こんにちは、ちゃむです。
「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

96話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 不思議な感情②
その日の夕食の時間、ロニーはとても機嫌がよかった。
メニューに分厚い肉料理があったおかげだ。
そしてそれは、今でもメロディが一番好きなメニューだった。
彼女はロニーの右隣に座っていて、大きめに切られた肉を口に運び、無心で楽しんでいた。
おそらく誰もいなかったら、足をぶらぶらさせながら食べていただろう。
ロニーは、なぜかそんなメロディの姿を見るだけでお腹が満たされたような、不思議な感覚を覚えた。
食事を終えた後は、兄妹たちとメロディが集まり、お茶を飲む時間を過ごした。
ロレッタは最近習い始めたピアノで小曲を披露し、クロードは彼女と一緒にヴァイオリンを演奏した。
幼い少女の演奏はテンポがずれたり速くなったりすることもあったが、クロードはどんな時も笑顔を絶やさず、彼女の演奏に合わせてくれた。
(もちろんクロードにとっては、ロレッタの演奏がどんな音楽家のものよりも素晴らしく聞こえたに違いない……だから、そんなに大変なことではなかっただろう。)
彼らが演奏している間、ロニーとメロディはソファにゆったりと座っていた。
二歩ほどの近すぎず遠すぎない距離を保って。
ロニーは時々メロディが動くたびに、彼女の髪のあたりから漂ってくる石鹸のような香りがいいなと思っていた。
——なんだか不思議だ。彼が絵を描いていた頃は、石鹸の匂いを嗅ぐだけで頭が痛くなったのに……。
今はその香りにすっかり浸りたいと思うほど、気持ちがいいのはなぜだろう。
「ロニー。」
演奏が続く中、ふいにメロディが彼を静かに呼んだ。
「ねえ。」
メロディはもしかすると、彼らの会話が演奏者たちの邪魔になるのを避けたかったようだ。
彼らの間にあった距離を一気に縮め、小さな声で話し始めた。
「香りが消えたら、好きになれないかもしれません。」
「……香りが消えるって?!」
ロニは思わず少し大きな声で叫んでしまった。
その声に驚いたロレッタの演奏が一瞬止まり、クロードが鋭い視線を投げかけてきた。
「え、ああ、ごめん、ロレッタ。」
ロニは少し困った表情で軽く謝りながら、再びメロディを見つめた。
彼女の良い香りが消えるなんて、それはあまりにももったいないことだった。
「僕は、ただ好きなだけなんだ。できればもっと……」
近くで感じていたいと思うほど、彼女が好きだった。
もちろん、その思いを最後まで口にはできなかったが。
「もっと近くにいたいほど好きってことですか?」
「うん、変な意味じゃないよ。」
彼が慌てて否定しようとすると、メロディはそっと肩をすくめて笑った。
「わかってます。きゅうりの匂いに敏感なのはジェレミー様だけですもん。とにかく、ブリッグス商店で『きゅうりの匂いを抑える芳香剤』が入荷したので、そのまま試してみてください。」
なんて奇妙な商品だろうか。
でも、そんな奇妙な話をするメロディの顔には楽しげな光が浮かんでいて、彼も思わず彼女につられて笑ってしまった。
お茶を飲む時間は普段よりも遅くまで続き、兄弟たちはそれぞれ自分の部屋へ戻っていった。
メロディはロレッタと互いに髪をとかし合うことになり、ロレッタの部屋へ一緒に行った。
ロニは自分の部屋に戻って、窓辺のソファにどさっと体を投げ出した。
周りには順番もなく積まれた本がたくさんあり、その中から今朝まで読んでいた本を再び手に取った。
『悪漢は幼なじみ』という本で、その題名に忠実な展開を見せていた。
幼い頃から親しく過ごしてきた男女が互いに—
ロニは複雑な気持ちを胸に抱きながら、再び本を開いて読み始めた。
それからおよそ三時間後、ロニはついに最後のページをめくった。
とても大変な読書だった。
話に全く集中できず、同じ文章を何度も読み返さなければならなかったからだ。
「はぁ、まったく。」
彼は音が出るほど本を閉じ、背もたれに身を預けて大きく伸びをした。
すべてメロディのせいだった。
本を読んでいる間も、頭の中では小さなメロディがちょこちょこと動き回り、読書の邪魔をしたのだ。
ロニは彼女に対する苛立ちがこみ上げてきた。
「たまに思うけど、本当に修道女みたいだよな……。」
拳を握りしめたくなるじゃないか。
あの男が家まで花を持ってくるなんて許せない。
階段で転ばせるわけにもいかないし……。
まったく、目をそらしたくてもそらせないんだから。
『そうだとして、なんだって?』
彼は今日の午後、メロディが言った感謝の言葉を思い出した。
「それから、ヒギンスのために怒ってくださったことに、改めてお礼を申し上げます。」
……ヒギンスのために怒った?
あのときは気分が良くて軽く流してしまったが、改めて考えると、なんだか腹が立ってきた。
メロディがヒギンスでなければ、彼はスチュアート・ミドルトンに怒りをぶつけなかったということになるのでは?
「俺のことをどう思ってるんだ。」
ロニは勢いよく席を立った。
とにかくこの誤解を解かないと、今夜は眠れそうになかった。
だから彼はすぐにでもメロディの元へ行って、すべてを打ち明けようと思った。
これは全部、メロディのためだったのだ。
たとえ彼女がヒギンスに属していなかったとしても、ロニはメロディのために怒っていたのだと。
彼はドンドンと音を立てて足を踏み鳴らしながら、メロディの部屋の前まで歩いて行った。
だが、冷たいドアノブを握った瞬間。
彼はその場に立ち止まってしまった。
読書の最中、彼の頭の中をぐるぐる回っていた小さなメロディが、ひとつの質問を投げかけてきたように感じた。
『ロニが私のために怒ったって?どうしてですか?』
――なぜって。お前を、俺は……
「……」
自然と答えが出かかったロニだったが、口を引き結んでしまった。
一方、応接室からロレッタの部屋へ向かっていたメロディは、思ったよりも長く彼女の部屋にとどまることになった。
約束通りお互いの髪をとかしてあげ、新聞に載っていたパズルを解いた後はベッドに並んで座って会話を交わした。
ほとんどはとりとめのない話。
それでも二人は互いの声に耳を傾け、時には真面目に返事をしあうこともあった。
二人で過ごす時間は夜遅くまで続き、やがて眠気に勝てなかったロレッタが、うとうとし始めた。
「ロレッタ、横になって寝なきゃ。」
メロディが促しても、子どもは頭をぶんぶん振って無理やり目を覚まそうとした。
「うん、眠くない。」
そうは言っても、ロレッタはすでに半分ほど目を閉じていた。
メロディは子どもと眠気との熾烈な戦いを静かに見守った。
この世の誰にも負けないという強い眼差しが、まぶたの下まで止まることなく広がった。
負けるのが嫌いなボールドウィン家の令嬢の瞳に、強い意志が宿った。
小さな身体のどんな器官にも屈しないという意志が滲む瞬間だった。
「ほら、まだ遊べるでしょ。」
屈強なロレッタの姿に、まぶたは作戦を変えることにしたようだった。
ゆっくりと展開していった。
「だから言ったでしょ?メロディ。私が欲しいのは勲章じゃなくて、本当に剣を持ちたいって。」
ロレッタが熱心に話を続けた時、彼女のまぶたは少しだけ下がった。
ロレッタには気づかれないほどに、ごくわずかに、ひそかに。
「クロードお兄様がね、私の身長と腕の長さを測ってくれたの。」
ロレッタはゆっくりと瞬きをした。
その間にまぶたはさらに重くなったようで、彼女は目を開けたまま眠ってしまった。
「……お兄様が本当に剣を……」
もうほとんど目を閉じたロレッタに、メロディはそっと気をつけながら布団をかけてあげた。
「許してもらえるといいけど……」
その話を最後に、子どもはすぐに眠りに落ちた。
かなり長い間眠気をこらえていたのか、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。
こんなふうに眠ってしまったロレッタは、誰かが抱いていっても気づかないだろう。
「おやすみ。」
メロディは子どもの額にそっと手を当てた。
「いい夢が見られますように。」
その願いが届いたのか、もう一度そっと見たロレッタの顔に、かすかな微笑みが可愛らしく咲いていた。
メロディが部屋を出ると、ちょうどロレッタの侍女がドアの前で待っていた。
「お嬢様はどんなに眠くてもこの時間は越せませんよね。」
「そうなんです、今ちょうど眠りに落ちたところです。」
メロディは肩をすくめ、少し身をよけて道を譲った。
侍女は軽く会釈をしてロレッタの部屋に入っていった。
部屋を簡単に整えてから、ハーブティーの入ったグラスをベッドサイドに置こうとしているようだ。
メロディは、2階の廊下にひとり残り、静かに息をついた。
ロレッタの眠気が彼女に移ったかのように感じた。
このまま部屋に戻れば、すぐにでも眠りについてしまいそうだ。
彼女はすぐに階段へと向かった。
すると、ふと目に留まった。
最近いつも暗かった公爵の書斎から、明かりが漏れているのを見つけたのだ。
『もしかして、お父様と公爵様がお戻りに?』
彼女は首を横に振り、その考えを否定した。
彼らが戻ってきたなら、この家がこんなにも静かなはずがない。
ささやかながら歓迎の場を設けたはずだ。
『でも……。』
もし公爵が遅くに戻ってきて、寝ているロレッタを気遣って、騒がしい手続きを控えようと決めたのなら?
『それにしても、こんなに静かすぎるのは変だわ。』
そう思いながらも、メロディは自然と執務室へ向かっていた。
もしかしたら、懐かしい人たちに会えるかもしれないという、ほんの少しの期待を胸に抱いて。
明るい光が漏れている扉の前に到着し、ノックしようと片手を上げたそのとき──
「うっ。」
だが、執務室の中から聞こえてきた奇妙な音に、メロディはノックできなかった。
『何かを痛がっているような声に聞こえた。』
メロディがしばらくためらっているうちに、似たような声がまた聞こえてきた。
「うう……」
一体、部屋の中で何が起きているというのだろうか、こんな声が聞こえてくるなんて。
心配になったメロディはノックをする代わりに、慎重にドアノブを回した。
そっとドアを押して開けると、すぐに公爵の書斎用の机が見えた。
上に置かれたインクやペン立てはすべて公爵の性格に合わせて整理されていた。
完璧な間隔と順序を保ちながら、きちんと。
そして中央には強い光を放つランプがあり、その周囲には小さなガーゼや包帯のようなものが散らばっていた。
誰かが包帯を持ってきて置いたのだろうか?と気になり、部屋の中を一通り見回したが、今は誰も見当たらなかった。
『おかしいな……?』
さっき靴音のような音が聞こえた気がする。
こんなに近くで聞こえたなら、聞き間違いではないはずだ。
『それって、一体……何だったの?』
その瞬間、メロディの脳裏に父の言葉がよぎった。
『階段で遊ぶと、肩に幽霊が取り憑くぞ。』
『そ、そんなわけないわ。絶対に……。』
メロディは慌てて考えを振り払おうとしながら、肩をすくめた。
「……はぁ、思ったより……。」
そのとき、机の向こう側で誰かが独り言をつぶやきながら、ゆっくりと立ち上がる姿が見えた。
「……!」
メロディはあまりにも驚いたせいで、息を呑んだ口からは何の音も出なかった。
「……!」
驚いたのは相手も同じだったようで、二人はランプを間に挟んだまま、互いに見つめ合った。
クロードをただぼんやりと見つめるだけだった。
「……ここで何をしているんですか?」
正気に戻ったメロディが、胸に抱えていた毛布を下ろしながら質問した。
「クロード様。」
公爵の不在時、彼は公爵の職務を代行していたため、この執務室を自由に使うことができた。
だが、そうであるにしても、こんな夜遅くに机にうずくまって座っていたことの説明にはならなかった。
「えっと、その……。」
加えて彼はいつもとは違ってどこかしどろもどろな様子だった。
普段は礼儀正しく落ち着いた態度を保っていた彼が、まるで余裕をどこかに置き忘れてきたかのようだった。
片手で自分の耳をぎこちなく触っている仕草は、メロディの目にはやけに目立って映った。
「耳に何か問題でもあるんですか?」
どうにもそわそわしているように見えたので、メロディはそう尋ねた。
「いえ……」
彼は後ずさりしながらも一応否定した。
相変わらず片耳から手を離せないまま。
「問題があるようですね。」
メロディは彼のすぐ前まで歩み寄り、手をそっと持ち上げた。
彼は目線も合わせられず、ただ視線をそらしながらぎこちなく笑みを浮かべた。
「ええ……もう遅い時間ですし、そろそろ戻って休んだほうがいいですよ、メロディ嬢。」
「何をなさっているのか知れば分かります。」
その言葉に少し余裕を取り戻した彼は、目が見えないほど明るく笑いながら答えた。
「あなたの関心は嬉しいですが、今の私にはそれを受け止められる状況では……ふぅ。」
だが、その作り笑いは長く続かなかった。
彼が耳をきちんと覆えないまま、ぎこちなくお辞儀をしようとする姿を見て、メロディは凍りついた彼の手を無理やり引き下ろした。
「め、メロディ嬢!」
「じっとしていてください!」
メロディはクリステン家で身につけた『お嬢様』の口調で、やや強めに返答した。
幸い、彼はそれ以上しつこくはしなかった。
メロディはそっと彼の左耳を詳しく見てみた。
彼がなぜ痛がっていたのかと思ってよく見ると、そこには以前はなかった小さなピアス穴が二つ空いていた。
耳たぶと耳の縁に一つずつ。
今まさに開けたばかりなのか、くぼんだ部分から赤い血が流れていた。
「なんてこと……」
メロディが驚いている間、彼は消毒された布で流れ出た血を拭き取った。
「……痛くないんですか?」
メロディが痛みに共感するような表情で尋ねると、彼はにこっと微笑んだ。
「思ったより痛くてびっくりしてただけですよ。」
「でも、二つも開けたんですか?」
「下の方はそれほど痛くなかったんです。擦りむいたくらいだと思ってたんですが。」
彼は言葉を失った。
ただ話すのもつらいほど苦しかったという意味のようだった。
「それで呻いたんですね。」
「……外にまで聞こえましたか?」
「かすかにですが。今はどうです?」
「ズキズキします。」
彼はそっと耳を触れていたが、再び痛みが走るのか、顔をしかめた。
「薬を取ってきましょうか?ジェレミア様が作ってくださった薬の中に、鎮痛効果があるものがあったと思います。」
「大丈夫です、それほどじゃありません。」
「でも。ズキズキするほど痛いんでしょ?」
「今の痛みがズキズキってほどではないですよ。」
では、いったい何が「ズキズキ」しているのか?
気になって彼の耳を見ていたメロディは、あることに気づいた。
「そう、人間の耳は……二つありますよね。」
「はい、耳は二つあります。」
それはつまり、先ほど経験した痛みをもう一度味わう必要があるという意味だ。
メロディは彼を慰めるための良いアイデアを思いついた。
「ピアスは片耳だけでも、特におかしくはありませんよ。」
しかし彼は首を横に振った。
「公爵城の職人たちは両耳にピアスを作るんです。」
「なるほど。」
メロディはようやく、彼がなぜこんな遅い時間に耳をいじっていたのかを理解した。
職人たちが作ったものを自ら身につけることで、彼らの宣伝になるようにしていたのだ。
「職人の皆さんには、注文がすぐに殺到するって話しておいたんですか?」
「まだです。それは、僕が残りの耳にもピアスを開け終えたときにするつもりだったんです。」
「それは仕方ないですね。」
メロディは肩をすっとすくめて、大きな執務用の椅子を見定めて動かした。
「座ってください、私がお手伝いします。」
「……え?」
「左側と同じところに耳飾りを差し込めばいいんですよね? 違いますか?」
「まあ、そうだけど。」
彼はなぜか気乗りしない表情をしていた。
「もしかして、必ず自分でやらなきゃいけない理由でもあるんですか?」
思えば、公爵家にはこうした作業を手伝う使用人も多いはずだった。
こんな夜遅くに一人でごそごそしている必要はないだろうに。
「それが……ちょっとね。やっぱり自分の体に穴をあけることだから。」
「でも、普通こういうのって他人に任せるものじゃないですか。」
「それでも、なんとなく他人の手に触れられるのが苦手で……。」
そう言って彼は、メロディが誤解しないように気を配るかのように言葉をつけ加えた。
「もちろん、メロディさんは例外です。」
「知ってます、私がヒギンスだからですよね?少しだけ待ってください。まずは手をきれいに洗わないといけないと思うので。」
彼女は肩をすくめると、いったん部屋を出て手を洗って戻ってきた。
「本当にやってくれるんですか? 経験は?」
「ありません。でも坊ちゃんが手順を教えてくだされば、きっと上手くできると思います。」
メロディは「少なくとも自分でやるよりはマシですよね」と笑った。
それは誰も反論できない言葉だった。
大きな手をしたクロードが右耳にピアスを自分で開けるのは少し不便だろう。
しかも、今の彼の手にはしっかりと力が入らないようだった。
「うーん、実のところ“手順”というほどのものでもありません。」
そう言いながら、彼は目の前に立つメロディにあらかじめピアスの端を手渡した。
「正確な位置に当てて、一気に刺し込めばいいだけです。できますよね?」
その問いかけは、メロディを見下しているわけではなかった。
単に、人の体に鋭利なものを突き刺す行為なので、不快に感じさせてしまわないか心配していただけだった。
「たぶん、大丈夫です。」
メロディはピアスの鋭い針を消毒しながら、ゆっくりとピアッサーを構えた。
どこか覚悟を決めたようなきりっとした表情をしていたため、クロードは思わず少し笑ってしまった。
「そんなに気負わなくて大丈夫ですよ。」
「いいえ。やってみます。あとでロゼッタにもしてあげなきゃいけないかもしれませんし。」
「私の耳で練習するってわけですね。いいですよ。」
ピアスの消毒を終えたメロディは、彼の耳に手を当てた。
すぐに彼の耳がわずかに動いた。
メロディは適度な距離から彼の左耳と右耳を交互に見比べながら、じっと観察した。
「両方のバランスをよく取らないと、変に見えちゃいますよね?」
「うん、そうかもしれませんね。」
何度か左右を見比べた後、メロディは少し腰をかがめた。
右耳をもう少し詳しく見るために。
彼は椅子の背もたれに完全に体と頭を預けたまま、ぴくりとも動かなかった。
「ここ……この辺りはどうですか?」
メロディが細いピアスの先端を耳たぶの一部にあてがって彼の意思を尋ねた。
「いいですよ。」
そう答える彼の声には、かすかに緊張が感じられた。
「位置は全面的にメロディさんに任せますよ。」
「全面的に任せるって……なんだか責任重大な気がしてきました。これ、長く残りますよね……。」
曖昧な顔でからかうように言うと、クロードの口元がほんの少し上がった。
「そうだね。僕が白髪のじいさんになっても、今日のメロディちゃんのことを覚えてるかもしれないよ。」
そう……一度開けた耳にずっとピアスをつけていれば、そうなるだろう。
それはごく当たり前で自然なことなのに、メロディはなぜか妙な気分になった。
だが、すぐに気を取り直して軽く笑いながら尋ねた。
「もし私が変なふうに開けてしまったら、白髪のおじいさんになっても文句を言われ続けるってことですか?」
「まさか。」
彼は左側に少し傾けていた耳を真っ直ぐに戻しながら答えた。
「一生大切にするって意味ですよ。」
そして、短く微笑むと、それ以上何も言わなかった。
彼女が集中できるように、彼は配慮していたようだ。
「は……いきますね、じゃあ。」
メロディは手元にしっかり力を入れられるように、もう一歩彼に近づいた。
ひざが触れそうなほど近づいても彼は動じず、彼女が望む距離まで近づけるよう、姿勢を少し変えてくれた。
再び、メロディは鋭い針の先端を耳たぶにあてた。
痛みを予期したのか、クロードの顔が一瞬ぴくっと動いた。
彼のその反応は、なぜか新鮮で微笑ましかった。
無意識のうちに彼の顔を見つめてしまうほどに。
『……そういえば。』
彼女は普段は意識しないようにしていたことを思い出した。
クロード・ボールドウィンの近くにいるときの、以前彼の肩に手を置いたときに感じたあの不思議な緊張感のようなもの……。
じっと見つめ続ける視線の中でも、彼は強く反応はしなかった。
ただ、口元をわずかに引き上げて微笑んだだけ。
それがなぜか「もっと見ててもいいですよ」という許しに見えたため、メロディは凍りついたように彼の耳元に視線を向けた。
もっと見つめていたいという気持ちが溢れ出しそうで、恥ずかしかったからだ。
早く終わらせなければ。
周囲を照らしていたランプの灯りが消えてしまったら困る。
メロディは彼の耳を掴んで固定した後、もう一方の手に少しだけ力を入れた。
鋭い針の先が彼の皮膚を突き刺し、すぐに「プスッ」と音がして貫通した。
メロディは慎重に手を離した。
「……うまくできましたか?どうですか?」
メロディの問いかけに、彼は曖昧な微笑みを返しただけだったので、彼女はすぐに申し訳なさそうな顔になった。
「ごめんなさい、すごく痛かったですよね?」
クロードはまったく痛くなかったと正直に答えようとしてやめた。
ただ今は痛いと言ったほうが良さそうだった。
もし自分が「大丈夫だ」と言えば、優しいメロディは耳たぶだけでなく耳の裏までも開けようとして、この近い距離を保ち続けるだろう。
『そうなったら……。』
彼は少し視線を落とした。
いまだに彼女は彼の耳たぶに集中しており、ほんの少し開いた唇から漏れる熱い吐息が彼の顔をくすぐった。
彼のためにこんなにも一生懸命になっている彼女を前にして、違うことを考えるのは失礼なのだろうか。
だが、そうした類の考えを排除するのは少し難しかった。
距離が近すぎたし、何よりも彼女の指先が触れる彼の耳たぶは、驚くほど柔らかかった。
「……」
彼がほんの少しだけ手を伸ばせば、メロディを完全に抱きしめることもできるだろう。
彼はそっと肘掛けに置いていた手を動かし強く押さえた。
彼は自分の理性をかなり信じている方だが……いや、信じられなかった。彼はすぐに耳たぶを震わせながら答えた。
「はい、ちょっと……痛いですね。」
少しでもいいから彼女が一歩近づいてくれることを願いながら。
「もう一度、周囲を消毒しましょうか?ちょっと出血していますね。少々お待ちください。」
クロードは困ったようにため息をついた。
あまりにも近い距離が気まずくて痛いと言ってしまったが、彼女が思ったより真剣に心配してくれる結果になってしまった。
「やっぱり右耳側は、薬を一つ飲んでから開けた方が良さそうですね。」
彼女がそう言って、手を離そうとしたとき、部屋を照らしていたランプが少しちらつき始めた。
「それと、燃料ももう少し持ってこなきゃいけないかもしれません。ちょっと行ってきますね。」
メロディはそっと体をそらせて身を引いた。
瞬く間に二人の間に距離ができた。クロードが望んでいた距離になったわけだ。
だが彼は、自分でも気づかないうちに手を伸ばしていた。
「……もう少し。」
手に触れたメロディの手首はひどく冷たかった。
いや、もしかしたら彼の手が熱かっただけかもしれない。
そのせいだろうか。
そっと掴んでいたはずの手に、つい少し力が入ってしまった。
彼女の体がそのまま引き寄せられるように戻ってきて、彼の上半身に倒れこむように抱かれる形になった。
「……!」
ここまでするつもりはまったくなかったクロードは、驚いた表情で彼女に急いで謝ろうとした。
しかし、彼が言葉を発しようとした瞬間、かすかに明滅していたランプが、完全に光を失ってしまった。
「……」
一瞬で訪れた暗闇の中で、クロードはなぜか馬鹿みたいな錯覚を覚えた。
世界のすべてが消え、まるで二人きりだけが残されたような感じだった。
何も見えない漆黒の暗闇の中で、触れることも感じることもできるのはただメロディだけ──そう感じられるのも当然だった。
少し変な考えではあったが、彼はそんな想像も悪くないと思った。
「……大丈夫ですか?」
するとふいに、彼の腕の中からかすかな声が聞こえてきた。
クロードはその問いの意味を一瞬考えた。
大丈夫か。それは彼がメロディに尋ねたかった言葉だった。
「そんなに痛みますか?」
続いて聞こえた問いかけで、クロードは彼女の意図に気づいた。
彼があまりにも痛がって慰めを求めるように彼女を抱きしめたのだと、メロディは思ったらしい。
「そうですね……」
彼は小さな声でつぶやいた。
「ごめん。」
そう言って、すぐに謝罪を伝えた。
普段のメロディなら「何がごめんなの?」とすぐに聞き返したはずだが、今日はなぜかそうしなかった。
おそらく自分なりに、その意味を考えようとしたのかもしれない。
彼は、メロディがその答えを見つけられるように、抱きしめている腕に少し力を込めた。
苦しいくらいに、自分の心がヒントを送っているのだから、聡明なメロディなら気づくのではないかと。
メロディはそのまま、じっとしていた。
彼女の呼吸に合わせて小さな身体が静かに上下するのを、すべて感じ取ることができた。
そんなとき、ふとクロードは気づいた。
自分の目がすっかり暗闇に慣れていたことに。
窓や机、そして消えたランプまでもが、今ではすべて視界に入っていた。
そして最後に視線を下ろしてみると、メロディはぼんやりとクロードを見上げながら、視線を彼に戻した。
「……ごめんなさい。」
彼は言葉が見つからず、もう一度謝った。
メロディはそっと顎に触れながら言った。
「これからは気をつけます。」
困ったようにそう答えた彼に対して、メロディは特に返事をしなかった。
「……ふう。」
彼はゆっくりとため息をついた。
その様子がどこかおかしかったのか、メロディはふっと笑った。
「うーん、すごく愉快そうに見えますね、メロディさん。」
彼の言葉に、彼女はこわばっていた表情をわずかに緩め、少しだけ視線を逸らした。
「えっと、それは……」
ようやく返してきたメロディの声は、少し迷いを含んでいた。
「どう反応すればいいのかわからなくて……」
クロードは、メロディもまたかなり戸惑っていたことに、ようやく気づいた。
「……こういう時はただ、『わかった』って言ってくれればいいんです。」
「わかりました。」
メロディはその言葉にうなずきながら、そっとうつむいた。
教えたとおりの返事が返ってきたのが愛らしくて、クロードは思わず腕に少し力を込めた。
「それと、抱きしめることを許してくれてありがとう。」
彼女はまた少し困ったようにうつむき、くすっと笑いながら小さな声で答えた。
「……あ、わかりました。」
少し不思議な返事ではあったが、何を言えばいいか分からない時は、そうすることにしたのだろうとクロードは納得して、自分もそっとうなずいた。
「たぶん……少し前の僕は、メロディさんとの間に距離ができるのが嫌だったんだと思います。」
彼はゆっくりと説明しながら、ふと視線を落とした。
「そうかもしれない、じゃなくて、確かにそうですね。」
じっと見つめながらの彼の言葉に、メロディはまたもや「……はい。」と返しながら視線を落とした。
彼は笑って、メロディの頬に手を添えた。
「まったく、君は本当に優しいね。」
怒りも見せず、呆れた様子もなく、ただ「はい。」と答える彼女の様子が、あまりにも素直すぎて心を打たれた。
「そんなことないです。本当に……何て言えばいいのか分からなくて。」
「もし僕がこの船に乗せてもらえなかったら、君はどうしてくれるつもりだったの?」
少し冗談めかしたその問いに、メロディはまた目を伏せた。
「たとえこの船に乗れなかったとしても、坊ちゃまは私にひどい頼みごとはなさらないでしょう。」
あまりにもしっかりしたその返答に、彼は驚きでしばし呆然としてしまった。
クロードは思わず言葉を失った。
本当にそうだったのかもしれないと思って。
「……半分は冗談でした。」
「半分は本気ですね。」
茶目っ気のある返事に、メロディはまたうっすら笑って「わかりました」と答えた。
どうやらうまく言葉が見つからなかったようだ。
「……本当に。」
彼はメロディの頬をそっとつまむふりをした。
もし痛かったらと、かすかにしか力を入れなかった。
「かわいくてどうしよう。」
その突然の一言に、メロディは目を丸く見開いた。
「そんなに驚くことでしたか?」
「ちょ、冗談はやめてください。」
「冗談じゃなく、本気も混ざってましたよ。」
メロディは「うそ」と小さく呟いたが、彼はそれ以上、詳しい説明はしなかった。
ただ、顔を赤らめたままのメロディは、まっすぐに彼の両肩をそっと押し返して腕の中から抜け出した。
クロードはそれ以上彼女を引き止めなかった。
「……私は薬と灯油を取りに行ってきます。」
「大丈夫ですよ。」
「え?でもランプも消えて、それに耳も……。」
「どうしても今日やらなければならないわけではないですし、もう部屋に戻ったほうがいいと思います。」
そう言いながら、彼もメロディに続いて席を立った。
「部屋まで送ります。暗くて階段も危ないですし……。」
「あっ、いえ!」
メロディは彼が言い終える前に、凍えた手で両手を振った。
「一人で行けます!」
メロディはたたたと後ずさったかと思うと、くるりと身を翻した。
そのときちょうど、執務室の外から誰かの慌ただしい足音が聞こえてきた――。
突然、逃げ出すような音が聞こえた。
しかしクロードとメロディは互いに気を取られていたため、その事実に気づくことができなかった。









