こんにちは、ちゃむです。
「公爵邸の囚われ王女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
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85話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 不思議な感情
翌朝、いや、太陽が昇る少し前の早朝。
クラリスは頬を軽くつつかれる感触で目を覚ました。
「う……」
そもそも早く寝たとしても、朝の5時に起きるのはかなり厳しいことだった。
「ここから出たくない。」
「すぅ……。」
「分かってるわよ、これからは先生が許してくださるまで、この時間に起きて礼拝堂を掃除しに行かなければならないってこと……。」
それは成績提出をした罰だった。
クラリスとエイビントン、そしてノアとバレンタインは、毎日礼拝堂を掃除することになったのだ。
「コォ。(早く起きなさい、この怠け者め。)」
モチが辛辣な言葉を吐きながら、頬をつついた。
普段なら「怠け者だなんてひどい」と泣き言を言うところだが、今日はそれどころではなかった。
エイビントンの件を解決するために、モチの尽力が大きかったからだ。
彼がユジェニーに密かに提案をしたのはモチだった。
さらにモチは、エイビントンの部屋に忍び込んで彼が計画を練る様子を目撃し、その内容を全てクラリスに伝えたのだ。
彼は深く考え込むときに、唸りながら悩む癖があり、それが幸運だった。
そうでなければ、ユジェニーを追放しようとする計画が明るみに出ることはなかっただろう。
「助かったわ。」
結局、ユジェニーは無事だったが、エイビントンは自分の過ちを認めた。
エイビントンは相変わらずクラリスを好きではないという態度を見せていたが、まあ、それは仕方がないことだろう。
それでも、これ以上露骨にいじめられることはなさそうなので、それだけでも幸いだと思うべきだろうか?
「うぅ、寒い。」
クラリスは眠気を振り払い、薄手の運動着を羽織った。
動きやすいし、掃除が終わったらそのまま他の試験生たちと一緒に首都の周りを走る予定だったからだ。
トントン。
ノックの音が聞こえた。
その冷静な音だけで、クラリスはノアが自分を迎えに来たと悟った。
もしかすると、クラリスが起きられなかったら困ると思って心配して来てくれたのかもしれない。
「おはよう、ノア。」
ドアを開ける前から掛けた挨拶に、彼は驚いたように仮面をわずかに持ち上げた。
「どうして分かったんです?」
「当然だよ、ノアだもの。早起きしたのか?」
「早朝に目を覚ますのはそんなに難しくないからね……。何にせよ、君も起きられてよかったよ。ヴァレンタインはさっき起きたばかりでまだぼんやりしていたけど。」
「ノアが王子様を起こしたの?」
「彼に優しく接してあげたよ。」
もちろんノアの「優しさ」とは、人の顔に水をぶっかけることを意味するとは口に出さなかったガ。
ベッドから叩き起こされたヴァレンタインは暴言を吐き散らし、ノアもそれに似たような冷たい言葉を返した。
そんな事情を知らないクラリスは無邪気に手を叩き喜んだ。
「やっぱり二人は仲良くやれそうでよかった。さて、そろそろ行こうか?」
時間を確認しようとするように、クラリスは自分の部屋の方へ向かおうとした。
揺れる長い赤紫の髪がノアの目の前で揺らめいた。
「……」
いつ見ても不思議な色だ、とノアは知らず知らずのうちに彼女の髪を触れてしまった。
彼はこの柔らかな感触がとても気に入っていて、前にも何度かこうして手に取りじっとしていたことがあるほどだ。
「ん?」
髪をつかまれたクラリスが疑問に思って振り返ると、ノアは慌てて手を引っ込めた。
「そ、そ……!」
なんとか動揺を隠そうとしたものの、クラリスの髪をつい触れてしまうことは時折起こる奇妙な出来事だった。
「まとめている方がいいと思って!」
「あら。」
クラリスは驚いたように笑みを浮かべ、軽くクスリと笑った。
「それじゃあ、ちょっと中に入ってくる?」
クラリスが少し体を避けて見せてくれた部屋は、やや薄暗く、ノアはなぜか落ち着かない気分になった。
こんなに暗い部屋に入ってもいいのか、と心配になる。
もちろん、クラリスを異性的に意識することは絶対にない。
彼女は性別を超えた大切な友人だった。
ただの友人に過ぎない。
それでも時折、彼女の唯一無二の友情を自分だけのものにしたいという所有欲が湧いてくることがあった。
それ以上の感情を抱くことは、決して、断じてない。
「分かりました。」
彼は幼い頃の記憶を思い出しながら、無意識のうちにクラリスの部屋に足を踏み入れた。
当時は一つのベッドで一緒に寝たこともあったのだ。
「……ベッド。」
彼は使い込まれた跡がわずかに残る白いベッドを振り返った。
あの中にクラリスが縮こまって横たわっていたのだと思うと、なぜか少し可愛く感じられた。
少し前、ベッドで同じように縮こまっていたバレンタインを見たときは、朝から見苦しいものを見たと思い、申し訳なく思ったのに。
「友情というのは、人の目をこんなにも寛大にするものなんだな。」
同じ姿でも、こうも異なる感情を抱くものだと感じた。
「うん、そんな目で見ないで。片付けていただけだから。」
クラリスは、顔を赤らめながら彼の前に駆け寄り、一瞬で散らかった布団を広げて整えた。
「普段なら起きてすぐに片付けるものだけど、今日はあまりに早く起きすぎて……。」
彼が特に何も咎めたりしないのに、クラリスは弁明を続けた。
おそらく、ノアが習慣的に周囲を整える性格だと気づいているのだろう。
彼はベッドの一端にできた小さなシワを、クラリスに気づかれないようにこっそり広げ、壁にもたれかかった。
クラリスが準備を整える姿をノアはじっと眺めていた。
彼女は鏡の前に立ち、髪をまとめ、小さな灰色のリボンで口をきゅっと結んで固定していた。
ノアは鏡の隣に整理された小さな箱を手に取った。箱の中には、白いリボンはもちろん、様々な長さや色の他のリボン、さらにはいくつかのヘアピンが入っていた。
公爵夫人がクラリスの装飾品に興味を持っていたのも納得できる。
色々なものを持っているのが当然だと思えるが、こうして改めて見てみると、なぜか少し寂しい気持ちになった。
クラリスは、あの装飾品の一つ一つにどんな思い出を刻んでいるのだろう。
「唯一の友情」としてノアにとって大切に扱われているリボンとは違い、クラリスにとっては別の価値があるに違いない。
「それでいいの?」
髪をまとめたクラリスが突然そう問いかけたことで、ノアは思わずびっくりして体をこわばらせた。
それが何を意味するのかも分からずに。
「うん、こっちに来て。」
クラリスは鏡の前に椅子を持ってきて、ノアを呼び寄せた。
おずおずと腰掛けて鏡越しに彼女を見ると、クラリスが手に持った櫛で彼の髪を整え始めた。
おそらく髪を結んであげるつもりだと告げた言葉に、彼は少し恥ずかしくなったのだろう。
彼の髪の間をすっと通る細い指が、深く感覚に染み込んできた。
髪を優しくすくい上げる動作を何度も繰り返しているうちに、彼女の集中した様子が鏡越しに伝わってきた。
このシンプルな行為は、幼い頃からクラリスが何度となく彼にしてくれたことだ。
二つに分けて結んだ後、三つ編みにするたびに、彼女は彼の髪に色を添えるような集中した息遣いをしていた。
だから彼女が髪を整えるのは、日常的で何の変哲もないことのはずだった。
(でも、どうして……)
彼は何か特別な感情を抱かずにはいられなかった。
何か特別な気持ちが胸に湧き上がった。
実際にそういうことをされて感慨深くなるような性分ではないはずだが、不思議な感覚に視線が自然と下に落ちた。
(まるで子どもの頃のようだ。違うか?)
いや、改めて考えると、それともまた違う気がする。
幼い頃のクラリスは髪を引っ張ったり、頭皮を痛めつけるいたずらっ子で、こんなに繊細な手つきで撫でるようなことができる専門家ではなかったからだ。
(そ、そうかもね。)
しかしノアは本音を語ることができなかった。
「どんなリボンが好き?」
髪をまとめている最中に投げかけられたその問いに、ノアは右手を横に持ち上げた。
ふとした仕草でローブの袖の下に隠れていた白いリボンが腕に絡みついているのが見えた。
「そもそも、ノアが髪を結ぶことなんてあるの?」
クラリスは淡々と話しながら、彼の手首からリボンを外した。
「結ぶために持っているわけじゃないよ。」
「じゃあ?」
「……ただ。」
ノアはゆるんだ手首を撫でながら、目をそらした。
でも、なぜ毎日のようにそれを持ち歩いているのか、彼自身にもわからなかった。
腕に白いリボンがついているわけでも、クラリスがノアにとって唯一無二の友達である事実が変わるわけでもないのだから。
「無いと、なんだか落ち着かなくて……。」
「ああ、どういう気持ちか分かるよ。」
クラリスはリボンを何度か引っ張った。
「私もここに来たとき、最初に手に入れたのがこのリボンだったから。」
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