こんにちは、ちゃむです。
「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

114話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 慰めと祝福
シンブルーム卿に頼んで執事のミドルトンに手紙を送ると、すぐに返事が届いた。
――【つまり、それは合格したってことだ。直接呼びつけて業務に必要な内容を伝えるためだろう。そうでなきゃ宮殿まで呼び出す理由なんてないじゃないか?】
――【それに記録官の仕事はとても大変だっていうし、やめる人が出ればすぐに補充しないといけない。だからこそまた採用試験が行われるんだ。】
――【仮にそうでなくても、次の代の直系皇族なんて一人しかいないんだから、採用官を新たに選ぶ機会はもっと少なくなるだろう。まったく、やれやれだ。】
――「ともあれ、心から祝福する。」
祝福とも皮肉とも取れるその文言には、妙な含みがあった。
だが「合格もしていないのに、わざわざ宮殿まで呼ぶはずがない」というスチュアートの言葉には、それなりの説得力があった。
その後すぐに、メロディはクロードを訪ね、この知らせをすべて打ち明けた。
彼が気を悪くしないか心配だったが、それは杞憂に終わる。
「スチュアート・ミドルトン氏の言葉なら、確かに信ぴょう性がありますね。なぜだか、僕も良い予感がしてきました。――本当に良かったですね、メロディさん。」
スチュアートの名を口にするとき以外、クロードは終始やわらかな笑みを崩さなかった。
「そうなると……その日は小さな家族の集まりを準備するのが良いかもしれませんね。」
「でも……」
「父がクリステンスへ発つ日と重なるので、邸内で催しを開くのは少々はばかられるでしょう。」
メロディはゆっくりとカップを揺らした。
ちょうどその日の午前、公爵はサムエル公に会うために邸宅を離れることになっていた。
そんな大事な用件を彼に一任して、邸宅での集まりを欠席するのは、どこか妙な感じがした。
「だからといって、メロディ嬢が努力して得た成果を祝えないというのは、理屈に合いませんよ。」
「……そうかもしれませんが。」
メロディは何となく彼の顔色を伺い続けた。
正直なところ、自分の試験の結果を屋敷の皆が一緒に祝ってくれるなら、とても嬉しいに違いない。
けれど、その日はクロードとの約束があった。
彼が熱心に誘ってきた、公的には初めての正式なデートだ。
「私、前にも申し上げませんでしたか?」
彼は背もたれに体を預けながら、余裕ある微笑みを浮かべた。
「メロディさんが大切に思うことは、僕にとっても大切です。あの日にわざわざ軽薄な男と出かける必要なんてありませんよ。」
「軽薄だなんて……。いつからそんな謙虚な自己評価をするようになったんです?」
メロディの目から見れば、彼は常に自分の魅力に自信満々な人だった。
ついこの間も「僕のハンサムな顔を見てください」なんて冗談を欠かさなかったのだから。
世の中に、ここまで自分に自信を持てる人はそう多くないだろう。
「つい最近のことですよ。父からいつも“忍耐”の大切さを叩き込まれてきましたから。それで、自分の忍耐力にはかなり自負があったんです。」
だが、日ごとに心の壁を解かされていくメロディのおかげで、
彼は自分の忍耐が実はそれほど大したものではなかったことに気付かされていた。
「まあ……結局は、ロレンタさんのご家族の集まりに参加することになりそうですね。あの子にとってもいい勉強になるでしょう。」
彼は近くにあった紙を引き寄せ、素早くメモを書いた。
ロゼッタに集まりを開いてほしいという内容だった。
そして書き終えると、その紙を半分に折ってメロディに差し出した。
「もしよければ、メロディ嬢からロゼッタに渡してくれませんか?きっと喜ぶはずですから。」
メロディは渡された紙を受け取った。
「分かりました。」
「それと……もしご迷惑でなければ、結果を聞きに行くときに私も同行してもよろしいですか?」
「それは……」
メロディは少し困ったように答えた。
「……宮殿まで一緒に入ることはできないと思います。」
「もちろん、そこまで望んでいるわけではありません。屋敷から南側の門までお供できれば十分です。」
「……つまり、待たせてしまうことになるってことです。」
「もちろん、僕はメロディさんをずっと待っていますよ。」
クロードが南の門前で、彼女の用事が終わるまで待ち続けるつもりだと言ったのだろうか。
メロディは慌てて声を荒げた。
どう考えてもそれはおかしい。
「だ、だめです!ボルドウィン卿であり、後継者でもある坊ちゃまは“侯爵”なんですよ!」
――しまった。
自分でも気づかぬうちに口から飛び出した「侯爵」という言葉に、彼女は顔を真っ青にして口を押さえた。
「……侯爵?」
クロードも目を細め、その単語を正確に拾い上げる。
「す、すみません!間違えました!でもあそこは人目が多すぎます。誰かに見られて、妙な誤解を受けたらどうするんですか!」
「誤解?」
「そ、それは……!」
メロディは、そんな状況で広まるかもしれない妙な噂を思い浮かべた。
けれど、その中で彼女が口にできることは何ひとつなかった。
その様子を見ていたクロードは、席を立ち、彼女の周りをゆっくりと歩き回った。
「つまり、私は君に夢中になったあまり、体面も自尊心も忘れた滑稽な男になったってことですか?」
「……」
「あるいは、君の犬にでもなったかのように、城門の前でひたすら主人を待ち続けていた、と?」
「坊ちゃま!」
「なぜです?全部事実じゃありませんか。」
「ち、違います!私は坊ちゃまを犬みたいに扱ったりしてません!」
「じゃあ、早くしてください。」
彼は歩みを止め、メロディの前に立ちふさがって小皿を差し出した。
どうしても彼女が可愛らしく思えてならないのだ。
「……坊ちゃまって、本当に変な方ですね。」
そう口にしながらも、メロディは――むしろ一番おかしいのは自分だと内心思っていた。
結局、彼の顔や髪に触れてしまったのだから。
「では、私があなたについて行ってもいいですか?」
真剣な問いかけに、メロディは堪えきれず顔を赤らめ、慌てて言葉を投げ返した。
「……もう、やめてください!」
「ふふ……そうですか。ですが、メロディさんを待つ時間があると思うと――なんだか楽しみですね。」
そう言って浮かべた笑みは、恐ろしいほど美しかった。
だからこそメロディは確信した。
――この人はきっと、自分を惑わせるために現れた悪魔なのだ、と。
メロディは、クロードから届いた手紙をロレンタへと差し出した。
彼女に渡されたのは、その日の夕方のことだった。
実は、彼の部屋を出てすぐに渡しに行こうとしたのだが、ロゼッタはいつの間にか父に連れられて宮殿へ行ってしまったのだ。
『こんな忙しい時期に宮殿に行ったって、別に面白いことなんてないはずなのに。』
メロディはそう思った。
だが、宮殿から戻ってきたロゼッタの顔は、驚くほど楽しげに見えた。
「おかえり、ロゼッタ。宮殿で何か楽しいことでもあったみたいね。」
しかし彼女の言葉に、ロゼッタは慌てて視線をそらし、小皿をいじった。
「えっと、ううん。ただお菓子を食べて散歩しただけ。」
「ひとりで?」
「え……う、うん!そう、みんな忙しいから。」
妙にぎこちない口調で答えたロゼッタは、両手をそわそわさせたあと、不意に「宿題してなかった!」と叫び、慌てて自分の部屋へ駆け込んでいった。
「課題を王宮に持って行けたら良かったのに。」
――ともあれ、今日もロレンタが楽しい一日を過ごしたようなので、メロディは安心した。
一週間後の朝。
規則正しく地面を打つ雨音に目を覚ましたメロディは、胸を撫で下ろすように小さく息を吐いた。
(今日は公爵様がクリステンソンへ出発される日……もしや、これが吉兆?)
ふと浮かんだ否定的な思いに、自分で驚きながらも顔を赤らめ、慌てて首を振る。
大事なことを前にしては、前向きに考える方が大切だ。
しかも、よく考えれば――人目を避けて移動するには、雨の日ほど都合の良い日はない。
(……そう、今日はとても運のいい日だわ。)
そう自分に言い聞かせたメロディは、すぐに身支度を整え、控えの間へと足を進めた。
外に出ると、すでに荷物を満載した馬車が待っていた。
簡素な旅装を整えた公爵がクロードと共に階段を降りてくる。
「公爵様、おはようございます。」
メロディは急いで彼らの前に進み出た。
「おはよう、メロディ。」
公爵とメロディが日常と変わらぬ挨拶を交わすことは、何よりも大切なことだった。
ヒギンズ執事をはじめとする邸の人々は、公爵が鉱山関連の業務で出張に行くのだと信じているのだから。
彼らに「普段と違う」と思わせるわけにはいかない。
「おはようございます、メロディ嬢。もうお目覚めでしたか。」
クロードもごく普通の調子で挨拶に加わった。
「はい、公爵様にご挨拶を差し上げたくて。」
「そうか。」
公爵はヒギンズが差し出した書類鞄を受け取りながら答えた。
「結果を聞きに行くのは今日なのだな。」
「はい。とても緊張します。」
「そうか……気をつけて行ってくるのだぞ。」
一瞬だけ迷ったのち、公爵はメロディの髪をそっと撫でた。
もう子どもではない娘に、そんな仕草をしてよいものか少し逡巡したのだろう。
けれどメロディは――そんな触れ方が大好きだった。
あの日、自分を守ってくれた手の温もりを嫌うはずがない。
「少し勇気が湧きました。ありがとうございます。」
そう告げた彼女に、公爵は静かにうなずき、今度はヒギンスに手渡す荷を託すと短く挨拶を交わした。
そして最後に、クロードの肩を力強く叩く。
「では、お前にすべてを任せる。」
「はい、父上。どうぞご心配なく。」
「……そうか。」
それ以上は言葉を重ねず、公爵はそのまま屋敷をあとにした。
メロディは公爵の背中を見送りながら、クロードに対して「信じて任せるしかない」と自分に言い聞かせた。
公爵が向かうのは、皇帝の逆鱗に触れてしまった存在と決別するため。
それは反逆や革命のためではなくとも、この件が皇帝の耳に入れば、ボルドウィン公爵の命は保証されない。
その事態を回避するには、後継者であるクロードが自ら進み出て「すべては公爵の独断だった」と主張し、皇帝への忠誠を証明しなければならなかった。
――そして、その証明とは。
クロード自身の手で、公爵の命を奪い、その首を差し出すことに他ならない。
そしてメロディが知っているクロード・ボルドウィンは……
『迷いも、ためらいも一切ないだろう。』
弟妹たちはもちろん、家門の臣下や使用人たちを守るために。
公爵とクロードは、すでにその段取りまでも綿密に取り決めていたのだ。
(公爵様は、たとえどんな危険を冒すことになろうとも――ロレンタが母のような運命を辿ることだけは、決して望んでいないのだわ。)
大切なロレンタがピシスのような苦難を知らず、ただ平凡な子どもとして育っていけるようにと願いながら……。
出発の支度を終えた馬車が、ゆっくりと動き出す。
クロードをはじめ、その場にいた皆が一斉に深々と頭を下げた。
止む気配のない雨脚の中、公爵を乗せた馬車は静かに城を後にした。
午後になっても、雨は降り止まなかった。
クロードは本当に、南門の前までメロディに付き添って来てくれて、今頃は馬車の中から彼女を案じていることだろう。
メロディは、案内役として先を歩く記録官の背を追いながら、濡れた石畳を踏みしめて進んでいった。
徐々に狭まる光の筋に、彼女のドレスの裾には重たい埃がまとわりついた。
記録官は書庫のある場所へと彼女を案内した。
似たような書庫がいくつも並ぶ中、彼はぴたりと足を止めた。
重たい扉が開くと、そこにはかつて彼女の試験を監督した女性記録官がいた。
あの日と同じように真っ白な髪をきっちりと束ね、厳格な視線でメロディを見据えていた。
「来ましたね。」
「お久しぶりです。」
「そうですね。」
彼女は短く返事をすると、若い記録官に目配せをした。
若者が道を譲ると、彼女は先に立って保管室の奥へと歩みを進めた。
「入りなさい。」
メロディはその後についていき、すぐに胸の奥がざわめいた。
――見慣れた本の背表紙が並んでいたのだ。
「ここは……」
メロディが小さくもらした言葉に、彼女は静かに答えた。
「ええ。あなたが試験を受けた場所です。」
そう言って、書棚の間に置かれた机の前へ腰を下ろす。
それは、あの日メロディが試験の記録を写していた席だった。
「どうぞ、おかけになって。」
机の正面に置かれた椅子を勧められ、メロディは胸に広がる不安を抱えたまま、ゆっくりと腰を下ろした。
試験中、もし何か見落としがあったのではないか――そんな予感が拭えなかったからだ。
「私は、あなたの試験内容を採点しました。」
淡々とした言葉に、メロディは思わず背筋を伸ばし、緊張で指先がかすかに震えるのを感じた。
「率直に言えば……悪くありません。記録を残す意味をきちんと理解しているようですね。」
そう言って彼女は小さく微笑んだ。
メロディは胸に手を当て、張り詰めた息をこぼす。
彼女は真正面から答えた。
「あなたを採用することに反対する者はいませんでした。」
「そうですか……。」
メロディは本来なら沈黙すべき時だと分かっていたが、つい衝動的に言葉を漏らしてしまった。
だが、彼女は返事をすることなく、ただ鋭い視線でメロディをじっと見据えるだけだった。
「ともあれ、それは私が出張先でこれを発見する前の話です。」
そう言って、彼女は机の下から何かを取り出し、メロディの前に差し出した。
――「ヒギンス・メロディ」
最初に目に入ったのは、自分の名前だった。
……白い靴の内側に、刻印のように彫られていたのだ。
「…………」
メロディは――何も答えることができなかった。
史官とのやりとりをすべて終えた後、メロディはクロードと共に屋敷へ戻ってきた。
馬車を降りた途端、待ち構えていた人々が一斉に彼女を取り囲む。
まるで、何かを心待ちにしていたかのように輝く瞳で。
両親、ロレンタ、そしてイサヤとロニ――。
皆の顔を順に見渡しながら、メロディはおずおずと口を開いた。
「……えっと、慰労の宴は、もう少し盛大にしていただけますか?」
その瞬間、全員の表情に一様に驚きが走った。
目を大きく見開く者、唇を震わせる者――それぞれのやり方で。
やがて視線は自然と、彼女と共に帰ってきたクロードへと集まった。
(どうして結果を先に伝えてやらなかったのか)と、無言の詰問が込められているのは明らかだった。
「坊ちゃまは悪くありません。」
メロディは慌てて彼をかばった。
「私が呼んだんです。結果を直接聞きたいと思って……。」
「……お前って子は。」
ヒギンス夫妻が近寄り、両側から彼女をぎゅっと抱きしめた。
「親御さんの方が、あなた以上に傷ついているようですね。でも私は本当に大丈夫です。」
メロディは扇を持ち上げ、二人に向かって少し茶目っ気を込めて言った。
「頑張りすぎたから、力が残ってないんでしょう?」
その明るい声に、夫妻もかすかな笑みを浮かべた。
強がりに近かったが、やがて大きな手がメロディの頭にぽんと置かれた。
「本当に、よくやったよ、メル。」
イサヤが、彼女の頭をしっかりと支えるように撫でた。
彼は、そっとメロディの頭を撫でながら言った。
「君は本当に誇らしいよ。」
メロディは、すぐ隣に立つイサヤをちらりと見上げ、少し照れくさそうに口を開いた。
「でもイサヤなら、私が試験を受けるって聞いたとき、当然のように主席で合格するだろうって思ってたんでしょ?」
――それは、イサヤがいつも口にしていた言葉をそのまま返したものだった。
「っ……!」
イサヤは思わず固まったように手を離した。
慌てて視線を逸らしながら、口ごもる。
「ち、違っ……!」
「ふふ、冗談よ。励ましてくれてありがとう、イサヤ。それより、神殿へはちゃんと行ってきた?」
「え……?」
不意に話題を変えられ、彼は戸惑ったように周囲を見回した。
そしてしばし沈黙した後、ぽつりと答える。
「……ああ。」
「ねえ、どうしてそんなに沈んだ顔をしてるの?私は大丈夫だから、心配しないで。」
その時、ロニがイサヤの肩をぐいっと抱え込んでからかった。
「こいつが神殿でまたドジ踏んだからさ。」
「ドジ?」
「神聖な儀式の最中に、司祭様がイサヤの名前を五回以上呼んでも、ぼんやり座ってるだけだったんだよ。」
「それで?」
イサヤは真っ赤になって「言うな!」と叫んだが、ロニは気にせず話を続けた。
「最後に司祭様が『イサヤ・マーレン卿!』と呼ばれたんだ。そしたらこいつ、慌てて立ち上がって『ひゃ、命だけは助けてください!』って叫んだんだぜ。そのせいで剣を祝福する神聖な儀式が笑いの渦に変わっちまったんだ。」
「いや、それは……。」
イサヤは苦い顔をしながら弁明した。
「……あの神殿の椅子が、やけに居心地よくてさ。あったかくて、つい眠くなるくらいだったんだ。」
「だからって、君の式にうつらうつらしていい理由にはならないでしょ!あの場で君が栄誉を受けている横で、僕が船を漕いでたなんて、本当に恥ずかしかったんだから!」
ロニはその場面を思い出したのか、頬を膨らませてイサヤをにらむ。
「でもね、君が僕の前で跪いたとき、神殿にいた人たち……みんな笑ってたんだよ!」
口ではそう言いながらも、彼はイサヤから授かった勲章を、誇らしげに胸元へ飾ったままだった。
「それなら――今日の宴はもっと盛大にしないといけませんね。」
メロディはそっと両手を合わせ、周囲を見回した。
「ここには少なくとも、慰めが必要な人が二人。そして祝福されるべき立派な人もいますから。」
「そうだな。今日は最高の宴になる日だ。」
その声に、皆の表情がようやく和らいでいった。
ロレッタが慌てて大声を張り上げた。
「だって、ロレッタお嬢様が用意したパーティーなんですもの!皆さん、私についてきてください!」
彼女は意気揚々とした足取りでダイニングルームへと向かった。
ぴたりと閉ざされた扉の前に立ったロレッタは、参列者たちをぐるりと見渡し、軽く顎を上げた。
「皆さん、驚かないでね。」
自信たっぷりにそう言うと、彼女は両手を合わせてパチンと音を立てた。
すぐに扉の向こうで待機していた使用人たちが両脇から扉を開け放った――
きらびやかに飾りつけられたダイニングルームが現れた瞬間、ロレッタは青ざめた顔を両手で覆い、うろたえた。
「いやっ!だめ!まだ見ちゃだめよ!」
一体どういうことなのかと不思議に思い、皆の視線は自然とロレッタが向ける先へ注がれた。
――ダイニングルームの中央には、白い天幕が吊るされていて……。
そこには、大きく 「メロディ、合格おめでとう!」 と書かれていた。
「メロディ、見ちゃだめ!ロニ兄さん、早くメロディの目を隠して!」
天井に吊るされた白い幕が破け、勢いよく垂れ下がると、ロレンタは慌てて叫んだ。
狼狽したロニも「わ、わかった!」と返事をしてメロディの目を覆おうとしたが、彼の指の隙間からは全部が丸見えで、隠すどころではなかった。
すぐにロレンタはイサヤを振り返り、必死に助けを求める。
「副長!早くなんとかして!」
「了解しました!」
イサヤは即座に動き、騎士らしくその幕を一気に引きはがした。
だが、それが良策だったわけではなかった。
幕と一緒に天井の飾りまでもが崩れ落ち、黄色い紙の花々が宙を舞い、床一面にひらひらと散らばってしまったのだ。
メロディはロニの手から逃れるように前へ一歩踏み出し両手を差し伸べた。
すると、何本もの黄色い紙の花が彼女の手のひらの上に、ひらひらと降り落ちてきた。
まるで誰かが手ずから折り、集めて差し出したように思える。
出来映えの良いものもあれば、どこか不器用さの残るものも混ざっていることから、きっとそれぞれ別の人たちが作ったのだろう。
『……わたしは。』
メロディは受け取った花を胸の近くに抱き寄せ、なおも空中で舞い散る花びらを見上げていた。
『この花の数だけ愛されているんだわ。もしかしたら、それ以上に……。』
やがて花々は床の上や、並べられた料理の上にも黄金の雨のように降り積もった。
「……あぁ。」
ロレッタはわずかな静寂の中で顔を歪め、呻くように声を漏らした。
どうやら彼女の想像していたものとは全く違う形になってしまい、ひどく落胆したらしい。
メロディはロレンタのもとへ駆け寄り、その小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
もうこれ以上近づけないほど、強く、強く。
「……ありがとう、ロレンタ。」
心からの言葉に、子どもはくすぐったそうに身をよじる。
「本当にね、君が花びらを降らせてくれてうれしかったわ。たくさんの人にお願いして、一緒に作ってくれたんでしょう?」
「……うん。」
ロレンタも今度はメロディを抱き返し、小さな声で答える。
「みんな、メロディのために喜んで作ったんだよ。笑いながら、一生懸命に。」
「こんなに美しい光景、今までどこでも見たことがないわ。勇気をくれてありがとう。」
「……ほんと?」
不安げに尋ねる声に、メロディは何度も何度もうなずいた。
「メロディが気に入ってくれたなら、僕も嬉しい。ああ……本当にそうだよ。」
ロレッタは、何かを思い出したようにメロディの腕から離れ、小さく手を叩いた。
「甘いものを食べれば気分がもっと良くなるはず!宴をケーキで始めるのは、ロニお兄様が作ったボルドウィンの立派な伝統なんだから!」
ロレッタは「じゃん!」と声を上げ、テーブル中央に置かれた巨大な三段ケーキを覆っていた布を取り払った。
だが、彼女の顔はまたたく間に曇ってしまった。
ケーキの中央に据えられた大きなチョコレートプレートには、こう記されていたのだ。
『メロディの合格を祝して!』
「だ、だめだよメル!メロディ!これもまだ見ちゃダメ!」
ロレッタは慌ててその大きなチョコレートをつかむと、自分の口に無理やり押し込んだ。
そしてほっぺたをぷっくりと膨らませてみせる。
その愛らしい仕草に、場にいた誰もが思わず笑みを浮かべるしかなかった。
慰めと祝福に包まれた最高の宴は、夜遅くまで続いた。









