こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

98話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- お出かけ③
ジュディはやりきれない思いで「近くで食べ物を買ってくる!」と言い残し、急いでその場を後にした。
その姿に驚いた少年は、エスターに目を向けた。
エスターは穏やかに微笑みながら尋ねた。
「坊や、名前は何て言うの?」
「ゼロムです。」
「そう、ゼロム。ちょっと両手を出してくれる?」
ゼロムはエスターの表情を伺いながら、恐る恐る両手を差し出した。
細い腕に力なく突き出された手は、痩せ細り骨が浮き出たようだった。
エスターの目に悲しみが宿った。
その小さな手に、自分の幼い頃を重ねずにはいられなかった。
『私も誰かに助けを求めたくてたまらなかった。でも、諦めてしまったんだ。』
かつて、自分が絶望の淵に立たされたときに差し伸べられた助けの手、それがあったからこそ今の自分がいる。
それをゼロムに伝えたくて、エスターはそっと手を握りしめた。
今、この少年に自分の手を差し伸べることができたのは、本当に幸運なことだった。
エスターはポケットから磨き上げられたダイヤを1つ取り出した。
「これ、何か分かる?」
「宝石ですか?」
少年はキラキラと輝くダイヤの光に目を奪われたようだった。
「そう。これはダイヤよ。このダイヤを売れば、お母さんと一緒にここを離れて新しい生活を始められる。」
「ほ……本当ですか……?」
ゼロムの口が大きく開いたまま、信じられないような表情を浮かべた。
「でも、直接これを渡すわけにはいかないわ。ここでは危険すぎるから。」
エスターは柔らかな笑みを浮かべながら続けた。
「街の中心部にある『オレドゥラ』という宝石商を訪ねて。私の名前、エスターと言えば、ダイヤの代金を渡してくれるわ。」
驚いて戸惑っていたジェロムが突然、ためらいがちに尋ねた。
「……でも、お姉さんはお金持ちなんですか?」
「どうして?」
「お姉さんも大変な思いをして集めたダイヤなら、もらうわけにはいかないですよ。」
予想外のジェロムの言葉に驚いたエスターは、目を丸くして息をのんだ。
こんな状況下でも、無条件に助けを受けるのではなく、他人を思いやれる姿に感心した。
「本当に優しい子ね。」
いつも父や兄たちが褒めるときに頭をなでてもらっていたため、エスターは自然とジェロムの頭に手を置いた。
「そうよ、私はお金持ち。だから気にせず受け取りなさい。」
涙をためたままのジェロムは、それでもどうしていいかわからず、その場でそわそわしながら立ち尽くしていた。
その様子をぼんやりと見つめていると、ジュディがパンを抱えて家の中に戻ってきた。
「近くに食料品店がないから、とりあえずパンだけ買ってきた。」
「ここにはパン屋さんなんてないのに。一番近いパン屋さんはずっと向こうだけど、どこで買ってきたんですか?」
パンを見て再び食欲を失ったジェロムが、不思議そうに笑いながら尋ねた。
「向こうの店で買ってきたよ。」
「え?こんなに早く行って帰ってこれる距離じゃないのに……。」
日々鍛えているおかげで、周辺を無意識に走り回っているジュディだからこそできることだ。
「この体を見てみろよ。これなら十分できるだろ。」
デニスはジュディの足の筋肉をぽんと叩きながらジェロムの疑問に答えた後、パンを彼の手に渡した。
「とりあえず食べなさい。またお腹がぐうぐう鳴るだろ。」
しかし、ジェロムはパンを見つめたまま、唾を飲み込むのをためらっていた。
すぐに食べることができず、母親のことを気にかけて振り返った。
「……お母さんの分もありますか?」
「うん。この中に入っているのは全部パンだよ。」
ジュディが抱えていた箱を見せると、中にはすべてパンが詰まっていた。
それを見たジェロムの表情が変わった。
「いただきます!」
どれだけお腹が空いていたのか、ジェロムは一心不乱にパンを頬張り、かなり大きなパン一つをあっという間に食べ終えた。
それを見て、ジュディはまだあるからと言いながら、別のパンを見せると、ジェロムは再び唾を飲み込んだ。
「もう一つ食べてもいいですか?」
「全部食べて。君に食べさせるために買ってきたんだから。」
ジュディの許可を得たジェロムは、両手にパンを抱え、一つずつ交互にかじりながら食べ続けた。その顔には、まるで世界を手に入れたかのような幸福が溢れていた。
「僕、これまで神様なんていないと思ってたんです。」
頬がパンで膨らんだままのジェロムは、涙ぐみながらそう呟いた。
「でも、今日お姉ちゃんとお兄ちゃんたちに会えたから、神様っているのかもしれないね。お母さんもすっかり良くなったし。」
純粋なジェロムの言葉を聞いて、エステルの目には悲しみが浮かんだ。
「違うよ。神様なんていない。」
大人びたエステルが、神はいないとはっきり言うと、ジュディとデニスの目が驚きで大きく開いた。
「人がいるだけだよ。奇跡なんてものは人によってしか起きないんだから。」
神様は一度もエステルの祈りに答えてくれたことがなかった。
エステルを絶望の淵から救い出してくれたのは、神ではなくドフィンだった。
「だから、無駄に神様なんて信じちゃダメだよ。君自身とお母さんを信じるんだ。」
「じゃあ、僕はお姉ちゃんも信じる!」
パンのかけらを口に含んだままのジェロムが、キラキラと目を輝かせながらエステルを見上げた。
あまりに純粋な瞳で見つめるジェロムに対し、エステルはどう答えるべきか分からず、息を飲む思いだった。
自分が使った能力もまた、神の与えたものかもしれない。
自分を信じると言って、どう説明すれば良いのか判断がつかなかった。
エステルの顔が陰ったことに気づいたデニスは、時計を確認するふりをしながら、悲しそうにジェロムに言った。
「もう帰らないと。」
どうせこの場所でこれ以上してあげられることはないと思い、未練を残さずに立ち去ることにした。
エステルはジェロムを一度抱きしめると、兄たちと共にドアを開け、外へ出た。
「また会える?」
だが、外まで追いかけてきたジェロムが不安そうにエステルの服を掴み、離れようとしなかった。
再会を約束しようか迷いながらも、無責任に希望を与えることを恐れていると、隣でジュディがこう言った――
「……ふぅ、分かったよ。それなら僕は本でも持っていくとするか。」
こう言いながらも、どちらかと言えば照れ隠しで、内心は優しさに満ちているのがデニスもジュディも共通しているようだった。
「でも今日、かなりツンケンしてない?」
「君、何かしたっていうの?」
「僕、パンを買ってあげたじゃん!」
いつものように軽口を叩き合う2人の様子に、エステルは微笑みを浮かべながら、兄たちのこういうところが本当に好きだと改めて思った。
だが、家の近くまで来たところで、「ちょっと待って!」
窓の外をふと横切った人の顔が見覚えのあるもので、エステルは思わず車を止めた。
「何かあったの?」
「誰かいるの?」
双子はエステルの視線を追って窓の外を見た。
そして誰かを見つけたジュディが最初に反応した。
「おや?第七皇子じゃない?」
「そんな感じですね。」
エステルは少し困った様子で兄たちの目をうかがった。
昼食時に話していたことが原因だ。
『どうしよう……』
この道は大公邸に向かう道であり、ノアが自分に会いに来ているのは間違いなかった。
ノアに正直に説明しなければならないと考えたエステルが、ちょうど馬車から降りようとしたその時、
「私が会ってくるよ。」
ジュディがうまくいくよと言いながら馬車から降りようとした。
以前、こっそりついて行った時に見た光景からノアに借りが残っていると感じていたジュディだった。
「いや、私が行きます!」
戸惑ったエステルは、ジュディの腕を掴み止めようとした。
「何だよ、俺だって言いたいことがあるのに。」
ジュディが再び扉を開けようとしたが、デニスが「ほっとけ」と制したため、諦めて腕を組むしかなかった。
馬車を見つめていたノアはエステルが降りてくるのを見て、嬉しそうに笑顔を浮かべながら駆け寄った。
「どこへ行ってきたの?」
「うん、兄たちと一緒に。」
エステルは後ろを振り返り、様子を窺った。
窓に顔を押し付け、じっとこちらを見ている双子の姿を見たノアの表情が微妙に変わった。
「挨拶しに行こうか?」
「兄たちに挨拶? いや! そんなことしなくていい!」
後ろで兄たちとノアが会うことを考えただけで、エステルの腕には力が入る。
幼いノアが、兄たちとの威圧的な雰囲気の中で傷つけられることを恐れて、つい怯んだ。
「でも、会ったのに知らないふりするのも変だし……。」
「いいのよ。本当に大丈夫。それより……。」
馬車へと向かおうとするノアの行く手をエステルがふさぎ、申し訳なさそうな表情で慎重に話し始めた。
「しばらくの間、君とは別々に会わなければならないと思う。」
「え?どうして?」
エステルに会えたことで満面の笑みを浮かべていたノアの顔が、瞬時に曇り、衝撃を受けたように心臓が深く沈み込むような気持ちになった。
「お父様がそうしろっておっしゃったの。あなたは接近禁止の対象だって。体の状態もあまり良くないから、色々と気をつけるようにって。」
理由を聞いた後、ようやくノアは堪えていた息を吐き出し、深く頷きながら納得した。
「ふう、よかった。僕がまた何か悪いことをしたのかと思ったよ。君の意志じゃなくて、お父上のせいなんだよね?」
「うん、ごめんね。」
ノアは、エステルが自分を嫌っているわけではないと分かれば、それで構わなかった。
そして、ドフィンがエステルに自分を遠ざけるように言った理由について、彼なりに納得できる部分もあった。
『前にお店で僕があまりにも彼女を驚かせたせいかな。』
支えをお願いするために会ったとき、彼女が自分に多少の興味を持っていると感じ取ったノアだった。
もっと注意すればよかった、仮に後悔することになったとしても、とりあえずは皇太子になった後にゆっくり解決すれば良いと考えた。
「謝ることないよ。君が僕を嫌いじゃないのなら、それで大丈夫だから。」
ノアは申し訳なくて目を合わせられないエステルに対し、優しい声で安心させるように言葉をかけた。
「そして、今回皇宮に行って戻ってきたら、解決できると思うよ。」
「ついに会議に行くの?」
「うん。仕事を終わらせないといけないから。」
負担が大きいはずなのに、いつも自分に自信を持っている様子のノアを、エステルは心配そうに見つめた。
「自信ある?」
「君は僕の味方だよね?」
返答の代わりに返ってきたノアの問いかけに、エステルは驚いて軽く笑いを浮かべながら、少し戸惑った。
「もちろん。」
「それなら、僕は絶対に負けない。」
ノアは目をキラキラさせながら笑みを浮かべると、顔をエステルのすぐ目の前までぐっと近づけた。
一瞬驚いたエステルは息を呑み、緊張で体が震えた。
急いで口を抑え、心を落ち着けようとしたが、すでに真っ赤になった顔を隠すことはできなかった。
「で、いつ行くの?」
「今日の夕方に出発するよ。」
「また1年後に戻ってくるんじゃないの?」
「1年?君に会いたくて、1年なんて絶対に待てない。」
ノアが「会いたい」と言うのはこれまで何度も聞いたことがなく、それを大げさに捉えることもなかったエステル。
しかし今回は、その意味について深く考え始めた。
『私に会いたい?どうして?』
頭の中にノアが言った言葉や行動が次々と浮かんできた。
パーティーの時に送ってきた首飾りや、分け合っていた指輪の話もすべてだ。
神殿での厳格な生活をしていたため、恋愛には全く疎く、自分にそんな気配はないと信じていたエステルだったが、ノアの感情を初めて自覚することになった。
『……私のことが好きなの?』
ここまで考えが及ぶと、エステルの唇がぼんやりと開いた。
何を言えばいいのか分からず、視線が下がってしまい、何も考えられなかった。
顔には熱が上がり、もうすぐ爆発しそうだったが、そのとき後ろからジュディが大声を上げた。
「エステル、話はいつまで待たせるんだ?朝になるぞ!」
二人を見守っていたジュディは、雰囲気があまりにも重苦しくなったため、我慢できず車のドアを開けてしまったのだ。
すぐに自分を迎えに出てくるかと思ったジュディの行動で、エステルの心はさらに急がされた。
それでも、ノアの顔をどう見ればいいのか分からず、とりあえず避けることにした。
「もう行かないと。気をつけてね。」
「うん。次は君のお父さんに直接許可を取って会いに行くよ。」
エステルはまだ笑顔のまま自分を見つめるノアを横目にしながら、足早に車に戻った。
「何だ、顔がなんでそんなに赤いんだ?」
「そうだな。熱でもあるんじゃないのか?」
待っていた兄たちは、エステルの異様に赤い顔を見て心配そうに言葉を交わした。
「外がちょっと暑かっただけ……。大丈夫だから、家に行こう。」
心の中に春風が吹き始めたエステルは、車の中でもノアのことを考えずにはいられなかった。





