こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

89話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 再会
紫色のドレスを美しく着こなしたエステルは、双子の兄のエスコートを受けながらパーティー会場に入った。
「何度も来ているうちに、もうここにいる人たちの顔は大体覚えたわ。」
社交に熱心な貴族たちばかりで、ここに来ると毎回同じ顔ぶれに遭遇するのが常だった。
会場内を見回していたエステルは、すぐに興味を失い、食べ物のある場所を探してきょろきょろし始めた。
「エステル、これを使え。」
デニスがあらかじめ用意していた犬の模様が入った仮面をエステルに渡した。
今日のパーティーは、セバスチャンが招待状で告知していた仮面舞踏会。
パーティーに参加した人々は、持参した仮面を使って自分の個性を表現していた。
エステルが犬の仮面をかぶると、ジュディが大笑いする。
「なんて可愛いの!本当に犬みたい!」
ジュディはエステルの頭の両側を触りながら、本当に耳のようだと感激して、頭を撫でまわした。
「触りすぎると外れちゃうよ。」
「でも、触りたくなる形なんだもん。どうしよう!」
エステルが困った顔をしても、ジュディは楽しいと感じたのか、頭を触り続けた。
「エステルが嫌がってるじゃないか。」
デニスが注意してジュディを止めようとしたその時、遠くから一人の若い女性がためらいがちに近づいてきた。
「デニス様、私はローラ・エラシアと申します。もしよろしければ、私と一緒に踊っていただけますか……?」
「申し訳ありません。」
デニスは美しい女性であっても、あっさりと断った。
いや、顔すら見ようとしなかったのだ。
このようなことは、パーティーのたびに必ずと言っていいほど起こり、双子の兄たちは決して軽率な言動をする者たちを容赦しなかった。
「お兄さんたちはどうして踊らないの?」
「面倒くさいから。」
今回はジュディとデニスの意見が珍しく一致し、同時に答えた。
もちろん、その一方でエステルに近づいてくる若者たちもいた。
最初は彼らも勇気を出してエステルに話しかけたが・・・。
「初めまして。噂に聞く限り、とてもお美しい方だと……」
「妹に何か用ですか?」
ジュディかデニスがすぐに割って入り、強い口調で問い詰めると、相手はすぐさま怯んで逃げ出してしまった。
おかげで、エステルに他意を持って近づく人はまったくいなくなり。
『まあ、これで楽だし。』
エステルは微笑みながら、金箔が美しく飾られたプディングをゆっくり味わっていた。
男の子が一つ菓子を手に取っていたその時、オウムの仮面を被った少年が現れ、三人の間に割り込んできた。
「おい、セバスチャン。」
ジュディはセバスチャンの仮面を見てくすくす笑った。
「お前、なんで早く戻ってきたんだ?主人公は最後に登場するものだろう。」
「お前じゃなくてエステルに会いに来たんだ。」
その言葉通り、セバスチャンはエステルの横にぴったりと張り付いて固まってしまった。
「ドレスがよく似合うね。そ……その、今日来ている連中の中で君が一番綺麗だ。」
「……?お兄ちゃんも服が似合っていますよ。」
「本当?じゃあ次もこれを着ようかな?」
ただの褒め言葉のつもりで言ったジュディのコメントがセバスチャンの耳には響き渡り、顔がだらしなくほころんでしまった。
「じゃあ、見ててくれ。第2部が始まるときに迎えに来るよ。」
セバスチャンは元気よく立ち去りながらパーティーの準備をしに向かった。
「エステル、絶対にあいつと踊らないといけないの?」
「そうね。今すぐでも嫌だって言いたい。」
ジュディとデニスが眉をひそめ、嫌そうな様子をはっきりと示した。
エステルは他の人と踊ることがとても嫌そうだった。
「今さらどうしようもないでしょ。」
エステルは二人をなだめるために持っていたプリンを一口すくって、二人の口にそっと押し込んだ。
少し後、パーティーが始まり、エステルは誕生日を迎えたセバスチャンを祝いながら楽しい時間を過ごした。
兄たちと一緒にいたエステルは、ふと自分を見つめる視線に気付き、そちらに目を向けた。
「……?」
遠く離れた席に、猫の仮面を被った少年が一人で座っていた。
エステルは視線を感じてから、それが気のせいではないと確信し、その方向をじっと見つめた。
仮面の隙間から見える漆黒の瞳と、それに映える黒髪は、どこか奇妙なほど親しみを感じさせるものだった。
「ノアに似ている……」
その男の存在が気になって仕方なくなったエステルは、直接確認することを決意した。
「デニスお兄さま。」
「うん?」
「お手洗いに少し行ってきます。」
「送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です。すぐ隣なので。」
デニスは自分が持参した本を閉じ、少し不満げに見送るような仕草をした。
ジュディはアカデミーの友人たちに捕まっていたため、席を立つタイミングとしては最適だった。
エステルは遠くの席に立っている男の方へ向かい、歩き出した。
エステルは距離が近づくにつれて緊張し、思わず唇を噛んだ。
しかし、エステルが近づくのを見たその男は、突然体を動かし、振り返るとテラスに出ていった。
仮面が視界から消えると同時に、エステルの足取りも早くなった。
エステルはガラスで仕切られたテラスのドアを開けて外に出た。爽やかな夜風が全身を包み込んだ。
「……いない?」
テラスはそれほど広くはないが、誰の姿も見えず、周囲を見渡していたエステルの肩を、突然誰かが軽く叩いた。
エステルは驚いて振り返ったが、そのまま固まった。
そこには、猫の仮面をつけたあの男が立っていた。
距離が近づいたことで、彼が誰であるかをさらに確信することができた。
「ノア……だよね?」
男は微笑みを浮かべ、エステルにそっと手を差し出した。
エステルは緊張しながらもその手を取り、その手を持ち上げて優しく手の甲にキスをした。
これはパーティーでよく交わされる形式的な挨拶だったが、今回ばかりはエステルの顔が真っ赤に染まっていった。
「すぐに分かったんだね。どうして僕だって分かったの?」
馴染みのある声が続けて響き、エステルの目が大きく見開かれた。
「……そうじゃないかと思ったの。」
エステルの声は震えていた。
どこか安堵しながらも、妙に気まずい感情が胸を占めていた。
「今までどこにいたの?」
「あっちやこっち。どこか一つの場所に留まることができなくて、ずっと動き回ってたよ。」
エステルをじっと見つめたままのノアが、ゆっくりとその仮面を外した。
向かい合った二人は、言葉を交わす代わりに静かに互いを見つめ合った。
揺れる瞳の奥から伝わってくる感情の波に、エステルは心が動かされた。
『さらに素敵になったわ。』
久しぶりに会ったノアは、記憶の中の姿そのままで、いや、それ以上に魅力的になっていた。
何故か恥ずかしくなったエステルは視線をそらし、手を弄り始めた。
『今日の私は大丈夫かしら?』
大事なパーティーではないからと、ドレスや化粧に気を使わなかった自分を少し後悔し始めた。
たった一度でも彼に再会する可能性があると気づいていたら、もう少し準備をしていたかもしれないのに。
「本当に久しぶりだね。」
ノアが最初に口を開き、ややかすれた声で言った。
「うん。一年と少しぶりだね。」
そう答えたエステルの声は、どこかぎこちなかった。
話した後、自分の言葉が少し感情的だったように感じ、戸惑った彼女自身も少し混乱しているようだった。
ノアはエステルの様子を察し、くすくすと笑いながら近づいてきた。
「もしかして、僕を待ってた?」
「まさか、そんなはずないでしょ。」
エステルは即座に否定し、ノアがさらに近づくにつれて一歩後退した。
そして、何気ない様子を装って話題を変えた。
「それより、パーティーにどうやって入ったの?人に見つかったらどうするつもり?」
「ファレンにちょっと手を貸してもらって、こっそり忍び込んだ。」
ノアは唇に指を当てて秘密を共有するような仕草を見せ、声を潜めて答えた。
「何それ?もし聞かれたら……」
「大丈夫。絶対バレないさ。」
ノアの瞳はどこか自信に満ちていて、それを見たエステルは少しほっとした。
気づけばノアはエステルよりも背が高くなっていて、そんな彼を見上げるだけでエステルの心は不思議な感覚に包まれた。
ノアはそれに気づくと、素早く足を動かし、エステルと視線を合わせた。
そして腕を広げ、茶目っ気たっぷりに肩をすくめながら言った。
「僕、少しはかっこよくなったんじゃない?」
ノアの男らしくなった姿に少し圧倒されつつも、エステルはあえて平然を装い、静かに答えた。
「前と同じような感じね。」
「そう?でも、君はもっときれいになった。」
「……え?」
ノアの褒め言葉を耳にした途端、エステルの頬は真っ赤になる。
どう反応すればいいのかわからず戸惑うエステルの姿に、ノアの笑みがますます深まった。
「会いたかったよ。本当に。」
ノアは感情を抑えずに、誠実な声でそう言った。
その瞬間、エステルも「私も」と答えたい気持ちを懸命に抑えた。
久しぶりの再会で、二人は互いに伝えたいことがたくさんあるようだった。
エステルは長く会場に留まることはできないと感じ、戻るべきだと考えていたが、背を向けようとした瞬間、ノアが意味深長な口調で尋ねた。
「パーティーの主役とは親しいのか?」
「親しい?少しは知っているわ。」
セバスチャンは家族を除けば、エステルが唯一交流を持つ人物だった。
それゆえ、彼女は彼と親しくなりたいとも思っていた。
「じゃあ、僕とちょっと外に出ないか?」
ノアはエステルのドレスの裾を軽く掴み、期待を込めた表情でそう尋ねた。
「今?」
突然の提案に驚いたエステルは、会場内を見回しながら少し迷った。
彼女の心は、ノアについて行きたがっていた。
久しぶりに再会したノアと、これまで話せなかった秘密や思い出を共有したい気持ちが湧き上がった。
しかし、同行している兄たちの視線を避けて抜け出すことには少しのためらいがあった。
エステルにとって、それは不可能だった。
加えて、今日は誕生日のセバスチャンとの約束を破るわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。今日は彼のパートナーになると約束したの。」
「本当?」
ノアの目が横にそっとそれ、彼のどこか申し訳なさそうな態度がエステルを動揺させた。
彼女は急いで弁解を試みた。
「あなたが悪いわけじゃないの……。」
「そうだね。君は何も悪くないよ。僕がいなかったせいだ。ごめん。ただちょっと嫉妬しただけなんだ。」
ノアは寂しげな笑みを浮かべ、優しく微笑んだ。
「代わりに、明日僕のところに来てくれない?前の家でね。君にどうしても見せたいものがあるんだ。」
久しぶりにノアと再会し、そのまま別れてしまうのが惜しかったエステルは、その申し出を受け入れることにした。
「こうしてまたいなくなるつもりじゃないよね?」
「絶対にそんなことはしないよ。」
ノアは自信を持ってエステルの目を見つめ、穏やかに応じた。
その透明感ある眼差しに心を和らげられたエステルは、安心して彼を手放すことができた。
「わかった。明日ね。」
「あまり頑張りすぎないでね!」
会場に戻るエステルの背中に向かって、ノアの冗談交じりの忠告がはっきりと聞こえた。
エステルは振り返ることなく、微笑みながらその声を心に留めた。
紅潮した彼女の表情はなかなか元に戻らず、胸に残ったドキドキはしばらく消えなかった。






