こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

118話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 手に入れた日常
エスターは窓辺に肘をつき、ぼんやりと外を眺めていた。
1時間以上も同じ姿勢だった。
「お嬢様?」
パルフェを持って部屋に入ってきたドロシーが、そっとエスターを呼んだ。
しかしエスターは思考に深く沈んでおり、ドロシーがすぐ隣まで来るまで気づかなかった。
「お嬢様!」
少し大きな声で呼ぶと、ようやくエスターは驚いて首を巡らせた。
「……え? 私を呼んだ?」
「何をそんなに考えていらっしゃるんです?これ、召し上がってください。お好きでしょう?」
ドロシーはにこやかな表情で笑いながらエスターにイチゴが乗ったパルフェと銀のスプーンを差し出した。
「ありがとう。」
味は特に感じなかったが、持ってきてくれた気持ちを思ってひと口食べた。
しかし口に入れた瞬間、イチゴがプチっと弾け、甘みが広がる味に目がくらんだ。
一瞬我を忘れ、再び我に返ったときには、もう次のスプーンをすくって口に運んでいた。
「いかがですか? お嬢様が最近元気がないように見えると言って、ハンスが直接作ったんですよ。」
「そうだったの。」
気づかれないと思っていたが、そんなに分かりやすく見えていたのかと思い、エステルは口元をわずかに引き締めた。
実のところ、ここ数日、母やラビエンヌに関する問題で、一人思いに沈む時間が多かったのだ。
それでも、とても甘いものを食べたせいか、ぼんやりしていた頭が少しすっきりした気分だった。
エスターはスプーンをせっせと動かし、器の底が見えるほどすくって食べた。
「まあ、もう少しお持ちしましょうか?」
「いいわ。十分よ。ハンスに、とても美味しくいただいたって伝えて。」
「わかりました。」
ドロシーはとても満足そうに、空になった器を持って部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送っていたエスターも、やがて真剣な表情に戻った。
「何をすべきか、わかったわ。」
考えがある程度まとまったようで、エスターは3階の端にあるアイリーンの部屋へと向かった。
入る前にドアノブを握り、しばし躊躇したが、意を決してドアを開けた。
明るく新しく整えられたアイリーンの部屋に、まだ額縁はいっぱいに満ちていた。
ためらっていたエステルは、それを探しに来たことを自覚し、唾をぐっと飲み込んだ。
母の絵が収められた額縁だ。
飾り棚の上に置かれた額縁へと、ゆっくり歩み寄った。
エステルの顔より少し大きなサイズだった。
エステルは震えないよう慎重に額縁を持ち上げた。
瞳には緊張の色が浮かんでいた。
「この前見たわね。」
自分とはまったく関係のなさそうに見える、とても美しい人。
だが、髪と瞳の色はまったく同じだった。
額縁を見つめているだけで、視界が熱く滲み、胸が熱くなった。
なぜか涙がこぼれそうだった。
「……」
ただ見つめていただけなのに、ついに額縁の上にぽとりと涙が一粒落ちた。
エスターは額縁が傷つくのを恐れて、紅潮した顔をそっと背け、鼻をすんと大きくすすった。
「泣いてなんかないわ。」
誰もいないのに、わざとぶっきらぼうにそう言い、額縁を大事そうに胸に抱いて自分の部屋へ戻った。
キャサリンの絵を部屋に持っていくことを提案したのは、その夜、ジェアンよりもドフィンの方が先だった。
エスターは額縁を窓辺に置き、両手を膝の上に置いたまま、じっと見つめた。
「私にもいたのね。」
自分を愛してくれた母がいたという事実は、今でも信じられなかった。
これまで絶対に忘れられないと思っていた神殿でのつらい記憶は、不意にもあっさりと薄れていた。
いや、もっと正確に言えば、忘れたのではなく、苦しい記憶を丸ごと封じ込めてしまったと言うべきだろう。
そうして忘れて過ごしていたが、再び封じ込めたはずの記憶が一つ浮かび上がり、エステルを苦しめた。
「……どうすれば普通に育つことができたのだろう。」
エステルが小さくつぶやいた。
その声はあまりに小さく、窓から入ってきた風にかき消されてしまった。
誰よりも普通でありたかったエステルの過去の暮らしは、一瞬たりとも思い出したくないほど苦しいものだった。
けれど、もし他の子どもたちのように母がそばにいたなら、その苦しかった時間も少しは違っていただろうかと、つい意味のない考えがよぎった。
「いや、そうだったら今の父さんや兄さんたちにも会えなかったはずだ。」
エステルは自分の考えを振り返りながら、大きく首を振った。
過去をもう一度経験したいと思う気持ちは一切なかったが、そのすべての出来事の果てに出会った新しい家族の命はあまりにも大切だった。
「シッ、シッ! シューッ!」
いつの間にか壁を伝って窓辺に上ってきたシューが、こちらを見ながら鳴いた。目はくりくりと丸く、澄んでいた。
「ありがとう、シュー。」
エスターは、自分を慰めようとしてくれているシューの気持ちを感じ、思わず微笑んだ。
「本当に苦労して手に入れた日常だものね。」
シューのつややかな毛並みを撫でながら、エスターは悲しげに目を細めた。
やっとの思いで手に入れた穏やかな日常を失いたくなかった。
守りたかった。
けれど、ラビエンヌが再びその生活を根こそぎ揺るがそうとしていた。
「今度はやられないわ。」
決意を固めたエスターの瞳が黄金色に変わった。
同時に手の甲に刻印も浮かび上がった。
「一人で立ち向かうつもりはないわ。」
以前なら誰にも話そうとも思わず、一人でじっと耐えていたエステルだったが、今は違った。
もう一人ではない。
信じて頼れる人たちが周りにいるからだ。
ラビエンヌが自分を聖女だと知っても、それほど怖くはなかった。
今のエステルが恐れているのは、やっと手に入れた平凡で大切な日常が壊れることだけだった。
「まずは全部打ち明けよう。」
エステルは、カリードが訪ねてきた件を家族に話すことを決心した。
家族を巻き込みたくなくて迷っていたが、「何事も一人で抱え込むな」と言ってくれたドフィンの言葉を信じることにした。
決意を固め、部屋を出て階段を降りた。
一階下にはデニス専用の図書室があった。
デニスは毎日この時間になると図書室にいた。
今日もそうだろうと思っていたが、やはりホウィが外に出ていた。
「お兄さま、中にいらっしゃいますか?」
「はい。昼食後からずっと中にいらっしゃいます。」
図書館に入ると、古い本の長く染みついた匂いが鼻をついた。
そして、山のように積まれた本の間から、夢中でページをめくっているデニスの顔が見えた。
「デニスお兄さま。」
誰かが入ってくる音に耳を傾けていたデニスは、驚いて立ち上がった。
「エスター?どうしたんだい?」
エスターが座れるように、デニスは隣の椅子の上に積まれていた本を脇に寄せ、後ろへ退けた。
エスターはその椅子に腰を下ろし、デニスをまっすぐ見つめて言った。
「相談したいことがあるんです。」
ラビエンヌが自分を探しているという話をするつもりだった。
誰に先に話そうか迷ったが、ジュディよりも、いつも本を手放さないデニスの方が打ち明けやすかった。
「気軽に話してみな。」
「実は……数日前に神殿から人が来たんです。」
「なぜ?」
「神殿」という言葉に、デニスはわずかに身じろぎし、眼鏡を外した。
伏せたまぶたの奥に、冷ややかな光が走った。
「聖女が私を探しているそうです。」
エステルは、カリードから聞いた話を正直にすべて打ち明けた。
「なんて馬鹿げた……血を持ってこいと言ったって?吸血鬼でもいいのか?」
デニスは呆れたように言いながら、積み上げられていた本をかき分け、厚みのある小説本を一冊取り出して見せた。
挿絵には、人々に襲いかかり血を奪う吸血鬼が描かれていた。
血を吸って生きる吸血鬼が描かれた小説だ。
「よくもお前の血を奪えると思ったものだ。我が家門をどれほど侮辱したことか。」
デニスは、エスターが予想していたよりもはるかに眉間に皺を寄せていた。
こんなに怒った表情は初めて見た。
「だからといって、血をあげたわけじゃないでしょう?」
「まさか。カリード様とはもともと知り合いだから……別の血を持っていくと言っていました。」
「それは良かった。」
デニスは褒めるのを忘れずにエスターの髪を撫でた。
「カリード様は帰したが、別の方法で人を送ってくるかもしれない。私を連れて行こうとするかも……。」
エスターは、ラビエンヌの執拗な性格を誰よりもよく知っていた。
心配になって口が重くなった。
それに気づいたデニスは、エステルの不安を和らげるため、静かに目を合わせた。
「心配するな。誰も俺たちからお前を連れ去ることはできない。」
そう言って、まるで宥めるような優しい声で力強く続けた。
「俺が守る。いや、公爵家のみんながお前を守る。」
安心させようとするデニスの言葉に、深刻だったエステルの口元にもわずかに笑みが戻った。
だが、エステルに格好よく言ったその裏で、デニスの胸中は煮え立っていた。
『今回の聖女はブラオンズ家の令嬢だったな?このまま放ってはおけない。』
エステルに手を出したというだけでも、見過ごすわけにはいかなかった。
「父上のところへ行こう。これは俺たちだけで解決できる規模じゃない。」
行動力のあるデニスのおかげで、エスターもすぐにドフィンに会いに行こうと図書館を出た。
二人は、ドフィンが普段最も長く滞在している執務室へ向かった。
幸い、執務室には秘書のベンがドアの外に立っていた。
「閣下にお会いにいらしたのですか?」
「ああ、中にいらっしゃるよね?」
「はい、いらっしゃいますが、お客様と一緒ですので、少しお待ちいただくことになりそうです。」
「構わない。でも、そのお客様って誰?」
公爵家には多くの客が訪れるため、デニスは特に気にも留めず軽く尋ねた。
「ノア皇太子殿下でございます。」
その答えに驚いたのはエスターだった。
『ノア?』
宮廷に行っていたノアがいつ帰ってきたのか、そしてなぜ突然父に会っているのか、不思議でならなかった。
次々と考えが頭を巡った。
「どうしようか?座って待とうか?」
もともと待つつもりではあったが、ノアも中にいると聞いて、エステルは仕方なくバスケットを抱え直した。
そのとき、執務室の扉が開き、侍女たちが果物でいっぱいの籠をいくつも抱えて出てきた。
「うわ、果物がこんなに?」
「そうなんですよ。」
エステルはデニスと一緒に籠を運びながら、果物を軽く揺らした。





