こんにちは、ちゃむです。
「偽の聖女なのに神々が執着してきます」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
131話ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- カッシュ・ロイドの子
神殿の昼下がりは、いつもと変わらず穏やかだった。
「……うっ。」
いつものように昼食を取ろうとフォークを持ち上げた瞬間、胸の奥から不意にこみ上げるむかつきに全身が固まった。
まるで熱湯でも浴びたかのように、視界が揺れる。
自分でも驚くほど目が丸くなった。
「……聖女様!大丈夫ですか?!」
「うっ……なんか変。お腹がぐるぐるする……」
――【破壊の神シエルが、不安そうな眼差しであなたを心配しています。】
――【慈愛の神オーマンが、目を細めてあなたを見つめています。】
会話ウィンドウには、心配そうに騒ぐ神々の反応がリアルタイムで表示されていた。
私のそばに寄ってきたデイジーは、そのまま床に膝をつき、ゆっくりと腰を下ろす。
そして、そっと両手で私の手を包み込むように握りしめ、真剣な顔で問いかけてきた。
「……もしかして、最後に月経が来たのって、いつですか?」
【運命の神・ベルラトリックスが、どこか含みのある微笑みを浮かべている。】
【芸術の神・モンドは、その微笑みに込められた意味を気にしているようだ。】
頭の中で日付をざっと数えてみた。
「考えてみたら……もう一か月くらい経ってる?」
「せ、聖女様ぁ!!」
デイジーの目がさらに大きく見開かれた。
そして、椅子を勢いよく蹴るようにして立ち上がった。
【知識の神・ヘセドが、眼鏡を押し上げながら立ち上がる。】
【愛の神オディセイが、喜びにぱっと花が咲くような笑みを浮かべています。】
「すぐに上級神官を呼んできますね!」
「え、上級神官?どうして……?」
「どうしてって……もちろん、聖女さまが“ご懐妊”なさった可能性が高いからですよ!」
デイジーの言葉に、私は思わず息をのんだ。
言われてみれば――私とキャスは避妊なんてしていなかったし、妊娠の可能性は確かにあった。
とはいえ、結婚してまだ三ヶ月ほど。
そんな簡単に子どもってできるものなの……?
デイジーは慌ただしく部屋を飛び出し、上級神官を呼びに走っていった。
彼が連れてきたのは、強い神力と長い経験を備えた、有能な神官だった。
【死の神・カイロスが、震える手をそっと口元へ当てている。】
【愛の神・オディセイは、落ち着かない様子で足をそわそわと動かしている。】
【破壊の神・シエルは落ち着かず体を揺らしながら、神官の言葉を待ちわびている。】
対話の広間は、神々の緊張で空気が張りつめていた。
神官は私の体に神力を流し込み、状態を確かめると静かに告げた。
「……おめでとうございます、聖女様。」
その一言に、私は思わず指先を震わせた。
「ま、まさか……本当に私、妊娠したってことですか?」
「はい。お身体の中の生命力の反応から見て、ごく初期の段階かと思われます。」
「聖女さま!!おめでとうございます!!」
「聖女さま!!祝福を申し上げます!!」
デイジーの声に続いて、廊下に控えていた巫女たちの歓声が次々と響き渡る。
「八柱の神々の加護を!」
「八柱の神々の加護を……!」
【慈愛の神オーマンが、感極まって泣きそうです。】
【芸術の神モンドが、ヘセドに盛大な祝福の拍手を送っています。】
【知識の神・ヘセドは口を押さえ、感極まって言葉を失っている。】
【愛の神・オディセイは、興奮しながらヘセドの独占インタビューを準備し始めている。】
神々は皆、私の対話窓の前でそわそわと落ち着かず……私は震える気持ちのまま、そっと自分の下腹部に手を当てた。
まだほとんど変わらないこのお腹の中で、命が育っているなんて……実感が追いつかない。
「妊娠初期は十分お気をつけください。重い物を持ったり、転んだりしないよう注意を。食事は栄養をしっかり摂って、そして……十二週までは愛を交わすことも控えていただけると安心です。」
「……あ… はい。」
「エルリウム神殿にも、八柱の神々の加護が降りているようですね。心よりお祝い申し上げます、聖女さま。」
神官の言葉に、私は喉の奥がきゅっと締めつけられた。
心臓は早鐘のように打ち続けている。
私が……お母さんになる?
まだ信じられない。
まるで夢みたいで、現実感がない。
「その……お願いがあるんです。」
「はい。なんでもお申し付けください、聖女さま。」
「……まだ、外には知らせないでほしいんです。」
私の言葉に、神官は少し驚いたように眉を上げた。
【知識の神ヘセドは、インタビューの最中だったのに、涙をこらえるように口元を押さえ、天を仰いでいます。】
【破壊の神シエルは、感極まってぽろぽろと涙をこぼしています。】
【慈愛の神・オーマンは、あなたに心からの祝福を送っている。】
「彼に……直接伝えたいんです。」
意を決したようにそう言うと、神官は柔らかな笑みを浮かべてうなずいた。
「なるほど。聖女様から直接お話しされるなら、これほど意味深いこともありません。どれほどお喜びになるか……想像もつきませんね。」
【神々の祝福パーティーが始まっている。】
外国の貴族たちとの会合が長引いたせいで、その日キャスが戻ってきたのはかなり遅い時間だった。
彼は私のために、神殿のすぐ隣に大きな邸宅を建て、そこを新婚の住まいとして使っている。
本家ほど豪奢でも広大でもないが、使用人が十数人は入れる三階建て・三百坪の邸宅は、私が暮らすには十分すぎるほど広かった。
正直、出退勤の手間を省くためだけにここまでの規模を用意してくれたのは、ちょっと行き過ぎでは……と思うほどだ。
「お帰りなさい……?」
私は無意識に、キャスの手に視線を向けた。
案の定、今日も彼は何かしら手土産を持っている。
空の手で帰ってくることなんて、まずない。
【知識の神ヘセドが、くすっと肩を震わせています。】
「……侯爵様。」
「偶然買ったものだから」
即座にわかる嘘だ。
あの計算高い人が、私のためじゃなければそんなものを選ぶはずがない。
キャスがそっと近づき、持ってきた箱を開けた。
中には、きらびやかなティアラがきらきらと輝いている。
「……きれい。」
また怒られると思って硬かった表情をしていたキャスは、私が素直に喜ぶとほっと緩んだ。
――が、私の次の言葉でまた顔が引き締まった。
「それで……いくらしたんですか?」
「そんなに高くありませんよ。」
「……正直に言ってください、侯爵さま。」
「……十万フラン。」
ティアラに触れかけていた私の手が、ぴたりと止まった。
これひとつで十億……?やっぱり高すぎじゃない!?
いや、彼がイライド帝国で“最も裕福な財閥家の次男”だという事実を思い出せば、確かに納得はできるけれど……。
【芸術の神モンドは、ティアラを見て思わず唇を鳴らしています。】
【正義の神ヘトゥスは文句を言おうとしたものの、キャスが展開する巨大な救護事業の規模を思い出し、そっと口を閉じました。】
「やっぱり……これは高すぎます。ティアラは綺麗だけど、こんな高価な宝石を毎回買ってこられるのは困ります!」
【芸術の神・モンドは、“負担なら芸術の神殿に寄付を” とさらりと提案している。】
【知識の神・ヘセドは、モンドのあまりに素直な欲望を冷静に指摘している。】
キャスは、結婚してから私のこういう言葉だけはあまり聞かない。
他のことは何でも言うとおりにしてくれるのに、こういう贈り物だけは、まるで言葉が届かない。
「……我慢できませんでした。聖女様が……喜ぶと思って。」
キャスはそう言って、ちらりとこちらを見つめ、唇を少し噛んだ。
「美しい物を見るたび、どうしてもあなたを思い浮かべてしまうんです。あなたが身につけたら、どれほどその価値が増すだろう……って。」
その瞳に見つめられると、結局今日も私は敵わない。
小さくため息をつきながら、そっとティアラを頭に載せてみた。
鏡に映った自分の姿は――まるで天上の女神のように輝いて見えた。
「……やっぱり。僕の目に狂いはありませんね。」
キャスの深い青の瞳は、まるで持ち主を見つけた宝石のように満足げに光っている。
私はティアラをつけたまま、キャスに向き直って念を押した。
「でも、本当に今日で最後です。私は“聖女”なんですよ。帝国の民の模範である私が、あまりにも贅沢に暮らしていたら……きっと良くない印象を与えてしまいます。」
【正義の神・ヘトゥスは、あなたの意見に賛同している。】
【芸術の神・モンドも同意して、余った宝物は芸術の神殿に寄付することを強く推している。】
「そんなこと言わないでください。あなたは“キャス・ロイドのたったひとりの妻”なんですよ。一日に百万フランは稼ぎ出すロイド商団の、正真正銘の奥方なんです。」
キャスは私の手を取って、優しく包み込むように言った。
「ロイド商団の主婦は、最高に価値あるものを持つ資格があります。そして僕は……あなたに一番いいものをあげたいだけなんです。これでも本当に控えめにしているほうなんですよ。」
【知識の神ヘセドは、誇らしげに肩をそっと持ち上げています。】
【破壊の神シエルは、あふれ出る富の香りに目を回しかけています。】
「お願いです、侯爵さま。」
はっきりと拒絶の意思を伝えると、キャスの瞳がわずかに揺れた。
「……じゃあ、こうしましょう。お互いに折り合いをつけて……贈り物は、してもいい。ただし――」
私は小さく息を整えてから続けた。
「上限は、一万フランまでにしましょう。」
「……十万フラン。」
「二万フランです。」
「十万フラン。」
「三万フラン。」
「十万。」
私たちの主張は平行線をたどった。
彼は一歩たりとも譲る気がないようだった。
「五万フラン。」
「……わかりました。五万フランにしましょう。」
そこでようやく、私はキャスの“計画”にまんまと乗せられていたことに気づいた。
結局、私が五万フランまでは上げるだろうと読んでいたのだ。
本当に……この人は誰よりも商売の嗅覚が鋭い。
さすが“光のキャス・ロイド”。これ以上ないほど眩しい男だ。
【知識の神ヘセドは、肩をさらに誇らしげに張っています。】
【芸術の神モンドは、お腹を抱えて笑いながら、シエルにヘセドの肩をつつくよう指示しています。】
【知識の神ヘセドは、シエルにつつかれながらも毅然とビシッと姿勢を正します。】
「……やりすぎです。」
「どうしてです?きちんと合意した上でのことですよ?」
逃げ道を与えたつもりが、もはや契約を結ばされた気分だ。
キャスはいたずらっぽく、しかしどこか真剣さを含んだ微笑みを浮かべた。
そして、そっとティアラを載せた私の頭に視線を落とすと――キャスは軽く私の額に口づけた。
「今日も……本当に綺麗だ。」
低く優しい声が耳の奥に染み込んでくる。
結局、私は彼に根負けして、作り笑いを浮かべながらティアラをそっと箱に戻した。
このティアラは、家ひとつ分くらいの広さはある私の巨大なドレスルームに保管されるだろう。
ちなみに、そのドレスルームはキャスが自ら設計したものだ。
ほんと、徹底した男だ。
ティアラを外した私を見つめていたキャスは、片腕でそっと私の腰を抱き寄せた。
開け放たれた窓から吹きこんだ風が肌を撫で、半分ほど満ちた月が穏やかに光を落としている。
そして、いつものように、彼の静かな瞳もやわらかく輝いていて──この瞬間、キャスが何をしようとしているのか、はっきりとわかった。
「今日一日、息つく暇もなく……ずっとあなたのことを考えていました。」
甘く、柔らかな響きをまとった低い声が耳を撫でた。
【慈愛の神オーマンが、騒ぎ立てる他の神々をそっとなだめています。】
【愛の神オディセイは、興奮して火を灯しています。】
彼の吐息がわずかに触れ、唇が近づいてきた、その時――
「……っ」
私は慌てて手で自分の口元を覆った。
すると、キャスの瞳がわずかに揺れ――静かに私を見つめた。
しばらくして、彼は静かに私へ尋ねた。
「……気分を害されましたか?」
私の顔を注意深くうかがうその瞳の奥に、かすかな不安が揺れる。
思わず、私は苦笑いした。
「違うの。そういうんじゃなくて……」
小さく息を整え、真剣な表情で彼を見つめて告げた。
「……しばらくは、そういうこと……しないほうがいいと思うの。」
その瞬間、彼の深い青の瞳の奥で、世界が一気に凍りついたように見えた。
【知識の神・ヘセドが、慌てて足踏みしてあなたの言葉を制止しようとしている。】
【慈愛の神オーマンが、キャスの反応を面白がりながら口元を拭っています。】
「……どうして、避けるんですか?」
まるで世界でたった一つのキャンディを取り上げられた子どものように、キャスはしょんぼりと私を見つめてきた。
その声の端が、ほんの少し震えているのを私は聞き逃さない。
「その理由は……」
【我慢できなくなった神々が、ざわざわと悲鳴のような歓声を上げています。】
【慈愛の神オーマンだけが、穏やかに静かに頷いています。】
私はそっと、腰に回されたキャスの手を外した。
その瞬間、キャスの瞳がまた大きく揺れたのが見えた。
【知識の神・ヘセドは “キャスがショック死するのでは” と慌ててあなたに懇願している。】
【愛の神・オディセイは、鎮静薬を探しに走り回っている。】
「……せ、聖女……さま……」
もちろん、こういう反応を見たかったのは事実だけど――ここまで動揺するとは思っていなかった。
彼を泣かせるつもりなんて、さすがにない。
これは、さっきの“仕返し”みたいなもの……なのかもしれない。
私は、腰に回されていたキャスの手をそっと外し、そのまま自分のお腹の上へ導いた。
「……理由、分かりませんか?」
その瞬間、キャスの瞳がまた揺れた。
突き放されなかったことへの安堵にも似たものが、ほんの一瞬走った気がする。
そして数秒後、彼の瞳の奥に――かすかな予感が灯った。
【知識の神ヘセドは、ついに安堵のため息をつき、椅子に崩れ落ちました。】
【破壊の神シエルは尻尾をぶんぶん振りながら、次の展開を全力で待ち構えています。】
「……」
キャスは、私の問いの答えに――まだたどり着けていないようだ。
キャスはただ、必死に私の目を見つめていた。
どんな商談でも負け知らずの鋭い頭脳と、驚くほどの商才を持つ“キャス・ロイド”にも弱点がある。
――それは、異性との関係に関してだけは、驚くほど鈍いということ。
恋愛指南書を読み漁って努力はしていたけれど、正直あまり役には立っていなかった。
結局、私との実戦(?)で学びながら、やっと“そこそこ”のレベルに到達した程度だ。
「……わ、私……なにか間違えましたか?」
こんなふうに震えた声で返してくるあたり、やっぱりまだ不慣れらしい。
【正義の神・ヘトゥスは “結婚生活マニュアルが必要だな” と真顔で反省している。】
【知識の神・ヘセドは “なぜここまで察しが悪いのか” と頭を抱えている。】
【芸術の神モンドは、「レイハス(=キャスの父)」なら一目で気づいたはずだと、拗ねたようにぼやいています。】
【破壊の神シエルは、“カイル(=キャスの兄)も同じ反応だろう”と、ぶつぶつ文句を言っています。】
【愛の神オディセイは、シエルの同意など求めていないと言わんばかりに、得意げに鼻を鳴らしました。】
【破壊の神シエルがオディセイにじとっとした視線を送っています。】
「……まさか。そんなわけ……ありませんよね?」
私はキャスの手に少し力を込め、再度ヒントを与えた。
お腹に触れているその手に――そっと重ねるように。
その瞬間、キャスの瞳が、大きく見開かれる。
「……!ま、まさか……!」
そして、ついに彼は答えへたどりついた。
「――ご懐妊、されたのですか!?」
私はそっと頷き、決定的な言葉をもう一度口にした。
「……私、妊娠したんです。」
キャスは、ただ私を見つめていた。
その顔は動かず固まったまま、まるで時間だけが先に進んでしまったようだった。
チッ、チッ、と時計の秒針が刻む音がやけに大きく響く。
3秒、5秒、10秒……過ぎても、キャスは表情ひとつ変えない。
【芸術の神モンドは、“キャスが壊れたようだ”と慎重にコメントしています。】
【死の神カイロスも、モンドの意見に深く頷いています。】
そして――約30秒後。
ようやくキャスの唇が、ゆっくりと開いた。
しかし、開いたものの――声はまだ出てこなかった。
【知識の神・ヘセドは、椅子ごとひっくり返って動揺している。】
それに比べてキャスは――ただ、私を見つめていた。
どんな状況でも取り乱さない彼が、言葉だけはしばらく出てこなかった。
【愛の神・オディセイは “普通の人間なら強い衝撃を受けると、ああいう反応になることもある” と説明している。】
「……は。」
ようやく開いた唇から、十秒近くも間が空いて出てきたのはため息なのか、感嘆なのか、判別のつかない微妙な声だった。
返事があまりに遅いせいで、思わず眉を上げた、その瞬間――キャスは突然、私の手を取り、強く、だけど乱暴じゃない力で私を抱き寄せてきた。
その頑丈な腕の中にすっぽりと収まった瞬間、私は“ああ、嬉しいんだ”と気づけた。
【知識の神ヘセドは、微妙すぎる表情で苦笑いしています。】
「……聖女さま、私は……」
キャスの低い声は、今まで聞いたことのないほど震えていた。
私の背を抱き寄せる腕には力がこもり、その胸の鼓動はまるで爆ぜるように激しく響いてくる。
「私は……あなたに、何も返せていないのに……」
そこで続いた言葉に、私は思わず瞬きをした。
「その……」
彼は視線をそらし、信じられないほど真剣な声で言った。
「さっき……十万フランのティアラ、あげましたよね!?」
言い返そうとしたけれど、彼がさらに強く私を抱き寄せたせいで、言葉はそのまま喉に消えた。
「……あなたは、どうして……私にこんな大きな贈り物をくれるんですか。」
耳元に落ちてきたキャスの声は、驚くほど震えていた。
「生まれてから……こんなに嬉しかったことはありません。」
その声には、嘘偽りのない感情がそのまま詰まっていた。
“僕にはあなたに返せるものがない”――さっきのその言葉と重なるように、胸にすとんと響いた。
私は反論するのをやめた。
今だけは、彼の気持ちをまるごと受け取ることにした。
しばらく強く抱きしめていたキャスは、ようやくゆっくりと私を腕の中から離した。
そのおかげで、私は彼の顔をちゃんと見ることができた。
「……」
誰が見ても、感情が溢れすぎている顔だった。
思えば、初めてお互いの気持ちを確かめたあの日も、こんな顔をしていた。
「……あなたの子を授かれて、本当に嬉しい。」
私はそっと笑いながら、素直な気持ちを伝えた。
「……」
キャスは一瞬、表情を引きつらせたかと思うと、次の瞬間、片手で顔を覆った。
さっきから既に目が赤いのは気づいていたけれど――帝国で何もかも手にしてきた男が、こんなふうに震えるなんて。
それを見ていると、胸の奥が熱くなる。
私はそっと手を伸ばし、キャスの肩に優しく触れた。
【知識の神ヘセドは、またしても鼻をすすっています。】
【愛の神・オディセイは、満ち足りた笑みを浮かべている。】
【運命の神・ベルラトリクスは、あなたの身体の中に宿った命に祝福を送っている。】
こうして今日、私たちは――お腹の中の小さな命の、母と父になった。






