悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す

悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す【52話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。 ネタバレ...

 




 

52話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 狩猟大会②

拒むことなどできるはずがなかった。

人々の前でこんな発言まで聞かされてしまったのだから、なおさらだ。

「まさか……ビエイラ卿がまたプリムローズ令嬢と婚約を望んでいるとでも?」

「以前はプリムローズ令嬢のことをとても好いていましたよね。」

「でも、妹のリリカがプリムローズ令嬢に……」

そしてユリアは、この場の視線が一斉にこちらに集中しているのを感じ、ひどく居心地の悪さを覚えた。

『父上は昔も今も、肝心な時にはまるで頼りにならない。』

リリカのために開いたはずの狩猟大会が、結局は自分にとって苦い事態を招く結果となってしまったのだ。

『最悪だ……どちらを選んでも地獄じゃない。』

胸の内では腹立たしく思っていても、先ほど彼女が見せた態度には満足できなかった。

「誰か想う人がいるの」と、ユリアは冗談めかして言った。

その一言で、貴族たちの間にざわめきが走った。

「相手は誰なのか」

「まさかまた旧婚約者では?」

噂は瞬く間に広がっていった。

だが、それは全くの虚言ではなかった。

(……エノク殿下に献上するつもりだったけれど、きっと受け取られないわね。)

彼はヴィエイラ卿にも劣らぬ名家の嫡男でありながら、どこか民を想う柔らかい瞳を持つ人だった。

華やかな宴の中でも、彼だけはいつも控えめに立ち回る。

ユリアはかつて、彼にそっとハンカチを差し出そうとしたことがある。

だが、結局その手を引っ込めてしまった――あの夜のことを思い出すと、胸が少しだけ熱くなった。

(……でも、ヴィエイラ卿がまた動き出した今、あの人の名を口にするのは危険ね。)

「ヴィエイラ、ジキセン卿……ユブナム家の貴族……」

思い浮かべるだけで、彼らの間に渦巻く権力争いの匂いがした。

最後に脳裏をよぎったのは、あの穏やかな笑みを浮かべたエノク殿下の姿――ユリアはその面影に、静かに祈るように視線を落とした。

しかし、その瞬間にビエイラ卿がこんなことを言ってしまったのだ。

もし他の令嬢がエノク皇太子に対して、まるで興味がないかのように毅然と断る姿を見せたなら——

それは一瞬の恥で終わる話ではない。

社交界で長く語り継がれる格好の噂話の種になるだろう。

『皇太子殿下が私のハンカチを受け取るはずがない……』

ビエイラさえ余計な口出しをしなければ、ただなんとなくの流れでエノク皇太子にハンカチを渡して済ませることもできたはずだ。

興味を引く相手がいない令嬢たちにとっては、その程度の選択などよくあること。

彼女もまた、自分の立場を取り繕うためにそうしていたに過ぎない。

『でも、ビエイラ卿があんなことまで言ってしまった以上、私の選択は今後ずっと話の種になる……』

エノク皇太子にハンカチを差し出すことは——拒むのも、より劣る猟師にハンカチを渡すのも――どちらも同じくらい難しかった。

どうすればよいのか、ユリアの心は決めかねていた。

(ここで私、どうするべき……?)

混乱の渦の中で思考が止まりかけたそのとき、会場のざわめきを切り裂くような、低く澄んだ声が響いた。

「まるで私をよく知っているような口ぶりですね。ですが、私と卿の間にそんな親しい縁はなかったはずですが?」

その声――ユリアには、あまりにも聞き覚えがあった。

振り返ると、整然とした姿で立つ一人の青年。

「答えていただけますか?どうして私が、プリムローズ嬢のハンカチを受け取らないと思うのです?」

一瞬で会場の空気が張り詰める。

ヴィエイラ卿とエノク殿下――二人の視線が交錯した。

その光景に、ユリアの胸中で遠い記憶がざわめく。

(……まさか、ここで出会うなんて。)

彼女の運命を変える“選択の瞬間”が、静かに訪れようとしていた。

──まあ、自分にも妹がいるから、思わず口を出さずにはいられなかったんだろうな。

ビエイラ卿が自分の手首をつかんで困らせたときのことを思い出した。

あのときも、困惑した彼女をかばってくれたのは彼だった——。

『え……?』

不意を突かれて固まっていたユリアは目を見開いた。

目の前に立っていた男性は、ユリアが見間違えるはずのない人物だった。

「えっ、エノク皇太子殿下……?」

思わず顔を上げると、いつもはユリアを冷ややかに見下ろしていたその表情が、今は一瞬だけ硬直していた。

だがそれも束の間。

エノク皇太子はユリアへと視線を向けた——。

そして、彼は彼女を安心させるように、やわらかく微笑んだ。

その笑みは不思議だった。

どこか懐かしくて、同時に胸の奥をくすぐるような温かさがあった。

ユリアはふと、かつて自分の前に立ちふさがり、「ハンカチを」と言いながら強引に道を塞いだ、あの不躾な男を思い出した。

ヴィエイラ卿――彼の存在にはいつも、重苦しい威圧と冷たい気配がつきまとっていた。

だが目の前のこの人からは、同じ“強さ”でもまったく違うものが伝わってくる。

――穏やかで、確かで、包み込むような強さ。

彼の広い背に視線を向けると、陽の光を受けて金の髪がふわりと揺れた。

初秋の光の中で、それは柔らかく、しかしまばゆいほどに輝いている。

夏が終わり、季節がゆっくりと移ろうその瞬間――ユリアはようやく気づいた。

この人、エノク殿下という存在が、どんな場にあっても自然に周囲を照らしてしまう“光そのもの”なのだと。

派手さはない。

だが、その静かな輝きに、ユリアの心は確かに惹かれていた。

ユリアを見つめるその澄んだ瞳が、わずかに揺らいだ。

「プリムローズ嬢」

彼はユリアの方へ身体を向けると、厳かに片膝をついた。

ビエイラ卿が乱暴にハンカチを差し出そうとしたときとはまったく違う、荘厳で威厳に満ちた態度だった。

その姿はまるで物語に登場する主人公のように気高く見えた。

ユリアのすぐそばにいた人々だけでなく、周囲の全員が息を呑み、見惚れるようにその光景に釘付けになった。

「どうか私にハンカチを賜り、この狩猟大会で貴女のために獲物を仕留められるよう、祝福を授けていただけませんか」

エノク皇太子は誰にでも親切だったが、同時に、誰に対しても明確な一線を引いてきた人物だった――。

――この人なら、できる。

ユリアは思わず息をのんだ。

誰の前でも、臆することなく人を思いやり、その優しさを惜しみなく見せることができる人。

それが、彼――エノク殿下だった。

「……あ」

気づけば、声が漏れていた。

まるで夢の中の出来事のように、すべてがゆっくりと進んでいるように感じた。

拒む理由など、どこにもない。

むしろ、この瞬間を逃せば後悔する――そんな確信があった。

彼の前に立つ自分は、まるで物語の中の悪役令嬢のように、何もかもを失いかけ、それでも最後に奇跡を掴む“脇役”にすぎなかったはず。

けれど今、エノク殿下にハンカチを差し出したその瞬間だけは、世界が自分を中心に回っているように思えた。

――まるで、自分がこの物語の主人公になったかのように。

 



 

「プリムローズ嬢の祝福を胸に、全力を尽くします。では、私が戻るまで見守っていてください。」

ハンカチを受け取ったエノク皇太子は、他の令息たちと共に狩猟場へと姿を消した。

残されたユリアは、呆然とした顔で彼の背中を見つめていた。

正確には――彼の腕に握られた、自分のハンカチを。

そして、ほんの少し前に起こった出来事を思い返した。

『……陛下は、私が恥をかくのを防いでくださったのね』

相手は他の誰でもなく、彼女の前でリリカに救いの手を差し伸べた、かつての婚約者。

あの場で無様に立ち尽くし、周囲から好奇の視線を浴びていた瞬間――

『もし陛下が出てきてくれなかったら……?』

ビエイラ卿がどれほど得意げに、そして図々しく振る舞っていたかを思うと、背筋がぞっとした。

自分を見たのかどうか――想像することすら恐ろしかった。

だが、もしそのあと、彼が自分のために言葉を選び、行動を起こしたのだとしたら。

(どうすればいいのか、あの瞬間は考えることすらできなかったのに……)

ユリアにとって、あの時選べる道は“最悪”と“次に悪いもの”の二つしかなかった。

その中で彼――エノク殿下は、唯一の“最善”を差し出してくれたのだ。

彼はヴィエイラ卿とも肩を並べて戦えるほどの腕を持ち、それ以上に、誇りと品格を兼ね備えた男だった。

(どんな気持ちで、どんな考えでこの場に現れたのか……わからない)

けれど、ユリアには確信があった。

――彼は一時の感情や軽い気まぐれで動いたわけではない。

エノク殿下は、この行動がどんな結果をもたらすかを理解したうえで、それでも彼女のために立ち上がったのだ。

「……私を、守るために。」

その思いが胸に広がった瞬間、ユリアの瞳には、決して涙ではない光が宿っていた。

「……」

エノク皇太子はすでに去っていたが、彼がハンカチを受け取った時の光景はまだ鮮明に目に焼き付いていた。

彼は去る直前、ユリアから受け取ったハンカチを丁寧に腕へと結びつけたのだ。

大きく結ばれたその位置は、周囲からもよく見える場所だった。

『ハンカチを渡して祝福するなんて……ビエイラ卿と婚約していた時でさえ、私にはそんなことしてくれなかったのに。』

誰もがそれをユリアのものだと当然のように思っていたが、かつての婚約者であるビエイラ卿は剣術大会の際、リリカのハンカチを腕に巻いていた。

『あんな話を聞かされても、何も言えなかった過去の私は……情けないというべきか、胸が痛いというべきか……』

だが今は違う。もうその過去を手放せる気がした。

今日、エノク皇太子が彼女のハンカチを――人々の視線が一斉に集まった。

エノク皇太子が自らユリアをかばうように立ったその瞬間、場の空気が一変したのだ。

「まさか、これほど静かな殿下が……?」

「ユリア嬢のためにお立ちになったのか?」

ざわめきが広がり、ユリアの耳に断片的な声が届く。

彼女自身は何も言えず、ただ唇を噛んで立ち尽くすしかなかった。

一方、エノク殿下は微動だにせず、その姿はまるで彫像のよう。

落ち着いた眼差しで周囲を見渡し、一言も発せずに人々の好奇の視線を受け止めていた。

その沈黙が、かえって彼の言葉より雄弁だった。

――だが、場の緊張を最初に破ったのは、隣にいたビビアン皇女だった。

「静粛に。狩猟祭という神聖な場で、騒ぎを起こすのはおやめなさい。」

彼女の声は冷たくも優雅で、まるで氷のように空気を凍らせた。

若い貴族たちは顔を見合わせ、軽率な噂を口にする者も次第に沈黙していく。

(……助けられた。)

ユリアは、心の奥でそっとそう呟いた。

混乱の中でも、かろうじて取り乱さずにいられたのは――確かに、ビビアン皇女の冷静な一声のおかげだった。

『今の状況じゃ、きっと失敗してしまう……。』

ユリアの顔に熱がぱっと上った。鼓動が大きく響き、目眩がしそうだった。

「ユリア嬢。」

何もできずに目を瞬かせていると、隣でビビアン皇女が小さく囁いた。

「心配しないでください。お兄様はきっと、あなたのためにこの狩猟大会で優勝なさいますから。」

ユリアはぼんやりと扇子を握りしめた。エノク皇太子に続き、ビビアン皇女まで……頼もしいものだ。

皇族というのは、こうも他人を強く巻き込むものなのだろうか。

『私のために……だなんて。』

それは、久しく聞いていなかった言葉だった。

母以外の誰かに、そんな風に言われたのは、いつ以来だろう——。

だが、ビビアン皇女の言葉の中に――ユリアはどうしても引っかかる部分があった。

(……陛下が、狩猟大会で“活躍された”って?)

思い返しても、エノク皇太子が剣術や魔法の腕前を披露したという話は聞いたことがない。

彼は常に冷静で、必要以上の目立ち方を嫌う人だったはずだ。

(優勝、だなんて……まさか)

ふと、心の奥で何かがくすぐったくなる。

想像してしまった――彼が優雅に弓を引き、その一射で歓声を浴びる姿を。

(……優勝なんてしなくてもいいのに)

ユリアは胸の内で小さく笑った。

大切なのは、勝敗ではなかった。

自分のために立ち上がってくれた、その気持ちこそが何よりも尊い。

それに――あれほど多くの人々の前で、自分の名前を口にし、堂々と庇ってくれたのだ。

その事実を思い返すたび、胸が熱くなる。

「たとえ優勝できなくても……陛下のお気持ちだけで十分です」

そう囁いたユリアの言葉に、隣のメロディが勢いよく身を乗り出した。

「だめですって!気持ちだけじゃ!本当に勝ってもらわなきゃ!」

冗談めかした声に、場の空気が少し和らぐ。

けれどユリアの胸の奥では、未だに静かな熱が、ゆっくりと燃え続けていた。

「負けるわけないじゃないですか?こんな状況でビエイラ公爵令息に負けたら、私、黙ってませんからね。」

優勝できなくてもいい、というユリアの言葉は本心からのものだったが、ビビアン皇女はそれをエノク皇太子に対する不信と受け取ったようだった。

「ビエイラ公爵令息なんて軽くひねってやりますよ。うちのお兄様はやると決めたら絶対にやる人です。自信がなければ、そもそも名乗りを上げたりしません!」

顔を上気させたビビアン皇女は、しばらく興奮した様子でまくし立てた。

「それに……お兄様はきっと、ユリア嬢が思っている以上にあなたのことを考えていらっしゃると思いますよ?」

狩猟大会に参加している貴族の若者は数え切れないほど多い。

その中でもエノク皇太子にハンカチを渡すと宣言できる令嬢は、指で数えるほどしかいなかった——。

しかし、エノク皇太子が受け取ったのは――ただのひとつだけだった。

それなのに、彼女の胸は妙に高鳴っていた。

彼が自らその手巾を求め、わざわざ差し出すよう頼んできたのだ。

(断れるわけ、ないじゃない……)

彼が冗談めかしても、あの瞳の奥にあった真剣さを思い出すと、胸の奥が熱くなる。

その手巾を受け取った瞬間、ユリアははっきりと感じていた。

――あの人は“誰かのため”ではなく、“私のために”立ち上がったのだと。

(どうしよう……私、もう完全に惹かれてる)

彼が他の女性にはそんな態度を見せたことがないのも、彼女にとっては都合よく胸を締めつけた。

(どうか、他の誰かに手巾なんて受け取らないで)

もし彼が、他の令嬢のために狩猟大会に出たのだとしたら――そんな考えが一瞬でも浮かぶたびに、ユリアの心は苦く、そしてどうしようもなく揺れた。

……これからも、ずっと。自分のためだけに、そうしてくれたらいいのに。

『こんなに優しくされると……どんどん欲張りになっちゃうじゃない。』

だからこれは仕方のないことだと、ユリアは小さく身震いした。

 



 

 

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