こんにちは、ちゃむです。
「悪役に仕立てあげられた令嬢は財力を隠す」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
58話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 大きな感情
リリカが治療してきた人々は、みな普通の人ではなかった。
ビビアン皇女の側近にいるだけあって、名だたる名家の令嬢たちが多かったのだ。
彼女たちの庇護のおかげで、リリカは以前と変わらず、自然に社交界に溶け込むことができた。
「プリムローズ令嬢の治癒の力は本当にすごいわ。高位の神官でも、あそこまで治せないんじゃないかしらって思ってたのよ!」
「本当に……。あの瞬間、プリムローズ令嬢がいなかったら?想像するだけでも嫌だわ!」
単に後ろ盾となる人脈ができたから、リリカが受け入れられた――それだけではない。
リリカの治癒の力は、誰もが認めるほど劇的で、そして見事なものだった。
「そのとき、ビビアン皇女殿下のお顔が真っ青になって……痛いとおっしゃりながら、皇太子殿下をお呼びになってうわ言みたいに呟いておられて……それがもう、胸に刺さって……」
「まあ!」
「だから――その想いが実を結んだのだと思うんです。」
しかし、ビビアン皇女は令嬢たちがリリカを褒めそやす様子をあまり好ましく思ってはいなかった。
社交界で、リリカは自分の“武勇談”をあちこちで気軽に口にして回っているのだが、ビビアン皇女は、そういうふうに自分のことを話題にされるのが好きではなかった。
とはいえ――リリカが自分を治療してくれたのは事実であり、恩人である彼女に文句を言うわけにもいかないのだった……。
ビビアン皇女は、目の前に立つユリアへと視線を移す。
「皇女殿下。今は良くなったとはいえ、どうか無理はなさらないでください。」
「大丈夫よ。」
——とは言うものの、気分はあまり良くなかった。
ビビアンは、かつてユリアが自分の皮膚を治療してくれた時のことを思い出した。
あの頃のユリアは、自分を治す際、必要以上に慎重で、遠慮がちだった。
けれどリリカには、優越感と言うべきか、傲慢さと言うべきか——一言では言い表しにくいが、『私があなたを助けてあげた』そんな考えが、目の奥にそのまま表れている。
もしかすると以前、リリカがビビアン皇女に「可哀想だ」と口にしたことがあり、それで余計に、ビビアンはその態度に敏感になっているのかもしれない。
ビビアン皇女は、軽く首を振ってその考えを追い払った。
わざわざ暗い方向へ思いを巡らせる必要はない――そう思ったのだ。
そしてユリアへ向けて、いたずらっぽく微笑む。
「それより……お兄さまのことは、どうなんですの?」
「えっ?」
「なんだか動揺しているみたいで。正直、わたくしや他の貴族が巻き込まれなかったとしても……あの場の“主役”は、きっと彼だったでしょうね。」
それは――狩猟大会で、かつて皇太子殿下がユリアに獲物を譲った出来事のことを言っているのだった。
「……それは。」
ユリアはすぐには返事ができず、頬を赤く染めたまま視線を落とした。
――あの方は、どうしてあれほど私に優しくしてくれたのだろう。もともと誰にでも親切な人だから、なのか……と考えてしまって。
少し前に、「今思えば、あれは私にだけ特別に向けられた好意だったのかもしれない」——そんな考えがふと浮かんだこともあり、なおさらだった。
「今まで、お兄様が誰かにそんな態度を取ったこと、なかったでしょう?」
そう言って、妹のビビアン皇女が、意味ありげにユリアをじっと見つめる。
「……そういう話は聞いたことがあります。私が初めて、だとか。」
「はは。やっぱり、気になってるんだ。」
そんな言葉を聞いて、ますます——。
どう反応していいかわからず戸惑うユリアを見て、ビビアンはむしろ、からかうように笑った。
そして、ぐっと身を乗り出して尋ねる。
「ユリア令嬢は……私のお兄様のことを、どう思っているの?」
「……」
「――わたくしの兄は、ユリア令嬢にだけは特別に接しているように思えるのですけれど?」
「……」
「ふふ、見てくださいな。顔が真っ赤ですわ。」
ユリアは一言も返せなかった。
不用意に口を開けば、何かを漏らしてしまいそうで――そんなふうに、慎重そのものの表情だった。
「わかっています。兄の妹であるわたくしに、言いづらいこともありますよね。大丈夫、全部理解していますから。」
ビビアン皇女は、先にそう言って笑い、それ以上は追及せず、軽く話題を切り上げた。
けれど――それでもユリアは、最後まで何ひとつ言葉を返すことができなかった。
ビビアン皇女と別れたあと、私は彼女の質問をひとり静かに反芻していた。
――エノク皇太子を、どう思っているのか、だって?
そんなことを聞いて、どうするつもりなんだろう。
「……皇太子殿下のような方を、どうして嫌いになれるというの?」
そうだ。嫌いではない。
けれど、それだけで済む話ではないことも、わかっている。
「ふう……」
実のところ、以前からエノク皇太子に対して抱いている感情が、穏やかではないことには気づいていた。
そんな折、元婚約者であるヴィエイラ令息が姿を現した。
――答えてみなさい。なぜ私は、プリムローズ令嬢の手袋を受け取らなかったのか。
なぜ、こんな人を「好きだ」と思ったのだろう。
弱々しくしてほしいなんて言って、自尊心まで捨ててしまったのだろうか。
たった一度のこととはいえ、その失敗の記憶はあまりにも鮮烈で――思い出すたび、胸がきゅっと締めつけられた。
――《私が令嬢のために獲った獲物を、祝福の意味を込めてお渡ししてもよろしいでしょうか。》
誰かを想うというのは、あまりにも怖くて、危ういこと。
そう思い込もうとして、必死に心を抑えつけていた。
――それでも、ついに認めてしまった。
いや、認めざるを得ないほどに感情が大きくなってしまっている、と悟ってしまったのだろう。
『……でも、だからといって、私に何ができるっていうの?』
そう思っていた――はずなのに。
ビビアン皇女の言葉を聞いた瞬間、その考えが音を立てて揺らぎ始めた。
もしかすると――本当は、少しだけ背中を押してほしかったのかもしれない。
傷つくことへの恐れを抱かせる一方で、エノク皇太子は、私をどこか強くしてしまう。
『もう、これ以上は何もしないでいたい』
妹であるヴィヴィアン皇女を助けた、という点では、私とリリカには共通点があった。
そして、私が読んだ小説『〈天の匙で掬われた令嬢を愛してください!〉』では、リリカとエノク皇太子が結ばれる流れが描かれていた。
もちろん……未完の小説なのだから、何かが確定しているわけではない。
けれど、リリカがエノク皇太子を気にしているような描写があり、このまま進めば、「エノク皇太子がメインの男性主人公なのでは」と思えるほどだった。
『リリカが主人公だからといって、諦めるわけにはいかない』
そもそも、原作どおりなら、妹を苦しめた末に死ぬことになっていた悪女だ。
——その運命を、変えたかった。
提示された助言に、ただ従うだけで終わらせるつもりはない。
――結局、自分が動かなければ、何ひとつ変わらないのだ。
長く続いた逡巡は、あっけなく吹き飛び、心を固めた私はすぐに、エノク皇太子へ連絡を入れた。
途中で気持ちが揺らいでしまわないように、数時間後の夜に会いたいと約束を取りつけ―ー幸いにも予定が空いていた彼は、その申し出を快く受け入れてくれた。
そして約束の場所には、すでに彼が先に到着していた。
――無理なお願いだったら、断ってくださって構いません。
そんなことを考えながら、私は、ぽつんと一人で立つ彼の姿を見つめた。
無表情なときの彼は、どこか冷ややかで近寄りがたい印象を与える――そのことを、初めてはっきりと自覚した。
私を見るときは、いつも優しく微笑んでくれていたから……気づきもしなかったのだ。
鋭い顎の線に、気品ある横顔。
秋風に吹かれながら、湖を見下ろすその眼差しまで。
皇太子という立場もあるけれど、そもそも近づきがたい雰囲気をまとった人だ。
『よく似合ってる』
だからこそ、この景色を見せてあげたいと思った。
世の雑音を忘れさせてくれる、静かで穏やかな空気。
名も知らぬ虫の声以外、何ひとつ聞こえない。
風が吹いたときだけ、水面に淡い光が揺れて、かすかな震えが走るだけだ。
『今、何を考えているのだろう』
けれど私は、これまで彼を冷たい人だと思ったことは一度もなかった。
そして、そう感じさせてくれたのは、すべてエノク皇太子自身だった。
なぜ私に、そんな印象を抱かせたのか——それを知りたい。
――どうか、私に話してほしい。
そう願って見つめていると――
「おや、令嬢。」
気配に気づいたエノク皇太子がこちらへ振り返った。
穏やかな微笑み。私を見た瞬間、柔らかく揺らぐ瞳。
ビベイラ令息と対峙していたときの、冷たく威厳ある表情とはまるで違っていた。
それが、あまりにも自然で――そして不思議と胸に沁みた。
――少なくとも、私に向けられるときの彼は“エノク・ピアスト”その人とは違う顔をしている。
強張っていた体から力を抜き、私はできる限り平静を装って微笑み返した。
「さきほど、お会いしてきたのですが……ビビアン皇女殿下のご様子、以前よりお元気そうで……安心しました。」
「それは――あなたが心を砕いてくださったおかげですよ。」
そう言ってくれる声は優しくて、胸の奥がじわりと温かくなる。
そして私は、ふと気がついた。
彼が今、私を呼んだその呼び方が――“フリムローズ令嬢”ではなかったことに。
今だったら、きっとリリカを呼んでいたと思う。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
この場にリリカはいないのに。
『それでも、リリカが治癒の力で人々を助けたこと自体は、よかったと思う』
このままいけば、小説の中のように「聖女」と呼ばれることになるのだろう。
「先ほども皇女殿下にお話ししましたが、我が家門が……」
けれど、妹が目の前で倒れたというのに、気分が良いはずがない。
私は先ほどビビアン皇女にもそうしたように、もう一度、謝ろうとした。
「いいえ。令嬢が謝る必要はありません。そもそも、家門で主催したことですし……」
「それでも、私もプリムローズ家の一員ですから」
「令嬢のお父上であるプリムローズ公爵までいらしていたあの場で、むしろ冷静に対応されたのは、令嬢でした。……だから、感謝を伝えたいんです。」
そう告げると、エノク皇太子は一瞬だけ表情を曇らせ、むしろ私のことを気遣うように視線を向けてきた。
――まるで、「あなたが何かしたわけではない」と言っているみたいに。
(……リリカはビビアン殿下を治療したのに。)
思わず、胸の奥で比較してしまう。
そして、はっきりと悟った。
エノク皇太子と私の距離が縮まり始めたのは――ビビアン皇女を助けた、あの出来事以降なのだと。
(じゃあ、リリカにも同じように感謝を込めて優しくするのだろうか?これからも、ずっと――。)
……それは、嫌だ。
リリカに対して、この温かな眼差しや柔らかな声音を向けてほしくなかった。
リリカじゃなく、他の誰でもなく――(わたしが……エノク皇太子にとって、少しだけでも“特別な人”であればいいのに。)
そして、ようやく思い至った。
『特別な人になるには……「役に立つ存在」でなければならないのではないか』
もちろん、ビビアン皇女は、エノク皇太子とは別に、私にとっても大切で親しい人だ。
倒れたあの場面を思い出すと、今でも胸が痛み、心がひやりとする。
思い返したくないほどに。
……愛され方など、わからなかった。
元婚約者であるヴィエイラでさえ、最終的に選んだのはリリカだ。
父も、兄も。
私とリリカの両方を知る人は、皆、リリカのほうを好んだ。――母を除いては。
けれどリリカは、レピアの花を捧げ、無邪気に話しかけてくる母を、嫌ってはいなかった。
そして、振り返ってみれば、リ私はリリカのことをそれほど好きになれないのだと思う。
――もし、リリカがその気になってエノク皇太子に近づこうとしたら。目の前にいる、この人を好きだと言ったら――
そのとき、私はどうすればいいのだろう。
「……錬金術ギルドのことを耳にしました。臨床実験を一つずつ進めている最中だとか。まだ研究は完全には終わっていませんが……解毒の手段も、徐々に整いつつあるそうですね。」
あの日のように、また誰かが突然倒れでもしたら――そう考えるだけで、背筋がひやりとした。
あの狩猟大会には聖職者がいなかった。
公爵家が準備を怠ったわけではない。
もともと、そういうものなのだ。
いくら皇族や貴族が集う場といえども、聖職者は身分の高い存在。
事件が起こる前から、常に待機しているわけではない――。
「錬金術ギルドの研究には、これからもっと力を注ぐつもりです。また同じことが、二度と起こらないようにするために……」
ヴィヴィアン皇女が倒れたとき、胸が強く締めつけられた。
きっと、エノク皇太子も同じだったはずだ。
「解毒剤の開発に力を入れるつもりだと言っていました。これからは、山毒蛇やほかの動物の毒で苦しむ人が出ないように、と」
「応援しています」
そうか、錬金術ギルドでも、私は自分の必要性を証明できるのか。
そう考えた、その瞬間――
「ですが、皇室も錬金術ギルドを支援することにしましたので……令嬢があまり多くの重荷を背負わずに済めばいいのですが」
「あ……」
「二人で、一緒に頑張りましょう」
エノク皇太子は、私を気遣って、こんな言葉をかけてくれたのだ。
――そう、きっと彼はこれからも力を尽くしてくれるのだろう。
けれど、その瞬間――私の胸の奥から、すっと熱が引いていくのを感じた。
「……」
「……」
静寂が落ちる。
夜の遅い時間。
私も忙しく、エノク皇太子もまた、同じように忙しい。
当日の約束だからこそ、この時間しか空いていなかったのかもしれない。
それでも、私がこの場所を選んだのは――湖に浮かぶ月が、あまりにも綺麗だったから。
(えっと……こういうときって、湖の話でもすればいいのかな?)
言葉を失った私は、視線だけを泳がせる。
望んでいた返事が返ってこなくて、胸の内側が、もやもやと複雑にかき乱された。
だが、エノク皇太子が私より先に口を開いた。
「家門から馬車で来られたのですか?……あの護衛騎士、以前にも見かけた人物ですね。セミアン、と呼んでいましたか?」
「紛らわしい名前ですよね。騎士の名はセリアンです。今日は護衛を伴って来ましたが、時間も遅く、土地勘もない場所でしたから。彼は、私の護衛の中でも、もっとも信頼している人物なんです」
「……そうですか。ずいぶん親しい間柄のようですね。こちらを何度も見ているあたり、令嬢のことを気にかけているように見えます」
「そうでしょうか?」
「なかなか腕も立つようですし……令嬢が名前をはっきり覚えているところを見ると。動物にも、とても優しく接していましたね」
エノク皇太子は、やや低くなった声でそう言った。
どこか、皮肉めいて聞こえた気もする。
(……今日、少し冷えるからだろうか。)
理由なんて、きっとない。
それでも、胸のざわつきは消えてくれなかった。
セリアンやフローレンスは、ユネット事業で大きな影響力を持つ人物だ。
つまり――エノク皇太子にとっても、必要不可欠な人材だということ。
「このあいだ見たセリアン殿下は、公爵令嬢に対して随分と親しげに見えて……少し胸がざわつきました。――ただの、私の取り越し苦労かもしれませんが。」
「彼は……半獣族ですから。しかも、かつて奴隷にまで落とされた身。人間に対して余計な敵意を向けたくなかったのでしょう。神殿の名を借りて、力で押さえつけたくはない……そういうことだと思います。」
――混乱した。
どうして、エノク皇太子と会っているはずなのに、セリアンの話なんてしているんだろう?
どうにか口先では、エノク皇太子の言葉に必死に応じていた。
「いえ、ですが誤解なさらないでください。私は奴隷制度に賛成しているわけではありません。もともと百年だった期限も、三年に短縮しましたし」
「……そこまでなさったのですか?」
「本当は完全に解放したかったのですが、あとで賃金も支払うと言っても、その言葉を信じてもらえなくて……。ですから、いずれにせよ、近いうちに妹と一緒に成果金を渡そうと考えています」
「ああ……」
エノク皇太子は、はっきりしない微笑を浮かべて、言葉を切った。
「……ずいぶんと配慮なさっているのですね。そこまで考えておられるとは、思いませんでした」
私も、皇太子として、もっと力を尽くさねばなりませんね。
エノク皇太子はそう言うと、きゅっと口を引き結んだ。
彼はまるで、セリアンがとても興味深い人物であるかのようにそう語っていたが――実際は、ただの世間話に過ぎないのだろう。
(……私が何も言い出せずにいるから、話しやすい話題を選んでくれているだけ。)
エノク皇太子にとって、私の護衛騎士の事情など、重要であるはずがない。
――むしろ。
(陛下は、私が今日ここに来た“本当の理由”を口にするのを待っておられるのだわ。)
そう思うと、妙に納得できてしまった。
なぜなら私は、エノク皇太子をよほどの用事でもなければ呼び出さないし、無闇に話しかけたりもしない。
“二人きりでいられる、人目のない場所がいい”――
そう告げたのは、他でもない私なのだから。
人目につくのは、正直あまり好きじゃない……。
『それについては、先日すでに皇太子殿下に「問題ない」とお伝えしました。同じ話を繰り返す必要はありません。だから……今は、今しかできない話をしているんです』
そうして私は、ひと息大きく息を吸ってから口を開いた。
「正直に申し上げますね。確かに解毒薬の話はしましたが、それ以外に、特別にお話しする用件はありません」
「え?」
「今日は“用事”のようなものはない、という意味です。ええ……ビビアン皇女殿下が心配されていました。兄上が、かなり強い罪悪感を抱いているようだと……」
私は指先をもじもじさせながら、視線を逸らした。
「少し息抜きをなさるよう、そうおっしゃっていました。だから……ただ、ここに来ていただいて、この場所をご一緒に眺めたかっただけなんです。せっかくお会いするのだから、少しでも綺麗な場所がいいと思って……この景色を、お見せしたかったんです。母とよく一緒に訪れていた場所で。」
その一言を口にするために、どれほどの勇気が必要だったか。
(――エノク皇太子殿下は、この言葉をどう受け止めるのだろう。)
そう思うと、顔を上げることができなかった。
どんな表情をしているのか、見るのが怖くて。
もし、迷惑そうにしていたら――もし、戸惑うように沈黙していたら――どうしよう。
(……ううん、それでも確かめなきゃ。)
私はエノク皇太子を想っている。
だからこそ、向き合わなければならない。
家族の温もりも、恋の喜びも知らずに生きてきた身であっても緊張せずにはいられなかった。
私の言葉を、どう受け取ったのか。
そして、そうだとしたら――私は、ここからどう振る舞えばいいのか……。
「へくしっ!」
だが、そんな思考はあっさり遮られた。
先ほどから少し肌寒いと思っていたところに、我慢しきれず、くしゃみが飛び出したのだ。
「令嬢、寒いのですか?」
「あ……」
向かい合った顔に、心配の色はまったく見えなかった。
本当なら、私の言葉をどう受け止めたのか、どんな表情をしているのか、確認するべきだったのに。
『ユリア・プリムローズ、この愚か者……』
そう自分を責めかけた、その瞬間――肩に、ふいに何かが掛けられた。
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