あなたの主治医はもう辞めます！【７４話】ネタバレ

セルイヤーズ公爵領は「他人事」で大騒ぎになった。

イザベル奥様が急いで呼ぶと言って狩り大会から来たイシドール男爵が戸惑う間もなく、ウェデリックが行方不明になったためだ。

ウェデリックだけでなく、アーロンまでも消えてしまったという知らせに、イシドール男爵は青ざめた。

「どうしたんだ？狩り大会で一体何があった？」

彼は狩猟大会から帰ってきたエルアンに狂ったようにしがみついたが、間違った選択だった。

「どうですかね」

エルアンは冷たく答えるだけ。

「あの時、皇太子さまの暗殺未遂事件がありました。反乱軍が主題も知らずに暴れたようで」

私はエルアンの黒い瞳が軽蔑の色を帯びているのを見て、乾いた唾を飲み込んだ。

「男爵の行方に関心を持ったのは誰でしょうか？」

彼らが話している廊下は空気さえ冷たかった。

下女たちがそろそろと首を回して散っていく。

「森の中で毒キノコでも食べたかも知れないので、直接探してみてはどうでしょうか？」

男爵があれほど探し回っているウェデリックとアーロンは、まさにこのセルイヤーズ公爵城の地下監獄にいる。

私はあえてエルアンに何が起こっているのか聞かなかった。

イシドール男爵がさっさと去ってから、城は少し静かになる。

（大人になったのに、大したことはないだろう）

イザベル夫人もやはり特別な考えがないように見えた。

私は彼女に何か隠し事があると思って少し刺されたが、エルアンはもう少し待ってと言ったので、仕方なく口をつぐんでいなければならなかった。

今や公爵の主はイザベル夫人ではなくエルアンだ。

「ウェデリックはそれとなく臆病で、いつも護衛を連れているじゃないか。道を失ったみたいだね」

リチェには行方不明になった大きな甥よりもはるかに重要なことが起こった。

まさに自分の成人誕生日パーティーだ。

「もうすぐ成人だから、正式に契約書を書こう。主治医の助手じゃなくて、主治医にならないと」

成人になると、今では正式に貴族の主治医になることができる。

私は躊躇ったが、イザベル夫人とエルアンが出した契約書に署名した。

成人に逹したその日から正式にエルアン・イリヤード・セルイヤーズの主治医になるという内容だ。

幸いエルアンがたびたび言及した終身契約ではなく、標準契約書に従っていつでも辞表を出せる権利があった。

無気力にフェレルマン子爵邸に閉じこもっているフェレルマン子爵を配慮した決定のようだ。

いつまであの状態になるか分からないが、私も主治医の資格で公爵城に留まってこそ、少しでも彼の心が楽になりそうだった。

「エルアンが戻ってきてから、たった一つ本当に気に入ったことをやり遂げたね」

私の誕生日パーティーはフェレルマン子爵邸でやってほしいというセイリン卿の意見にエルアンが反対したという話を聞いて、イザベル夫人は初めて息子ににっこりと笑った。

「リチェが私たちを選んでくれた分、最善を尽くさなきゃ」

「せ、選択だなんて」

私はためらいながら首を横に振ったが、イザベル夫人はその日から城のあちこちを手入れし始めた。

エルアンの就任式のため、あらゆる家臣を招待する時よりずっと慌ただしい姿だ。

そして意外にもまた慌ただしい人がもう一人。

ディエルだ。

「ねえ、リチェ・・・」

「うん？」

「本を借りるよJ

ディエルが私に借りると持って行った本は「親子検査の基本」だった。

「どうしてその本を？」

フェレルマン商団の人だから薬草や試薬についてはよく知っていたが、医学についてはあまり関心がないと思ったが、とても意外だ。

「た、ただ・・・」

ディエルは肩をすくめて私の目を避ける。

「興味が湧いてきてね」

「急に？」

「うん。まあ、それだけのことができて・・・」

「私に頼めばいいじゃない」

「いや、君にまで行くことではないから」

最後まで私の目を合わせないディエルをあれこれと見ていた私はもしかしたらと思って
口をあんぐりと開けた。

「ディエル・モレキン」

「うん？」

「・・・もしかしてあなた」

私は震える声で口を開いた。

「やらかしたの？」

「え？」

「親子検査が必要になるようなことが起きたの？」

私はディエルの手をぎゅっと握る。

「そうしてはいけないよ、ディエル。責任を負えないことをしてはいけなかった」

友人を大事にする気持ちで、私はため息をつきながら静かに話し始めた。

「もちろん、あなたが成人してからかなり経ったのは知っている。私はいろいろな形の人生を認める人だけど、それでもこんなやり方でむやみに思考を・・・」

「リチェ・エステル」

ディエルは息を切らしながらいらいらした。

「いったい何を考えているんだ？」

もしも、あなたが一晩のミスでもしたら」

「ちょっと！」

彼は廊下に聞こえるような大声で叫んだ。

その瞬間、遠くからエルアンが近づいてきた。

「今、誰が誰に怒っているんだ？」

「・・・怒りではありません」

ディエルがすぐに頭を下げて、私に借りた本を抱きしめたまま消えた。

彼がいなくなると、エルアンは少し疲れた目で笑って私に近づいてくる。

「リチェ、睡眠薬の処方はできるかな？熱もあるみたいだし」

「睡眠薬ですか？熱ですか？」

私は彼の額に手を当てて少し驚いた。

確かに微熱だ。

「部屋に行っていてください。私が薬を持ってすぐ行きます」

適当な薬を持って彼の部屋に行った時、彼は薄いガウンだけを着てベッドに横になっていた。

「公爵様、あれは？」

私は彼の枕元にある派手な細工のガラス箱を見て、一瞬戸惑う。

破れたシャツと一緒に、前回使った使い捨て指輪が2つ入っていたのだ。

「うん、大事なものだからちゃんと保管しておいたんだ」

「使い捨てだからもう使えないのですが？」

「だけど、私たちの大切な記憶がある」

「大切だって？」

「指輪を分けてはめたじゃないか」

まさか後であれを丸ごと捨てようとする用途なのかとも思った。

華やかな細工のガラス箱の中に破れたシャツと使い終わった使い捨てアイテムがニつ・・・まるですごく貴重なゴミ箱が置いてあるようなインテリアだ。

私はもうその派手なガラスの箱に視線を置かず、彼が横たわっているベッドにそっと腰を下ろす。

彼の手をしばらく握って魔力の流れを見ると、弱い風邪だった。

「初夏の風邪は犬もひかないというのに・・・」

あまり深刻な症状ではなかったので、私はニヤリと笑って解熱剤を渡す。

「ずっとよく眠れない状態なのに、無理をしているからです」

私は首をかしげて言った。

「どこか寒いところに長くいらっしゃいましたか？」

「うん」

解熱剤を飲んだ後、エルアンは眉をひそめた。

「・・・地下牢にちょっと長くいてね」

「そっちは寒いのですか？」

「過ごすのに良くはない。拷問する時に使える氷結魔法がかかっているんだ」

「ウェデリック様は・・・」

「聞かないで」

彼はにっこり笑って、解熱剤のついた唇をゆっくりと拭う。

「君は優しくて弱いからそんなこと聞くと落ち着かないだろうから」

「それはそうですね」

「私が風邪気味になるほど長い間、彼を放っておかなかったということだけ教えてあげる」

私は快くうなずいた。

この域で最も健康なエルアンが解熱剤を飲まなけれはならないほどなら、その拷問相手だったウェデリックの状態は話さなくても分かるような気がした。

「でも、リチェ」

「え？」

「私にウェデリックが怪しいと言えばいいのに、どうしてこんなに大きなことをしたの？」

「それは・・・証拠がないですからね」

私は躊躇いながら言った。

「小さい頃から変なお菓子を食べさせたことから怪しいのですが、それだけであえて公爵の従兄を告発すわけにはいかないじゃないですか。確かな証拠を集めるものを確認できるように頭を使ったんです」

「うん・・・理解はできるけど、これからはそうしないで」

エルアンは私の目をまっすぐ見つめながら力を入れて言った。

「何でも私に言えば、全部信じてあげるから」

「あのお菓子の成分さえ突き止めれば、仕事はずっと簡単だったはずなのに」

私は何度も何度も何度も何度も考えた末にため息をついた。

どれだけ考えてもイシドール男爵が私が知らないほどのおびただしい発見をしたとは思わないが・・・。

よりによってお菓子の成分と合わさっているというのが一番大きな難題だ。

「もう明らかにしなくてもいいじゃないの？」

「それは違いますね。これはもう学問的好奇心と私の自尊心のためのものです」

「じゃあ、あの草をもう一つ手に入れてあげる。イルビアの知人に言えばいいよ」

「私もディエルを通じて調べてみたのですが、最近、草の改良作業のためにいくら追加金を払っても買うのが難しいそうです。しかし、改良作業さえ終われば、運搬がはるかに容易になるので待たなければなりません」

私は肩をすくめて話題を変えた。

「ところで、こんなに寝そびれていたら、もっと早く睡眠薬をくれとおっしゃったら・・・」

「睡眠薬がなくて眠れないわけじゃないよ」

エルアンは指についた解熱剤をそっと舐めて私をじっと見つめる。

「そうなんですか？」

「いつも言っていなかった？ここで君と一緒に寝たことを思い出して眠れないと」

「誰かが聞いたら誤解するでしょう」

「何の誤解？」

「ただ、不純な考えをする人々がする誤解があります」

もちろん、その不純な考え方をする人々の中には私も含まれていた。

私は彼をベッドに寝かせ、胸をなで下ろす。

「今日はぐっすり眠らせていただきます」

手を握って魔力を繊細に注入すれば、睡眠薬よりはるかに即刻的な睡眠効果があった。

私が集中をたくさんしなければならないので、あえて頻繁にはしないが、今夜は風邪気味もあるので、眠るのを見て行こうという気がした。