余命僅かな皇帝の主治医になりました【３３話】ネタバレ

セリーナはグリーンウッド領へ出発する前に古い商団を訪ねた。

あらかじめ通信石で連絡を取っておいたので、ジャックも商団にいた。

「どうした？ お前から連絡してくるなんて。」

「確かめたいことがあって。」

セリーナはもじもじしながら、目の前にあった布の袋を差し出した。

「この前の通信石、あなたが作ったって言ってたじゃない。」

「まあ、設計図さえあればね。」

「作りたい魔道具があって来たの。」

「ふむ、とりあえず見てから決めよう。」

背中を壁につけていた彼が、真剣な表情で体を起こして設計図をのぞき込んだ。

老練な職人のように、その目つきは鋭く光った。

上段の隅にあるのが気になったのか、設計図を調べる彼の表情から専門家らしい雰囲気が漂った。

「これは何に使うもの？ 内部がポンプのように見えるけど。」

彼は設計図から視線を外してセリーナを見た。

「人工マナコア。一種の医療補助ツールなんだけど。」

「ふむ？」

ジャックはセリーナの話を理解できず、ただ笑っていた。

セリーナが落ち着いて説明した。

「つまり、マナコアが奇形だったり、一時的に機能しなくなった人に使う医療用の道具なんだけど……。」

セリーナが話し終える前にジャックが聞いた。

「まさか、騎士になりたいとか？」

セリーナは言いかけてジャックをじっと見た。

考えが幼稚すぎてあきれた。

セリーナはため息をついて言った。

「なんでそんな面倒なことするの。」

「じゃあ？」

「医療道具って言ったのに、なんで変な風に聞こえるのよ。」

「…ああ。」

ジャックはようやくセリーナがアジェイドの主治医であることを思い出したようだった。

「マナの過剰による暴走を抑える補助道具のようなもの。未熟で集中できない人間には使えないし。」

「アジェイドのために作ろうとしているのか。」

「うん。やっぱりマナコアの方に問題があるみたいだから、少しでも補助できるものがあるかと思って設計したの。」

「え？ちょっと待って。これ、お前が設計したのか？」

ジャックは驚いた表情でセリーナを見た。

あれだけ精巧な魔道具を、医師であるセリーナが設計したとは、まさに驚きだった。

『ノクターン様の助けが大きかったけど。』

アジェイドの病気がマナコアと関係していると知ってから、ノクターンに助けを借りて作った魔道具だった。

セリーナはふと以前ノクターンと交わした会話を思い出した。

『ノクターンさん、馬鹿げた話だと思わずに聞いてください。』

『何でそんなにモジモジしてるんですか？』

『マナコアが正常に機能しないのが問題なら、補助する魔道具を使ってみるのはどうでしょう？』

『悪くない方法だと思います。すでに体内のマナが不足している魔法使いは、純粋なマナを引き込む補助道具を使ったりしますから。』

『そうでしょう？逆にマナコアを補助できるように設計すれば、すごく助けになると思います。もしかしたら非覚醒者でも魔法を直接使えるかも……』

『いや。マナコアそのものを持たない非覚醒者が補助道具だけで魔法を使えるはずがありません。体がマナに耐えきれないでしょう。』

『まあ、それは仮定を超えた話ですね。』

セリーナはノクターンのおかげで研究のスピードを上げることができた。

魔法学の知識に長けた彼と、医学的知識に優れた彼女が出会ったのだから、進展が早いのは当然だった。

安定性の実験さえ証明できれば、もう少し携帯しやすく小型化して、アジェイドにプレゼントするつもりだった。

実は、アジェイドとセリーナのマナ相性に関しては、まだノクターンにだけ打ち明けていた。

とりあえず、自分が騎士だという事実を話すのはためらわれたし、ノクターンに相談する前に確認しておきたい資料もあるようだった。

幸いその資料がグリーンウッド領にある公爵の書庫にあるというので、この機会にしっかり調べてみるつもりだ。

アジェイドの病気も重要だが、セリーナの動かないマナコアもまた彼女にとっての人生の課題だった。

しかも一度問題が起きて、それが原因で放置された後にまた不調が起こるのは怖いことだった。

そのときジャックがセリーナの心情を見抜いて言った。

「結局、皇宮の試験に引っかかったってことは失敗したわけだな。」

「本当に皇宮ってややこしいな。」

セリーナが睨むと、ジャックは慌てて笑う。

そんな無駄な気遣いはもう意味がなかった。

不思議なことに、ジャックとは知り合ってからそれほど経っていないのに、気が楽だった。

たぶん彼女が庶民のように生きてきたから、彼に対して気を張ることがなかったのだろう。

ジャックが羊皮紙をくるくる巻きながらスタッフに渡し、尋ねた。

「いつまでにやってほしいの？ 急ぎ？」

「ううん。どうせもうすぐ狩猟祭でグリーンウッド領に行くから、その後でもいいかなと思って。」

「よし、それなら一度実力を見せてもらおうか。」

ジャックは事業家のようにニヤリと笑いながら握手を差し出した。

セリーナが彼の手を取って振りながら言った。

「古参商会の実力を信じてるわよ。」

「どれほどでも。」

ジャックは自信に満ちた表情で手を握り返した。

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狩猟祭が開かれるグリーンウッド領へ出発する日。

セリーナは、金持ちの貴族たちがどれほど楽に生きているのかを実感した。

普段なら必死で走ってやっと着くグリーンウッド領に、わずか一時間で到着するなんて。

聞くところによると、ポータルを一度作動させるのにも大量の魔石が必要らしい。

お金を払って時間を買うってこういうことなのか？

セリーナは慌てた様子でマリをトントン叩きながら尋ねた。

「マリ、ここってこんなに早く来られる場所だったの？」

「そうですね。ポータルって本当に便利ですね……」

「魔法学って、知れば知るほど面白いね。」

セリーナはノクターンと出会ってから、裏道の魔法学を抜け出して正式なルートを歩もうとしていた。

アカデミーを優秀な成績で卒業したノクターンの推薦書と、その助言はセリーナにとって大きな助けとなったのだ。

『魔法と医学の両方に精通すれば、治せない病気も治せるようになるかもしれない。』

これまで魔法と医学の両方をこなす医者はいなかった。

そもそも、最初から魔法を使える者が医学を学ぶ必要がないという風潮だ。

つまり、医学は医学として、魔法は魔法として別々に発展してきたのだ。

セリーナは、自分の脳と連動しないマナコアを利用し、初めて治療に使う医者としての何気ないふりをした。

『グリーンウッド領には古代文書も多いって言ってたな。』

セリーナは意味深な笑みを浮かべた。

実際、アジェイドについてきたのは彼を守るためでもあったが、グリーンウッド領本館にある書庫が目的でもあった。

ノクターンが言うには、図書館では見られない公爵の個人的な魔法の書物が多いらしい。

すでにアジェイドに許可も取ってあるので、滞在中は思う存分書庫を探索できるのだ。

「宿もきれいでいいですね。」

その間にマリが荷物を全部ほどき、満足そうに笑った。

グリーンウッド領は噂通り、ものすごくクラシックで美しかった。

聞くところによると、公爵はポータルを使って頻繁に本邸と首都を行き来しているのだとか。

ポータルの使用権は1年ごとに更新できるため、可能なことだった。

「そうね。前に湖もあるし、庭園もすっきりしてて本当にきれい。」

「たぶん、陛下が滞在される部屋の近くだから、眺めももっといいのかもしれません。」

マリの言葉は正しかった。

セリーナは侍医として皇帝を世話するためにここを訪れており、そのおかげで良い部屋を手に入れていた。

侍医団は皇帝の健康と直接関係する部署であるため、グリーンウッド側でも手厚く対応してくれた。

もし皇帝がグリーンウッド領で負傷するようなことがあれば、その責任はグリーンウッド家が負うことになるので、家門の医師たちだけに任せるわけにはいかなかったのだ。

『あのとき、負傷者が出たって言ってたよね。誰がケガしたんだろう？』

アジェイドがケガをしたわけではないから、正確には誰がぶつかったのかについては気にしていなかった。

今になって誰だったのかを考えるのは、単に医者としての好奇心にすぎなかった。

怪我人を見過ごせない、根っからの医者だったからだ。

そのとき、マリがセリーナの目元をちらりと見て口を開いた。

「グリーンウッド家が狩猟祭の公式開始を知らせる武道会を明日の夜に開くそうです。」

「へえ、そうなんだ？」

セリーナが特に興味もなさそうに返すと、マリが少し深刻な顔で続けた。

「ええ。たぶん、伝統的に陛下のパートナーは狩猟祭を開く家門の女性になると思います。」

「じゃあ、オフィーリア・グリーンウッド嬢が陛下のパートナーになるんだね。」

オフィーリアはグリーンウッド家の唯一の嫡子だった。

しかし、今回の武道会でアジェイドのパートナーになれるのは彼女だけだった。

セリーナがあいまいに何かを探しながら答えると、マリが大きく息を吐いた。

「はあ！そんな伝統があるんですか？今回もセリナ様がパートナーになると期待してたのに。」

「マリ、前にも言ったけど、陛下と私は医者と患者。それ以上でもそれ以下でもないわ。」

「え？じゃあセリーナ様も陛下とはまだ“ソム”段階なんですか？」

「えっ、ソム？」

セリナが苦笑いしながら後ろのマリを振り返り、両手を腰に当てて言った。

「最近の若い子たちは、恋愛前の微妙な駆け引きを“ソム”って言うらしいですよ。」

セリーナの目が細くなった。

なるほど、説明を聞いてもいまいち理解できなかったが、セリーナは淡々と返した。

「つまり、私と陛下の関係はその“ソム”ってやつかな？」

「えっ？」

「陛下は毎回私を避けてばかりいるでしょう？ だから、喧嘩になりそうな直前の関係って言えるんじゃない？」

どんな恋人が互いに避け合うものか？

つまり、アジェイドとセリーナの関係はソムというよりもむしろ“戦い”に近かった。

お互い正面から張り合っている感じは、まるで本気でぶつかり合う関係のようだ。

その時、マリはようやく何かに気づいたように顔を上げた。

「わっ！付き合ってるってことですか？」

「マリ、窓から放り出す前にやめてくれない？」

「きゃっ！怖いですってば。」

マリは全く怖がっていない顔で軽口を叩きながら部屋を出ていった。

セリーナは大きく息を吐いて窓辺に行った。

窓の外の風景は本当に美しかった。

森の真ん中にある城はまるで童話の中で見るような美しい城のようだ。

水面に映る木々は陽射しを受けてきらきらと光り、その上には白鳥がゆったりと泳いでいた。

ふと窓の外に目を向けると、不穏な様子が目に入った。

遠くにノクターンが見えた。

黒服の男たち3人に囲まれていた。

彼らはセリーナの部屋の外の壁の方へノクターンを連れて行き、何やら密かに話していた。

『ふむ。あのとき言ってた兄たちのことかな？』

セリーナは気づいたふりをしながら、彼らをじっと見た。

グリーンウッド家は代々学者を輩出する家柄だ。

どうしてそんな賢い人たちばかりが家長になれるのか、その理由は単純。

グリーンウッド家は代々、特別な家長選抜制度を持っていたのだ。

グリーンウッドは直系だからといって必ずしも次の家長になるわけではなかった。

直系でも傍系でも、グリーンウッドの血を引いていれば誰でも家長になれる。条件は簡単だった。

他のグリーンウッドより優れていること。

そして前代のグリーンウッド公爵に認められること。

この条件を満たした者が次のグリーンウッド公爵になる。

だからこそ、グリーンウッド家の若者たちは幼い頃から試験を経て本格的に跡継ぎ候補になるのだ。

ノクターンも幼い頃からその能力を認められ、私生児でありながら入門を許され、他の正式な子弟たちと競争していたと聞いた。

小公爵として名を馳せたが、後に伯爵位を授かり去って行ったため、彼の子どもたちは自分のものではないと線を引いたのだという。

『むやみに家の揉め事に巻き込まれちゃダメよね。』

セリーナが凍ったカーテンを閉めようとしたときだった。

ノクターンが視線を感じたのか、上を見上げた。

視線が合うや否や、彼は何の表情もなく帽子を軽く上げて挨拶をした。

それに続き、他の三人もこちらを見て帽子を持ち上げたのではないか。

「!!!」

セリーナは小さく悲鳴を上げてパッとしゃがみこんだ。

泥棒より見つかった人みたいに心臓がドキドキしていた。

『な、なんであんなに堂々と挨拶してるのよ！危うく3人全員をじっと見てるのがバレるところだった！』

セリーナは心の中で悪態をつきながらも、そっとカーテン越しに窓の外を見ようとはしなかった。

しばらくして、セリーナがそっと窓の外をもう一度見てみると、3人はもうおらず、ノクターンだけが残っていた。

ノクターンはこっちをじっと見つめていた。

『まさか、ずっと見てたの？』

セリーナは気まずさで視線をさまよわせながら言葉を絞り出した。

「……行っちゃった？」

体を前に傾けると、ノクターンがクスッと笑いながら顎をしゃくった。

そして彼女に近づくように手招きして言った。

「案内しましょうか？今の時間に見ると綺麗なところがあるんです。」

ああ、あの言葉が言いたくて待ってたんだな。

セリーナがカーテンをめくり、五本の指をぱっと開きながら言った。

「いいですよ。5分だけ待っててください。」

そう言って、冷たく閉じた窓を閉めて、上着をつかんで外に出た。