悪役なのに愛されすぎています【８３話】ネタバレ

「オーガスト。」

クロードは自分の腕を掴んでいる少年を見つめた。

実は、彼はこの少年の存在を知った瞬間から、なんとなく気に入らなかった。

メロディが彼をあまりにも重要な存在だと言うのが、なぜか少し……腑に落ちなかったのだ。

「はい。」

少年は、クロードが自分の首を絞めたり傷つけたりするわけではないことを、本能的に理解したようだった。

彼の手に、ぎゅっと力が入っていたからだ。

それと同時に、もう片方の手には白い靴の紐がしっかり握られていた。

『メロディ嬢の靴……。水草に引っかかっていたものを探していたのか。』

なぜか、微笑みがこぼれた。

彼はこんな状況でも、少年の鮮やかな赤毛を撫でることはしなかった。

あきらめずに彼女の靴を探し続けたその心は美しくないだろうか。

「水位が深くなったから、私が抱えて行く方がいい。」

「あ、でも……。」

「時間を引き延ばすと、もっと危険になる。こっちへおいで。」

彼は腰を下げ、少年をすっと抱き上げた。

「手を……握ってくだされば、僕は歩いて……。」

「君の体は軽すぎて流されるよ。せっかく見つけた靴をまた失くしたくないだろう？」

クロードの指摘に少年はもがくのをやめ、大人しくなった。

代わりに、握った靴を持つ手にはさらに力が込められた。

「よし。」

短く褒める言葉をかけると、少年はしっかりと彼の体に身を寄せた。

クロードは慎重に歩を進めた。

いつの間にか水は腰を越えるほどに増していた。

「うっ。」

一瞬、強い水流が流れ込み、彼の足がぐらつく。

今にも転びそうになったが、なんとか近くの岩に体重をかけて耐えた。

危うく、頭の中が真っ白になりそうな感覚だった。

足をしっかりと地面から離すこともできないまま、彼はさらに一歩を踏み出した。

できるだけ早くここから脱出しなければならないことは分かっていたが、無理に動かすことができなかった。

水の流れに飲み込まれることを恐れているようだった。

しかし、自分がどうなろうと、それ自体は問題ではなかった。

最も恐ろしかったのは、腕に抱いた少年の体が、あまりにも冷たかったことだった。

こうして体を寄せているにもかかわらず、少年は肩と腕が震えていた。

もしうまくいかず、再び救助を待たなければならない状況になったら……。

オーガストの体が持ちこたえられるかどうか保証できなかった。

クロードは唇をかみ、休むことなく足を動かした。

氷のように冷たい少年の体をしっかりと抱えながら。

ほんの少ししか動いていないのに、息が浅くなった。

止まることなく彼を苦しめる波のせいだ。

「くそ・・・。」

生まれて初めて、彼は乱暴な言葉を口にした。

そうでもしなければ耐えられなかったからだ。

しかし、その瞬間——突然、足元がすとんと抜ける感覚がした。

「……っ！」

もしや、ここは水深が深くなる場所では？

一度バランスを崩した体は、波に引き寄せられ、簡単に流されてしまった。

激しく彼を揺さぶる水の音が、耳をつんざくほど響いていた。

しかし、それも長くは続かなかった。

彼の耳は完全に塞がり、視界は真っ赤に染まる。

まるで一瞬で異世界に引き込まれたような感覚だった。

クロードは両足をばたつかせたが、その先はどこにも届かなかった。

完全に水に飲み込まれたのだろうか。

濃い恐怖が押し寄せたその時。

彼の腕の中にいたオーガストの口から漏れたかすかな息が、水の上を漂った。

それに気づいたクロードは、必死で腕を突き上げた。

「……っ！」

指先に何かが触れた。

それを掴むと、彼の体は少しずつ水の方へと引き寄せられ始めた。

クロードが掴んだのはロープだった。

そして、それを引く人々の力がさらに加わり、クロードとオーガストは素早く川から抜け出すことができた。

水から出るやいなや、彼は誰かが差し出した外套で少年の体と髪を包み込んだ。

助けを求めていた青年たちが駆け寄り、同時に腕を伸ばした。

子供を渡せということだろう。

しかし、クロードはオーガストをしっかりと抱えたまま、もう少し待った。

すると、最後尾でロープを掴んでいた男が、青ざめた顔で駆け寄ってきた。

クロードは彼に向かって小さなコートを押し付けるようにしながら、少年を差し出した。

「お連れください。」

男は意識がないにもかかわらず、クロードの視線を慎重に見つめていた。

そこには少しの戸惑いと不安が入り混じっていた。

「どうぞ。」

クロードは少年を手渡した。

鮮やかな赤毛を包み込んだ外套が落ちないよう、慎重に注意しながら。

震える子供の手には、まだ白い靴が握られていた。

クロードはそれをそっと少年に手渡した。

「……ありがとう。」

男は子供を抱きかかえると、すぐに走り出した。

すぐ後ろでは、傘を持った老婦人がその後を追っていた。

「ふう……。」

クロードは大きく息をつき、その場にしゃがみ込んだ。

どうにも足の力が抜けてしまいそうだった。

やがて、彼の頭上に傘が差し出された。

ウェンデル・ベントンだった。

メロディは……？

そう聞きたかったが、なぜか言葉が出なかった。

彼はただ、襟をしっかりと掴みながら、小さく震える息をついた。

寒さのせいで、唇の端がわずかに震えていた。

その時、誰かが温かい毛布をそっと肩にかけてくれた。

「坊ちゃん！」

聞き慣れた声に反応し、メロディがコートを掴んだまま彼を見つめていた。

すぐそばの距離で。心配と怒りが半々に入り混じった瞳で。

その姿を見て、なぜか笑みがこぼれた。

どういうわけか、これでようやく許されたような気がした。

「そんなに怒らないでください。」

彼がそう言うと、メロディの表情はますます険しくなった。

また怒らせてしまったようだ。

そう思った瞬間、メロディが彼を思い切り抱きしめた。

冷え切っていた頬に温もりが伝わり、彼は一瞬、そのまま目を閉じた。

『不思議な人だな、メロディ。』

心配しながら怒り、怒りながらも結局は心配してくれる人。

『……そんなところが、可愛いんだけどな。』

クロードは苦笑しながら、一瞬彼女に体を預けた。

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ブリクス商会の助けを借り、クロードは無事に邸宅へ戻ることができた。

メロディは、彼が完全に水に沈んだ瞬間を思い出すたびに、もしかして深刻な影響があるのではないかとひどく心配していた。

しかし、医者の診断によれば、彼は非常に健康で、ただ休息が必要なだけだということだった。

その事実を聞いたメロディは、あまりにも感激して彼を思わず抱きしめてしまった。

当然、驚いた彼は「うわっ！」と声を上げて飛び跳ねたが、それも仕方ない。

誰かが見ていたら、確実にからかわれてもおかしくない反応だった。