女を自分のそばに引き留めることに熱中し始め、それによって面白い事実に気づいた。
メロディは意外と役に立つ人物だったのだ。
彼女は何事もすぐに覚えて身につけ、ときには気の利いたことを言うこともあった。
彼はまもなくメロディと過ごす時間そのものをとても楽しむようになっていた。
ロゼッタを挟んでいたクロードとメロディの曖昧な関係が、少し違う方向に流れ始めたのは、彼女が成人してすぐのことだった。
メロディはほとんど公爵家の邸宅で過ごしていたが、ある期間は小さなパーティーに頻繁に参加していた。
そうして他の貴族たちを居心地悪くさせていたが、今では少し落ち着いたようだ。
いずれにせよ、彼はメロディの新しい生活を応援したかった。
だから一度、彼女が参加するという舞踏会に一緒に行こうと誘ったのだった。
当時の彼は特に社交的ではなかったが、それでも数多くの女性から舞踏会の同伴を頼まれることがあった。
通常、体面を重んじる女性の方から先に頼むことはほとんどなかったが、彼にはそういう出来事が何度もあった。
しかし彼はいつも「ロゼッタを見に行かなくてはならないので」と言って断っていた。
そんな彼がメロディには自ら進んで「パーティーに一緒に行けば名誉なことですよ。」と話したのだから、もし他の人々がこれを知っていたら、かなり驚いたことだろう。
しかしこの事実を知らないメロディは、特に表情を変えることもなく彼をじっと見つめ、こう答えた。
「関係ありませんけど、パーティーでは私を困らせないでくださいね。」
クロードは非常に面食らったが、とにかく了解したと答えた。
そして内心、メロディが自分に幻滅しないよう、自身の印象を守るためにも、完璧な紳士として振る舞うことを決意した。









