こんにちは、ちゃむです。
「偽の聖女なのに神々が執着してきます」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
121話ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- カイルIF②
私たちは広場が見える本宮の階段を上った。
民たちのための建国祭での祝詞を私が任されることになったのだ。
「わああ。」
「おおお!」
階段を上る途中、開けた隙間から群衆の姿が見えた。
高い場所に到達すると、優に数万人はいるであろう群衆が建国祭の開幕を待ちわびて集まっていることが分かった。
「緊張するな。」
少しこわばった私の表情に気づいたのか、彼はそう言って私は小さくうなずいた。
するとカイルが、まるで独り言のように口にした。
「いつもよくやっているだろう。堂々とすればいい。」
低く響く声が慰めのように胸にしみ込んでくる。
勇気を与えてくれるカイルの言葉に、私はそっと笑みを浮かべ、小さくうなずいた。
やがて先に来ていた皇帝や数人の高官たちと挨拶を交わしたあと、私は多くの兵士たちの前に立ち、神殿の祝祷を告げた。
「聖女様!」
「聖女様だ!!」
「聖女様を敬え!」
私が姿を現すと、群衆は熱狂し、歓声をあげた。
「イライド帝国の皆さま、エリオムの祝詞をお伝えいたします。」
声を出すのは少し荷が重かったが、私は粛々と祝詞を続けた。
祝詞の内容は、イライドと神殿の歴史についてだった。
イライドが建国されたとき、神々が祝福し、そのおかげでイライド王室に栄光がもたらされているというものだった。
[知識の神ヘセドがあなたを誇らしげに見つめています。]
[正義の神ヘトゥスが満足そうな表情であなたを見ています。]
[芸術の神モンドがあなたに注がれる敬意を喜んでいます。]
神々は、まるで娘の幼稚園の学芸会を見守る親のように、じっと私を見守っていた。
祝祷を終えて振り返ると、皇帝が満足そうな表情で静かに拍手を送っていた。
すっかり健康を取り戻したのか、顔色もよい。
私が一歩下がると、カイルが剣を掲げ、バルコニーから数十メートル先の建物へと繋がった糸を断ち切った。
すると「トン」と糸が切れる音と同時に、仕掛けられていた花火が弾け、無数の花びらが空中に舞った。
「うわああああ!」
「わあああ!」
大群衆の歓声が響いた。
楽しい祭りの幕開けだった。
降りしきる花びらを見上げていると、不意にカイルが私の手を取った。
[破壊の神シエルが尻尾を振ります。]
「エスコットの栄光を。」
その言葉に私は微笑んだ。
広場の臨時競技場で無投会が始まることを知っていたからだ。
「もちろんです、騎士様。」
私は彼とともに再び階段を下り、兵士たちの敬礼を受けながら無投会場へと向かった。
無投会場は王宮の西の壁と広場の間にあった。
建国祭の際に無投会場でモンスターを公開狩猟し、民心を慰め、士気を高めるのは古い伝統だった。
かつてはどんなモンスターでも捕らえてきて無投会を行ったこともあったが、十数年前に神殿で残忍性に関する意見が出て以来、今では規則が変わった。
そのため現在は、民家を襲って人を殺したり、村が壊滅するほどの甚大な経済的被害をもたらしたモンスターだけを捕らえ、正当に討伐していた。
「その服は初めて見るな。」
「ドレスって呼んでください。格好よく。」
「その言い方も初めてだな。似合わない。」
[正義の神ヘトゥスが、カイルの言葉に少し同意しています。]
呆れたような彼の言葉に、私は笑って肩をすくめた。
「やっぱり、レイハス様の代わりに送り出された後、平服ばかり着ていたせいかしら。こうして私を見るのが不思議なんでしょうね。」
「……ぶっきらぼうだな。」
肩をすくめながら歩く私に、彼が口を開いた。
「今回も後ろに取り残されていたら、俺が直接迎えに行っていたところだ。」
「……」
「それに今日は……きれいだ。」
一瞬、聞き間違えたのではと疑った。
「え?今なんて……?」
しかし彼は答えなかった。
おそらく歓声に紛れて聞き間違えたのだろう。
[知識の神ヘセドが聖物『聞く者の耳飾り』を推薦します。]
しばらくして私たちはコロッセウムのような闘技場の観客席に並んで座った。
野球場のように円形の観覧席の下には広い空間が広がっており、まさに闘技場だった。
「うおおおおお!!」
「きゃああああ!!」
やがて闘技会の第1幕が始まった。
闘技会は3日にわたって行われ、初日は皇宮の見習い騎士たちが登場する。
2日目は貴族の騎士たち、そして最終日は名のある勇士たちが舞台に立つのだ。
今日は初日であり、その中でも第1幕はもっとも弱いモンスターを相手にする皇宮の見習い騎士たちの出番だった。
「殿下も闘技会に参加されたことはありますか?」
隣に座るカイルを見ながら尋ねた。
「そうだな。一度は皇妃の農場で、一人で狼十匹を相手にしたことがある。血の匂いがひどくて、しつこく絡んできてな。」
カイルは淡々と答えた。そのときを思い出すように彼の目元がわずかに曇った。
「皇妃が無駄なことをさせたんですね。」
「そんなところだ。だが、面白くはあった。剣士というものは剣を握ってこそ血が騒ぐものだからな。」
その言葉に私は柔らかく微笑み、闘技場を見ながら尋ねた。
「今は出てみたいとは思わないんですか?」
「必死に準備した騎士たちの主役にはなりたくないな。私が出れば、その後の場面は全部色あせてしまうだろうから。」
[芸術の神モンドが、才能のなさを嘆きつつも、尊大な顔をしかめてそっぽを向きます。]
それでも、言っていることはもっともだった。
狩猟祭でカイルがトロールを一撃で倒した時のことを思い出せばわかる。
私は再び闘技場を見守った。
その時、再びカイルの声が聞こえた。
「こういう光景が好きか?」
彼を横目で見て、私は「うーん」と小さく唸り、少し考え込んだ。
「初めて見るから軽々しく言うのは早いけど……なんというか……かっこいいと思います。剣を振るってモンスターを倒す姿が。」
淑女らしくはない言葉だろうか?
「かっこいい……?」
彼は私が口にした言葉の中から、その単語だけを拾い上げた。
「その中で戦う戦士の姿が、あなたの目にはかっこよく映るということだな。」
「は、はい。」
彼は闘技場を見つめ、目を細めて言葉を続けた。
「……今からでも出るべきか。」
[破壊の神シエルがカイルを祝福します。]
「え?」
「いや、なんだか力が湧いてくる気がする。」
互いに少し噛み合わない会話を交わした後、私たちの言葉は途切れた。
「おおおおお!」
再び観客の歓声が上がった。
少年のように見える騎士たちが二列に並んで姿を現すと、人々の声はさらに大きくなった。
「おおおおお!」
「騎士様たちだ!!」
皇宮で騎士の訓練を受けている少年たちは、大半が身分の低い貴族の子弟か、能力に優れた平民たちだった。
高位貴族の子弟たちは自家で後継者教育と共に騎士の訓練を受けているので、たいてい二日目に登場するのだ。
「あ!ノア!」
私は懐かしいノアの顔を見つけて大きく手を振った。
ノアは少し緊張しているのか、引き締まった表情をしており、他の少年たちも同じだった。
――芸術の神モンドが少年たちの顔を観察し、順番を割り振ります。
――慈愛の神オーマンが順番割り振りに同意します。
――愛の神オディセイがくじ引きを決定します。
ええと……今はプロデュース番組を撮ってるわけじゃないんだから。
ともかくノアの手にはめられたガントレットが心強く感じられた。
それは防御力だけでなく運気まで高めてくれる希少な聖石がはめ込まれた品だった。
もちろん聖石の効果はあくまで補助的なものなので、最終的にはノア自身の実力が一番重要だ。
私はノアの実力を信じていた。
「隊列を整えろ!」
「戦闘準備!」
掛け声とともに命令が下されると、見習い騎士たちは剣鞘から一斉に剣を抜いた。
すると直後にがしゃんと音を立て、ゴブリンのようなモンスターたちが見習い騎士の数と同じくらいの数で現れた。
「ディスファス、ウェイル!」
訓練騎士長と思われる少年が聞き慣れない言葉を叫ぶと、ノアを含む訓練騎士たちは規則正しい隊列へと並び替わった。
「これは……陣法ですか?」
私の言葉に、カイルはゆるやかな表情でうなずいた。
軍隊では状況に応じて様々な陣法を訓練するという話を聞いたことがあった。
「ギィイッ!」
「キギイイッ!」
ゴブリンたちの体格は小さいが、だからといって脅威ではないわけではない。
むしろ、このような小型モンスターたちが群れをなして行動することで、広範囲にわたる被害をもたらすことが多いのだ。
「アドバンス。」
騎士団長の声が響くと、少年たちは一斉にぎこちなく動き出し、剣を振るった。
ノアは右側にいる見習い騎士の中で特に目を引く一人に視線を奪われた。
[自愛の神オーマンがノアの健全な成長を期待します。]
ゴブリンの一匹がノアの剣に貫かれて倒れ、もう一匹はノアを攻撃しようとしたが体勢を崩して転んだ。
ブシュッ!
ノアの剣が素早く振り下ろされ、転がったゴブリンを仕留めた。
「やはり見込みのある奴だ。」
ノアに対するカイルの評価を聞いていると、自然と肩が誇らしくなった。
人々は見事に揃った訓練騎士たちの動きに感嘆し、拍手を送っていた。
「上手いぞ!」
「おおーっ!」
ゴブリンはかなり知恵のあるモンスターであったため、しばしば陣形を崩して抵抗したが、訓練騎士たちは見事にそれを防ぎ、ゴブリンたちを制圧していった。
その中でもノアの活躍は本当に見事だった。
「ノア、そっちだ!そう!その調子だ!!」
[愛の神オディセイが、のんびりとトウモロコシのお菓子を食べています。]
楽しい気持ちで武闘会を眺めていると、ふと横から視線を感じた。
視線を追って顔を向けると、カイルがまるで面白がっているような目で私を見つめて応援していた。
「そんなこと言ったら、あいつに聞こえるだろう?」
その言葉に私は顔を赤らめた。
「試合を観ながら熱が入るのは国民性じゃないですか?殿下だって今つまらなそうに腕を組んで座っていらっしゃるじゃないですか。」
[知識の神ヘセドはあなたの言葉に同意し、こんな場でも体裁を気にする殿下の真意に疑問を呈します。]
[芸術の神モンドはカイルのそっけない態度を一種の余裕とみなし、愉快そうに頷きます。]
[破壊の神シエルが、モンドの情熱を問いただします。]
[知識の神ヘセドは、自分の微笑みを浮かべます。]
「国……法?」
「ありますよ。そういうの。」
片目を細めて問いかけてくる彼に、教えてやるつもりはないとばかりに、私は軽く唇を尖らせて再び競技に集中した。
[芸術の神モンドと破壊の神シエルが、犬猿の仲のように争っています。]
「おお!そうだ!よくやった!」
[芸術の神モンドがシエルの尻尾を引っ張ります。]
[自愛の神オーマンが杖で地を打ち鳴らし、二柱の神々を仲裁します。]
神々は目の前の状況と同じくらい騒がしいようだ。
私を見ながらくすっと笑う彼の笑い声がまた聞こえてきた。
ああ、どうしてこんなに恥ずかしいのだろう。
最後のゴブリンをノアの剣が貫いたときだった。
「殿下。あれは……?」
突然、思いがけない怪物が闘技場に飛び込み、不気味な叫び声を上げた。
「ギエエエッ!」
訝しげな目でカイルを見たとき、背後からセインが駆け寄ってきた。
建国祭の総括管理で気を張り詰めていたはずなのに、慌てた様子だった。
「殿下!あ、聖女様もご一緒でしたね。大変なことになりました!」
「大変なこと?」
カイルの眉がわずかに動いた。
セインは息を呑み、急いで答えた。
「魔法の封印が破れて、三日目の三幕に登場するはずだったブラックワイバーンが脱走しました!」
ギエエエッ──!
そして再び、闘技場を震わせる怪物の咆哮が響いた。
[破壊の神シエルが運命の神ベラトリクスを睨みつけます。]
[運命の神ベラトリクスは心配するなと言わんばかりにシエルの頭を撫でます。]
「危険な生物なので、一級傭兵たちの相手として送り出す時も必ず薬を飲ませて登場させるのですが、問題は今まだ薬を飲ませていない状態だということです……。」
セインの言葉に私は思わず立ち上がり、武闘場を見つめた。
「私は忙しい中でも殿下の安全を確認しようとこうして……。」
「わかったから、うるさい。」
「せっかく駆けつけたのに、冷たいですね。悲しいです。」
[知識の神ヘセドがカイルの非情な態度を非難します。]
一級傭兵は少なくともソード・エキスパート級以上だった。
それに比べれば、見習い騎士たちはただの新兵や少年に過ぎなかった。
「な、なんだあれは!」
「ブラックワイバーンじゃないか?」
あちこちからざわめく人々の声が聞こえてきた。
数人の視線の先に、その姿がはっきりと映し出されているようだった。
「な、なんだ。」
「三幕目に登場するはずじゃなかったのか?」
高く張られていた幕がびりっと裂け、見習い騎士団と対峙している巨大なブラックワイバーンの姿が完全に露わになった。
ブラックワイバーンの片方の翼は破れており、吸血鬼のような目は狂気に満ちていた。
見習い騎士団員たちは皆、顔が凍りついたまま後ずさりするしかなかった。
私が本で読んだ限り、ワイバーンは非常に凶悪なモンスターであり、その中でもブラックワイバーンは「小さなドラゴン」と呼ばれるほど強力な存在だった。
うまく進んでいると思っていた矢先に、こんな事態が起きるとは。緊張が一気に会場を包んだ。
「騎士たちは。」
「皇宮に連絡しました。まもなく駆けつけるはずです。」
「もう遅い。」
カイルが席を立ち、前方へ駆け出したのは一瞬のことだった。
[破壊の神シエルはしっぽを激しく振り回します。]
カイルの言う通り、皇宮の騎士たちが到着する頃には、見習い騎士の半分以上は死んでいるだろう。
「殿下!」
隣でセインが叫ぶ声が聞こえた。
遠ざかっていくカイルの姿に、私は思わず手に汗を握った。
ギィエエエッ―!
混乱の中、飛び出したカイルはワイバーンがいる武闘場へと一気に駆け下りた。
カイルの動きには一切の迷いがなかった。
彼の赤いマントがはためき、手には青い刃を帯びた長剣が握られていた。
「うおおおおお!!」
「皇太子殿下だ!!」
「カイル殿下!!」
[自愛の神オーマンはカイルのカリスマを認めます。]
[知識の神ヘセドはこれは規則違反だと憤ります。]
彼が武闘場の中央に姿を現した瞬間、場内の雰囲気が一変した。
前で観戦していた群衆たちが一斉に立ち上がった。
私の心臓は、外に音が漏れ出しそうなほど大きく打ち鳴っていた。
「そ、殿下……」
顔を青ざめさせた見習い騎士に、カイルが即座に命じた。
「後ろへ下がれ。」
見習い騎士は慌てて少年たちを下がらせた。
「思いがけず、無鉄砲な試合観戦をすることになりましたね。」
さっきまで必死に「殿下~!」と叫んでいた姿とは裏腹に、セインは無鉄砲に戦場へ出たカイルを見つめながら、言葉を詰まらせた。
――それだけ、カイルの力が圧倒的だということだろう。
ノアもまた状況を判断して素早く後ろに下がった。
だがワイバーンは見習い騎士たちを退けるつもりはないのか、すぐに攻撃を仕掛けてきた。
ギイエエ-!
ブラックワイバーンの棘が生えた片翼が振り下ろされ、見習い騎士たちが入ろうとしていた門が粉々に砕けた。
私は先ほどカイルが飛び降りて行った戦場へと慌てて駆け出した。
だがセインが駆け寄り、私をしっかりとつかんで止めた。
「聖女様!いくら殿下がご心配でも飛び降りてはなりません!!」
「飛び降りるつもりじゃありません。」
私は腰を深く屈め、崩れた壁の欠片を手に取った。
「それに……殿下は一つも心配いらないお方ですから。」
ドラゴンすら狩るというソードマスターが心配するはずもない。
[破壊の神シエルがあなたに憐れみを投げかけます。]
私は目を閉じて集中した。
大地に自分の意志が伝わるように、心を込めたのだ。
すると、石で積まれた壁の下の部分から植物が芽吹き始めた。
「奇跡だ!」
「聖女様が道を作られる!」
これは普通の聖力よりも特別で、神聖力だけに許された力だった。
狩猟祭の時に石を浄化しながら初めてその力を知ったし、以前にも廃墟で試したことがある。
『この力で花束でも作ろうかと思ったこともあったな。』
本当は人前でこの力まで見せたくはなかった。
だが今はノアと少年たちを救うことが最優先だった。
植物のツルは急速に伸び、はしごのように壁へと絡みついていく。
私はノアに向かって叫んだ。
「乗って登って!」
すると見習い騎士たちが次々とツルに取りつき、登り始めた。
ギイエ-!
「よくも私の前で他に気を取られるとは……!」
チャキン―!
ブラックワイバーンは自分をおもちゃのように弄んでいると感じたのか、再び攻撃しようとしたが、カイルの剣気に翼を攻撃されてよろめいた。
「はっ、はっ……はっ……」
「か、ありがとうございます!聖女様!」
その間に縄梯子を登って、十名ほどの見習い騎士たちが上がってきた。
[愛の神オディセイは、自分の直属の騎士たちが上がってくるのを見て安堵のため息をつきます。]
カイルは見習い騎士たちが全員脱出できるように、攻撃の強度を調整しながら時間を稼いでいた。
ソードマスターとブラックワイバーンが、あの闘技場の中で本気で戦うことになれば――その中は……。
「ノア!手をつないで!」
私は最後に登ってくるノアの手をつかんだ。
「聖女様!」
「ノア、大丈夫?」
私を心配そうに見つめながらも、ノアは落ち着いた表情で小さく笑った。
「よく戦ったよ。あとは殿下が締めくくってくださるはずだ。」
ノアまで無事に登ってきたのを確認して、私は安堵の息を吐いた。
だが、その直後に起こった状況は、見なくても分かるものだった。
「うわあああああ!!」
「皇太子殿下、万歳!!」
目を離すことのできない、非現実的な光景だった。
[破壊の神シエルが傲慢な表情を浮かべたが、結局はこっそりと眉間に皺を寄せることに成功します。]
彼が長剣を振るたびに放たれる鋭い剣気が、ブラックワイバーンの厚い鉄の鱗を容赦なく切り裂いた。
自分よりも体格が十倍――いや二十倍は大きいワイバーンを、カイルはまるで鶏でも相手にするかのような冷徹な顔で攻撃した。
「わぁ……」
ノアもまた、顎が外れそうなほど口を開けていた。
[芸術の神 モンドは思わず拍手を送りかけたが、慌ててポケットに手を突っ込んだ。]
『そうだ。カイルはそういう男だった。』
彼の最後の一撃が、ワイバーンの心臓を貫いた。
ワイバーンは心臓を刺されても死を認めきれないかのように、最後の痙攣で体を震わせた。
その瞬間、カイルはワイバーンの頭上に飛び上がり、剣を振り下ろした。
ドンッ―。
ワイバーンが崩れ落ち、黒煙が四方に広がった。
一瞬でもざわめいていた会場は、まるで水を打ったように静まり返った。
[慈愛の神オーマンはごくりと唾を飲み込みます。]
[愛の神オディセイの手は、長い間トウモロコシ菓子の中にじっと留まっています。]
[知識の神ヘセドはそわそわと足を震わせています。]
胸がどきどきと高鳴っていた。
開いた口から、つい彼の名が零れ落ちそうになった。
土煙の中、倒れたワイバーンの胴体の上で、片手でワイバーンに剣を突き立てたまま立つカイルの姿がはっきりと見えた。
「うおおおおおおお!!」
「わああああああああ!!」
一瞬で、この大きな闘技場全体が揺れ動くほどの、轟く歓声が響き渡った。
[愛の神オディセイは、しゅわしゅわと炭酸飲料を飲み干します。]
舞い上がる煙の中、彼の赤いマントがはためく姿が見えた。
私はカイルと目が合った。
ドクン、ドクン――心臓が激しく脈打つ。
ふと彼の唇が冷ややかに動き、言葉が形をなした。
[芸術の神 モンドが、あなたを祝福します。]
その唇の形が作り出す言葉を、私は読み取ることができた。
『俺のこと、見てたか?』
え……?
彼が再び唇を動かした。
その瞬間、顔がぱっと赤く染まった。
唇の端に熱を帯びた微笑が浮かんでいた。
[慈愛の神オーマンはただただにやけています。]
やがて彼はワイバーンに突き立てていた剣を引き抜いた。
「うわあああ!!」
「皇太子殿下、万歳!!」
再び、闘技場が揺れ動くほどの大歓声が響いた。
その熱狂の渦の中で、カイルの赤い瞳はただ真っ直ぐに私を見つめていた。






