余命僅かな皇帝の主治医になりました【３５話】ネタバレ

パンと牛乳という言葉に、オフィーリアは目を大きく見開き、大げさに言った。

「まあ、陛下の主治医は朝からそんなに真剣になるなんて思いもしませんでしたわ。」

「問題か？」

「そうですよ！だったら、毎日毎日、陛下が召し上がるお食事をきちんと管理しているはずです。」

「セリーナもすでにそうしている。」

アジェイドはセリーナを持ち出して責める言葉に少し不快になり、淡々と答えた。

オフィーリアがもじもじすると、彼はさらに続けた。

「私の胃の状態を考慮しない、あなたの朝食よりは、セリーナの朝食の方がずっと配慮されているように思える。」

「な、なんてことをおっしゃるの……。」

オフィーリアは体を小さく震わせた。

アジェイドは彼女の前にサラダしか置かれていないのを見て、軽く舌打ちをした。

「それにしても、俺と婚約者の体格差がこんなにも違うとはな。それだけで生きていけるのか？」

「い、今は頑張ってたくさん食べるようにしてるんです。」

オフィーリアは少し怯えたように答えた。

もちろんアジェイドが気にするようなことではなかった。

アジェイドはオフィーリアを無視するようにスプーンでシチューを口に運んだ。

するとオフィーリアの顔に血色が戻ってきた。

以前よりどこかぎこちない態度を見せているのを見て、どうやら公爵から何か言われたのだろうと察する。

オフィーリアが慎重に尋ねた。

「お味はいかがですか？」

「厨房長ソムシが腕を振るったな。」

「よかったです。それなら、ここにいる間はずっと私が朝食を担当してもいいですか？」

「うーん、それは困りますね。」

2週間、毎日オフィーリアに仕えてもらうことは、あまり喜ばしいことではなかった。

アジェイドは彼女と一緒にいると、なぜか頭が痛くなった。

どうやら性格が合わなかったようだ。

合わない人とは、なるべく顔を合わせない方が互いにとっていい。

「どうしてですか？その主治医が用意する朝食のほうが良かったのですか？」

「明確にどちらが良いというわけではなくて……」

（コンコン）

アジェイドが言い終える前にノックの音が聞こえた。

しばらくして、澄んだ声が響いた。

「陛下、セリーナです。」

「……」

オフィーリアは「セリーナ」という言葉にぎゅっと唇を噛んだ。

アジェイドは時間ぴったりに現れたセリーナに向かって薄く笑いながら言った。

「見ての通り、俺にはもう面倒を見てくれる人がいる。だから婚約者が無理に気を使う必要はない。」

「また連れてきたって話は聞きました。でもあと2週間は私にも気をかけてください。」

「そうしなければならない義務が俺にあるのか？」

「……」

「シチューはありがとう。では、無道会の時に会おう。」

アジェイドがナプキンで口元を拭き、食事終了の合図をすると、オフィーリアは無表情な顔を浮かべた。

「わかりました。次に伺います。」

優雅にデザートスプーンを手に持ち、礼儀正しくオフィーリアがドアの方へ向かう。

侍女がドアを開けると驚いたセリーナがオフィーリアを見つめた。

オフィーリアは動揺した気持ちでセリーナを一瞥し、そそくさと外に出ていった。

セリーナはまるで典型的な悪女主人公のように追い出されるオフィーリアをしばらく見送った。

外で待っていた侍女長が落ち着いた足取りで花を運んでいる姿をじっと見つめていると、背後からアジェイドが声をかけた。

「入らないの？」

「ええ、入らないと。」

セリーナは冷蔵庫の扉を閉め、アジェイドの方へ向き直った。

湯気がふわふわと立ちのぼるシチューと焼き立てのパン、食べやすく綺麗に並べられた果物が一式テーブルに並んでいた。

朝から厨房を走り回って用意された朝食だった。

「積極的ですね。」

セリーナが感心しながらテーブルのほうへ歩み寄り、アジェイドの向かい側に座った。

素直に席につくと、アジェイドがそばで待っていた侍女に新しい食器を持ってくるよう指示した。

「グリーンウッド令嬢が持ってきたものですけど、私が食べてもいいんですか？」

「どうせ一人で食べるのは大変な量だから。」

「グリーンウッドの令嬢が知ったら気を悪くしませんか？」

「どうせ俺にくれたものだから、いいさ。」

アジェイドが気にしない様子で言うと、隣にいたグリーンウッド家の侍女が拳をぎゅっと握りしめた。

セリーナはちらりとその侍女を見た。

やはり怒りでいっぱいの目がアジェイドに見えないように隠されていた。

まるで「一口でも食べてみろ」と言わんばかりの鋭い目つきで睨まれていた。

セリーナが涙目になりかけると、アジェイドはスープをスプーンですくいながら侍従に命じた。

「お前はもう出て行け。」

「……はい。必要なことがあればお呼びください。」

侍従は最後まで丁寧に応じて退室した。

二人きりになると、先ほどよりも気まずさが増した。

セリーナはスプーンを取りながら話した。

「私、どうやらこの家で本格的に目をつけられたみたいです。陛下も感じておられるでしょう？」

「私が？」

「そうですよ！すべては私が陛下のパートナーになってからじゃないですか。もし後で私が変死体で発見されたら、絶対にちゃんと捜査してください。」

アジェイドは彼女の言葉に手を止め、少しひるんだ。

セリーナはそれに気づかないふりをした。

彼が背後で密かに彼女を守っていることを。

すでに皇帝のパートナーとなった瞬間から、彼女は社交界の象徴のような存在だった。

特にここグリーンウッド領は、社交界の花と呼ばれるオフィーリアの縄張り。

皇帝が直接手を出せなくても、その配下である皇宮の一人くらいなら動かすことができるというわけだ。

つまり、彼女には知られないように密かに護衛をつけていたのだった。

もし彼女が危険にさらされれば、彼女を守り、皇帝の耳に直接入るようになっていた。

しかしこの事実をわざわざセリーナに話すつもりはなかった。

話してしまえば、セリーナは負担に思って部屋にこもってしまうだろうから。

アジェイドは一人でこっそり笑いながら応じた。

「そんなことにはならない。」

セリーナがもじもじしながらスープを一口飲んだ瞬間、目がぐるぐるした。

「わあ、本当においしいです。これ、何の料理ですか？」

「グリーンウッドの栄養食だよ。」

「なんだか、食べた途端に元気がみなぎってくる感じです。」

セリナーは「おおっ」と感嘆の声をあげながらスープを次々と口に運んだ。

その様子をしばらく見ていたアジェイドが尋ねた。

「セリーナ。正直に言ってみて。」

「はい？」

「朝の診察は口実で、本当は朝食を食べに来たんだろ？」

「そうですね。しっかり食べないと診察もうまくできませんから。陛下の前に出される料理はどれもおいしいものですし。」

セリーナが当たり前のように言うので、アジェイドは少し戸惑った。

「言われてみれば。」

アジェイドはクスクス笑いながら、彼女の前にサラダの皿をそっと押し出した。

セリーナは遠慮せずにフォークで肉を刺し、もぐもぐと食べ始めた。

アジェイドはそんな彼女の食べる姿を不思議そうに見ていた。

先ほどまでは味気なく感じていたシチューも、彼女が美味しそうに食べる姿を見ていると食欲が湧いてくる気がした。

だからだろうか、セリーナと一緒に食べる朝食はいつもより美味しく感じた。

アジェイドはシチューを一口食べて、感心したようにつぶやいた。

「美味しいな。」

「たくさん召し上がってください。」

「君が作った料理みたいに言わないでくれ。」

「うるさいな。」

セリーナは唇をとがらせ、再び食事に集中した。

その日アジェイドはスープを1杯だけ飲んだ。

もちろん、セリーナは2杯。