余命僅かな皇帝の主治医になりました【２４話】ネタバレ

アゼイドの青い瞳が、知らず知らずのうちに紫の光で満ちていった。

「皇帝……さま。」

「？？？」

セリーナがうわ言のように、か細くつぶやきながら彼の髪にそっと触れた。

「うっ。」

アゼイドは慌てて気を取り直し、セリーナを支える。

そして、彼女の片手が自分の髪をぎゅっと掴んでいるのを感じた。

「目が覚めたのか？」

「……。」

セリーナは答えなかった。

距離が妙に近い。

アジェイドはよく分からない気まずさの中、彼女の手をそっと握った。

「皇帝の髪をつかんだのは、お前が初めてだぞ。」

「大きな問題にするから……。」

セリーナは、何かぼそぼそと呟いた後、手の力を抜いた。

彼女の指先には、ほんの少し金色の髪の毛が絡まっていた。

彼女が力を抜いたおかげで、アジェイドの手からひとつ自由になる。

「はあ。」

アジェイドは苦笑しながら、そっと彼女から一歩距離を取った。

どういうわけか、周囲がやたらと静かに感じられた。

どうやら、あの燃え盛る暖炉のせいだったらしい。

熱を冷まそうと窓際に近づいたアジェイドは、ふと自分の顔に熱気がこもっていることに気づいて驚いた。

窓ガラスに映った自分の顔が赤く火照っていたのだ。

まるでさっきまでセリーナに不意に近づきすぎていたことを思い出させるようだった。

「まさか俺……？」

アジェイドは驚き、セリーナを見つめた。

いつの間にか、彼女はすやすやと寝息を立てながら、鼻先まで布団にくるまっていた。

アジェイドはその姿に、軽く咳払いをしてごまかした。

「ったく。」

そう言って、そそくさと部屋を出て行く。

なぜか部屋を出ても心臓の鼓動は収まらなかったが、アジェイドは無理にそれを無視した。

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翌日、セリーナはすっきりと目覚め、ストレッチをしながらベッドから起き上がった。

昨日は倒れたような気がしたが、目を開けるとベッドの上だった。

『私の驚異的な精神力で、ここまで歩いてきたのかな？』

セリーナはベッドのヘッドボードに体を預け、横腹に痛みを感じながらうめき声をあげた。

長時間横になっていたせいか、腰に違和感があった。

それにもかかわらず、普段よりも体調が良く感じられた。

きっとよく眠れたおかげなのだろう。

熟睡した結果、こんなにすっきりと目覚めたのだ。

『体温正常。脈拍も正常。』

セリーナは自分の体調を念入りに確認しながら、満足そうに微笑んだ。

特別なことは何もしていないのに、体調がいいのは嬉しい。

自分の回復速度もそれほど悪くないと気づいたそのときだった。

指先の隙間から、ふわりとした金色の髪が見えた。

「ん？」

セリーナは咳払いをして、それを目の前に持ち上げた。

照明の下できらきらと光る金色の髪。

どこか見覚えのあるその髪に、セリーナはまばたきをした。

そしてふと、昨夜見た夢を思い出した。

部屋に現れたアジェイドの髪を掴んで、大きな塊にしてしまった夢。

そもそもアジェイドが自分を探しに来たところからして、完全な夢だったはずだ。

──なのに、なぜ目の前にアジェイドの髪が？

混乱していたセリーナの表情に、徐々に赤みが差し始めた。

夢の中でアジェイドが言った言葉も一緒に思い出してしまったからだった。

『皇帝の髪に触ったのは、お前が初めてだ。』

「えっ！まさか！」

セリーナは嫌な予感に飛び起きた。

本当に夢じゃなかったの？

信じられず、何か別の証拠を探そうとしたその時、寝具を片付けに来たマリと目が合った。

マリはにっこり笑って近づいてきた。

「セリーナ様。お身体の調子はいかがですか？」

「マリ！ちょうどよかった。もしかして、昨日私をベッドまで運んでくれた？」

いくら思い出そうとしても、自分でベッドに上がった記憶はなかった。

どんなに精神力が強いといっても、それはあり得ない。

セリーナは、そんなありえないことをするはずがない。

セリーナはマリに駆け寄り、両腕をつかんで激しく揺さぶった。

マリは奇妙な音を聞いたかのように瞬きを繰り返した。

「あの、違うんですけど。」

「本当？」

セリーナは不安げな目でマリの次の言葉を待った。

お願いだから、この子の口から陛下の「へ」すら出てきませんようにと必死に祈った。

だが、悪い予感は往々にして当たるものだった。

「陛下が倒れていたセリーナ様を見つけて、ずっと看病してくださっていたんですよ。今日まで休むようにとおっしゃってました。」

マリの顔がにっこりほころぶのと反比例して、セリーナの顔はどんどん青ざめていった。

『いや、違う。そんなはずない。まさか、まさか……私が……本当に皇帝様の髪の毛を抜いちゃったって？うそでしょ？』

セリーナは現実を否定するように頭を振った。

そして確かめるために、ベッドに落ちていたもう一本の金髪の毛束を見つめた。

『ああ……終わった。』

セリーナは絶望した人のように、はははと乾いた笑いを漏らした。

『楽しい人生だったわ。皇帝に触れたなんて、これで本当におしまいね。』

セリーナは諦めたようにぼんやりとした表情を浮かべた。

「マリ。私、今度こそ本当に死ぬかもしれないわ。」

「えっ？それ、どういう意味ですか、セリーナ様？」

マリは「死ぬ」なんて言葉に驚き、セリーナをじっと見つめた。

そして顔をしかめた。

「まさか、まだ陛下と気まずいままなんですか？もしかして陛下が……！」

「駄目だ。急いで謝りに行かないと。」

セリーナは慌てて服をかき集めながら、あわただしく身支度を始めた。

マリは呆然とその光景を見守るしかなかった。

セリーナは言葉も発せず服を着込み、ドアノブを掴んで勢いよく開けようとした。

だが、ドアが開くよりも先に、見覚えのある胸板に額をぶつけた。

「痛っ。」

後ろに跳ね飛ばされそうになったセリーナの腰を、大きな手がしっかりと支えた。

しかし、セリーナが体を動かすとすぐに、その手はそっと離れた。

「……。」

セリーナは呆然としたまま、遠ざかる手と見慣れた手袋、そして華やかな服装を見つめた。

そのとき、後ろからアジェイドが咳払いをして口を開いた。

「やっぱりこうなると思ってた。」

「……」

「俺の主治医は、一日でも仕事をしないと死ぬ病にでもかかってるのか？」

「……陛下。」

セリーナは震えるような表情でアジェイドを見上げた。

――皇帝、どうしてあなたがここにいるの？

もともと謝りに行こうとしていたのに、被害者本人が自らやってきた。

だがその表情を見ても、特に怒っている様子はない。

『夢だった？それとも現実？』

セリーナは、まだ現実と夢の区別がつかないままだった。

ベッドの上にアジェイドの髪があることからして現実らしいが、アジェイドの表情だけは現実感がなかった。

「えっと……、おはようございます？」

セリーナはアジェイドの様子をうかがいながら挨拶した。

すると、アジェイドはくすっと笑った。

「もう昼だよ、セリーナ。」

「あっ。」

セリーナは恥ずかしさに後ずさった。

なぜか彼の笑みが以前ほど怖く感じなかった。

それに、「セリーナ」と名前を呼ばれたことにも驚いた。

今まで彼は名前を呼ぶこともなく、「おい」とか「そこの」とか適当に呼んでいたはずなのに。

急に優しくされると、逆に怖くなるものだ。

セリーナはアジェイドを疑わしげに見つめた。

そして、彼の次の言葉を聞いた瞬間、さらに目を見開いた。

「ちょっと待ってください、昼間なんですか！？」

セリーナは勢いよく窓の方を見た。

まばゆい陽光がキラキラと輝きながらセリーナを照らしていた。

『わあ……。こんなに昼まで眠っていたなんて、どれくらいぶりだろう？』

もともとセリーナは寝つきも悪く、眠りも浅いタイプだった。

すぐに目が覚める体質だったのに、昨日は一度も目を覚ますことなく、ぐっすり眠れたのだ。

『どうりであんなにすっきりしてたわけだ。』

セリーナが油断していると、いつの間にかアジェイドが近づき、怪我を気遣うようにセリーナの目線に合わせてしゃがみこんでいた。

セリーナは背中に感じる熱い視線に気づき、ゆっくりと首をひねった。

そこにあったのは、深い青色の瞳――セリーナは無意識に顔を近づけていった。

アジェイドがわずかに動き、セリーナを引き寄せた。

マリは気配を消してどこかへ消えていた。

どこか含みのある表情を浮かべながら、セリーナのそばを静かに通り過ぎていきながら。

セリーナは内心で後頭部を押さえた。

もはや言い訳すらできそうになかった。