こんにちは、ちゃむです。
「余命僅かな皇帝の主治医になりました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

40話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 酔い③
セリーナは不満げな表情を浮かべたアゼイドをじっと見つめた。
仮に不満顔をしていても、アゼイドは本当に見目麗しい人物だった。
ふと、その端正な顔立ちを思い出していたセリーナは、思わずクスッと笑ってしまった。
なぜか分からないが、とりあえずこの皇帝陛下の気を少しでも和らげてやりたい気がした。
「こういうことで好き嫌いを言うのは変かもしれませんが、私は陛下が一人で黙々と歩いている姿を眺めるのが一番好きなんですよ。」
いつもぶつぶつ文句を言いながら歩くのがどれほど大変か、分かりますか?
後半の一言をぐさりと突き刺すように言われて、にやりと笑ったアゼイドは、顔をしかめて眉を寄せた。
「つまり、私と一緒に散歩するのが面倒だという意味か?」
アゼイドは、何を言っても都合よく聞こえるように決めつけていたのが明らかだった。
セリーナは「まったく、もう」と心の中でつぶやきながら、言葉を続けた。
「違います。陛下が散歩されている姿をそばで見るのが一番好きって意味です。陛下は私が一緒じゃないと散歩されないじゃないですか。」
「必ずしもそうとは限らないけど。」
アゼイドの声はさっきよりも少し柔らかくなっていた。
タイミングよく、セリーナがにこやかに言った。
「そうじゃない姿をもっとたくさん見せてください。そしたら本当にうれしいです。」
いつの間にか、アゼイドの顔から力が抜けて、ふわっと緩んだ。
彼はわざとらしく真面目な顔で尋ねた。
「つまりセリーナ、君は。僕と一緒に散歩する方がいいってこと?」
「はい。だから、散歩を拒否されるのは困ります、陛下。」
セリーナがそう肯定すると、アゼイドはもう不機嫌そうな様子は見せなかった。
あの上がった口元を見てみなさい。妙なことで勝ち誇ったような顔をしているなんて。
『まるで小児科の患者を診る医者みたいね。』
セリーナはため息混じりに、淡々とした表情で説明を続けた。
「それと、ノクターンさんとペアを組んだのは、そのとき図書館にいた人たちの都合で、どうしようもなかったんです。」
「なんだ、それが理由だったのか。」
どういうわけか、セリーナが急にパートナーを放り出して自分にテラスに来るように言ったのが不思議に思えた。
昨日の出来事を振り返ると、ノクターンがオフィリアと話すために彼をテラスに連れていくよう、セリーナに頼んだようだった。
『ひとりで行けばいいのに、なんで私を巻き込んだのよ。しかも、あんなに目立つパートナーとして連れていくなんて。』
アゼイドは、ノクターンが通りすがりにセリーナに親しげな様子を見せたのが気に入らなかった。
ジャックがそばにいて不安だというならまだしも、ノクターンのそれはまったく違う意味で不安だった。
アゼイドでさえ、時折ノクターンの本音が読めないことがあり、だからこそ余計に気がかりだった。
そのとき、セリーナが横を通りすぎながらぽつりとつぶやいた。
「はい。ちゃんと解決したのかどうか、よくわかりません。昨日のことはあまり記憶にないので。」
セリーナは、自分でもよく覚えていない昨夜の出来事に困惑していた。
するとアゼイドがくすっと笑って言った。
「昨日あれだけ酔ってたら、記憶がないのも無理はないさ。」
「え?私が昨日、酔ってたんですか?」
「正確にはチョコレートを食べて酔ったんだ。あのとき君が“おいしい”って言いながら食べてたの、実はウイスキーチョコレートだったんだよ。」
「……なんてこった。」
どうりで朝から頭がズキズキして、二日酔いみたいだったわけだ。
本当にお酒を飲んでいたとは。
セリーナは曖昧だった昨日の記憶を徐々に思い出してきた。
かすかにアゼイドと部屋で何かしていたような感覚がよみがえってきたが、はっきりしなかった。
『なにかすごく後悔するようなことをした気がするんだけど……。』
セリーナは微妙な空気を察して、アゼイドにそっと応じた。
以前のように頭を引っぱたこうとは思わなかったが、彼の頭をじっと見つめた。
それでも一応と思って、慎重に尋ねた。
「陛下、もしかして私、何か失礼なことをしましたか?」
アゼイドはセリーナを見つめて、ふっと笑った。
彼女が昨日のことを覚えていないのが、少し悔しそうだった。
大したことではないと言おうとしたアゼイドだったが、昨日彼の指を噛んだセリーナのことを思い出した。
そしてそのときの、あのとてつもない狼狽ぶりをセリーナが察して、心の中でつぶやいた。
『やっぱり失敗してたんだ!』
最近、どうもアゼイドに見せてはいけない姿ばかり見せている気がする。
頭を引っぱたくわ、失言をするわ……。
「これからはお酒はほどほどにしておきなさい。酔うと理性がまったく効かないようだ。」
「理性ですか?」
実のところ、セリーナは普段あまりお酒を楽しむほうではなかった。
彼女が酒を飲むのは、むしろ気分が沈んだときが多かった。
大変な手術を終えた後、気分がもやもやしているときに、一杯だけ強い酒を飲んで寝ることがあったくらいだ。
だから、酒に酔って理性を失ったことなど一度もなかった。
「そうだ。君が迫ろうとするのを、僕が止めたんだぞ。」
「うそでしょ。」
セリーナはアゼイドのにやにや笑いを見て、即座に否定した。
その表情を見るに、どうやら彼女が記憶していないことをからかっているようだった。
アゼイドは目に見えて慌てるセリーナを見て、アゼイドはくすっと笑った。
慌てた姿を見るのは初めてだったためか、少し違って見えて、どこか可愛らしくも感じられた。
アゼイドは彼女に顔をそっと近づけて言った。
「気になる?君が昨日、僕に何をしたか。」
「何をしたんですか?」
「後悔すると思うよ。いっそ覚えてないほうがマシかもね。」
アゼイドはほのかに微笑みながらセリーナを見つめた。
はっきり言ってくれたらいいのに、ぐるぐる回して言うその様子は、今の状況を楽しんでいるようだった。
「後悔しないので、教えてください。」
「ふーむ。」
アゼイドはどうしようかと悩むように、指で唇の上を軽くトントンと叩いた。
この機会にさりげなく告白してもいいか、一瞬悩んだのだった。
そしてアゼイドがセリーナの手を掴んで引き上げた。
大きくてしっかりした手に包まれて、セリーナの手はすっぽりと収まった。
彼の視線はセリーナに固定されたままだった。
アゼイドが唇を開いた。
そしてその唇の中に、セリーナの指先がゆっくりと入っていった。
まるでスローモーションのようにゆっくりと。
あまりに自然なその行動に、セリーナはそれを止めるべきだと気づいたときには、もう遅かった。
「な、なにをして……!」
しかし、口を開いたときにはすでに遅かった。
アゼイドは何の前触れもなく、セリーナの指をがしっと噛んだ。
痛いほどではなかったが、思わずびくっとするほどの強さだった。
『あなたが、加害者だったの?!』
セリーナが驚愕して叫ぼうとしたその瞬間、かすかに忘れていた昨夜の出来事が一気に蘇ってきた。
『放してよ、放してってば……!』
混乱して彼を思い切り突き飛ばしたアゼイドと——
『いや! アアライガ アオ アウィ イアナヨ!(やだ! なだめられるの、もっとイヤです!)』
彼の腕を掴んで抵抗していたのは、まさしく自分の姿だった——。
「……」
セリーナは自分でも気づかないうちに口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
なんてこと、いくらやけになったとはいえ、皇帝の指を噛むなんて。
アゼイドが困惑していた表情を思い出すと、耳が熱くなる気がした。
セリーナは顔をうつむけた。
アゼイドの顔を見ることができなかった。
穴があれば入り込んで水をかぶってそのまま死んでしまいたい気持ちだった。
アゼイドはセリーナの行動に笑いがこみ上げてきたのか、それを必死に抑えながら静かに言った。
「普段から私に不満が多かったようだな、セリーナ。」
アゼイドの笑みが威圧的に見えるなら、それはセリーナの思い過ごしなのか。
セリーナは目を伏せながら小さく否定した。
「いえ、絶対にそんなことはありません。」
「それなのに、なんで急に僕の指を噛んだの?」
「それは……」
セリーナは心の中で「終わった」と叫び、パジャマの裾をいじりながら狼狽えた。
アジェイドは、セリーナがあまりに驚いた様子を見て、口元をわずかに引き上げた。
この機会を逃したくなかったのか、急に悲しげな表情を作って目を伏せた。
「僕、これまで君にすごくよくしてきたつもりだったけど、足りなかったのかな?」
「へ、陛下。」
「指がちぎれるかと思ったんだよ。」
セリーナは、妙にしおらしくなったアジェイドの様子に、内心でバチバチと火花が飛んだ気分だった。
怒りよりも、こうやってしおらしくされる方がよっぽど厄介だった。
セリーナは彼の手を慌てて握ったまま叫んだ。
「ご、ご、ごめんなさい!もうお酒は飲みません!」
「……手はなんで握ってるの?」
アゼイドはセリーナをからかうこともなく、ただ手を握り返して応じた。
自分の手にすっぽり収まるその小さな手が、なぜか妙にかわいらしく見えた。
『指がかわいく見えるって?』
アゼイドはあり得ない考えの流れに自分でショックを受け、それを誤解したセリーナが手をぱっと離して説明した。
「えっと、逃げないようにまずは止めようと思って……、つい焦って握っちゃって、私も気づかないうちに握ってました。」
「……」
「指は大丈夫ですか?血が出たりとか、そういうのじゃないですよね?」
アジェイドは指が離れていく感触に、少し物足りなさを感じた。
もう少し握っていたかったような気がして、なんだか落ち着かなかった。
それでも、セリーナの手の感触にすっかり慣れてしまっていたのは間違いなかった。
『なんて恐ろしい執着心だ……』
アジェイドは、セリーナをじっと見つめながら警戒気味に言った。
「その程度じゃないよ。もう跡も残ってないし。」
「それならよかったです。」
セリーナはふわっと笑い、どこか気まずそうに返事した。
そして少ししてから、セリーナはそっと話題を変えようとした。
「それで昨日の舞踏会では何もなかったんですか?」
「ノクターンの件なら無事に終わったから安心してくれ。黒幕だった者たちは全員捕まり、共謀が明らかになったので処罰されたはずだ。」
アゼイドは幸いにも怪しさを感じず、素直に答えた。
「やはり捕まったんですね。でも舞踏会でテロを起こそうとしたのにそれがうやむやになるのは納得できません。」
ノクターンが私的な理由で関わっていたとしても、何もなければどうしようかと思っていたが、幸いきちんと処罰されたようだ。
「ノクターンだけなら簡単に終わったかもしれないけど、共鳴団もグリーンウッドの令嬢も関わってたんですよ。」
「グリーンウッド侯爵家の婚約話ですか?」
思い返してみると、ノクターンがオフィリアに話すつもりだと言っていた。それでかと思ったが、アジェイドが言葉を継いだ。
「混乱を起こそうとしてたんだ。」
「へぇ。」
「なんとか止めて連れて行ったけど、あの公爵がグリーンウッドの縁談を邪魔するなんて、そう簡単には終わらないだろうな。」
「……なぜそんなことを?」
「酒のせいだよ。」
「……ああ。」
セリーナはまた酒の話に戻ってきたのを聞いて、思わずアジェイドの口を塞ぎたくなった。
せっかく上手に話題をそらしたのに、また元に戻るなんて!
セリーナが目を泳がせて戸惑っていると、今回はアゼイドが話題を変えた。
「今日は狩りに出かけるよ。」
「えっ、もう始まるんですか?」
「まずは構成だけ整えるんだ。森に湖があるって聞いたことあるか?」
「え、ノクターンさんが……。」
セリーナはノクターンに見せてもらったと言おうとしたが、アゼイドがふっと笑って言った。
「見たんだな。」
どうやら彼の誘導尋問に引っかかったようだったが、アゼイドは落ち着いて笑った。
「何時に出発するんですか?私もついて行っていいですか?」
「じゃあ君が僕のそばにいないなら、どこにいるって言うの?」
「いや、まぁ…私の他にも皇宮からついてきた医官が何人かいますし、私も見たい本があって……」
セリーナは語尾を濁しながら気まずそうに笑った。
アジェイドは不満げに眉をひそめ、ついてこようとしないセリーナをじっと見つめた。
今日はひときわ敏感なアジェイドは扱いにくかった。
普段なら彼のそばをうろうろしていただろうけど、すでに舞踏会のテロ事件が無事に収束したあとだった。
狩猟祭のときにあった暗殺未遂も、今回の舞踏会テロに関係しているはずであり、それ以外でアジェイドの身に危険が及ぶことはもうなさそうだった。
だからセリーナは、残された期間は古代文書を探求することにしたのだ。
実は以前借りた本の中に、彼女とよく似たマナのコアを持つが魔法を使うことができない人物が登場していたためだった。
一行だけ書かれた短い説明だったが、各項目ごとに参考文献が記されており、それを探して読もうと考えた。
「どうした?休みたいのか?」
「まだちょっと二日酔いが残ってる気がして……」
セリーナが片手で頭を押さえてうつむくと、アゼイドが顎をそっと持ち上げて揺らした。
「やっぱりな。あんなに飲んだから、仕方ないよ。」
そう言うとアゼイドは優しくセリーナの額に手を当てて熱を測っているのか、そっと触れた。
突然の接触にセリーナはびくっと目を見開いた。
思ったより大きな手に、さらに驚いた。
「熱はありません。」
「そうみたいですね。」
「少し休めば良くなると思うんですけど……それでもついて行かないといけませんよね?」
──早く、“大丈夫”って言って。
セリーナが目でテレパシーを送ったのを見て、アジェイドが言った。
「いいよ。どうせ初日は視察だけで終わるし。」
「ありがとうございます!次は絶対ついていきますね。」
「ちょっと返事が早すぎるんじゃない?」
セリーナはアジェイドに余計な一言を言われないよう、さっと診察結果を読み上げた。
「それと、心臓が頻繁に速く鼓動しているのは、もう少し様子を見ないといけませんが、ストレス性の期外収縮だと思います。」
「ストレス性の不整脈か?」
「びっくりしたりストレスをよく受けると、一時的に血圧が上がって心臓が早く鼓動することもありますよ。」
「特にストレスを受けるようなことはなかったけど。」
「思い返せば、最近ジャックが怪我してすごく驚かれてたじゃないですか。昨日のノクターンさんの件まで考えたら、周囲の人たちが何かと危険な目に遭っていることで、無意識のうちにストレスを感じていたのかもしれません。」
「私はそこまで繊細じゃないよ。」
「それは誤解です。身体は正直ですから、体の言うことを聞かないといけませんよ?」
セリーナが元のペースに戻ってピシッと話すと、アゼイドは口を固く閉じた。
「友達を助けるのも大事ですが、陛下の体が最優先だということを忘れないでくださいね。」
「小言はもういい。」
「とはいえ、まだ言っておくことがあります。もしかすると…安定剤を処方するかもしれません。心臓が速く打ちすぎるときには、服用してください。」
セリーナは引かずに自分の言いたいことを言い続け、アジェイドは諦めたようにコートの襟をいじっていた。
「一時的な症状なら問題ないですが、続くようなら少し危険です。症状があればその都度教えてください。」
セリーナがアジェイドにウィンクするようににっこり笑い、こう締めくくった。
「はい、小言はこれで終わり!それでは私は休みに戻ります。気をつけて行ってきてくださいね!」
アゼイドは軽く挨拶をして、トコトコと去っていくセリーナの後ろ姿を見て、ついクスッと笑ってしまった。
本当にどこからぴょこんと現れたのか分からないが、そばにいると面白いと感じながら。









