こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

96話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- お出かけ
体がだるく、うたた寝しそうになるのどかな午後。
エスターもまた、襲いくる眠気を堪えながら、ベッドに座って魔力を操る練習をしていた。
精神を集中させ、部屋の隅に置いた水を動かして水滴の形を思い描く練習だ。
「次はお父さんだ。」
水が次々と水滴の形をつなぎ、形を作り出すと、それが面白いのか、シュラが笑いながら水滴を弾いた。
「また弾けたじゃない。」
エスターがそう注意し、腰に手を当てると、シュラは自分が何か悪いことをしたのかと大きな目を見開いた。
「可愛くてもダメ。」
しかし、エスターには可愛く映るシュラが、しきりに甘えてきたため、とうとう言葉を和らげた。
「まあいいわ。また作ればいいんだから。」
再び父の顔を描こうと、水滴を一つずつ集め始めたところ、突然、北側から大きな音が鳴り響き、扉が勢いよく開いた。
その瞬間、エスターの集中が途切れ、せっかく集めた水がすべて床にこぼれ落ちた。
「わっ。」
ドロシーに怒られるのではと心配しつつ、部屋に入ってきたジュディを見た。
しかし、ジュディの表情は険しく、泣きそうなほど深刻だった。
「ジュディ兄さん?」
驚いたエスターは急いでベッドから飛び降り、ジュディに駆け寄った。
「どうしたの?」
「エスター……猫が怪我をしたんだ。」
詳しいことはわからないが、ジュディは外でひどく傷ついた猫を見つけたのだという。
「運動中に走っていたら、かすかに『にゃー』という声が聞こえてきたんだ。」
怪我があまりにもひどくて、命が危ない状況だと言い、猫を治療するために一緒に来てほしいと頼まれた。
ジュディの表情から状況の深刻さが伝わり、エスターはジュディと一緒に走り出しながら、続きを尋ねた。
「それで、その猫はただ地面に放っておかれていたの?」
「いや、デニスが隣にいるよ。」
「デニス兄さんはどうやって気づいてそこにいたの?」
「散歩時間で外で本を読んでたんだって。俺の声を聞いて来たらしい。」
その間、ジュディが最初に猫を見つけたという庭にたどり着いた。
住宅からそう遠くない場所だ。
赤い木の後ろに回り込むと、デニスとその横に倒れている猫の姿が見えた。
その周囲には、普段は綺麗好きなデニスがどこかに投げ捨てたらしい本が散乱しており、ジュディが大切にしている木彫りの飾りも転がっていた。
猫の傷は縄張り争いでついたものなのか、それとももっと大きな動物に噛まれたものなのかは分からなかったが、一目で酷い状態だと分かった。
デニスが持っていたハンカチで血が流れ続けるのを止めようとしていたが、すでに血の流出が多く、布は赤く染まっていた。
「どうしてこうなったんだ……。」
まだ生まれたばかりのように小さくて柔らかい毛の猫だった。
両手に収まるほどの大きさの子猫。
エスターは死にかけている猫をそっと見つめると、その横にしゃがみ込み、自分の手で助けようと心を決めた。
「お兄ちゃん、私がやるよ。」
「エスターが来てくれて助かった。」
デニスはようやく安心して、猫の傷から巻いていた包帯を取り外した。
手には赤く染まった血が付いていた。
まず、どのような状態か確認するため、エスターはそっと猫の体を触診してみた。
「まだ息はある。」
呼吸はかすかだが、まだ生きていることが分かり、完全に手遅れではないと判断した。
エスターは木の棒のように痩せた猫の傷口に両手を当て、治癒の力に集中した。
しばらくして、目を閉じていたエスターの手が金色に輝き始め、手の甲が光を放ち始めた。
「泣くのは良くないよ。泣いても仕方ないじゃない?まだ猫は死んでないし、大丈夫だから。」
ジュディは泣いていないと否定しつつも、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「誰が泣いたって?ほら。あと、僕の筋肉がどう関係あるんだ?」
ユーモラスに振る舞いながらも、ジュディはどこか動物にだけ心を許す様子を見せていた。
ジュディはエスターを見て、涙を少し浮かべながら言いました。
「前から思ってたけど、エスターの瞳、本当に綺麗だよ。」
「綺麗だけじゃ足りないよね。」
二人は小声で話しながら、邪魔をしないように静かにエスターの治療を見守る。
エスターは心の中で猫に呼びかけた。
『ヤン、痛くないよ。大丈夫だよ。』
エスターの心を込めた祈りとともに、彼女の能力が猫の傷にゆっくりと染み込んでいった。
傷は目に見えるほどの速さで癒えていき、最終的には完全に消えていく。
「治った?」
エスターは皮膚が綺麗になっていることを確認し、安堵しながら両手を離した。
しばらく見守っていると、猫が体を小さく動かし始め、やがてぼんやりと目を開けた。
突然、痛みが消えた猫は驚いたような表情を浮かべる。
どうすればいいのかわからず、エスターをじっと見つめていた。
「おや?目を開けた!生き返ったみたいだ!」
それを見たジュディは、手を叩きながら大喜びした。
デニスもようやく安心したのか、足元に置いていた本を拾い上げ、ほっと息をついた。
「こんにちは、ヤン。」
エスターは逃げることもできないほど小さな体を震わせている猫に、そっと手を差し伸べる。
しばらく迷っていた猫は、エスターを信じることにしたのか、しっぽを立てながら顔を近づけてきた。
柔らかいシュルランの感触とはまったく違う、ふわふわした毛の感触に感動した。
エスターは猫の頭と首をそっと撫でた。
すると猫は目を細め、喉を鳴らし始めた。
喉からはゴロゴロと音が響いた。
「私も……もう一度……。」
この光景を見ていたジュディは、我慢できずに声を出した。
ジュディはエスターの肩を越えて、そっと手を伸ばしながら猫に触れようとした。
しかし、デニスがジュディの手を軽く叩き、代わりにエスターの頭をそっと撫でた。
「よくやったよ。君が救ったんだ。」
落ち着きを取り戻したジュディは、デニスの動きを真似てエスターの頭を撫でながら、独り言をつぶやいた。
「僕もエスターみたいにできたらいいな。そしたら動物たちみんなが僕になつくんじゃない? 無条件に可愛がられるなんて最高だよ。」
能力を使って褒められることに慣れていないエスターは、恥ずかしそうに笑った。
以前にハンスの脚を治したときも同じ気持ちを抱いたが、治療を通じて得る喜びとささやかな誇りを感じていた。
命を救ったという満たされた気持ちに手を重ねていたエスターは、そっと言葉を紡いだ。
「これで人々を助けるのはどうでしょう?」
「もう神殿があるじゃないか。」
冷静な性格のデニスは、それが必要ないと淡々と答えた。
「神殿はお金を持っていて身分の高い人たちだけに門戸を開いている。それに、そういう人たちは裕福な人々だよ。」
神殿は助けを得られるほど裕福な人々にしか興味を示さず、困窮した人々にはまったく関心がなかった。
エスターが助けたいのは、自分のように神殿から見放され、神に捨てられたと感じている人々だった。
ノアに出会ってから、エスターはずっと考えていた。
かつて自分が思い描いた救済団体が本当に実現できるのかと。
「エスター、辛くないの?」
ジュディは無表情ながらも、小さな声でエスターに尋ねた。
「セスピア聖女様が亡くなられてから、能力がさらに大変になりました。妙に増えた感じで、まともに扱いきれないんです。」
エスターは微笑みながら手のひらを広げた。
今では望むだけで能力がすぐに手から溢れ出てくる。
それが不思議でたまらないように、手を見つめるジュディが良いアイデアを思いついたように手を叩いた。
「じゃあ、一緒に村に行ってみるのはどう?」
「今? 一緒に?」
驚いて声が大きくなったエスターに、ゴロゴロ鳴いていた猫も耳をぴんと立ててジュディを見上げた。
「もちろん一緒に行くよ。ひとりじゃ危ないからね。」
もう少し計画的に動こうと考えていたエスターだったが、こうして即興的に動くのも悪くない気がしてきた。
ジュディが反対せず一緒に来てくれるなら、それ以上に頼れる仲間はいない。
エスターは猫を大事そうに抱え、静かに寝床から立ち上がった。
そして、何も言わず表情をじっと窺っているジュディに向けて微笑みを返した。
デニスはジュディの方をちらりと見てから、こう提案した。
「それじゃあ、デニス兄さんは今日の予定がすでに決まっているから、ジュディ兄さんと二人で……」
「僕も行くよ。」
当然断ると思っていたデニスだったが、意外にも自分も一緒に行くと言い出して、そっと横に寄り添った。
「それでもいいの?」
「一日くらいなら大丈夫だ。」
「エスターと二人でぎこちない時間を過ごすのもなんだから、これをきっかけにしよう。」
ジュディがむっとしながら抗議の視線を送ったが、デニスは全く気にせず無表情で応じた。
「じゃあ、着替えて行こう。」
「この子(猫)はどうしよう……?」
「まだ小さいから、外は危険だと思う。家の中に置いておくのがいいだろう。」
猫はまるでエスターを母親と認識しているかのように、安心して彼女の腕の中に収まっていた。
一旦、猫を執事に預けて屋敷に戻ろうとしたが、
「でも、エスター……僕も一度だけ触ってみてもいい?」
ジュディはそわそわとしながら、エスターの周りをぐるぐる回っていた。
触りたいのに手を伸ばす勇気が出せないのは、猫が目を細めて水に濡れたような怯えた様子を見せていたからだった。
エスターはそんなジュディの様子に笑みを浮かべ、猫の手をそっと握り、差し出した。
「驚かせないように、軽く触れるだけね。」
「うん!」
ジュディは恐る恐る、しかし慎重に猫の手に触れてみた。
今まで全く興味がないふりをしていたデニスも、そっと近寄り、猫の手を優しく撫でている。






