悪役なのに愛されすぎています【９３話】ネタバレ

『……あっ。』

穏やかな気持ちに浸っていたメロディは、不意に自分が何かを忘れていたことを思い出した。

『何だったっけ。』

後でお母様に何かをお渡ししようと思っていたことがあったのに……

考え込んでいたメロディは、すぐにその「何か」を思い出すことができた。

少し前に自分の部屋で父の手紙を受け取ったとき、侍女が言っていた言葉の中に、その答えがあった。

『お嬢様がご不在の間に届いた手紙です。もちろんこれ以外にもございますが、それらはヒギンス夫人の許可が下りてからお渡しするよう申しつかっております。』

「そうだ、そんなことがあった。」

一体どんな手紙が届いていたのだろう、母の許可があれば後で読むことができるかもしれない。

「もしかして、また何かやらかしたんじゃ……？」

もしかすると、上の方で荷物を送る前に購入リストを先に送ったのかもしれない。

もし母がそのリストを見て怒っていたら、どうしよう？

「でも、それは全部必要なものだったのに。」

メロディは山盛りに載せられたジャガイモが崩れてしまうのが怖くて、疑問を尋ねることもできずにただ足だけをそわそわ動かしていた。

時間が少し経った。

しっとりとしていたジャガイモに少し水分が抜けたような気がしたとき、ヒギンス夫人が「もういいわね」と言って、メロディの顔から布を取り外した。

好奇心の頂点に達したメロディは、すぐに質問を投げかけた。

「お母様、私宛に届いた手紙があると聞きました。父が送ってくれたもの以外にも。」

メロディの髪の間に貼りついたジャガイモを取っていた夫人の手がふと止まる。

その様子に、なぜか嫌な予感がして、メロディはお母様の表情をうかがいながら席を立った。

「……私、また何かしてしまったのでしょうか。」

「いいえ。」

ヒギンス夫人は淡々と頭を横に振った。

「気にするようなことではないわ。そんなこと。」

しかしその言葉とは裏腹に、夫人の額には深い皺が寄っていた。

何か悩みがあるようだった。

「もし私に関係あることなら教えてください。何かお役に立てるかもしれません。」

「いいえ。そんなことはない。」

夫人は少し冷たい口調で返したが、どこか戸惑いも見えた。

困惑した彼女は、再び説明を加えた。

「つまり、そういう仕事は引き受けていないってことよ。」

「そういう……仕事ってなんですか？」

執拗に尋ねるメロディの言葉に、夫人は大きく息をついた。

メロディの頑なな表情に気づいたのだろう。

おそらく答えを聞くまで後をついて回るつもりだと察したのだ。

ヒギンス夫人は仕方なくすべてを話すことにした。

実のところ、それはメロディも知っておくべき話だった。

――親という立場では、そういうことを伝えるのが気が引けるというだけ。

「大したことじゃないわ。うん……。」

「……？」

「ただ、ちょっとしたお願いがあっただけなの。」

すべてを話す決心をした後も、夫人はどこか周囲を気にするように遠回しな言い方をしていた。

『それは、そうね……仕方ないわね。』

夫人はジャガイモの切れ端をメロディの髪にそっとつけ、彼女の目をぱちぱちさせる子をじっと見つめた。

ときどき、人々はヒギンス夫妻に向かって、メロディが立派なお嬢様に育ったと褒めたたえた。

けれどヒギンス夫人の目には、メロディは今もなお幼い子供のようにしか映らなかった。

生涯ずっと、自分の手で髪についたジャガイモを取ってあげなければいけない……手のかかる、毛並みの乱れた子羊のように。

「あなたに会いたいという手紙が届いたの。」

「誰からですか？」

夫人はしばらく口を強く結んだまま沈黙した。

だがすぐに、おかゆをかき混ぜながら答えた。

「ええと……独りぼっちの席を望んでいる人から。」

ヒギンス夫人は「とにかくそんなこと気にしないで」という言葉を残し、そそくさとメロディの部屋を出ていった。

一人残されたメロディは目を大きく見開き、突然の知らせについて考えを巡らせた。

とりあえず、二つの点が気にかかった。

『この世に私と結婚しようという人がいるなんて。』

もちろん、メロディは現実的な人間なので、どこかの誰かが彼女を見て一目惚れし、求婚してきたというロマンチックな想像はしなかった。

おそらく、その申し出には貴族間の複雑な事情が絡んでいるのだろう。

たとえば公爵との強い縁を持つ家門とか。

いずれにせよ、メロディにとって自分が誰かとの婚約者として取り扱われる可能性があるというのは、非常に不思議でならなかった。

『母は、ただのこととして受け止めるかしら？』

それは、相手側の家門にとって大きな侮辱であった。

面会すら許さず、婚約を断るなど。

相手の家門にしてみれば、ヒギンス家が彼らを見下していると思うかもしれない。

『お母様らしくないやり方のような……』

彼女は理屈よりも体が先に動くタイプだった。

アイネス家の娘として生まれたものの、結局は貴族社会に完全に溶け込んだ人物であった。

小さなさざ波が巨大な波紋へと広がるこの国の特性上、他家が絡む話には慎重であるべきことも、彼女は知っていたはず。

『でも……』

メロディは、この件について母ともう一度話さなければならないと思った。

「何度か会ってみるのが普通だって聞いたわ、お母さま。」

そして翌日。メロディはヒギンス夫人の執務室を訪ね、婚約について自分の意見を伝えた。

「でも、メロディ。」

夫人はどこか納得できない様子だった。

「ご不安な点はわかります。私はヒギンスという名前にふさわしいだけの教養を身につけていませんから。」

「そんなことを心配したことはないわ！」

ヒギンス夫人は机をトンと叩き、誇らしげに背筋を伸ばしてメロディを励ました。

「あなたは私の誇り高き娘よ。」

「それなら……」

メロディは机の前に一歩近づいた。

「私が他の人と同じような過程を経て断る機会をください。」

「……」

「お母様もご存知かもしれませんが、これは私にとって初めての正式な外部からの要請です。会う前から一方的に断るのは、あまり印象が良くないと思います。」

冷静に語るメロディの言葉に、ヒギンス夫人は反論の糸口を見つけられなかった。

貴族たちは、いかに形式的で面倒でも、決まった手順を踏むことを非常に重んじていた。

その手順を無視することを快く思わない者も多かったのだ。

「……そうだとしても。」

ヒギンス夫人は深くため息をついた。

まだ幼い子に近い彼女に、そんな場を与えるのは間違っているように思えたからだ。

「私はただ、普通に振る舞いたいだけです。誰だって、ただシンプルにスプーンでスープをかき混ぜるような、そんな行動をしたいものです。」

メロディが肩をすくめてそう言うと、ヒギンス夫人はそれ以上何も言えなくなった。

「……わかったわ。ただし、その相手に会うのは3回すべて公爵家の邸宅で行うこと。」

「私もそれに賛成です。」

「もちろんその場には私か、あなたの家庭教師が同席します。」

「そうしてくださるなら嬉しいです。」

「でも、結婚だけは絶対に許しませんからね！」

最後に忠告をするとき、夫人の目にはしっかりとした力が宿っていた。

「どんなやつであれ、うちの娘を狙う者がいれば、縄で縛ってお尻を蹴り飛ばして追い出してやるんだから！」

それはかなり真剣な話だったが、メロディは冗談だろうと考えて、思わず笑ってしまった。

ヒギンス夫人はその日のうちに、相手の家に手紙を書くつもりだと話した。

「日程が決まり次第、あなたにも知らせるわね。」

「……週末。ふう。」

メロディが楽しそうにしている様子にも、ヒギンス夫人は最後まで嫌悪の色を少しも隠さなかった。

メロディがヒギンス夫人との話を終えてドアの外に出ると、びっくりした様子の妖精が彼女を待っていた。

ロゼッタだった。

「メロディ、おばあ様に叱られたの？」

想像力豊かなロゼッタは、部屋から聞こえてきた大きな声を耳にして、彼女のことを心配していた。

メロディはその顔を撫でながら手を差し出す。

「いいえ、ちっとも。ただ、私のせいでお母様が困られていたかもしれないわ。」

ロゼッタはその手をぎゅっと握り、彼女のあとをついて歩き出した。

ふたりは自然にダイニングルームへと向かった。

ちょうど朝食の時間でもあった。

「でもおばあ様、“縛って吊るしてお尻を叩く”って言ってたよ？」

そう話したロゼッタは、ため息をつきながら長い耳をふるわせた。

「そんなことないよ」

「うん、お母様があんなふうに言った時は、きっと心の底では許してくださっていたはず。」

「そう、あんなに大きな声で許してくださったんだもの。」

少女たちはしばらく見つめ合って、くすくすと笑い合った。

「それにね、お母様があんなに縛りつけようとしていたのは、私じゃなくて、誰か分からない将来の私の婚約者なんだから。」

その話を聞いて、ロゼッタは驚いたように目を見開き、メロディの腕をぎゅっと掴んだ。

「……私のお尻が。」

「え？なんて？」

「ちがうってば！」

ロゼッタはメロディの腕に抱きつきながら、にっこり笑った。

「ねえ、メロディ。今朝ポテトスープが出るって。夜明けに厨房に行って、ちょっとつまみ食いしてきたの。」

「朝早く？そんなに早く起きたってこと？」

「うん、最近なぜか目がすぐ覚めちゃうの。うーん、楽しいからかも……。」

そう話すロゼッタの瞳が綺麗に輝いていた。

まるで何かを心待ちにしている人のようだった。

「ロゼッタ、もしかして……」

メロディは少し前にハナが話してくれたことを思い出した。

『毎日外出してるんですか？一人で？』

『マブさんとちょっと親しくなったみたいですよ。もちろんお嬢様が一方的に連れて行ってるだけですけど。』

『いったいどこへ？』

『図書館って聞いたような……。私にはよくわからないけど。』

当時はただ偶然、原作に似たような展開があるだけだと思っていたが、今は何か違う気がしていた。

嫌な予感がする。

「もしかして、どうして？」

ロゼッタがそっと声を上げて、続きを尋ねた。

しかし、メロディはただスプーンを動かすばかりだった。

『そんなはずない。男主人公とロゼッタは会ったことすらないのに。』

メロディは話題をそらすことにした。

「うん、図書館で面白い本でも見つけたくて。そんなに頻繁に行ってるって言ってたでしょ？」

「ああ……」

一瞬、ロゼッタの表情がぎこちなくなった。

しかしそれもすぐに消え、彼女は微笑んでスプーンを大きくかき回した。

「うん！とっても面白いよ！」

『……私の見間違いかな？ ロゼッタが少し緊張していたような……』

メロディはスプーンを置き、湧き上がる疑念を振り払った。

ありえないことを疑っていても仕方がないのだから。

「その前に、メロディ。」

「うん？」

ダイニングルームの前にほぼ到着した頃、ロゼッタは再びメロディに問いかけた。

「どうしてお祖母様と未来の婚約者について話すことになったの？」

「ああ、それね。」

メロディは一度話すのを止めて、ダイニングルームにいる人々に軽く会釈をした。

そこにはちょうどクロードとロニ、そして彼に何かを話しているイサヤがいた。

クロードは自然に二人のために椅子を引いてくれ、ロニは「もう来るの？」というように無難に視線だけを向けた。

「ありがとうございます、坊ちゃま。」

メロディは丁寧に椅子を引いてくれたクロードにお礼を述べ、軽く会釈して席に着いた。

まもなく、ハナもメロディの前にそっと用意された食事を置いた。

ちょうど喉が渇いていたので、メロディは一口お茶を飲んでからロゼッタの方を見る。

彼女はまだ目をまん丸く見開いたまま、メロディの答えを待っていた。

「たいしたことじゃないよ。」

メロディが再び話そうとしたとき、隣のロニーとイサヤの間からひどく大きな声が聞こえてきた。

二人の意見がぶつかったようだ。

しかし彼らが声を荒げるのは今に始まったことではなかったので、特に気にする人はいなかった。

「なんで俺がお前と仲良くピーナッツバターや化粧品選びに行かなきゃいけないんだよ！」

「最初にそれやろうって言ったのは坊ちゃんだろ。仕方ないじゃないか。」

「化粧品が切れた途端に慌てて逃げたの、誰だと思う？」

「すぐ戻ってきたってば。」

「笑わせるね。」

昨日の件にロニーが関わっていたようだ。

二人の声がだんだん大きくなり、上品に新聞を読んでいたクロードが小さな声で注意し始めた。

けれども興奮した二人の少年にはあまり効果はなかった。

メロディは騒がしさのないダイニングルームで、できるだけ小さな声でロゼッタの質問に答えた。

もちろん、10歳の少女でも理解できるように、簡潔かつ明確に。

「私、叱られたの。」

そのささやき声の話が終わった瞬間。

まるでこれまで戦争でも起きていたかのように騒がしかったダイニングルームが、一気に静まり返った。

まるで何か起こったのだろうか。

メロディは不審な顔をして周りを見回した。

「……え？」

みんなが彼女を見つめていた。

お互いににらみ合っていたイサヤとロニはもちろん、クロードまで——。

ロニとイサヤの激しい口論の声は、新聞を下ろしていた人々も振り向かせるほどだった。

メロディはしばらくして、ようやく口を開いた。

「すみません。」

その瞬間も、彼らの視線はメロディから外れなかった。

「私、もしかして……何か失礼でもしましたか？」

「そんなはずないじゃないですか。」

最初に応じたのはクロードだった。

彼はまだ食事が始まってもいないのに、テーブルの上に置かれたナイフをぎゅっと強く握っていた。

メロディはそのときようやく、なぜ彼がそんな奇妙な視線を向けていたのかに気づいた。

彼のお腹が猛烈に空いていたのだ。

そうでなければ、まだ食事も運ばれていないのに、あそこまでナイフを握りしめているわけがない。

――たぶん。

「えっと、うん。私が失礼したわけじゃないなら、それでよかったです。」

メロディはようやくロニとイサヤの方に目を向けた。

皆が視線をそらした。

彼らは依然として互いに刺すような視線を送りながらも、メロディをチラチラと見て、同時にスプーンをそっと動かしていた。

「それで？」

間もなくロゼッタがメロディの手首を軽くつかみながら次の質問をした。

「メロディはどうすることにしたの？」

「うん。」

ちょうど冷たいポタージュが運ばれてきたため、メロディの話は一旦止まった。

しかしテーブルに座っている誰一人としてスープをすくう者はいなかった。

皆がまるでメロディの話を待っているかのようだった。

メロディは周囲を見回し、にこっと微笑んだあと、軽やかな声で答えた。

「うん、断るつもり。何より私に縁談って、すごく変だと思わない？」

ささやくようにざわついていた周囲の空気が、ふっと和らぎ始めた。

間もなくロゼッタが感情のこもった返事をした。

「メロディに婚約者がいるなんて、全然納得いかないよ。でも今のところは嫌いってわけじゃない。ただ、なぜかメロディを取られたような気がするんだ。」

その後、ロニもイサヤの手を離しながら言った。

「いずれにせよ、婚約を受け入れなかったのはよかった。子どもが婚約なんてするもんじゃないよ。」

「そんなこと言うけど、坊ちゃんだってメロディと同い年でしょ。」

「うるさい！精神年齢はもう十五歳を超えてるようなもんだ！」

ロニとイサヤが再びいつも通りに軽口を叩きはじめ、メロディは少し安心した。

ついさっきまで張り詰めていた空気は、本当に自分のせいだったんじゃないかと不安になっていたからだ。

メロディはようやくスプーンを手に取り、ポテトスープをすくって口元に運ぶ。

香ばしい匂いのおかげで、彼女の食欲は爆発寸前のように感じられた。

メロディは一呼吸おいて、柔らかくなった周囲を見渡し、みんなが心配しないように、ある重要な事実を告げることにした。

「正式に断る前に、一度デートをするつもりです。皆さんと同じように。」

しかしその言葉に、また場の空気は静まり返ってしまった。

「え、うん……」

しかも今回は皆がクロードに倣って、ナイフをしっかり握っていた。

『……？』

メロディはそっとスプーンを置いた。

今しがたナイフを握る動作が、彼らだけが理解する合図ではないかと不安になったのだ。

『私の言葉……そんなにとんでもないことだったの？』

彼女は自分が口にした言葉をゆっくり振り返っているうちに、「あっ！」と拳で手のひらを軽く叩いた。

またミスをしてしまった！しかも、かなり重大なミス！

「みんな心配しなくてもいいの。こういう場合は、少なくとも三回はデートするものだって、ちゃんと知ってます！」

メロディは指を三本ぴんと伸ばして、自信満々に話した。

その発言にもかかわらず、ダイニングルームの空気が再び重苦しくなることはなかった。