余命僅かな皇帝の主治医になりました

余命僅かな皇帝の主治医になりました【39話】ネタバレ




 

こんにちは、ちゃむです。

「余命僅かな皇帝の主治医になりました」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【余命僅かな皇帝の主治医になりました】まとめ こんにちは、ちゃむです。 「余命僅かな皇帝の主治医になりました」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載...

 




 

39話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 酔い②

「その場所」は通称「密室」と呼ばれた。

窓もなく四方が壁の小さな部屋。

密室には椅子が一つとテーブル、そしてわずかに息ができるだけの小さな蝋燭が一本あるだけだった。

ジェイムスは一人きりで密室に閉じ込められ、宮廷の処罰を待っていた。

おそらく残りの二人もそれぞれの密室に閉じ込められて処罰を待っていることだろう。

『ちっ。パトリックのやつ、なんで急に騒ぎを起こしたんだ。よりにもよって彼女にまで手を出すとは!』

目をつけるならノクターンだけにしておけばよかったものを、隣にいたオフィリアにまで手を出そうとしたことで事態はさらに大きくなってしまった。

公爵はオフィリアをかばった。

唯一の姪であり、次期皇后として育てられた身体だったので、なおさら大切に思っていたのだ。

そんな娘に手を出したとなれば、たとえ相手が未熟者であっても公爵は黙っていないだろう。

ジェームスは公爵が来るのを神経質に待っていた。

遠くから「コツ、コツ」と革靴の足音が次第に大きく、近くなって聞こえてきた。

その音にジェームスの肩が緊張でピクリと震え、筋肉がこわばった。

コツッ。

足音はまさにジェームスがいる部屋の前で止まった。

扉についている小さな窓から、公爵の冷たい青い瞳が見えた。

公爵が口を開いた。

「ジェームス。」

「か、閣下。この、今回の件は……」

公爵の前に立ったジェイムスの唇がぶるぶると震えた。

捨てられるのが怖い子犬のように、ジェイムスの瞳には哀願が満ちていた。

公爵は低くつぶやいた。

「くだらないことをしたな。」

「……」

「ノクターンがそんなに気に入らなかったのか?」

「私は、その、家門を裏切って出て行ったノクターンの傲慢な結末を見たくなくて……」

ジェイムスは公爵の言葉がとがめるように響くと声を上げた。

しかし、公爵の表情があまりにも冷たく厳しかったため、声がだんだんと小さくなっていった。

「申し訳ありません、閣下。」

結局、ジェイムスはプレッシャーに耐えきれず、失敗してしまった。

作品は雑に崩れていた。

「ちゃんとできないなら、最初からやらない方がよかっただろう、ジェイムス。」

「……」

「自分の末路を見ろ。君は今でもノクターンに負けたあの日と、まったく変わって見えないよ。」

ジェイムスは作品の酷評に奥歯を強く噛み締めた。

テーブルの下に隠された両こぶしが小刻みに震えていた。

ジェイムスは現在、グリーンウッドの中で最も作品への愛情を受けている者の一人だった。

ノクターンがいたときは常に“二番手”だったが、今は彼がいないので“一番手”だった。

しかし、常に“二番手”のような気がしてならなかった。

ああ、ノクターンを見るたびに怒りが込み上げ、痛めつけてやりたいと思った。

子供の頃、自分が輝けばそのまま素直に輝いていたあの子が、ある瞬間から1位になり、自ら控えの席を蹴って門の外に出て行ってしまった。

これが背信でなくて何だというのか!

ジェイムスは体の震えを止めることができなかった。

公爵はそんなジェイムスを黙って見守った。

実際、公爵はジェイムスの性格を誰よりもよく知っており、あらかじめ防いでいた。

煮詰まるのを待っていたら、結果は子どものいたずらレベルだった。

事を起こすには到底及ばなかった。

それでもなお、控えの席を認められずにじわじわと攻めてきたのだった。

いっそのこと言えば、ノクターンの方がずっとグリーンウッド公爵にふさわしかった。

公爵は再びノクターンが惜しくなって口をつぐみ、軽くうなずいた。

「いっそのことノクターンを門の中に入れ、正式に任命したほうがグリーンウッドの未来が明るく見える」

「……」

「私は君に期待しすぎていたようだ。」

「そ、そんな……!私は……!」

ジェイムスは公爵の見捨てられた犬にはなりたくなくて、勢いよく立ち上がって叫んだ。

しかし、公爵はその言葉をばっさりと遮った。

「いつまで私が君の面倒を見なきゃならんのだ?愚かな犬は、自分の餌皿さえ奪われる運命にあるのだ。」

「……」

「よく覚えておけ。君が今ぼんやりしている間に、オフィリアには何一つ害が及んでいないのだからな。」

「そ、それは……」

「パトリックはまもなく処刑される。自分の場所に戻れ。この地の使用人として生きていたとしても、もはやグリーンウッドではないのだから、待遇する必要はない。」

「!」

ジェイムスは公爵の無慈悲な処罰に大きく息を呑んだ。

グリーンウッドの領民の中で公爵の血縁者はいなかった。

言ってしまえばノクターンはいたが、ノクターンは庶子で、オフィリアのように嫡出子としての待遇は受けられなかった。

ゆえにグリーンウッドの領民は皆、庶出の出身でも無難だった。

概ね聡明であれば、庶出の家門の子を養子に迎え入れ、その数は数え切れなかった。

問題はその中で生き残る者がどれだけいるかということだった。

大抵は3年と持たずに追い出されたり、自ら逃げ出していった。

パトリックは最も長く耐え抜いた公爵の養子の一人だった。

性格は未熟で負けず嫌いだったが、才覚だけは抜きん出ていたため、公爵が残したのだった。

パトリックの名で出した論文だけでも数十本にのぼった。

グリーンウッドは何よりも文芸を重んじる家門だけに、パトリックは貴重な人材だった。

そんな彼が、今日処刑された。

オフィリアを襲ったという、ただその一つの理由だけで。

ジェイムスは恐れた。

彼の処罰が、いずれ自分の処罰になるかもしれなかったからだ。

「償う機会をください!」

ジェイムスが切羽詰まった声で叫ぶと、去ろうとしていた公爵が足を止めた。

「さて。お前が果たして、ノクターンの抜け殻の一つでも壊せるのか?私には分からんな。」

「……」

「この扉一つすら開けられないお前が、一体何ができるというのだ。」

公爵の一言にジェイムスはその場に崩れ落ちた。

公爵はその後も何度かジェイムスの胸をえぐるような言葉を投げかけてから去っていった。

ジェイムスは何も言わず、垂れ落ちるロウソクの蝋をすくってみた。

自分の体を照らす光を反射するその蝋は、涙を流すようにしずくを垂らしながら、徐々に消えていった。

まるで希望が消えたジェイムスの処遇のように。

「間抜けな犬は、自分の餌の皿すら奪われるものだ。」

公爵の冷酷な皮肉が脳裏に刻まれた。

その言葉の意味はあまりにも明白だった。

間抜けな犬はジェイムスであり、その餌の皿を奪う者はノクターンだった。

ジェイムスは怒りに震えた。

公爵が今もなおノクターンを惜しんでいることがはっきりしていた。

このままではノクターンがグリーンウッド公爵になるかもしれないという考えがよぎった瞬間、全身に血が逆流するような気分だった。

もう少しまともにやれていたなら、あんな子どもだましレベルではなく、もっと派手にノクターンを倒してやれていたなら……

いや、いっそあのとき死んでいれば、公爵はむしろ褒めてくれていただろうに。

いつの間にかジェイムスの目つきが氷のように冷たく鋭くなっていた。

パチッと火花が飛ぶ音と共に、そのとき、両脇のろうそくの火が一斉に消えた。

完全な闇に包まれた。

そしてその瞬間、公爵の声がパッと響いた。

『この扉一つすら開けられないお前が、一体何ができるというのだ。』

「まさか……」

ジェイムスは雷に打たれたように呆然と立ち尽くしながら席を立った。

そしてドアノブに手をかけたとき──

キーイイイ──。

軋む音とともに、ドアはあまりにも簡単に開いた。

最初から鍵がかかっていなかったかのように。

『最初から鍵がかかっていなかったのか。』

ジェイムスは苦笑した。

グリーンウッドの領民たちは皆、この密室に慣れ親しんでいた。

子どもの頃、何か過ちを犯すたびに閉じ込められた場所だった。

いつも鍵がかかっていたから、大人になってからは開けようとすらしたことがなかった。

入らないようにと努力はしたが、入った後に逃げようと努力したことはなかった。

習慣化された無気力は扉が開いていたことすら認識できず、自ら閉じ込められている檻を作っていた。

まるでサーカス団が子象を調教するために足に鎖をつけておくように。

「今度は違います、公爵。」

ジェイムスは歯を食いしばりながら、ゆっくりと密室を出ていった。

外には護衛兵の姿もなかった。

 



 

翌日、セリーナはベッドの上で体を起こしたとき、ぎょっとした。

『ん?お酒なんて飲んでないのに、なんで二日酔いみたいに?』

酷いというほどではなかったが、頭が——ぴったり二日酔いの症状のようだった。

おそらくアゼイドが事前に酔い止め薬を飲んでいなければ、今ごろはすっかりやられていただろう。

しかしセリーナはそこまでは知らなかった。

彼女は軽い酔いを感じながら顔をしかめた。

お酒も飲んでいないのに酔うなんて、実に不思議なことだった。

そして気がつけば、どうやって部屋に戻ってきたのかも覚えていなかった。

アゼイドをテラスに呼んだところまでは覚えているのに……その後の記憶がなぜか曖昧だった。

「おかしいな。本当に最近疲れてるのかも。昨日何をしてたかも覚えてないなんて。」

セリーナは軽く頭を振って、残っていた眠りから目を覚ました。

目覚ましがなくても毎日同じ時間に起きるのは、セリーナにとって簡単なことだった。

彼女は朝の診察に行くために起きて顔を洗い、服を着替えた。

そして慣れた足取りでアゼイドの寝室の方へと向かった。

今日はメイドが前に立って遮ることもなかった。

そして静かにアゼイドの寝室の扉をノックした。

「陛下、セリーナです。」

ドタドタッ。

ん?

セリーナはノックした直後、内側から騒がしい音が聞こえて不安になった。

「陛下?何かあったのですか?」

「……」

「陛下?」

内側から何の返事もないので、セリーナはますます不安になった。

明らかに起きたような物音があったのに反応がないなんて。

さっき聞こえた音がアゼイドが倒れた音ではないかと心配になり、ドアノブを掴もうとしたその時、内側からアゼイドの低い声が聞こえた。

「少し待て。」

まるで寝起きのような声。

たぶんさっき起きたばかりなのだろう。

『寝起きでも品格があるなんて。』

セリーナは彼が寝ていてベッドから落ちたのかと思い、くすっと笑った。

その間にメイドが洗面用具を持ってくるのかと思ったが、ようやく外出許可が下りたようだった。

セリーナはアゼイドが朝からかなりきちんとした様子でベッドに座っているのを見て、目をぱちくりさせた。

普段は寝起きの顔で朝の診察を受けていた彼とは違う姿だった。

朝から何か用事があるのか、きちんと身なりを整えたようだった。

セリーナは気軽にベッドの枕元に腰を下ろして言った。

「今日は珍しく整ってますね?」

「君は知らないだろうけど、僕って実はきれい好きなんだ。」

アゼイドは視線をそらしながら小さくつぶやいた。

セリーナはアゼイドの返答に驚いた。

「え?朝から冗談ですか?」

アゼイドの生まれつきの無愛想さは前世からよく知っていた。

今さら急に几帳面なふりをされてもおかしかった。

『一体どういう風の吹き回しなのかしら。』

セリーナはアゼイドの理解不能な行動に苦笑した。

アゼイドは言いたいことが多そうな表情で口を閉ざしていた。

しかし「急に君に顔を見せるのが気恥ずかしくなった」などとはとても言えなかった。

彼自身も、この妙な気持ちをうまく説明できていないようだった。

「さっき音がしたけど、ベッドから落ちたりでもしましたか?」

「まあ、大体そんなところだ。」

「どこか打ったところはないですか? 見せてください。」

セリーナが大げさにせがむと、アゼイドは溜息をつきながら近づいてきた。

「君は僕をあまりにも弱く見すぎる傾向があるよ。」

「私には、弱く見えるんですけど。」

一瞬のうちにピクピクと眉をひそめたが、アゼイドは不満そうな表情を浮かべながらも、きっぱりと言った。

「僕は弱くなんかない。」

「はいはい、わかりました。」

セリーナはくすっと笑いながら適当に返し、診察用の器具を取り出す。

彼女の手にすっぽり収まるサイズの小さな器具だった。

彼女の滑らかな指先を見て、アゼイドは昨晩の出来事が思い出され、再び胸がドキドキと鳴った。

『また始まったか。』

アゼイドがわずかに眉をひそめた。

彼女がちょうどアゼイドのマナ・コアの上に手を置いたのが問題だった。

「セリーナ。」

「脈を取るときは話しちゃダメって言ったでしょ。」

セリーナがやや呆れたように言ったが、アゼイドは話すのをやめなかった。

「俺、ちょっとおかしい気がする。」

セリーナはその言葉に動きを止めた。

脈を取っていたことも忘れたまま、彼を見つめて尋ねた。

「どういう意味ですか?どこか具合が悪いんですか?」

セリーナは不安げな目でアゼイドの次の言葉を待った。

もしかして夜中に体調を崩したのではと心配しながら——不快であれば、事前に処置をするべきだった。

そう言ってアゼイドは首元を押さえた。

「不快というよりは、戸惑ってる感じだ。自分の体がこんなふうになるのは初めてなんだ。」

いったい何がどうなってそんなに動揺してるの?

セリーナはアゼイドがもじもじするのを見て、じれったそうに問いかけた。

「症状を正確に言ってくださらないと診断できませんよ。」

「心臓がおかしい気がする。」

「心臓ですか?」

「理由もなく頻繁に速く脈打ったり、ドクンと高鳴るような感じがして、血がざわざわと逆流するような感覚になることもある。」

「いつでも心臓が壊れたみたいに頻繁に──鼓動が激しいということですか?」

「そう、それだよ。どうやら俺の心臓の調子がよくないみたいだ。」

アゼイドが視線を落とすと、セリーナは少し驚いたが、すぐに礼儀正しく謝り、両手で彼の胸に手を当てた。

トクン、トクトクトクン。

セリーナの手が触れたとたん、心臓がまた激しく鼓動し始めた。

セリーナは真剣な表情でその心拍を観察した。

特に何もしていない朝にもかかわらず、心臓は驚くほど速く鼓動していた。

『本当に。心臓に異常があるのかも!』

いや、ついさっきまでは普通だったのに、なぜ急に心臓が問題になるのか。

本当に一瞬たりとも気を抜けない患者だ。

セリーナは慎重に尋ねた。

「最近、腹の立つことが多かったですか?」

「腹の立つこと……?」

「小さなことでも大丈夫ですよ。」

彼女がいつもより優しい口調で尋ねると、アゼイドはここ数日の出来事を少しずつ思い出した。

 



 

腹の立つというよりは、気に障ることが多かったようだった。

特に昨日のレオナルドの報告は、実に苛立たしい内容だった。

今回の私的外出でグリーンウッドの公爵領を選んだのは、実は演技だった。

本当は自然に公爵領を訪れて、公爵の背後を探るためだった。

ジャックが命を懸けて突き止めたおかげで、密輸に関わる責任者がグリーンウッド領に住んでいることが分かった。

ハピル公爵の城と隣接する場所で保護を受けていたため、接近は困難だった。

ジャックはそれでも自ら近づいてみようと強く主張したが、アゼイドは止めた。

そして結局、ジャックは襲撃を受けた──

公爵も大体こちらの動向に気づいたようだった。

慎重に近づかなければ、かえってすべてを失いかねない状況だった。

ハヤは狩猟の獲物をじっと待ち構えるようにしていた。

公爵が皇帝の後ろ盾であるレオナルドにまで手を出せないことは計算済みだった。

密かにレオナルドが管理人と接触し、証拠を収集する予定だった。

だが、あのずる賢い公爵はそれをあらかじめ察知して手を打っていた。

『私が行った時にはすでに一家全員が息絶えて久しかった。おそらく公爵が先手を打ったのだろう。』

『妙なことだな。あれほどの管理人がたった一晩で死ぬとは……。まるで、こちら側に知られてはならない何かがあるかのように……。』

『怪しい点がもう一つあります。』

『言ってみろ。』

『遺体に抵抗の跡がありませんでした。』

『自害したということか?』

『自害の跡もありませんでした。まるで突然心臓だけが止まったようでした。』

『毒を使った形跡は?』

『ありませんでした。』

『……お前の言う通り、まるで呪いのようだな。』

アゼイドはまた一から調査を始めなければならない状況に苛立ちを覚えた。

偶然にしては、同じ一家全員が突然死する確率がどれほどあるというのか。

毒殺でもなく、他殺でもなく、自殺の形跡もない。

ただ心臓が止まって死んでしまった。

まるで罠にかかった人のようだった。

これは果たして、公爵の運がよかったのか、それとも意図的だったのか。

前者であれば、天がアゼイドの味方ではないということになり、後者であれば、公爵が何かの力を隠しているという意味になる。

アゼイドは「運」ではなく「意図的だった」と考え始めていた。

神の気まぐれで片付けるには、引っかかる点が一つや二つではなかった。

あのグリーンウッド公爵である。

明晰な頭脳でどれほど恐ろしい毒を作り出しているか分からない相手だった。

『一体、何を隠しているんだ?なぜあれほど急いで部下を殺したんだ?』

アゼイドは幼い頃から本能的に、公爵を警戒していた。

人そのものから感じられる一種のねばつくような嫌悪感。

実際にも、表では笑顔を見せながら裏では冷酷に人を扱っていた人物だった。

何かをこそこそと隠しているのは明白だったが──まるで飲み込めない謎だった。

『ノクターンに話すべきか。』

アゼイドは少し迷った末に、ため息をついた。

確証もないことで、ノクターンを巻き込んでも事が大きくなるだけのように思えた。

『どうにも単純に考えられる問題ではなさそうだな。』

アゼイドは確信した。

今回の魔石密搬入事件の裏には、もっと大きな陰謀が隠れているに違いない、と。

 



 

「なんでそんなに深刻な顔をしてるんですか?」

そのとき、セリーナは返事のないアゼイドを訝しげに見つめた。

そして、少し遅れて目の前にセリーナがいることに気づいたアゼイドは、ぎこちなく表情をこわばらせた。

「特に腹が立ったわけじゃ……」

まさに「たいしたことなかった」と言おうとしたその瞬間だった。

彼女との距離が知らぬ間にとても近づいているのを感じた。

セリーナの手はまだ彼の胸の上に置かれたままだった。

彼女の目はなぜかきらきらと輝きながら見つめていて、まるで内に秘めた言葉が漏れ出てしまいそうな気がした。

アゼイドは軽く咳払いし、セリーナの手をそっと払いのけた。

「どうやら最近、業務が多すぎて疲れているようだ。」

「そうですか?それにしてはずいぶん余裕があるように見えましたけど。」

「君の目には、私はとても忙しそうに見えたのだろう。」

「私はいつも忙しいんです。」

「そう?忙しい人が、僕に何も言わずノクターンと散歩したり、果てはパートナーとして武道会まで参加するのかい?」

アゼイドがジロリとにらむと、セリーナは思わず目をぱちぱちさせた。

よく考えてみると、嫌な気分だった。

散歩はセリーナとアゼイドの間にある黙認された業務だった。

毎日欠かさず一緒に散歩していた相手が、別の人と散歩したと聞かされることになるなんて。

『セリーナと散歩できるのは、俺だけでいいはずだ!』

アゼイドは、自分が妙な部分にこだわっていることに気づけなかった。

セリーナが落ち着いた声で言った。

「私が頼まれたからって、散歩するのに制限なんてありませんよ。」

アゼイドの目がすっと細くなるのに時間はかからなかった。

「じゃあ、ノクターンと散歩して楽しかったってことか?」

アゼイドが皮肉な微笑みを浮かべながら尋ねた。

セリーナはその意図をつかめず、ただ戸惑いながら表情をそのままにした。

「よかったですよ。森の道がとてもきれいで、最近もよく行くんです、一人で。」

「そう、それがそんなにきれいだったってこと?」

アゼイドは笑みを浮かべながらも、どこか落ち着かない気配で言った。

そのときになってようやくセリーナはアゼイドを見つめた。

なぜかその笑顔の奥にトゲがあるような感じがした。

『なにあれ?』

けれど、セリーナが何かを言い返す間もなく、アゼイドが冷たく言い放った。

「そんなに気に入ったなら、これからもノクターンと散歩すればいいさ。私はベッドにいるから。」

「え?」

「嫌いな相手と無理に散歩するより、きれいな場所に連れて行ってくれるノクターンと散歩するほうが良いじゃないか。そう思わない?」

アゼイドがとんでもないこじつけを言うので、セリーナは苦笑した。

ようやく散歩に慣れてきたところなのに、散歩を拒否するとはどういうことか。

こんなふうに散歩をやめさせようとするアゼイドの魂胆は見え見えだった。

しかも、なぜここまでノクターンを気にするのか理解に苦しんだ。

セリーナは目を丸くして言い返した。

「何言ってるんですか。散歩は毎日しなきゃだめですよ。それに、私は誰と散歩しようが関係ないでしょう?」

「……え?」

アゼイドはセリーナの言葉に深く傷ついたかのように、唇をきゅっと結んだ。

彼がなぜ衝撃を受けたのか、セリーナにはまったく理解できなかった。

しばらくしてアゼイドは、ひどく傷ついたような表情を浮かべて言った。

「俺は別に、散歩に行かなくても構わないし。」

一体なぜそんなに気分を害しているのか。

セリーナの想像力では、アゼイドの思考を理解することができなかった。

なんで?どうしてこんな態度なの?

セリーナは突然のアゼイドの散歩拒否の態度に、思わず冷や汗がにじんだ。

下手に言葉をかければ、かえってアゼイドをもっと傷つけてしまいそうな気がしてならなかった。

もしかして彼は、ノクターンと仲良くするのが嫌なの?

それとも友達を奪われたと思っているの?

セリーナはアゼイドが友人たちをとても大切にしていることを知っていた。

だからこそ、友達を取られたと思って拗ねているのかもしれないと思うと、全く理解できないというわけではなかった。

セリーナはアゼイドが切なそうな視線を向けて、うつむいた。

「陛下、もしかして今、拗ねてらっしゃるんですか?」

「拗ねてるだと?私はただ、お前の治療方法が気に入らないだけだ。」

「そんなふうに散歩を拒否されたら、困りますよ。」

「お前が困ろうが、私には関係ないだろう。」

「ふーん。」

どうやらアゼイドは、かなりの友達依存タイプのようだった。

ジャックと一緒にいた頃も、妙に敏感だったことを思い出すと、確かにそんな感じだった。

セリーナは別の方法でアゼイドを説得しようとした。

「陛下、私ノクターンさんと仲良くないんです。」

「もう名前で呼び合う仲なのか?」

いや、それがそんなに重要なの……?

セリーナは、こういうふうに拗ねた相手をなだめることには慣れていなかった。

そもそも、自分に拗ねた相手を慰めようと思ったことがなかったので、なおさらだ。

セリーナが戸惑って何も言わずにいると、アゼイドが少し寂しそうに尋ねた。

「誰と散歩するのがもっといいの?」

「えっ?」

「いや、もういい。」

「……」

アゼイドは、余計なことを言ったと思ったのか、顔をしかめた。

自分の気持ちをどう処理すればいいのかもわからなかった。

なぜここにいないノクターンに対して張り合おうとしているのか?

セリーナがアゼイドと散歩に行くのは治療の一環だ。

一方で、ノクターンと一緒に出かけるのは、ただのデートにしか見えなかった。

その明白な事実が、アゼイドにはまるで喉に刺さった小骨のように居心地悪く感じられた。

 



 

 

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