こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

111話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 慈善活動③
遠く離れた井戸は、荒れ果てた草木の中に隠れていた。
エステルはジュディだけを連れて行くように目で合図した。
井戸は、ジェロムが示した建物の裏にあった。
管理されておらず、周囲には雑草が生い茂っていた。
ジュディが先に井戸のそばへ行き、中を覗き込んだ。
「本当に水の一滴も見えない。」
「そうですね。」
小柄なエステルも背伸びして井戸の中を覗き込んだ。
中は水の一滴も見えないほど完全に乾いていた。
「でも、どうしてここに来たの?まさか……井戸を蘇らせることができる?」
「とりあえずやってみます。」
エステルは困惑しているジュディに安心させるように微笑みながら、井戸の前の地面に手を置き、目を閉じた。
水の流れを感じ取るために意識を集中させると、地面の奥深くで微かに揺れる気配が感じられた。
「まだ水がある。」
幸いにも、完全に水が枯れたわけではなく、もともと流れていた水路が土砂で塞がれていただけだった。
能力を使えば井戸を復活させることができそうで、エステルは満足げに微笑み、目を開けた。
隣で何かを感じ取ったのか気になっている様子のジュディは、エステルと同じように地面を見つめていた。
「どうだった?」
「できそうです。」
エステルは能力を使う前に、念のため周囲をもう一度慎重に確認した。
誰もいないことを確認し、手のひらから能力を地面の下へと流し込んだ。
最初は何も変化がないように見えたが、しばらくすると何かが爆発するような音と共に、井戸の底が揺れ動く。
「おお!!」
水が湧き出てくる様子を見て、3人は驚きの声を上げて井戸の中を覗き込む。
「お嬢様が聖女候補だったとは知っていましたが……。候補者はみんなこんなにすごいんですか?」
ビクターは呆然とした表情で固まった。
「それは違うんじゃない?ああ、なんで俺にはこんな能力がないんだろう。」
ジュディはまだエステルが聖女だとは知らないビクターに対して、ぶっきらぼうに返事をしながら、水が湧き上がる様子をじっと見守っていた。
しかし、問題が発生する。
枯れ果てていた井戸の隣の木が、湧き出る水の力に耐えきれなかったのか、根が引き抜かれてしまったのだ。
3人がそれに気づいたとき、木はすでに横に倒れ始めており、瞬く間に事態は緊迫した。
「エステル!」
「お嬢様!!」
ジュディとビクターはほぼ同時にエステルを守ろうと身を投げ出した。
「うっ。」
しかし、エステルは頭上に落ちてくる木を目にした瞬間、反射的に身を引いた。
すでに枯れていた木だったため、危険は大きくなかったが、エステルが後ろに下がったおかげで、全員が木を回避することができた。
「……危なかったですね。」
「そうだな。エステルにも運動させたほうがいいかもな。」
エステルを助けようとしてぶつかり合ったビクターとジュディは、気まずそうに肩を叩き合うだけで言葉を交わさなかった。
このとき、エステルは誰かと目が合い、驚きのあまりビクターとジュディに注意を払う余裕がなかった。
彼女を助けようと駆け寄ったのはジュディとビクターだけではなく、もう一人いたのだ。
それは、ここで会うとは全く思いもよらなかった人物だった。
「カリードさん?」
「あ……こんにちは。久しぶりですね。」
助けようと手を差し伸べていたものの、何もする必要がなかったカリードは、気まずそうに差し出した手を引っ込めた。
「誰だ、この人?」
エステルが無事でほっとしながら周囲を確認していたジュディが、目を細めながらカリードをじっと見つめた。
「はい。」
「えっ?あの方は神殿で……。」
神殿に行ったときに出会ったカリードを思い出したビクターは、驚きで固まっていた。
「神殿?」
ひょっとして神殿からエステルを連れてきたのではと心配したジュディは、警戒の眼差しで腰に手を置いた。
「ここで何をしているんですか?」
「休暇を取ったんだ。テレスィアの領内に入った途端、君が見えたから追いかけてきたよ。」
「休暇でテレスィアですか?」
縁もゆかりもないテレスィアに休暇とは。
エステルの目には疑念が浮かんだ。
「聖女様が君がここにいると教えてくれてね。会いに来たんだ。」
カリードは別の目的があることを隠し、建前の理由だけを話した。
「久しぶりに会ったんだ、少しだけ時間を取ってくれないか?」
エステルを見つめるカリードの瞳には、かなりの優しさが宿っていた。
親しい気持ちを隠せず、カリードは嬉しそうに笑った。
しかし、エステルはそれを意に介さず、冷たく拒絶した。
「申し訳ありません。」
「え?どうして?僕と少し話すのも嫌なのか?」
突然の拒絶に驚いたカリードは、動揺して言葉を探した。
ピールを取りに行く任務があるものの、今はそれ以上にエステルと話がしたかったのだ。
久しぶりに会えたことが嬉しくてそうしただけなのに、突き放されると心が激しく乱れた。
「はい。何度来てもお会いするつもりはありませんので、二度と来ないでください。」
困惑したカリードを見つめながらも、エステルの言葉は冷淡だった。
『ラビエンヌの命令を受けたに違いない。』
結局のところ、カリードはラビエンヌの人間だったのだ。
聖女となったラビエンヌの話を聞いてやって来たのだとすれば、決して良い意図ではないことは明白だった。
「私たちのエステル、すごいな。どんな兄弟なんだろうね、本当に感心するよ。そうだろう?」
後ろで腕を組んで状況を観察していたジュディは、にやりと笑いながらそっとビクターにささやいた。
エステルが自ら状況を処理してくれるのを見て、ジュディが介入する必要はまったくなかった。
「話は終わったようだし、もう行こう。デニスが待ってる。」
ジュディは非常に満足した表情でカリードからエステルを引き離した。
そしてカリードがもう見えなくなるよう、エステルを後ろに連れて行った。
『神殿に何か啓示でもあったのだろうか?』
エステルは自分の中に深まる疑念を抱えながら、家に帰り着いたら聖水と接続を確かめる必要があると考えた。
「ジェンの子どもたちは本が嫌いだって何度も聞いたけど、ちゃんと読んであげているんだね。それなら、駆け回る方がましだよ。」
広場に戻ったジュディが、ベンチでゼロムに歴史の本を読んであげているデニスを見て小さく笑った。
デニスは二人が仕事を終えて戻るのを見て、本を閉じた。
「エステル、顔色が悪いね。何かあった?」
「少し前に、エステルが神殿で知り合った人に会ったんだ。」
「誰?」
エステルはカリードについて話すのを避けたいと思い、知らないふりをしてゼロムに視線を向けた。
「歴史の勉強は楽しい?」
「はい。文字も覚えたいです。」
デニスからもらった本を大事に抱えたゼロムが、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「それで、井戸の水はどうなった?」
「修復されたみたいだよ?」
「本当ですか?お姉さんが直したんですよね?」
「違うよ。私が見に行ったら、すでに水が湧いていたんだ。」
エステルが否定しても、ゼロムの目にはすでにエステルに対する信頼が溢れていた。
「何も言いません。でも、お姉さんとお兄さんは一体誰なんですか?」
セトが戻った後、ゼロムの母親が現れた。
今日の食料配布のこともあり、貧民街の人々が非常に興味を持っていると話していた。
エステルはすでにテホンと口裏を合わせていたため、隠さずに言った。
「私たちは大公家から来たの。」
「えっ。じゃあ、大公様が私たちを助けるためにお姉さんとお兄さんを雇ったんですか?」
少し誤解があったが、そのように理解させておく方が良いと思い、特に否定はしなかった。
「うん。みんなが誰だろうってあなたに聞くかもしれないから、そう答えて。そうすれば神殿も警戒心を持つでしょう。」
まずは、テレシア領内の人々だけでも神殿への幻想から脱却させたかった。
「わかりました、お姉さん。」
3人はゼロムを家に送り届け、家に戻るために近くに待たせておいた馬車に乗り込んだ。
「ふぅ。」
家に帰る途中、窓枠に額をつけてエステルは知らず知らずのうちに深いため息をついた。
そのたびに、ジュディとデニスが微妙に動きながら視線を交わした。
『気分が良くないみたいだな。』
『あぁ、完全に元気がなくなってる。』
『あそこに連れて行くか?』
『それがいいね。』
唇の形でこそこそ会話を交わしている二人はエステルの気分を晴らすために、馬車を中心街に止めた。
「エステル、ちょっと降りてみて。」
「ここでですか?」
とりあえず降りてみると、目の前には大きなケーキショップがあった。
エステルは興味津々で、兄たちを誘いながらお店の中に入った。
ドアを開けると、甘い香りが鼻をくすぐり、同時にエステルの目が輝き始めた。
「わぁ。」
エステルは目を輝かせながら、ガラスケースのケーキ陳列棚に両手を広げてかじりついた。
そして、目を丸くしてケース越しにディスプレイされた可愛らしいデザートを見つめていた。
その様子を微笑ましく見ていたジュディは腕を組み、大げさな態度でこう言った。
「食べたいものを全部選んで。このお兄さんが買ってあげるよ。」
「何でもいいんですか?」
「もちろんだとも。」
家にいるときもパーティシェがデザートを作ってくれたが、ここでは種類が圧倒的に多く、初めて見るものもたくさんあった。
興奮したエステルは目を輝かせながら、デザートを選ぶために店内をウキウキと回っていた。
「全部おいしそうに見える。」
心の中では全部食べたいと思っていたが、量が決まっているので慎重に選んでいた。
そうしてやっと選び出したデザートをトレイに一つ一つ並べていった。
「もう選んだ?」
ジュディは楽しそうにエステルを見守りながら、選び終えたトレイを持ってレジに向かった。
そして、クールにお会計を済ませるため財布に手を伸ばした。
「えっ?」
ジュディの表情が急に暗くなった。
財布をひっくり返しても、そこにあるはずのお金が見当たらなかった。
「なんでだ。お金が……ない。」
「えっ?」
デニスが眉間にシワを寄せ、怒りを抑えた顔でジュディを見つめた。
「いや、確かに持ってきたはずなのに、なくなった。どこかで落としたのかも。」
狼狽したジュディの顔は真っ赤になり、急速に色を変えた。
エステルは混乱するジュディの顔を見て笑いそうになったが、気まずい空気にならないように堪えた。
そして、万が一に備えて持ってきたダイヤモンドの中で最も小さいものを思い出した。
「お金に換えておけばよかった。」
重たいお金を持ち歩くよりも、軽くて小さいダイヤモンドの方が便利だと気づき、それを交換する必要があると感じた。
ジュディは、このようなパン屋でダイヤモンドで支払いができるのか心配だった。
不安な表情で支払いを待っているエステルは、店主のおばあさんにそっとダイヤモンドを見せた。
「これで支払いできますか?」
子どもたちの会話を聞いていた店主は、ダイヤモンドを見ると驚いて顔を近づけた。
「これ……本物ですか?」
「うん。オレッドで受け取った証明書もあるよ。このケーキをどうしても買いたいの。」
エステルは大きな瞳を潤ませながら店主のおばあさんをじっと見つめた。
店主はその瞳に心を奪われかけたが、すぐに我に返り困惑した表情を浮かべた。
「どうしようかしら。それはちょっと困った話で……すぐにこのダイヤモンドと同等の金額をお返しすることは難しいわ。」
「手数料は必要ありません。」
エステルが本当に大丈夫だから受け取ってほしいとダイヤを店主の方へ押しやった。
「それでは……んん、いえいえ。いくらなんでも金額の差があまりにも大きすぎます……これは難しいと思います。」
ダイヤに一瞬心が動かされた店主だったが、結局正直に断った。
正しい商売をしなければならないという信念から、ダイヤを売ったり現金で受け取ることはできなかった。
エステルは一生懸命選んだデザートを一つも持ち帰れないと言われ、急にしょんぼりしてしまった。
綺麗なマカロンが目に留まったが、ジュディが申し訳なさそうに笑いかけているのを見て、エステルは諦めるしかなかった。
「私たち、もう行きましょう。」
「エステル、本当にごめん。代わりに明日必ず買ってあげる。あるいは家に戻ったら家の者をここに送って買ってもらおう、いい?」
ジュディはエステルの気分が傷ついたのではないかと心配し、選ばれたデザートを一生懸命覚えようとした。
「それは要らない。」
一人で考え込んでいたデニスが、ジュディの後頭部を軽く叩き、レジに向かった。
「手数料はもういいから、代わりに今後、私たちの家に定期的にデザートを届けてもらうのはどうかな? 定期契約という形で。」
「……!」
その方法があるのかと思い、エステルの瞳はそれまで以上にキラキラと輝き始めた。
財布にしまおうとしていたダイヤを再び取り出し、レジ台に置いた。
「それでも大丈夫?」
「そ、それは、私たちのお店を信頼して任せてくださるなら光栄なことですが、本当にそんなことが……?」
「テレスィア大公だよ。」
子どもたちの正体を考えもしなかった店主は、驚きのあまり顔を真っ赤にした。
本当にそうなのかと急いで外を確認すると、乗ってきた馬車に大公家の紋章があった。
「……事前にお話もなく、大公家が私たちの店に寄っていただけるなんて光栄です。何でもお望みの通りにいたします。」
大公家と取引ができるというのは店主にとっても大変な名誉であり、先払いもたっぷり受け取れるということで心が躍った。
「では、これを置いていくので、週に一度デザートを届けてほしい。」
エステルの顔がぱっと明るくなり、彼女がダイヤを店主に手渡してニッコリ笑いながら戻ってきた。
そして、良い方法を思いついてくれたデニスに軽く寄り添った。
以前なら想像もつかなかった行動だが、双子がよく甘えてくるのに慣れた今では普通のことになっていた。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
「まあ……これくらいで十分だろう。」
デニスの目が揺らいだ。
エステルが先に抱きしめるなんて滅多にないことで、デニスは恥ずかしさのあまり顔が赤くなった。
「はあ、俺が買ってやろうと思ってたのに。」
ジュディは運が良かったと思いつつも、エステルがデニスだけを抱きしめたのが悔しくて、こっそりとすねていた。
その間に、エステルが選んだデザートは一つずつ丁寧に包装され、大きなバスケットに整然と収められていた。
気分がすっかり良くなったエステルは、にっこり笑いながらバスケットを大切に抱きかかえ、馬車に乗り込んだ。
馬車は三人を乗せて再び大公邸へと向かい始めた。
バスケットの中を覗き込んでいたエステルは、我慢できずにバニラマカロンを一つ取り出して食べた。
その味があまりにも美味しく、思わず足をばたつかせて喜んだ。
向かいの席に座ってその様子をじっと見ていたジュディは、舌打ちをして口を閉じると、ゆっくりと手を伸ばした。
「俺も一つ……」
「お金もないのにエステルが買った物を勝手に取ろうとするつもり?」
しかし、デニスがすばやくその手を掴み、ジュディを睨みつけた。
「助けてくれ!どうすればいいんだ!」
その後、バスケットの中に手を突っ込もうとしたが、エステルが驚いて箱を横にひっくり返した。
「だめ!だめだよ!」
「えっ。エステルが今俺にダメって言ったのか?俺の聞き間違いじゃないよな?」
「うん、間違いない。」
デニスは片方の口角を上げてにやりと笑いながら、ジュディをからかった。
「ひどいな。俺が代わりに払わなかったからって、そういうことか?」
エステルに拒絶されたジュディは、本気で傷ついた表情を浮かべながら唇を噛みしめた。
「そうじゃなくて、これはお父様のために……。」
ジュディが手に取ろうとしたデザートは、父親にあげたいと思って選んだもので、躊躇いながらも目を輝かせていた。
「じゃあこれ?それともこっちも美味しそうだよ?」
「いや、俺は食べない。」
申し訳なく思ったエステルはバスケットの中を見せて選ばせようとしたが、すでに拗ねてしまったジュディは絶対に食べないと唇をきつく閉じた。





