夫の言うとおりに愛人を作った【９２話】ネタバレ

トントン。

「エドワード様。」

トントントン。

「エドワード様。」

ガタンッ。

ピタッ。

内側から聞こえた音に、マクシオンの手が戸惑いで一瞬止まったが、再びドアを叩いた。

トントントンッ……

ガチャッ。

開いた扉の前には、足を組んで壁に寄りかかり、何気ないふりをして自分の髪をかき上げるエドワードが立っていた。

「なぜそんな不自然な姿勢で立っているのですか？」

「いや、別に。何もない。」

「返答が妙ですね。まるで何かを隠しているかのような……。」

マクシオンは言葉を濁しながら扉を押し開けようとした。

その瞬間、エドワードの手が素早く動き、ドアノブを押さえた。

扉を開けようとするマクシオンと、それを阻止しようとするエドワードの力比べが始まる。

「ここは私的な空間だ。」

「昨夜は普通に入ってきたはずですが。」

「あれはあの時、今は今だ。」

「何か隠しているのですか？まさか、夜中に暗殺者でも入り込んだのでは？」

「……君もそうだし、ヘンドリックもそうだし、騎士団に長くいる者たちは妙に勘が鋭いな。」

「それなら、遺体は私が処理します。」

「あはは。それならもう俺がすべて片付けたから大丈夫だ。それより、何の用で来たんだ？」

「ああ、朝食の時間です。」

「そうか。すぐに降りるよ。アイが騒いでるんだろう？」

「……わかりました。」

マクシオンは扉を押し開けようとした力を抜いた。

エドワードは扉を閉め、大きく息をついた。

彼が振り返り、寝室の窓から飛び降りようと準備していたとき、ルイーゼが彼の視線に入った。

「危ないので飛び降りないでください。瞬間移動で隣の部屋にお送りできます。」

「あ、ありがとう。」

ルイーゼの言葉が終わると同時に、不意にまた部屋の扉が開いた。

バタン。

「そういえば、報告し忘れたことがありました。今朝の訓練にルイーゼが出てこなかったので、部屋をノックしても何の気配も感じなかったのですが……。」

「……。」

「……。」

三人の視線が虚空で交錯した。

エドワードが口を開いた。

「マクシオン、ちょっと……」

タク。

マクシオンは無意味な報告をやめ、扉を閉じた。

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ぎこちない雰囲気の朝食が終わった後、特にやるべき仕事がなく、任務を割り当てられなかったルイーゼは、久しぶりに武器商店に行くことにした。

「人の話、ちゃんと聞いてよ。」

ルイーゼが深く息をついた。

マクシオンは最後まで、前夜に何があったのか聞こうとしなかった。

「ねえ、マクシオン。」

「そうだな、もう他人の私生活に干渉する年齢ではない。俺もそうだから、他に言うことはない。」

「そうじゃなくて……マクシオン、だからこれはそんな話じゃないんだ。」

「大丈夫だよ、ルイーゼ。聞きたくもないし、正直、今は気が散る。」

そう言うマクシオンの顔は、いつになく疲れていた。

「全然大丈夫に見えないけど……。」

「俺はこれで失礼するよ。エドワード様の指示で村の調査に行ってくる。」

「……ああ、エリオットから話を聞いたの？」

ピタッ。

「……記憶を失ってから、前よりも親しくなったようだな。こうして愛称を使うのを見ても。」

「あ、それには別の理由があるんだ。それがね……。」

「ルイーゼ。」

マクシオンは沈んだ表情で言葉を続けた。

「今は、一人で考える時間が必要なんだ。」

「そう？」

「ああ。」

そう言って彼は宿を出て行き、残されたルイーゼは悩みながら武器店へ向かうことにした。

みんな忙しそうなのに、彼女だけが一人手持ち無沙汰だった。

「どう考えても誤解されるようなことをした気がする。」

いや、誤解とは言い切れないかもしれない。

ルイーゼは考え込んだ。

昨夜、眠気に負けてエドワードの提案を受け入れ、彼の部屋で寝てしまった。

正直、古びたマットレスの上で気づけば彼のベッドにまで乗り上げていた気もするが、なぜか危険だとは感じず、そのまま眠ってしまった。

その後、マクシオンが朝に彼の部屋のドアを叩くまで、本当に穏やかな眠りを貪っていた。

眠れずに外へ出たのは些細なことだったはずなのに、結局朝の訓練まで休んでしまい、ぐっすりと眠ることになった。

いや、目を覚ましたらエドワードの腕の中だったことを考えると、「ぐっすり」という表現は適切ではないかもしれない。

エドワード自身も驚いたのか、ドアを叩く音で目を覚ましたルイーゼが毛布を掴んで彼を見つめた瞬間、顔が真っ赤になり、反射的に後ろへ下がった。

そのままベッドから転げ落ちた彼女は、ちょうどやってきたマクシオンとぶつかってしまった。

「はぁ……。患者を置いて、いったい何をしているんですか。」

相手は何しろ、7年分の記憶を失い、精神的な年齢が二十歳程度に戻ってしまったエドワードだ。

ルイーゼは、今や大人になった彼を相手に、何か不適切なことをしてしまったのではないかと、罪悪感で身をすくめた。

問題は、彼女自身もそれが嫌ではなかったことだった。

「そういえば、昨日エリオットから強いバラの香りがしたけど……。」

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カラン。

武器店に到着したルイーゼは、険しい表情のまま店内へと足を踏み入れた。

彼女の気配に気づいたのは、商人のねっとりとした声だった。

「いらっしゃいませ！よそ者ですかな？ お嬢さんが武器店に何のご用でしょう。苦しそうな顔をしているのは、夫のせいで武器でも買いに来たのですかな？ そんな武器ならあちらにたくさんございます。」

武器商人は、店の一角に陳列された武器を指し示した。

そこには紹介文が貼られていた。

「夫のせいで傷ついたあなたへ。死にはしないが、死ぬほど痛い致命傷を与えられる武器コレクション！ （※販売者が直接検証済み。痛み保証付き）」

ルイーゼは複雑な表情で説明文を読み、そっと札を裏返した。

「……あの、それは違います。そんなお客さんが多いんですか？」

「昔は多かったな。今はみんな頭の中がお花畑で、そんなこともなくなったがな。皆、月の祝福を受けた後は争わなくなったせいで、町は平和になりすぎて活気を失い、今じゃ店じまい寸前だよ。何をしても妻も反応せず、ただ笑うばかりで気味が悪い。まるで魂を抜かれたようだよ。」

「……大変ですね。」

次々とこぼれ出る話に、ルイーゼは戸惑いながら答えた。

商人は、これまで溜まっていた不満をぶつけるように、彼女に話を続けた。

「武器を売る身としては、そんな魔法の類はどうにも気味が悪くてな。俺はまだ祝福を受けていないんだが、ちょっとくらい受けてみようかと思うこともある。さて、どうしたものかね。やつらみたいに少なくても、心が穏やかになるなら悪くないかもしれんな。何をしても穏やかで、口論すらしないんだから。いっそ、妻の小言を聞いたり、命の危険を感じたりするほうがマシだったかもしれん。退屈すぎて耐えられんよ。」

「もともとは優しい方ではなかったのですか？」

「そりゃあな。妻は傭兵団にいた頃から、相当やんちゃな性格だった。毎日のように小言を言ってたのに、ある日突然それがなくなった。最初は、もし静かになったら結婚生活も味気なくなるだろうと思っていたんだが……実際にそうなってみると、本当に退屈でな。」

「そうだったんですね。」

ルイーゼはそう答えながら、陳列棚を見回した。

この小さな町の武器屋にしては、なかなか品揃えが良い。

鋭い刃を持つ長剣や、様々な形状の手斧、素材の違う武具、鉄製のものから槍や短剣まで、種類ごとにきちんと整理されていた。

「この短刀、なかなか良さそうですね。」

ルイーゼが短刀を一本手に取り、それを見つめると、武器商人が誇らしげな口調で説明を始めた。

「お目が高い！それは非常に優れた品です。『ベンバ』という特殊な金属で作られていて、魔法が一切効きません。」

「……短刀に魔法をかけることってありますか？その分、良いバフもかからないということですが。」

「良いものは良いってことですよ、はは。」

「それにしても軽くて丈夫ですね。」

「頑丈さも保証付きです。その辺の金属とは比べ物になりません。しっかりとした衝撃さえ耐えられれば、普通の鉄よりはるかに優れていますよ。」

短刀を試しに振っていたルイーゼがふと尋ねた。

「刻印を入れることは可能ですか？」

「できますが、一週間ほどかかりますね。」

前日、エドワードが言っていた、一週間後の夜に開かれる月の祝福の儀式に参加することになった。

この村で起こる出来事に関する解決策は、現在の村長が語る儀式だけだった。

したがって、新たな解決策を見つけるには、その儀式に参加するしかなかった。

その日のうちに問題が解決しても、一晩のうちにすぐ移動することはできない。

少なくとも一週間はこの場所に滞在することになりそうだ。

「ではお願いします。贈りたい相手がいるんです。」

「わかった。何を刻むか、ここに書いてくれ。」

ルイーゼは商人が差し出した紙に、迷うことなく相手の名前を書き記した。

・

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暁の狼傭兵団は忙しかった。

時代が混乱すればするほど、傭兵団の仕事は増えていった。

最近、フェリルスを中心に疫病のような奇妙な事件が頻発していた。

光竜ルンが死んだ後、沈静化していた疑念が最近になって急激に広がったのもそのせいだろう。

「誰かが意図的に広めているようね？」

肩まである青い髪を束ね、眼鏡をかけた女性が鋭くつぶやいた。

彼女の名前はビビアン。

暁の狼傭兵団の参謀であり、団長でもあった。

誰が何の目的でこのようなことをしているのかは分からないが、そのおかげで最近は首都やその近郊に集まる傭兵団がかつてないほどの繁忙を極めていた。

中でも、迅速な依頼処理で有名だった。

暁の狼傭兵団は特に忙しかった。

「リリ……どうしてお前が俺にこんなことを……」

ダークサークルが頬の端まで広がった赤髪の男が呆然と立ち尽くしていた。

彼は以前、剣術大会に出場し、予選敗退しただけでなく、最近では恋人と別れたことを理由に仕事を休んでいた問題児――カーロだった。

「カーロ、いい加減にして仕事しなさい。」

ビビアンは冷たく突き放すように言った。

「姉貴。俺は今、別れの悲しみに沈んでいて、正気じゃないんだ。ちょっと冷たくないか？」

「お前の失恋なんて私の知ったことじゃない。さっさと報告書を書きなさい。」

「姉貴は恋を知ってるのか？！」

「知らないし、考えたこともない。」

彼女は書類をめくりながら、そっけなく答えた。

「俺は今回、本当に心から愛したんだ。こんなに胸が痛いのは初めてだ……こんなに苦しいのに、どうして俺たちは別れなきゃならないんだ？これは運命じゃないのか？」

カーロは焦点の定まらない目で呆然としていた。

「くだらない。」

無表情で間を詰めたビビアンが、カーロに向かって書類を投げつけた。

カーロはそれを当たり前のようにキャッチした。

「確認しろ。」

「ベイリー村？ここから遠いじゃないか。」

「お前が恋人と別れて、首都の近くにもいないからだよ。」

「ここにいるのが嫌で、地方へ行きたいって？ もう部屋に引きこもるのをやめて、酒もほどほどにして、ちゃんと仕事をしたらどうだ？ 簡単なことだろ？」

「でもさ、それにしたってペリルスのすぐ隣だろ？遠すぎるよ。」

カーロはむすっとした顔でぶつぶつと文句を言った。

最近、彼は剣術大会の頃から付き合っていた恋人に「興味がなくなった。カーロって噂ほど面白くない人だったのね。」と言われ、振られたばかりだった。

すぐに新しい相手を見つけられると思っていたのに、一人の女性にしか出会えないままでいたせいか、なぜか失恋の後遺症がますます強くなっていた。

「ぐだぐだ言うならやめとけ。依頼に成功すれば50ゴールド、失敗しても帰ってくるだけで20ゴールドは手に入るんだ。めちゃくちゃ美味しい話だろ？ だから、俺が代わりに行こうか？」

「姉さん、ありがとう。これは俺がやらなきゃいけない仕事みたいだな、はは。」

「気分転換がてら行ってきな。依頼人が夜明けまでに到着すれば、成功するかどうかに関係なく、追加で20ゴールドくれるってさ。もともと30ゴールド払ってくれる大口の客なんだけど、10ゴールドは旅費として別にくれたよ。」

「夜明け？ そんなこと可能なのか？」

「最低限の休息と、最高級の薬と最強のバフを受けた馬がいれば可能だよ。それに、傭兵団の中でもお前ほど体力がある奴はいないだろ？ 全力で走って、一晩休めばすぐ回復するさ。」

「俺まで呼ばれたってことは、よほど大事な客なんだな。」

「そうみたいね。ああ、これを持って行きな。」

女性はカーロに黒く染まった魔法石を投げ渡した。

彼は疑わしげな表情で魔法石を確認した。

「これ、黒魔法に染まってるんじゃないか？」

「だから依頼料が高いのよ。」

「俺たち、こんな仕事もするのか？」

「傭兵って、いつも殺しの仕事ばかりじゃないでしょ？ 黒魔法だからって全部が悪いわけじゃないわ。 それを持っていれば、一週間以内に到着したか確認できるから、追加報酬が欲しいなら必ず持って行けって言われたわ。それに、依頼の品を探すのにも必要なんだって。」

「……分かった。」

カーロは渋い表情で鞄を閉じた。

「高価なものだから、ちゃんと準備して行きなさいよ。無駄にはできないわよ。」

「口うるさく言わなくても、姉さんがちゃんと読めるように仕上げてくれるだろ。じゃあ、行ってくるよ。」

「むやみに誰にでも絡むのはやめなさいよ。」

「もうしないよ。俺はさっき、世紀の恋に終止符を打った大人なんだから。」

カーロは涙を拭い、依頼書を掴んだ。

ビビアンの眉間には深い皺が刻まれた。

「はいはい、わかったから、さっさと仕事に行け。聞いてるだけで頭が痛いわ。」

「うん。」

彼は足早に外へ出ていった。