継母だけど娘が可愛すぎる【３０１話】ネタバレ

ストーク公爵は深く息を吸い込んだ。

宮殿を埋め尽くした空気には、騒々しさと混乱が染み込んでいた。

その不穏な空気は公爵にはただ甘いだけ。

テーブルの周りに座っている大臣たちが不安そうな目で囁いている。

「その女中が王妃様の靴を履いて呪いにかかったなんて、本当なのか？」

「ええ。ドレスルームを片付ける下女が欲張って酷い目にあったそうです」

噂は女中の悲鳴とともに生まれた。

ドレスルームから泣き声が聞こえると、使用人たちが急いでその中に入る。

彼らは踊っている下女を見て、最初は戸惑った。

女中が３時間も踊り続けていることを知るまでは。

美しい赤い靴はメイドに少しの休息も許さなかった。

力のある使用人たちが十数人駆けつけてから、やっと彼女は靴を脱ぐことができた。

「まったく、王妃の靴をこっそり履くなんて」

「ところで、とうしてそんな靴が王妃様のドレスルームにあったのでしょうか」

大臣たちの間が静まり返る。

火がつきやすいような乾燥した静寂。

ストーク公爵は、今が発火の時だということに気づいて口を開いた。

「皆さんも宮殿で回る噂は聞いたことがあると思います。王妃様が生き返った後、不思議なことが起きているという噂を」

ストーク公爵がまいた噂は、習字紙に落としたインクの滴のように、四方に徐々に広がっていった。

そして、白い紙がついに一面黒に染まる。

大臣たちの表情だけを見ても、自明な事実だ。

「今、国のあり方がますますめちゃくちゃになっていることも否定できないでしょう。殿下も人が変わったようでは？」

彼はわざとアクセントを少し上げた。

そして、まるで長い錐を頭頂部に突き剌すように、一字一字の力を与えて話す。

「まるで、魔女に取り憑かれたように」

魔女。

その単語の持つ温度は氷点下だ。

大臣たちが凍りつくと、ストーク公爵の舌は蛇のようにさらに流麗に動き始める。

「昔から王妃の行動にはおかしな点が多かった。男に女の服を着せ、女に男の服を着せるなど、正常な女ならしない行動を見せたじゃないですか」

この前、大臣たちが人魚の服飾を着た後、ある大臣たちは思ったより楽だと喜んだ。

しかし、大多数は自尊心が大きく傷つけられた。

この席にいる大臣の中にもそのような者がかなり多い。

彼らの表情に怒りが募り始めると、公爵はさらに火をつける。

「それだけではない。たかが人魚を買っただけで処理された貴族たちが一体何人いるんだ？聖君だった殿下が、なぜ急に人間ではなく人魚の世話をするようになったのですか？」

その言葉に人々は自分が被った損害を思い出し始めた。

ある大臣の息子は人魚を買ったという理由で、今刑務所に収監されている。

「歴訪は王妃が先に提案し、彼女が海から人魚を連れてきた。これも王妃が怪しいじゃないですか？」

大臣の誰も反論できなかった。

いや、反論しなかった。

ネルゲンの船がアトランシアと交流したおかげで保護されていることを覚えている人は誰もいないようだ。

霜が部屋をいっぱいにしたような鋭い空気が沈んだ。

その希薄な空気の間から、ある大臣が口を開く。

「確かに何か怪しいです。殿下が見せる姿が、どこか不自然に見えて・・・」

「特に死んで生き返った後はさらに王妃様にゾッコンじゃないですか。以前は確かに王妃様と距離を置いていたのに」

「いつからか殿下が王妃様に振り回されているようです」

大臣たちの口から出た言葉があっという間に体を膨らませていった。

その反応にストーク公爵は内心笑いをこらえる。

少し前までは自分をずたずたに引き裂くようだった冷たい風が、いつのまにか薄草風になって自分の背中を押していた。

大臣たちの目は同じ光を帯びている。

憎しみと敵憤心。

誰かがこっそりと押せば、すぐに王妃の部屋に飛び出す勢いだ。

「ストーク公爵様のおっしゃる通りです。殿下を助けなければなりません」

「公爵様、これから私たちはどうすればいいですか？」

大臣たちが互いに視線を交換し、ストーク公爵を眺めた。

まるで道に迷った羊たちが羊飼いを見つめるように。

自分を退物のように見ていた者たちが、初めて畏敬の念を持ち始めた。

自然に主導権を握るようになった公爵が悲壮に話す。

「おそらく王妃が殿下を蘇らせた時、特別な魔法を使って殿下を取り憑いたに違いない」

喜びに声が震えていたが、大臣たちが感じるにはその震えは忠誠から始まった怒りのように感じられた。

「王妃をその場から救い出し、殿下を治療しなけれはならない。だから私たちは・・・」

ストーク公爵は拳を握りしめて言った。

「魔女裁判を開きましょう」

彼が最終的に描こうとする場面はまさに魔女裁判だった。

アビゲイルに魔女の烙印が押されるならば、廃妃はもちろん火刑までも可能だ。

彼女を殺した後、カリンをその場に座らせればいい。

目の前に広がる設計図に、彼は歓呼したかった。

もしセイブリアンがこのすべてを見守っているという事実を知ったら、他のことを考えることになるだろうが。

セイブリアンは歯ぎしりしながら鏡を見つめていた。

鏡には会議室の情景がそのまま映っている。

憎しみと軽蔑を色にするなら、きっとセイブリアンの碧眼のような鮮やかな青みを帯びているはず。

あまりにも真っ青だったので、かえって燃えているように見えるほどだ。

アビゲイルは慎重に彼の手を掴む。

「落ち着いて、セーブル。私は大丈夫ですから」

「我慢できません。ストーク公爵、あの男が後ろで事を起こしておいて、あえてあなたに・・・！」

彼の目から激しい眼光が降り注ぐ。

ベリテはそばで黙々と沈黙を守ったが、その気持ちが良いはずがなかった。

「どうするの？王妃様。ドレスルームであったことを皆に見せれば、ストーク公爵も終わるはずだけど」

ベリテが鏡をあごで指すと、鏡面に映った風景が変わる。

ストーク公爵と大臣たちは消え去り、誰もいないドレスルームが現れた。

アビゲールのドレスルームだ。

そこにはドレスルームで起きたことがそのまま写っていた。

カリンが静かにドレスルームに入ってきて、赤い靴の入った箱を置いていく姿が。

何度も見る映像だったが、アビゲイルは依然として口が苦い。

カリンがしばらくためらった姿が鏡の中で繰り返されていた。

「ビビ、この映像を公開しましょう。それで終わることです」

「でも・・・」

アビゲイルは快く承諾できなかった。

赤い靴を持ってきたのが公爵だったら、とっくに真実を明らかにしていたはず。

カリンが故意的に行ったことには見えなかった。

しかし、この映像を公開すれば、ストーク公爵よりカリンが厳罰を受けるだろう。

しばらく沈黙した末、アビゲイルは口を開く。

「私、裁判を受けます」

「え？どういうこと？」

ベリテが呆れたように言った。

セーブルは岩石のように固い顔でアビゲイルを見ているだけだ。

「ビビ。あの令嬢を守るためにあなたが犠牲になる必要はありません」

「いいえ、単純に憐憫のためではありません」

アビゲイルの顔には同情心ではなく、断固とした態度があった。

包帯を巻いた右手が自分の裾を掴む。

「私が映像を公開し、カリンを告発すれば、この事態は収拾できるでしょう。しかし、私に対する噂まで消えますか？」

大臣たちでさえアビゲイルが王を惑わし、人魚に国を売らせたという噂を信じていた。

さらに、城全体を監視していたことが明らかになれば、世論がさらに悪化する可能性が高い。

「今回のことが過ぎても、私はずっと人々の口に上るでしょう。ですから、むしろ裁判を受けた方が疑惑を解消するにはましです」

「しかし王妃様の魔力について調べたら・・・」

ベリテは躊躇いながら言い出した。

その心配事をよく知っているので、アビゲイルは静かに話す。

「もしストーク公爵が私の魔力について知っているなら、あえて裁判なんか開かず、すぐに魔力を確認したでしょう」

黒魔力。

それより明確な証拠はなかった。．

証拠がないので煩わしく魔導具を隠しておいて、世論を操作し、かろうじて自分を裁判台に乗せようとするのだ。

ベリテも反論できず、口をつぐんだ。

にもかかわらず、セイブリアンの表情は暗い。

「殿下。私のことを心配されているのはよく分かります。危険だということも知っています。しかし、一度だけ私を信じてください。私の無罪を立証できるように徹底的に準備しておきます」

アビゲイルは半分は哀願で、半分は説得で言った。

セーブルは彼女をじっと見つめ、手の甲に軽くキスをする。

「１回ではなく、数百回、数千回もあなたを信じるでしょう」

揺るぎない声にアビゲイルはゾッと笑う。

しかし、すぐに鋭い言葉が続いた。

「しかし、裁判であなたが守勢に追い込まれたら、私はカリン令嬢の犯行であることを告発します」

「カリン令嬢も、結局ストーク公爵に利用されただけです」

「それでも私はあなたを守らなければなりません。それを許可していただかないと、私は裁判に反対せざるを得ません」

彼の視線は藍色に青ざめていた。

アビゲイルは右手の傷がずきずきするのを感じた。

先日彼と交わした会話が思い浮かんだ。

『アビゲイルが怪我をするより、人が死んだ方がましだ』という彼の言葉を。

それは虚勢でも嘘でもなかったはず。

アビゲールは、彼の頑固さを打ち砕くことができなかった。

何だか襟元がふさふさになる。

この裁判で自分も、カリンも無事に生き延びることができるだろうか。

彼女はその未来が怖くてしばらく沈黙していた。