こんにちは、ちゃむです。
「大公家に転がり込んできた聖女様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
79話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 1年と2ケ月②
その夜。
昼間、ドフィンから聞いた話のせいで気持ちが沈んでいたエステルは、なかなか眠りにつけなかった。
彼女は神殿とのつながりを確認しようと、聖水を注ぎ祈りを捧げたが、まるで覆い隠された霧が晴れることはなかった。
ベッドに横たわったエステルはぼんやりと天井を見上げていたが、右手を前に伸ばしぱっと開いた。
「日常が壊れるのが怖い。」
小さく震える声には不安が満ちていた。
長くは続かない幸せであることを知りながらも、その甘さに一時的に浸っていた。
今すぐ終わったとしても、その間に味わった幸せの対価を払うために、不幸が訪れるような気がしてならなかった。
エステルは深いため息をつきながら体を起こし、不安な気持ちを抑えようと協約の手紙を開けた。
中には1通の手紙と大きなダイヤのネックレスが入っていた。
その手紙を慎重に取り出し、そっと広げた。
毎晩ではないが、たまに思い出したように手紙を開けてみると、封筒がきらきらと光を放っているように見えた。
エステルはあまりにも多く読み返したため、手紙の内容をすっかり覚えており、目に浮かぶようにして読み返した。
「帰れなくなって急いで手紙を送ります。あと1年かかりそうだけど、もうすでに寂しい。君も寂しく思ってくれたら嬉しいけど・・・わかる?毎日もっと幸せになるよ。再び会えるその日まで元気でいて!そばにいなくても、僕はいつも君のことを考えている。
– ノア」
1年前に王宮に行くと言って旅立ったノアは帰ってこなかった。
そしてこの手紙だけがぽつんと届けられた。
しかし、彼が王宮で過ごしているという以上の詳しい情報はなく、それ以降、手紙も届かなかった。
「もう1年が過ぎたけど、元気でやっているのかな。」
今日のように気持ちが沈む日は、ノアに会いたくなった。
一緒に過ごした思い出を思い返すと、それだけで少し気分が楽になる。
エステルは気を取り直し、力を振り絞って手紙を封筒に戻した。
「寝よう、とにかく寝よう。」
目を閉じてからそう時間も経たないうちに、エステルの落ち着いた寝息が部屋に静かに広がった。
カーテンを引いていない窓から差し込む月明かりがエステルを照らし、空は徐々に闇に包まれていった。
エステルのまぶたが微かに動き始めたのは、ちょうどその頃だった。
「う・・・ん。」
夢を見ているように閉じたまつげが震えた。
寝返りを打つエステルの右手が静かに光を放ち始めた。
「セスピア聖女さま?」
夢の中で久しぶりにセスピア聖女の姿を見た。
彼女はエステルに向かって手を差し伸べていた。
なぜか助けなければならない気がして、その手を掴もうと懸命に手を伸ばす。
そして、セスピアの手を掴んだと感じた瞬間、夢は消え、エステルの目がぱっと開いた。
「はっ、はっ・・・」
驚いた胸を押さえながら身体を起こしたエステルは、右手が眩しく輝いていることに気づいた。
エステルの目が激しく揺れた。
自覚はなかったが、聖女の刻印が鮮明に浮かび上がっていた。
「なぜ消えないの?」
刻印を消そうと試みたが、無駄だった。
それでも、嫌悪感を抱くことなく、心地よさすら感じながら唇を噛みしめて布団を蹴飛ばして立ち上がった。
混乱しながらも鏡台の鏡に映る自分の顔を見た。
瞳はすっかり黄金色に変わっていた。
『なぜこんなことに』
エステルは高鳴る胸を抑えながら、眠る前に聖水を注いでいた台座へと向かった。
夢に現れたセスピア聖女のことも気になり、聖殿で何が起きたのか確認したかった。
「お願い、見せて。お願い。」
震える手で台座に触れた。
しかし、完全に力が解放された現在の状態でも、聖水との接続は成されなかった。
代わりに突然、聖水の色が赤い光に変わり始めた。
こんなことは初めてであり、聖殿で学んだことにもなかった。
その光景を目の当たりにしたエステルは呆然自失し、ついには床に崩れ落ちる。
胸に込み上げる感情は鎮まることがなかった。
結局、エステルはその晩一睡もできず、朝日が昇った後にほんの少しだけ目を閉じることができた。
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エステルが目覚めていた夜明けの時間。
ラビエンヌとセスピアは同じ部屋にいた。
ラビエンヌが一方的に見守る側だったが。
1年の間に肉がすっかり落ち、骨ばった姿になったセスピアの顔には死の影が濃く漂っていた。
かろうじて呼吸をしているものの、皆が口を揃えて、この状態で生きているのが奇跡だと言うほどだ。
ラビエンヌはそんなセスピアを冷ややかな目で見つめた。
「もう目を開ける力も残っていないのでしょう?」
セスピアの瞳孔がかすかに動いてラビエンヌの方向を向いた。
しかし、応える気力は残されていなかった。
「よくもまあ耐え抜いたものですね。すぐに死ぬと思っていましたよ。それにしても1年以上が過ぎましたね。」
ラビエンヌが苛立たしげに髪をかき上げた。
すでに感情が枯れ果て、言葉を慎重に選ぶ必要もなかった。
それでも長く続いた待ち時間の終わりが見えていた。
数日前からセスピアはまともに息をすることすらできず、苦しんでいた。
死が近いと予測して、すでに神殿ではセスピアの葬儀の準備を進めていた。
「何の未練がそんなに多いんですか?もう彼女を解放してあげてもいいでしょう?そう思いませんか?」
ラビエンヌはセスピアの顔から目を逸らし、毒々しい言葉を吐き出した。
「結局、何も明らかにされないままじゃないですか。次の聖女に関する啓示だって降りてきてないし。」
セスピアは次の聖女に関する啓示を何も語らず、それがラビエンヌをイライラさせていた。
しかし、次の聖女に関する執着はこれ以上気に留めないことにした。
「これが最後です。これを飲んで本当に楽になってください。」
ラビエンヌはすでに死にゆくセスピアに持ってきた薬を流し込んだ。
飲みたくないと拒むセスピアの唇は堅く閉じていたが、無理やりこじ開けられ、薬が流し込まれた。
唇の周りから溢れる薬をラビエンヌは慎重に布で拭き取った。
その仕草は一度や二度ではない様子だった。
セスピアは意識が薄れていくのを感じながらも、16歳になったラビエンヌに最後の思念を集中させた。
『欲深い子ね。あなたが絶対に望むものを得ることはないわ。私の命が終わる瞬間、その野望が途絶えるのを見届けなさい。そしてその目から血の涙を流しなさい。』
死ぬ直前に残るすべての力を自分に注ぎ込み、最後の意志を込めてラビエンヌを見据えた
その意志が風に乗って消え去るのは、そう遠い先のことではなかった。
手のひらに現れた模様が輝き、瞳は金色に輝きを放った
「えっ、何これ?」
すべての力を失ったと思っていたセスピアの模様に驚いたラビエンヌが、慌てて立ち上がった。
しかし、それを最後にセスピアの瞳は閉じられたままだった。
ラビエンヌを見つめていた彼女の呼吸が止まった。
「死んだの? ああ、信じられない。」
狼狽したラビエンヌは胸を押さえながら、ベッドの横の紐を引っ張った。
すぐに大きな音を立ててドアが開いた。
外で待機していた侍従官たちが急いで部屋に駆け込んできた。
「どうなりましたか?」
「たった今・・・お亡くなりになられました。」
ラビエンヌは彼らに悲しそうな表情を作り、演技をした。
「そうですか・・・。そうだったのですね。最後は穏やかだったのでしょうか。」
「はい。『神殿をしっかり守ってほしい』と仰っていました。最後まで神殿のことを気にされるなんて、本当に尊敬に値する方でした。」
穏やかに目を伏せたラビエンヌは、まだ温もりが残るセスピアの手をそっと握る。
その瞳からは、大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。
絶対に演技とは思えないその姿に、侍従官たちは胸を痛め、共にセスピアを悼んだ。
「ラビエン様が最後の瞬間を見守ってくださったのは幸運でした。聖女様もきっと喜んでいらっしゃることでしょう。」
「そうであれば良いのですが・・・ふう。」
「どうかお気を確かに。私たちがこの知らせを伝え、葬儀の準備を始めます。」
すでに準備は進められていたものの、連絡すべき場所は無数にあり、夜を徹しての手配が必要だった。
皆が忙しく動き回る中、神殿の尖塔に火が灯された。
聖女が立ったことを知らせる赤い灯火だった。
「ついに・・・」
ラビエンヌは神殿に響き渡る澄んだ鐘の音を聞き、ほっと息をついた。
胸の内でわき上がる笑みを堪えきれず、ほんの少し口元が緩む。
表面的には穏やかに見えたが、心の中ではラビエンヌが密かに喜びを噛み締めていた。