こんにちは、ちゃむです。
「夫の言うとおりに愛人を作った」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

90話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 別人⑥
昼間に見た平凡な村が、やけに平和に見えたせいだろうか。
それとも、この旅が不可解なほど静かだったせいなのか。
7年が過ぎても、皇帝は変わらずそこに君臨しているようだった。
「予想はしていたが、今になって尻尾が現れたということは、前の村で死なずに生き延びて戻ってきたということか。」
生き延びて戻ってきたから、今度は人を送って直接殺そうとしたのだろうか。
それとも、この村にあふれる記憶を刻んだ水晶を通じて、7年前のように重要な情報を奪おうとしたのか。
記憶を取り戻した彼が、記憶を刻む水晶がある村に辿り着いた途端、暗殺者が現れるとは。
すべてがまるで計画されたようにぴたりと一致していた。
やはり、皇帝は彼が7年前に記憶の一部を封印していたことに気づいていたのだろう。
だが、このすべてがあの狡猾な皇帝の独断で決まるはずがなかった。
ブラックドラゴンがホワイトドラゴン・ルーンを殺した後、神殿と帝国の皇室の間には目に見えない亀裂が生じていた。
大陸と帝国民の安全、そして神殿との関係を守るために、皇室は彼らの象徴として崇められていたブラックドラゴンのルーンを殺す決断を下した。
しかし、皇帝が送った討伐隊がドラゴンを殺した後も、神殿と帝国の皇室の間に生じた亀裂は容易には消えなかった。
そんな彼らが、皇帝が交代して間もないうちに、皇室が主催する式典に参加しただけでなく、公式に帝国の皇室と手を結ぶことを選択したと宣言したとは。
マクシオンが詳細な報告を受けたときから、すでに疑わしく思っていたが、今回の遠征を機に確信したのは、これは皇帝ではなく神殿の意向が強く働いているということだった。
無理に危険なフェリルスへ送り込もうとした過去の皇帝の決定とは、慎重さの度合いが明らかに違っていた。
そして、数多くの魔法石を購入するほどの莫大な資金を持っていた。
資本を持つ巨大な組織。
これは帝国内で、大きな商団や傭兵団をいくつか除けば、たった二つの組織だけが可能なことだった。
皇室と神殿。
この二つが手を組んでいたなら、難しいことではなかった。
徐々に近づいてくる気配を感じたエドワードが、寝床から起き上がり、窓を開けた。
気配の数を見るに、この程度なら全員ではなく、一部だけが狙っているようだった。
エドワードが窓から飛び降りると、まるで待っていたかのように、通りの中央に立った。
「夜の客人とは久しぶりだな。」
十数人の暗殺者が彼の周囲を取り囲んでいた。
彼は片方の口角を上げて笑った。
数日ぶりに深い眠りをとった後だった。
暗殺者の脅威も、記憶を奪われる危険もない平和な日々が、かえって違和感を覚えるほどだった。
二十歳の彼にとって馴染み深いのは、むしろ今のような状況だった。
「十数人か。皇帝よ、今度はもう少しマシな奴らを揃えてくれるとありがたいな。」
エドワードが指を鳴らした瞬間、その場から姿を消した。
彼は宿の屋根の上に再び姿を現した。
エドワードは暗殺者たちを誘導し、戦うのに適した場所を探した。
二十歳の彼は、襲撃を受けるのが日常だったため、村に入るなり、無意識のうちに暗殺者を始末するのに適した場所を探していた。
どうやら先ほど宿へ向かう途中で見かけた広場が、一番適しているようだ。
エドワードが広場に到着し、地面に足を踏み入れた瞬間、黄金色に輝く縄が彼の体を絡め取った。
それは即席の魔法。
「私たちが予想していなかったとでも思ったのですか?」
「聞き覚えのある声だな。」
「7年前、殿下が残された傷を癒すのに苦労しましたよ。」
ひとりの男が闇の中から歩み出てきた。
男は全身を黒い衣装で包み、黒い布で顔を覆っていた。
「影の一族はしぶといな。ちょうどあいつらの内情が気になっていたところだ。」
エドワードが手を挙げた。
「ここ数日、この緊張感がなかったからな。」
「引退されたという噂が広まりましたが、私たちを懐かしく思われたとは驚きですね。以前のようにしてくださらないと後悔することになりますよ。」
彼はエドワードに向かって飛びかかった。
「後悔か。そうだな、あの時お前を逃がしたことは少し後悔したよ。」
エドワードが淡々とした表情で両腕を上げた。
彼を包み込んでいた即席の魔法が、虚空に砂のように崩れ去った。
「まさか、魔法が!」
「副団長!」
あちこちから驚きの声が上がった。
パチン。
エドワードが親指と中指を弾くと同時に、副団長と呼ばれる人物がエドワードの目の前で急停止し、空中で静止した。
エドワードが相手の顔を覆う黒い布を、無表情のまま見つめた。
皺の寄った顔に冷たい印象の灰色の瞳が輝いていた。
「エペランテ伯爵。お前が副団長になったのか。」
「……殿下が私の前にいた者たちをすべて処理してくださったおかげです。もし私を殺すおつもりなら、すぐに殺してください。」
「そうするべきか。懐かしい顔だな。それよりも気にならないか? 私がお前を送り出してどんな後悔をしたのか。」
「……。」
「つまらんな。昔の主君の言葉は、もう耳を傾ける価値がないのか。」
「私たちはただ一つの太陽に従います。」
「そうか。だが、私は一度もお前たちの太陽になったこともないし、太陽になろうとしたこともない。」
「……。」
「お前を戻すかどうか考えたんだ。警告の意味として、傷を負わせた状態で送り返すつもりはなかった。」
エドワードが再び宙に向かって指を弾いた。
すると、取り囲んでいた六人の影がその場から消え、瞬く間にエドワードの背後の空中に張り付けられた。
正確にエペランテ伯爵の視線の高さに。
「うわっ、あ……!これは何だ!」
「ぐっ、息が……!」
エドワードは余裕の表情で笑いながら言った。
「苦しまずに殺して、その死体を皇帝への贈り物にするべきだったんだ。」
「……!」
「あの時は必死で力を隠すのに精一杯だったんだ。その後、7年間も皇城の外を彷徨うことになったが、もし力の限界を知っていたなら、記憶を封じ込めたりはしなかっただろう。」
彼の顔から笑みが消えた。
指先が宙を弾くたびに、広場が血で染まっていく。
張り付けられていた者たちの信念はすぐに崩れ去ったが、ただ一人、エドワードの鼻先で止まったエペランテ伯爵だけは呆然としていた。
彼は口を封じられたように何も言えず、宙で震えていた。
目すら閉じることができないのか、一度も瞬きをせずに、部下たちの死を見届けるしかなかった。
彼の目から、熱い涙が止めどなく流れ落ちた。
「私がその無力感をよく知っている。抵抗するたびに、床には赤い血が飛び散り、愛おしかった者たちが一人ずつこの世を去っていった。」
「……!うっ!」
「お前はよかったな。今回は生きて帰ることはできないだろう。」
パチン。
彼が指を弾くと、宙に吊られていた遺体たちが一斉に床へと崩れ落ちた。
同時に、エペルランテ伯爵の口が封印から解かれた。
「皇后の失脚によって生まれた忌まわしい存在というわけか。だが、お前こそ最も悲惨な死を迎えることになるだろう。先の皇室は、死んだドラゴンのように狂っていた! 我々は間違っていなかった。皇帝を廃し、万歳!」
その言葉を最後に、苦痛に身をよじらせていた伯爵は、奇妙な姿勢のまま床に崩れ落ちた。
「ありがとう。私の代わりに死んでいった者たちが報われることを願おう。お前の呪いが私への祝福となるとはな。7年後の私はどう考えているかわからないが。」
エドワードは、自分の手についた他人の血を見つめた。
そして気づくと、辺りに血の跡が点々と広がっていた。
指を一振りすればすぐに消えるはずのものなのに、ここ数日の穏やかさのせいだろうか。
それとも、良くない記憶を呼び覚ましたからか。
体を濡らす嫌悪に満ちた血が彼を包み込み、死んでいった多くの部下の血と重なって見えた。
彼を守るという一念で、血を流しながら倒れていった多くの者たちの体。
彼の命は、彼を守るためにその身を投げ出した者たちの屍の山の上に立っていた。
エドワードの呼吸は次第に荒くなっていった。
彼は血にまみれた手で黒い髪をかき上げた。
『エンディミオン、ジェレミー、ロエディン……』
彼は心の中で、死んでいった部下たちの名前を繰り返した。
これは、彼らを忘れていないという誓いであり、また、いつか無実の罪を着せられ死んでいった彼らの名誉を正当な位置へと戻すという決意の呪文のようなものだった。
普段なら、そうすることで少しは気持ちが落ち着くはずだったのに、今日に限ってはなぜか余計にひどくなった。
密命を聞きすぎたせいか、それとも血を見すぎたせいか。
もしかすると、ここ数日があまりにも平和だったせいかもしれない。
耳を澄ませば、周囲には何の音も聞こえなかったはずなのに、彼の耳だけは塞がれることがなかった。
自分があの者たちと同じ怪物にならないために、彼は全てをありのまま記憶することを選んだ。
彼の記憶力は、まるで針で縫い付けるかのように鮮明だったので、これからも全てを忘れることはないだろう。
“忘却は、人間に与えられた神の贈り物だ”――そんな言葉が、彼の脳裏をよぎった。
しかし、エドワードは忘れることができなかった。
忘れられないまま、狂気へと片足を踏み入れていた。
「はは、はは、は、はっ……」
弾けるように脈打つ心臓を抑えながら、彼は息を整えようとしたが、かえって乱れるばかりだった。
近くに人の気配がした。
見落としていた暗殺者がまだ残っているのか?
荒い息を整えながら、彼は視線を巡らせ、気配の主を確認した。
「エリオット……」
そこには、まるで月の光を凝縮したかのような、眩い銀髪の女性が立っていた。
薄紫色の瞳が、彼の目をまっすぐにとらえた。
彼女の瞳が揺らいだ。
素早く周囲を警戒するように視線を巡らせると、どうやら戦闘の痕跡に気づいたようだった。
「はぁ、は……申し訳ない。だらしない姿を見せてしまったな。すぐに片付けるよ。」
「それより、私に見せて。」
ルイーゼが足早に彼へと近づいた。
彼女は彼の前に立ち、両手を伸ばして彼の肩を掴んだ。
エドワードは依然として荒い息をついていた。
不安げに揺れる赤い瞳と視線を交わしながら、ルイーゼは彼の容態を確認した。
「まさか、胸を痛めましたか?肋骨が折れたとか……」
「奴らは、俺に触れることすらできなかった。」
「……そうですか。それなら大丈夫ですね。呼吸が少し速くなったくらいで、人は死にませんから。」
エドワードは右手を上げ、ルイーゼの顔をそっと包み込んだ。
自分の手にはまだ乾ききらない血がこびりついていたが、それでも彼は彼女の温もりを少しでも感じたかった。
「これはすべて、私が引き起こしたことです。嫌悪感を覚えませんか?」
「ペリルスではもっと酷いものを見ましたよ。あそこでは、正気を失った獣たちと二十年以上も共に収容されていたんです。」
「彼らとは違い、私は人間です。それなのに、指を一つ鳴らしただけで、一瞬にしてこれほどの虐殺を引き起こすことができる。この自分が怖くはないですか?」
「……」
「私は、私自身が怖い。この怒りと、この圧倒的な力が、いつか私を飲み込んでしまうのではないかと……。」
彼の親指がルイーゼの頬を優しくなぞった。
静かな瞳で彼を見つめていたルイーゼが、ゆっくりと口を開いた。
「怖いです。」
「……」
「それでも信じています。あなたは私を殺さないって。私が知っているエドワードは、自分の仲間を理由もなく殺したりしない。」
「……」
「7年後のあなたが私に言ったんです。『待つのが好きだ』って。待つ相手がいることも久しぶりだって、笑っていました。あなたにとって別れは裏切りや見捨てることと同じだった、とも。あのときは、そんなに深く考えずに聞き流してしまいましたけど……。」
ルイーゼは一瞬口を閉じ、それから静かに続けた。
「あなたは去っていった人々を、とても愛していたんですね。愛していなければ、こんなに傷つくこともなかったでしょうから。」
ルイーゼもまた、森の一部として育ったからかもしれない。
彼女は幼い頃から、森に寄り添って生きてきた。
死体を見ても、不思議と恐怖は感じなかった。
むしろ、横たわる人間の身体よりも、彼らに傷つけられた動物たちの方が心を痛めた。
ルイーゼは気づいていた。
人間が強く残忍だからこそ恐れる、あの奇妙な姿の捕食者たちが、実はこの世界で最も脆弱な存在であることを。
彼らは人間を憎んで襲ったのではなかった。
ただある日、光竜ルーンの死の後、行き場のない痛みをぶつける対象が必要だっただけ。
また別の日には、自分たちのリーダーが倒れたときのように、殺さなければ自分が殺されるかもしれないという恐怖に突き動かされただけだった。






