こんにちは、ちゃむです。
「悪役なのに愛されすぎています」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
129話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 裏切りと後悔
クロードは夜を徹して馬を走らせ、まず向かったのは魔塔だった。
「兄上?」
ジェレミアは、突然の訪問に目を見張った。
驚いたのは彼の突然の登場だけではなかった。
その凛とした彫刻のような顔立ちに、思わず息を呑んでしまったのだ。
いつもは白く輝いていた彼の顔が、今は淡い灰色の光に包まれ、至近距離で見れば誰もが目を奪われるような美しさを放っていた。
「ジェレミア、塔主はどこに?」
「……突然どうされたんですか?」
クロードが声をかけると、ジェレミアは一瞬動きを止めた。
先ほどまでの焦燥が一瞬だけ静まり、理性が戻ってきたのだろう。
彼の瞳にほんの少し、冷静な光が戻る。
「重要な用があるんだ。本当に」
「塔主様は兄上に対しても気軽にお会いになる方ですが……こんなふうに前触れもなく来られるのは、少しご無礼かと」
「分かってる。分かってるけど……お願いだ、ジェレミア」
ジェレミアは少し訝しむようにクロードを見たが、すぐに体の向きを変え、彼の前に立って案内を始めた。
塔主のもとへ導くつもりらしい。
「……本当に感謝するよ」
「ただ、くれぐれも注意してください。」
「体調がすぐれないのですか?」
クロードが並んで立ちながら尋ねると、ジェレミアはやや沈んだ表情で首を横に振った。
「大丈夫だろう。考えてみれば、魔力石の件で長い間無理をしてきたからな。」
「それに、陛下はいまだに落ち着かないご様子です。真意はわかりませんが、どうやら皇宮でも動きがあるようで……。」
「今も陛下から使者が来るのか?」
「ええ。贈り物や手紙を頻繁に送ってこられます。表向きは、ただの気遣いのように見えますが。」
以前のクロードなら、「気遣いかどうかも怪しいな」と皮肉を返していたかもしれない。
だが今は違う。
皇帝がオーガスト家の母親に関して密かに調査を始めたという話を聞いて以来、彼は軽々しく口を開けなかった。
もしかすると――皇帝はサミュエル公爵と関係する何かを掴んでいるのかもしれない。
自分でも気づかぬうちに、クロードは目的地へと急ぐジェレミアのあとを追っていた。
気がつけば、彼は塔主のもとへ案内される形になっていたのだ。
やがてジェレミアの足が止まった。
クロードが顔を上げると、そこは先日訪れたあの部屋の前だった。
「……主上。」
ジェレミアが呼びかけると、今回も彼が触れるより早く、重厚な扉が静かに開いた。
「では私は、魔法使いミグエルのところへ茶を受け取りに行ってまいります。前回は兄上にきちんとご挨拶できませんでしたので。」
ジェレミアが先にその場を離れたおかげで、クロードは塔主と二人きりで向き合うことができた。
「塔主様、ご無礼をお許しください。」
「また来るだろうと思っていた。」
塔主オーウェンの姿は、前回見たときと大きく変わってはいなかった。
ただ、その瞳からは力が抜け落ち、どこか虚ろな印象を受けた。
「ジェレミアは、ミグエルのところへ向かいました。お伝えしたいことがあります、魔塔主殿。」
クロードは一度ため息をついた。
聞きたくない内容だとわかっていたが、それでも口を閉ざすわけにはいかなかった。
「メロディ嬢のことを覚えておられますね。メロディ・ヒギンズ。」
ジェレミアは静かに眉をひそめた。
公爵家で何度か会ったことがあり、弟子がよく彼女の話をしていたこともあった。
忘れられるはずがない。
「彼女は最近、都を離れました。……永遠に。」
「そのことを、なぜ私に……?」
「なぜ、あなたにお伝えするのかとお思いですか?」
クロードの声は静かだったが、言葉を発するたびにその速度は徐々に上がっていった。
「彼女が都を離れたのは――ある“約束”が関係していたのです。」
その「約束」という言葉を聞いた瞬間、ジェレミアの表情に、再びかすかな動揺が走った。
クロードは塔主の顔を注意深く観察した。
虚ろだったその瞳に、ほんの一瞬だけ緊張の色がよぎった。
「……記録を消し、真実を覆い隠す行為のことです。」
「…………」
「彼女と“契約”を交わした記録官が話していました。以前にも同じようなことがあったと。」
クロードは言葉を切った。
もしかしたら塔主が何か口を開いてくれるかもしれない――そんな淡い期待を抱いたのだ。
しかし、その唇は静かに閉ざされたままだった。
「だから、こう考えたのです。塔主様。」
クロードは記録官が口にした“継承者”の話を思い返しながら、慎重に言葉を続けた。
――この世界のどこかに、その“継承”と契約を交わした人物が存在するのではないか、と。
皇帝の目が届かない場所に身を潜め、記録の一部を封印し、決して外部に漏れないよう細心の注意を払っている人物。
「……皇帝陛下が、サミュエル公について少しでも関係者をすべて葬り去ったのが、まさかこんな形で役立つとは。皮肉なものですね。」
サミュエル公と親しくしていた人間の中で、今も生き残っている者は数えるほどしかいなかった。
「その中で、完全に過去を断ち切りながら生き延びた人物がひとりだけいます。」
――魔塔主オーウェン。
クロードは、彼を平和を愛する高潔な学者だと信じていた。
皇族としてのあらゆる特権を自ら手放し、知識の探究という静かな道を歩んできた男だと。
だがもし、それが――彼にとって“生きるために選ばざるを得なかった唯一の道”だったとしたら?
メロディが公爵家で得た安穏を手放し、逃げるように都を去ったように。
そう考えると、彼女の“約束”と同じように、オーウェンにも何か背負うものがあったのではないか――クロードの胸に、そんな予感が静かに広がった。
「魔塔主殿。私は、あなたを責めたいのではありません。」
クロードは腰をかがめ、塔主の顔を間近に見つめた。
唇の端だけをわずかに動かし、低く押し殺した声で告げる。
「陛下が……動き始めました。再び、あの忌まわしい過去と同じことが起こるかもしれません。」
「……っ!」
驚愕の色を浮かべた塔主――それも当然だ。
最近、皇帝は彼に対してあまりにも親しげに接してきたのだ。
それなのに、裏では過去と同じような陰謀を巡らせていたとは……。
「教えてください。あなたが、なぜ……あのとき、すべてを捨ててまで逃げ出したのか。」
「…………」
「マスター!」
「……約束、したんだ。沈黙を――永遠に。」
塔主が苦しげに絞り出すように答えると、クロードは蒼ざめた顔でさらに身を乗り出した。
「ほんの些細なことでも構いません……どうか、すべてを教えてください。お許しにならなくても構いません!ですが――!」
クロードの必死な訴えにも、魔塔主は微動だにせず、静かに首を横に振った。
「……はあ。」
クロードはその場に膝をつき、両手で頭を抱え込んだ。
彼は悟っていた。
この男が軽々しく口を開くような人間ではないことを。
かつて、毎日のように命が奪われていたあの時代でさえ、沈黙を貫いた人物なのだから。
クロードは拳を固く握りしめた。
指先が掌に食い込み、痛みが走る。
それでも、怒りを抑えられなかった。
「魔塔……いや、殿下。」
押し殺した声で呼ぶその口調には、かすかな敬意と焦りが混ざっていた。
魔塔主がいかに身を引き、皇位から遠ざかっていたとしても、生まれながらに背負った血筋と責務までは切り離せるものではない。
「どうか……もうやめてください、ボルドウィン公爵。」
「できません。それでも、私は――守らなければならない人々がいて、その中には――」
クロードは一旦言葉を切り、扉の向こうに誰もいないことを確かめてから、低く続けた。
「ジェレミアも含まれています。」
「……まさか、公爵家ではいったい何が……?」
今度は問い詰める側が塔主に変わり、クロードが口を開く番となった。
「ただ、ジェレミアの安全のために……一つだけ、お教えいただきたいのです。塔主。」
クロードは静かに立ち上がる。
ちょうどそのとき、扉の向こうから従者の声が響いた。
「師匠様!ジェレミア様!」
会話の時間は、もうそう長くはない。
「あなたは――サミュエル公の血縁であることをご存じだったのですか?」
「その子は……!」
オーウェンの部屋の静けさを裂くように、扉の外からジェレミアの声が響いた。
静かな声が部屋に響いた。
まるでエヴァンに何かを諭すようでもあった。
魔塔主の視線が一瞬、扉の方へと向く。
クロードは、もしかしたら彼の心がわずかでも揺らぐのではないかと、淡い期待を抱いた。
「……。」
だが、彼は何も言わずにただ深くフードをかぶった。
クロードがさらに何か言おうとしたその時、扉が静かに開いた。
「兄上、お茶を……。」
「すまない、ジェレミア。」
長年、黙って支えてくれた弟に申し訳なさを感じながらも、クロードはその場を立ち上がった。
もう座って茶を飲むような余裕はなかった。
「お戻りになるのですか?もう?」
「そうだ。また改めて、礼を尽くしに来よう。」
クロードはエヴァンの頭を軽く撫で、魔塔主に向かって深く一礼した。
ずっと沈黙を守っていた塔主が、ようやく重い口を開いたのはそのときだった。
「……あの子は……血縁だ。」
震える声と、わずかに震えた肩。
クロードは、オーウェンが何かを恐れているのだと直感した。
「陛下……私は、その事実を……」
クロードは塔主の顔を見つめた。
彼は言ってしまったことを後悔しているようだったが、なんとか平静を保とうと努めていた。
クロードは、少しでも安心させようと柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
そう告げると、クロードは一度も振り返らず、素早い足取りで塔の階段を駆け下りていった。
サミュエルを再び信じようとする気持ちがほんの少しでも心の奥に芽生えていたが、皇帝はやはり、胸に渦巻く葛藤を抑えきれなかった。
彼は自分の思考を止められなかった。
もしサミュエルが本当に裏切り者だったとしたら、自分が下したあの決断――その死の命令は決して誤りではなかったことになる。
『間違っているはずがない。サミュエルは私を殺して王になろうとしたのだ。』
そう何度も自分に言い聞かせながらも、ふと脳裏に浮かぶのは幼い頃のサミュエルの姿だった。
「兄上」と呼び、無邪気に手を握りしめて笑っていた、陽だまりのような少年。
この世で誰よりも愛しく思い、どんなことがあっても守ると誓った、たった一人の弟。
――その弟が、本当に自分の命を狙ったのだろうか。
皇帝は手の中のカップを握りしめた。
「違うはずだ」と祈るように。
しかし、もしそれが真実なら――。
「……はあ。」
思わず息が漏れた。
もはや、過去の出来事を思い返すことさえ耐えがたい苦痛になっていた。
だが、もう先延ばしにはできなかった。
あの日以来、皇子の座を捨てたオーウェンの体調は急激に悪化していった。
ここでさらに遅れを取れば、三兄弟が再び揃う機会を永遠に失うかもしれない――そんな危機感がクロードを強く駆り立てていたのだ。
皇帝の極度の不安は、日常生活の隅々にまで滲み出ていた。
一日の食事は一度きりで、口にするのは酒と簡単なつまみばかり。
夜はまともに眠れず、うたた寝したとしても必ずといっていいほど悪夢にうなされる始末だった。
その間、塔の主とも顔を合わせることは叶わず、彼はこの不安をひとりで抱え続けなければならなかった。
「……陛下。」
調査を命じられていた侍従が意味深な表情で戻ってきたのは、皇帝がロゼッタに会ってからちょうど一か月が経った頃のこと。
報告を受ける前から、皇帝の胸には直感めいた確信が芽生えていた。
――何か、重大なことが判明したのだと。
「……しばらく待て。」
皇帝は周囲に控えていた家臣や侍従たちをすべて下がらせるよう命じた。
部屋に残ったのは、命令に縛られない記録官と侍従、そして皇帝ただ一人。
「話せ。」
侍従は一瞬ためらったが、皇帝は促すように黙ってその視線を受け止めた。
もしかすると、その沈んだ様子だけですでにすべてを察していたのかもしれない。
「……恐れながら申し上げます、陛下。」
ついに侍従が慎重に口を開いた。
語られようとしている真実を悟った瞬間、皇帝の手に自然と力がこもった。







