あなたの主治医はもう辞めます！【７３話】ネタバレ

「どうかしてる、私が飢えてることがあっても、あのテーブルでご飯食べないよ」

ディエルは震えながら一人で兵舎に向かっていた。

さっぱりした気持ちでリチェの兵舎に入ってきた彼は、もうすぐセルイヤーズ領地に出発するために荷造りを始める。

「ところで、子爵様、どうするんだろう」

彼は独り言を言ってため息をつく。

「もう金髪の緑眼という手掛かりさえなくなった。全国の18歳の年齢層をすべて調べることはできないし、もう道に迷ったと思う」

セイリンがその言葉を伝えた時、絶対にその場にいたくなかった。

むしろその時間にこのように雑事をした方が気が楽だ。

彼は持ってきた注射器を注意深く取り出す。

アルガのE型の血が入っていた。

「E型だなんて。血液型も本人のように珍しくて気難しいね」

誰かにショック反応を起こすことがあるので、勝手に廃棄してはいけなかった。

彼はあれこれ考えながらビーカーを一つ取り出す。

一応、ビーカーに入れて薄めた後に捨てなければならなかった。

「あの、ディエル様？」

ちょうどビーカーに血を流そうとすると、誰かが兵舎の外で声をかけた。

「食事はどうなさいますか？リチェさんがお弁当でも送るって・・・」

「あ、はい。それでは私の兵舎に送ってくれと伝えてください」

ディエルはにっこり笑って答えた。

「牛肉よりは羊肉の方がいいですね。しっかり焼いてください。そしてサラダは必ず三つ以上の野菜を混ぜて・・・うあっ！」

食事のメニューを考えるために、ビーカーに血液を入れていたディエルは大きなミスをしてしまった。

机に置かれた別のビーカーにアルガの血を入れてしまったのだ。

「ああ、どうしよう？」

薬物が似たように入っているビーカーなので、一瞬混乱してしまった。

「これ、竜の爪が入って高いと言ったのに・・・」

よりによって混乱したビーカーは、リチェがアルガに見せるために少し減らした親子検査試薬だった。

すでに起こったことなので、アルガの血は親子検査試薬に瞬時に広がり始める。

ディエルはいらいらして独り言を言った。

「失敗したとお願いしたらこれくらいなら大丈夫だよね？」

唇を噛みながらそわそわしていたディエルの表情が次第に妙に変わっていく。

「・・・うん、ちょっと待って」

ピンク色だった試薬は、アルガの血と混ざって青色にすでに変わっていた。

「これ・・・」

彼は素早く記憶を探る。

以前、ハンスとリチェがそれぞれ血を入れたときに見た色だった。

リチェの血を入れた試薬が青色に変わった瞬間をそのまま思い出す。

「まさか！」

ディエルは息を吹きかけ、両手を口に近づけた。

アルガといろいろな面で似た性格と知能、アルガと同じ茶髪、シオニーと同じ緑色の目、年齢は18歳くらい・・・。

「いや、まさか・・・」

ディエルは今や別の意味でそわそわしている。

「生半可な希望が人には一番拷問だ。私が経験してみて分かる」

リチェの話によると、この試薬は魔力検査のみ代用することができた。

同じ色なら実子である可能性が70％以上だと言ったが、逆に言えば違う確率が30％であるわけだ。

「それに・・・青色だとしても、時間差があって、正確な計量もできなかった」

ディエルは心臓の鼓動を慰めながら考える。

「すぐに比較できなかったから、まったく同じだと断言できないし」

明度や彩度が少し違う可能性もある問題だ。

ディエルは訳もなく出てはいけないということが明らかになった時、二人ともあまりにも落胆するのではないかと心配になった。

それに時間もかなりかかるが、これまで二人とも生半可な希望拷問で苦しそうな気もする。

だからといって、そのまま見過ごすわけにもいかないことだった。

「はあ・・・」

ディエルは乾いた唾を飲み込んだ。

彼はしばらくためらった後、青色に変わった試薬を素早く地面に捨てて土で埋めた。

「仕方がない」

誰もいない周辺をもう一度確認した後、彼はリチェのベッドに近づき、枕をひっくり返す。

「訳もなく掻いてできものを起こすより、私がちょっと苦労しなければならない」

その後まもなく、リチェの長くて曲がりくねった茶色の髪をいくつか集めることができるようになった。

「とにかくリチェの誕生日パーティーなんだけど」

セイリン卿がエルアンに話した。

「フェレルマン子爵邸で主管したいです」

「なぜですか？」

「兄さんがリチェの代父なのですから、一番近い家族が私たちじゃないですか？」

「その期間はどれくらいなのだろうね」

エルアンはくすくす笑いながら、論じる価値もないというように首を横に振る。

「母は長い間、リチェの成人を華やかに飾ると期待に胸を膨らませていました。譲歩するのは難しいです」

「でも・・・」

会話の内容はとても暖かい「誕生日パーティー」に関することだったが、二人の目つきにはすでに殺気が流れていた。

剣を扱う人たちだからそうなったようだ。

私はすばやく割り込む。

「私はあまりにも盛大なパーティーは最初から望んでいませんでした。争う必要はありません」

「そうだ、リチェ」

セイリン卿はじりじりと燃えるような目で私を見た。

「君の意見に従う。場所はどこがいいかな？」

「うーん・・・」

私はその目を必死に避ける。

エルアンの言葉のように、イザベル夫人は私の成人を盛大に祝うと何度も言った。

貴族の令嬢のようにデビュタントを開いてやると言って、養女の話を切り出したのだろうか。

偽の親の事件が起きた日、私のそばで夜を共に過ごしてくれたイザベル夫人の願いを無視することはできなかった。

いくらセイリン卿とフェリックス老人が気にかかっても仕方のないことだ。

率直に言えば、私がこれまで最も長い時間を共にした人はイザベル夫人だった。

「すみません」

エルアンの顔に歓喜がわき始める。

「どうしても・・・セルイヤーズ公爵城で長く過ごしたから・・・。ですが、本当に大げさにする必要はありません、公爵様。奥様をよく説得してください」

セイリン卿はスプーンを力なく落とした。

「代わりに、お客さんは受けさせてくれますよね？セイリン卿、フェリックス子爵様も招待したいです」

「あなたの成人を祝いたい人なら誰でも来られるようにしてあげるよ」

エルアンは甘くささやいた。

「もちろん、その中で一番嬉しい人は私だと思うけど」

「まあ・・・」

私はセイリン卿の顔色をうかがいながら言った。

「これ以上招待する人もいないことはあります。保育園の先生ぐらい？」

その時だった。

「あれ？私も行くよ、リチェ嬢！」

遠慮なく会話に割り込んで、浮かれて近づいてくる一人がいた。

「当然、私もリチェ嬢の成人を祝いたいんだ。リチェ嬢は私のことが好きだから、当然歓迎するよね？」

依然として護衛は一切つけず、はつらつと移動中のジェイド皇太子だった。

それに皇太子さまが特に良いことではないと答えるほどの度胸はない。

ナイフを持ったエルアンの手が震えているのが見えた。

「たぶんケインズ卿も行きたがっているだろう。さっきからリチェ嬢を褒め称えるのに口を開きぱなしだからね」

「すみません」

エルアンは固く答えた。

「公爵城は皇族を祀るにはあまりにもむさくるしいです」

「そうなの？領主がかなり難しいようだね」

ジェイド皇太子は舌打ちをしながらエルアンの肩をたたいた。

「それにもかかわらず、こんなに立派に育つなんて尊敬するよ、公爵。そういうのをハングリー精神って言うのかな？だよね？」

「・・・」

「見かけより事情が悪いようだが、リチェ嬢。成人の誕生日パーティーに必要なお金は、私がお祝い金として別に編成するようにしよう」

「必要ありません」

「謙譲しなくてもいい。公爵の忠誠心を私が知らないわけではないから」

歯ぎしりをしているエルアンから、明るく首をかしげたジェイド皇太子が私を見た。

「やっばり私の目は間違ってなかった。私はリチェ嬢が勝つと思ったんだから」

「はい、私もよく知っていました」

「私の応援は聞こえた？」

エルアンは冷たく割り込んできた。

「あの無駄な応援を聞いてどうするのですか？」

私はエルアンに警告のまなざしを向け、そっと微笑んで答える。

「はい、ありがとうございます」

「兄さんはちょっと神経質で陰気な上に利己的ではあるが、悪い人ではない」

「それが悪い人という意味です」

エルアンは不平を言って皮肉を言った。

「このような結果が出るとは知らず、医療スタッフにリチェ嬢を推薦した私も申し訳なく思う」

「それはバカだという意味で」

私はついにエルアンの太ももをテーブルの下にポンと叩かなければならなかった。

幸い、ジェイド皇太子は私を見つめるために、エルアンの言葉は、片耳からこぼしているようだが。

「リチェ嬢、気分を害したのなら許してほしい」

「私が皇族を許すかどうかは、どこにありますか。そんなこと言わないでください」

「とにかく、リチェ嬢も私に会えてよかったと思うけど、私も狩猟大会でリチェ嬢に会えて本当に良かった」

ジェイド皇太子は満面の笑みで言った。

不思議なことにエルアンが笑うのとはまた違う感じだ。

純粋で清明な子供が何の計算もなしに笑っているような表情。

「私は頭を使うのが嫌いだからか、賢い人を見るととても格好いいよ」

彼の銀髪は太陽の光できらめいて輝いていた。

「リチェ嬢も私に会いたければいつでも皇居に来て。リチェ嬢が頼んだ後、皇居のすべての警備兵たちにリチェ・エステルが来たら、すぐに私に知らせるように伝えておいたんだ」

「はい」

ウェデリックとイシドール男爵も捕まえたので、あえてもう行く必要はなかった。

しかし、キャンセルするのもちょっとあれなので、私はうなずいた。

「じゃあ、何もなければ、成人の誕生日パーティーの時に会おうね。その時は・・・」

彼は私の手をつかんで手の甲にそっと口付けする。

「また二人だけで会話できる機会があればいいな」

エルアンがナプキンを無残にくしゃくしゃにするのを見ることができないまま、ジェイド皇太子は忽然と来たようにまたは溌剌として勝手に消えてしまった。

フェレルマン子爵はセルイヤーズ公爵城に来る前に、セイリン卿とともにフェレルマン子爵邸に先に立ち寄ることにした。

久しぶりにフェリックスさんに会いたいということだ。

私はセイリン卿に内緒で彼に耳打ちする。

「エナベ関節炎がもう少し進行されました」

「・・・そうなの？」

「主治医にも知らせたくないとおっしゃったので、私が数ヶ月前から適切な処方をして薬をお送りしています」

「リチェ」

フェレルマン子爵が私を見下ろしてため息をつく。

「本当に・・・本当にありがとう」

どうやって感情を落ち着かせたのか、それとも落ち着いたふりをしたのか、もう彼の目に狂気はなかった。

その代わり、何かを手放したような空しさが顔を満たしている。

「・・・本当に親不孝だね、私は」

「いいえ」

私は首を横に振った。

「遅れましたが、私が代わりに処方してあげたので、あまり自責しないでください」

フェレルマン子爵は荒れた顔を一度掃いた。

どうやら娘の消息以後、彼は一日で何年も老けた顔をしていた。

「あなたを助手としてもらったのは私のぞっとした人生でただ一つ、運があきれるほど良いことだったね」

「同じですよ」

私は淡々と答える。

「子爵様が大陸各地の医学の本や薬草などを持ってきてくれたので、私も上逹しました。子爵様じゃなかったら、公爵様も皇太子様も治せなかったと思います」

「実際、私がこんなに急いで来たのは・・・」

フェレルマン子爵は私の目を合わせながら悲しく笑った。

「あなたに偽の親が現れたという知らせを間いて慰めてあげたかったからだ」

「ずいぶん前のことですから」

「それでもその気持ちは経験した人だけ知っている」

私たちの周りで慌ただしく動いていたディエルがびくびくしているのが見えた。

「やっと見つけたんだなと思って何日も徹夜して・・・違うと思いながらも、もしかしたらという気持ちであらゆることが手につかない」

「・・・そうですね」

私は不機嫌そうにうなずいた。

「その長い時間がかかって違うと分かった時、その虚しさは言葉もできない」

「私は、髪の毛の検査が終わったときの、あの裂けるような動悸が、今でもたびたび思い浮かびます」

しばらく私たちの間に静寂が流れた。

とにかく同じ経験を共有した人の言葉を聞くと、それだけでも慰めになる気持ちがある。

私はピンクの試薬を取り出して彼に渡した。

「竜の爪を入れた親子検査試薬です。これさえあれば、魔力検査は最初から超えてもいいです。報告書もここにありますので、読んでみてください」

フェレルマン子爵は利口だから、おそらく馬車で報告書を読むだけですべての奇作を理解できるだろう。

「もともとお手本を見せようと昨夜ビーカーに少し入れておいたのですが、ディエルが掃除中にひっくり返したそうです」

「月給から引くことにしよう」

ディエルがフェレルマン子爵の後ろで悔しそうに口を開いた。

くすくす笑って首を横に振り。

「どうせいくらにもならない量だったので、見すごしてください」

「まあ、それなら・・・あ！」

フェレルマン子爵が試薬を受け取っていたが、突然大声を上げながら首をかしげた。

「何だ？」

「あ、白髪が・・・白髪があって」

「一つだけではないようだが？」

ディエルがフェレルマン子爵の髪を抜いたようだ．

命がけで引いたのか彼の顔が真っ白になっていた。

「今、給料を上げるためにデモをしているのか？」

フェレルマン子爵は怒り狂っていた。

「白髪がどこにある！？しかも何本も抜かれたみたいだけど！」

「そ、そうですね」

ディエルは震えながらも肩を一度すくめた。

「太陽の光に照らされて、私が見間違えたようです。すみません」

そして、フェレルマン子爵が何かを言う前に素早く消えた。

「娘さんは、探し続けるんですよね？」

私はディエルを助けるために慎重に尋ねる。

フェレルマン子爵は静かにつぶやいた。

「・・・そうしなきゃ。道に迷ったからといって歩かないわけにはいかないから。だけど」

私はじっと彼を見る。

「少し・・・。少しは休まないとね・・・。私も疲れるんだ」

そのため、これまで訪ねてこなかったフェリックス子爵も診るという決定をしたようだ。

18年の歳月が無傷になったから、当然、憂鬱感と無力感に陥ることもあった。

「しばらく休んで、周りの人たちを診てみるのは良い決定だと思います」

私は彼に微笑みながら言った。

「娘さんもそのくらいは待ってくれるでしょう。フェリックスおじさんによろしくお伝えください」

「うん。遅くともあなたの成人の誕生日パーティーには必ず着くようにね」

こうしてセイリン卿とフェレルマン子爵は去った。

暑い夏、私の成人がどんどん近づいている。