こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
今回は74話をまとめました。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
74話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 一時のお別れ
皇宮から戻ったその翌日、エスターはノアの家を訪ねる。
レイナが必ず伝えてほしいと言っていた話を伝えるためだ。
おまけに聖水もいくつか持って行った。
「出てこないの?」
普段なら馬車が到着する音を聞くと飛び出してくるのに、今日はどういうわけかいくら待っても出てこなかった。
エスダーは笑顔で聖水を手に持ちながら、ビクターと一緒に家の前まで歩いて行った。
コンコンとドアをノックし、待っていると中からガタガタと音がする。
そしてしばらくして、ノアが慌てた様子で現れた。
「エスダー?どうしたの?」
「伝えることがあって。」
エスダーは開いたドアの隙間から家の中をそっと覗いた。
部屋を片付けていたのか、すっかり散らかっていた。
「そうだったんだね。まだ君が来る時期じゃないと思っていたから驚いたよ。」
すでに事情を察したノアは、ぎこちなく微笑みながらドアを開けた。
「今ちょっと散らかってるけど、入って。」
家の中に入るのは初めてだった。
狭いけれど居心地のよさそうな空間だ。
「でも、どうして荷物をまとめているの?どこか行くの?」
「うん、ちょっと出かけようと思って。」
何も言わずに去ろうとしていたと悟ったエスダーの頬が膨らんだ。
「そうなんだ。」
しかし、細かいことを追求しなければならない場面ではないと考えたエスダーは、不自然な表情を出さないよう努める。
「伝えることって何?」
「昨日、皇宮に行ってきたんだ。」
何かを忙しそうに作っていたノアの手が動きを止め、エスダーをじっと見つめた。
「皇宮に?」
「うん。お父さんと一緒に行ったんだけど、レイナ皇女様にも会ったよ。」
「・・・。」
レイナとノアはお互いに傷ついた指先のような存在なのか、ノアもレイナの名前が出た瞬間に目が潤んだ。
「彼女、すごく心配してたよ。毎日君のことを考えながら泣いてるんだって。」
「泣いてどうするんだよ。バカだな。」
ノアはレイナのことを考えると胸が痛み、そのまま椅子にぐったりと座り込んだ。
「音信不通だって言ってたから、君が元気だって伝えておいたよ。」
「うん、ありがとう。」
「それと、伝えてほしいっていうのは・・・。」
エスダーは少し言葉を詰まらせ、ノアを見つめる。
いつも明るかったノアの目が、涙で静かに濡れているのを見て胸が痛んだ。
「君を捨てたわけじゃないよ。いつも君のことを考えていて、だから元気でいなきゃって思ってるんだって・・・それだけ。」
エスダーの話が終わる前に、ノアは自分の目元を手で覆う。
「それが分からないわけないだろう。」
手でそっと涙を拭い、平静を装おうとしたが、ノアの目はすでに赤く染まっていた。
「それと、第三皇子様にも会ったよ。」
「デイモン兄さん? 本当に厄介な人だろ?」
エスダーはくすくす笑いながら、ノアの言葉に共感した。
「ただ・・・ちょっと無礼な質問をされたけど。」
「元々そういう性格だよ。俺も兄さんとはほとんど親しくなくて、会話したのも数えるほどだ。」
皇后から生まれたノアと、異国で暮らしていた母親から生まれたデイモンは、近づきがたいほど遠い関係に感じられた。
ノアが親しくなろうとしても、デイモンはそれを容易に受け入れられなかった。
いつも冷たく吹き込む風に慣れる機会はなかった。
「そうなんだ。」
身を寄せていたエスダーは、ふとノアとの距離が近すぎることに気づき、体を横にずらす。
「おっと、歓迎して座れとは言ってないよ。一休みしてく?」
エスダーをドアに寄りかからせていたことに気づいたノアは、慌ててソファに移動した。
それでもドアから4歩分ほどの距離しかなかった。
急いで作られたような家で、部屋は一つだけ。
すべてが見渡せる小さな家の居間には3人用のソファが一つ置かれているだけだった。
エスダーはソファに軽く身を預けながら、家の中を見渡した。
「少し狭い?」
その視線に気づいたノアは、少し照れ臭そうに笑い、隣に座った。
「いや、これだけあれば十分だよ。」
エスダーが神殿で過ごした部屋に比べると、これでも十分に広々としていた。
その時のことを思い出すと、不思議な気分になる。
「何か飲み物でも出したいけど、大したものがないんだよね。」
「すぐに帰るし、大丈夫だよ。」
エスダーは大丈夫だと手を振りながら足を軽く動かしていた。
こうして二人きりになることはそれなりにあったようだが、今日は隣に座るノアが妙に気になった。
隣からじっと見つめられている感じがして、視線を避けることができなかった。
しばらくの間、二人の間に静寂が流れた。
その沈黙の中で、息を飲む音さえ気にするほど静かな空気が漂っていた。
「エスダー、話したいことがある。」
静寂を破り、ノアが先に落ち着いた声で話し始めた。
普段の冗談めかした態度とは違い、真剣な声だった。
エスダーの頬が赤く染まった。
「何よ。また可愛いって言いたいのかしら。」
何か話があると言われ、その雰囲気を作ろうとするノアの意図が感じられ、エスダーの胸は高鳴った。
「・・・で、何?」
「会いに行って話をしようと思ったんだ。」
ノアの言葉を聞くにつれて、エスダーの緊張感が高まっていく。
彼女は息を飲み、次の言葉を待った。
「私・・・父さんに会いに行くんだ。」
しかしその言葉は、エスダーが内心期待していた種類のものではなかった。
自分が勝手に思い違いをしていたことに、少しばかり自分が愚かしく思えてしまう。
ノアの言葉を飲み込もうとしながら、エスダーは深く考え込んだ。
「皇宮に?」
「うん。君のおかげでだいぶ良くなったよ。だから今度は戻って話をしようと思うんだ。接近禁止も解除してもらわなきゃいけないし。」
「完全に治ったわけじゃないじゃない。」
祝福の気持ちを込めて伝えたかったが、力が抜けた声になってしまった。
「もう大丈夫だと思う。都城で君が手を握ってくれたあの日から、どんどん良くなって、ほぼ完治したよ。」
「・・・そう、良かった。」
エスダーは名残惜しい気持ちを隠して、無理やり微笑んで見せた。
ノアと親しくなるきっかけが治療だったため、もう自分は必要ないと言われたような気がして、少し寂しく感じた。
その気持ちを察したのか、ノアが体を近づけ、エスダーの横にちょこんと座った。
「僕が行くから寂しいのか?」
「寂しい? 全然そんなことない。」
エスダーは慌てて否定し、体をそらした。
それが逆に肯定的に見えたのか、ノアはくすっと笑った。
「そんなに僕を見送りもしなかったじゃない。」
「寂しくないってば。」
「本当に?」
ノアはいたずらっぽく笑いながら身を寄せ、エスダーの方へ完全に体を傾ける。
避けようと隣へそっと動いたが、ソファが狭いため逃げ場がなかった。
「君が行くなと言えば行かないよ。」
ノアの優しい声がエスダーの耳をくすぐった。
目を細めて微笑むその表情は相変わらず美しかった。
エスダーは一瞬、ノアの顔だけが拡大して見えるような妙な感覚に襲われ、目をぱちぱちと瞬いた。
(さっきのは何?)
幸いにも、ノアが元の位置に戻ったため、ひとまず胸を撫で下ろした。
「私がどうして行くななんて言えるのよ。君にとって良いことじゃない。」
心から良かったと言って祝福したいのに、なぜか寂しさが胸に残るエスダーは、そんな自分に驚いていた。
彼女には理解できなかった。
(これは一体どんな感情なの?)
人に深く傷つけられた経験があるエスダーにとって、誰かを好きだと認めることはまだ非常に難しいことだった。
「宮殿で話がうまくいったら、また皇太子になるの?」
「たぶんね?」
「それなら今みたいに過ごすのは難しくなるね。」
ノアは、エスダーが回復して以降、初めての友達となった相手だった。
不思議と遠く感じられる存在に胸が締めつけられる思いだった。
「僕が皇太子になったところで何も変わらないよ。たとえ君が別の身分になったとしても、それは同じだよ。」
ノアは意味深な言葉を残し、ソファの隣に積み上げられていた雑草の束に手を伸ばした。
束の中に偶然入り込んでいた野の花を一輪見つけ、それをそっと取り出して形をいじっていた。
彼はエスダーの手を取りながら言った。
「僕はただのノアで、君はエスダーだ。ほかの人がどう呼ぼうと、それはどうでもいい。」
「何をそんなに弄ってるの?」とエスダーが視線を送ると、ノアの手の中には野花があった。
野花をくるくると丸めて、指にぴったり合う花の形に作り上げていた。
それは花の指輪になっていた。
「これでどう?」
ノアはそう言って、作った花の指輪をエスダーにそっと差し出した。
「え?これって・・・」
「後で文句を言わないようにね。」
そう言うと、野花でできた指輪がエスダーの指にすっと滑り込んだ。
驚いたエスダーの頬は赤く染まり始めた。
「綺麗だ。」
ノアは満足げに微笑みながら、指輪をつけたエスダーの手に自分の手を重ね、指を軽く絡める。
「1ヶ月も会えないかもしれないから、少しだけ元気をもらっていくね。」
手を握られた瞬間、かすかに力が流れる感覚があった。
しかし以前とは違い、非常に微弱だった。
エスダーが何も調整していないのに、これを見る限りノアの病気はほぼ治ったように思えた。
エスダーはノアの明るさに自然と引き込まれ、ふと手にはめられた花の指輪を見て微笑んだ。
「この花、すぐに枯れちゃうよ。」
「次は絶対に枯れないものを作ってあげる。」
「鉱山でダイヤモンドでも掘るの?」
「それもいいね。」
共通の思い出を共有しているからこそできる会話だった。
明るさを取り戻した雰囲気の中で視線が交わる。
まるでこの世に一つしか存在しないものを見るかのようにエスダーを見つめるノアの瞳に、エスダーは心が揺れた。
ずっと見ていると「行かないで」と言ってしまいそうで、エスダーは急いで立ち上がった。
「もう行くよ。気をつけてね。」
しかし、ノアは逃げるように去ろうとするエスダーの手を再びしっかりと握った。
エスダーは驚いて目を見開いたままノアを見つめた。
「久しぶりに聞くけど・・・最近、幸せ?」
ノアは明るい笑顔で問いかける。
こういった質問をする時、ノアの瞳は初めて会った時のように無邪気な輝きを放っていた。
「うん、幸せ。とっても幸せ。」
今までエスダーが答えた中で一番大きな声だった。
その言葉には晴れやかな笑顔がノアの心に深く響いた。
目がさらに大きく輝いたノアは視線をエスダーに向けた。
エスダーに再び魅了されたようだった。
エスダーは別の手を差し出し、ノアの目の前で軽く振る。
「いや、ただ元気でいてほしいと思って。」
正気に戻ったノアが軽く笑いながら握っていたエスダーの手を離した。
「じゃあ、また会おう。」
「うん、気をつけて。」
挨拶を交わした後、エスダーはノアに握られていた手を少し触りながら玄関の扉を開けた。
扉が開くと同時に、外で待っていたビクターとファーレンが駆け寄ってきた。
「お話は済みましたか?」
「うん、それじゃ行こう。また会いましょう。」
「お気をつけて。」
エスダーはコートを軽く正しながらビクターと共に馬車に向かって歩いて行った。
馬車に乗り込む直前に振り返る。
振り返ると、ノアはまだ静かに立って見守っていた。
「じゃあね、ノア。」
振り返ったついでに、虚空に向かって何度か手を振った。
「気をつけてね!」
ノアもそれに応えるように手を振り、大きな声で叫んだ。