余命僅かな皇帝の主治医になりました【２５話】ネタバレ

「陛下、寝坊してすみません。」

「侍女から連絡はなかったのか？今日は休んでいいと言っていたはずだが。」

アジェイドは彼女の肩にそっと手を置き、軽く引き寄せてベッドに座らせた。

穏やかに引っ張られたとはいえ、セリーナは不安で心臓がドキドキした。

『なんでこんなに優しいの……。むしろ怒ってくれたほうがいいのに。』

確かに夢だったか現実だったか、記憶があいまいだとしても、こんなにも不安になることはないはず。

セリーナは無意識のうちにベッドに腰を下ろし、そしてふとアジェイドの顔を見上げた。

セリーナはアジェイドの腕をぎゅっと掴んだ。

「もしかして私の健康を口実に、散歩や薬を押しつけるつもりじゃ……」

セリーナがじとっとした目で睨むと、アジェイドは苦笑いを浮かべた。

「朝の診察は誰も来なかったからできなかったけど、薬は飲んだし、軽く散歩もしてきた。」

「……。」

「そこまで気を遣って、わざわざ様子を見に来たのに、なんだか俺が怠け者みたいに見られている気がするな。」

「……それは、陛下ならではの習性ですから。」

セリーナは目をそらし、気まずそうに視線を逸らした。

不器用なアジェイドの優しさに、想像もしていなかったため、かえって居心地が悪かった。

アジェイドの大きな手が、セリーナの頭の上にそっと置かれる。

以前接見室で隠れるように撫でられたときよりも、ずっと柔らかい手つきだった。

セリーナは、わけもわからずきょとんとアジェイドを見上げた。

すると、彼の口元にはどこか満足げな微笑みが浮かんでいた。

セリーナはますます混乱し、呆然とした顔で固まった。

「どう考えても、まだ夢を見ているとしか思えません。」

「夢？」

「夢じゃなかったら、陛下がこんなに優しいはずありませんから。」

「夢じゃないよ。」

アジェイドは、応える気もないような声で低く笑った。

セリーナの髪をなでる手のひらは、思った以上に温かかった。

そのせいで、セリーナはつい気が緩みかけた。

だが、アジェイドはそっと手を離した。

「まさか記憶がないなんて言わないよな？」

「え？何のことですか？」

「夢だったにしては、まだ後頭部がズキズキするからな。」

アジェイドが私の髪をトントン叩きながら、いたずらっぽく微笑んだ。

セリーナはぼんやりした頭で――パチン！――衝撃を受けたようだった。

「えっ……まさか。」

「皇帝の頭を掴んだ感想はどうだった、セリーナ？」

アジェイドがにやにやと微笑んだ。

その笑みに込められた意味は何だろう。

自分を殺すという脅しなのか、それとも一度ビシッと懲らしめてやるという意味か。

セリーナの目がひどく揺れた。

信じられない現実に、体が勢いよく後ろによろけたセリーナを、アジェイドが自然に支えて引き寄せる。

「やっぱり無理しすぎたな。」

アジェイドの視線は、彼女の脇腹の方へと向かっていた。

セリーナは、彼の意図を読めず戸惑った。

「え？何が無理なんですか？」

「昨日のこと、本当に覚えてないのか？」

アジェイドは首をかしげながらも、どこか微妙な表情を浮かべた。

『まさか、また私、髪を引っ張ったり、変なことでも……？』

セリーナの頭の中では緊急警報が鳴り響いた。

皇帝の信頼を取り戻すためにも、ここは慎重に対処しなければならない。

セリーナは急いで考えを巡らせたが、結局は口をぽかんと開けるばかりだった。

「ちょっと、待ってください。」

彼女は今日に限って、やけに優しげなアジェイドを疑わしげに見つめた。

昨日彼女の部屋に訪れた後の、妙に優しい態度。

途切れた記憶と痛む脇腹。

普段は一度も目覚めることなく、朝までぐっすり寝た状況。

「！！！」

セリーナはじわじわと押し寄せる嫌な予感に、口を開いた。

しばらくして、彼女はぎこちない表情で尋ねた。

「陛下、もしもの話でお伺いしますが……」

「なんだ、そんなに震えて。」

「その……つまり、私が陛下の髪だけじゃなくて、他の……」

「何だ？はっきり言え。」

「そ、その、つまり私が言いたいのは……。」

セリーナは言葉をうまく続けられず、口をパクパクさせる。

さすがに『もしかして昨日私たち、何かあったんですか？』とは聞けなかった。

そんなありえない仮定だとわかっているのに、証拠を組み合わせると、全く不可能とも言い切れなかった。

アジェイドはセリーナの言わんとすることに気づけず、ただ瞬きを繰り返した。

だが、それも束の間だった。

「……！」

アジェイドが、びくっと身を引いた。

彼女が何を言おうとしているのか、ようやく察したのだ。

顔が一気に赤くなった。

アジェイドは戸惑いながら、セリーナとの距離をどんどん取った。

そして体をぐるぐる回してから天井を見上げ、言った。

「はあ、本当に……。思考回路を理解できない。」

顔が熱くなったアジェイドは、手で目を覆う。

いつの間にか彼の両耳は真っ赤に染まっていた。

セリーナは彼の赤くなった耳とそわそわした態度を見て、直感した。

『やったな、やった！』

セリーナの目には裏切られたような気持ちが浮かんだ。

『ああ、欲望に忠実な皇帝だなんて……どうして病人にそんなことを……』

続いて彼女は彼を睨みつけ、短く言い放った。

「変態。」

彼女の罵倒に、アジェイドの肩がビクリと震えた。

しばらくして、ぎこちない表情を浮かべたアジェイドが口を開いた。

「……おい。」

「セリーナです。」

「そうだな、セリーナ。」

いつの間にか落ち着きを取り戻したアジェイドが、セリーナに一歩近づいた。

まずは誤解を解く必要があると考えたのだ。

だが、セリーナはびくっと体を震わせ、両手を突き出して制止した。

「こ、来ないでください！」

すると、アジェイドは自然な動きで彼女の手首を掴み、引き寄せようとした。

セリーナのあまりにも過剰な反応に、アジェイドは呆れたように苦笑した。

「昨日、脇腹が痛いって言ってただろう。」

セリーナはうるうるした目で脇腹を押さえた。

すっかりビクビクしている様子があまりにも明白だった。

アジェイドは深くため息をつき、必死に冷静さを保とうとした。

一体どこまで誤解しているのか！

「……違うってば。」

「それじゃあ、なぜ私の脇腹が痛くて、無理をしたかどうか質問されたんですか？」

「それは……！」

アジェイドは思わず怒鳴りかけたが、すぐに思いとどまる。

ここで強く否定すれば、かえって疑われると思ったからだ。

アジェイドは、自分を疑うセリーナに近づくのを諦め、代わりに腕を組んだ。

そしてあからさまに不満そうな態度を取りながら尋ねた。

「命の恩人の髪の毛をつかんだだけじゃ飽き足らず、今度は変態扱いまでするつもりか？」