あなたの主治医はもう辞めます！【１２４話】ネタバレ

夢の内容がどんどん消えていった。

こんなに瞬く間に忘れてしまう夢なら、予知夢に違いなかった。

急いで思い出さなければならなかったが、「エルアンが何かとんでもないことをして父がひどく怒っている」ということ以外には何も分からなかった。

実際、そのような状況はあまりにも頻繁に起こるので、特に記憶する価値もないとも思えた。

私は体を起こし、何かを叩く音がした窓の方を見た。

「公爵様？」

驚いて飛び上がった私は、枕元の小さな灯りをつけてから窓を開けた。

エルアンがバルコニーからひょいと窓の中に飛び込んできた。

「もう一度言うけど……エルアンって呼んで。タメ口も使ってくれるともっと嬉しいんだけど。」

彼が目尻を下げながら、私の額に唇をぎゅっと押し付けた。

「え、え、どうやって来たんですか？」

「一番上の階だろ？ 屋根から降りてきたんだ。」

「それでもかなりの高さだったはずだけど……。」

「君の顔を見るためなら、もっとすごいことだってできるよ。」

「じゃあ、さっきどうして廊下で叔母さんと押し問答をしていたんですか？」

「一度事を起こさないと警戒心が緩まないからね。」

やはり予知夢を覚えておく価値はなかった。

エルアンはどうせ父が知れば激怒するようなことばかりしているのだから。

家族には申し訳ないけれど、私はもう少しだけ…

時間が経てば、エルアンとどうにかして恋人関係を続けていくと断固として言うつもりだった。

自分のせいで母が亡くなったように感じて落ち込んでいたとき、エルアンが本当に悪意を持っていたなら、そのままセルイヤーズ公爵家に居座ることもできたかもしれない。

もしそうだったなら、もともといがみ合っていた家族間にさらに誤解が積み重なっていただろう。

父の冷淡な態度から、この事態を予測していただろうに、それでも私の幸せのために一緒に雨に濡れながら背中を押してくれた彼に感謝して、私は彼を突き放す気には全くなれなかった。

私が最も心的に苦しんでいたときに、そばで最も必要な役割を果たしてくれた人だった。

父が後になって「娘なんて何の役にも立たない」とため息をついても仕方がなかった。

もちろん父や叔母、祖父の強い反対によって結婚が果てしなく先延ばしになるかもしれないけれど……。

「もしかして具合が悪いんじゃないですか？ 気をつけたほうがいいですよ。」

私は念のため、彼の手を握り、魔力の流れを確認する。

父の言う通りだとすれば、今そろそろ薬の副作用が現れ始めているはずだ。

やはり、呼吸器のほうに異常な魔力の流れを感じた。

「これからは絶対に無理をしないでください。息切れがひどくなったりすると、幻覚状態に陥ることもあるんですから。走らないで、常に呼吸を整えて……。」

「わかった。」

薄暗い闇の中で、彼は私の両頬を包み込み、とてもゆっくりと近づいてきた。

「じゃあ、ゆっくりキスすればいい？」

なぜそんな話になるのかわからなかったけれど、そのおかげで私は目を伏せたまま、彼の唇が触れるまでくすぐったいような気分で待つことになった。

吐息が混ざり合い、時折目が合うその間に熱が上がり始めた。

「20時間くっついていなきゃならないのに。」

ベッドの枕元の小さな灯りがちらつき、視界がぼやけている分、触れ合う肌の感触がさらに敏感に感じられた。

彼がゆっくりと私をベッドに押し倒しながら、唇を離さないままつぶやいた。

後ずさりしていた身体に慣れた重みが感じられ始めた。

体格差が大きかったため、私は一瞬で彼の腕にすっぽりと包まれてしまった。

「これでは20分も一緒にいるのが難しい……。」

彼の大きな手が私の手首を優しくつかんだ。

「僕は君を本当に愛している。耐えられなくて怖いくらいに。」

衣の裾が擦れて上がってしまったが、冷たい風に触れる前に温かい体温が包み込み、つま先に力が込められた。

「だからもう目に映すだけでは足りないんだ。」

ゆっくりとした手の動きに比べて、揺れるような瞳の熱があまりに切実で、私はしばらく医者としての本分を忘れ、呼吸を整えるようにと言ったことを後悔した。

「噛まないで……。痛いです。」

「少しだけ……甘すぎてこうなるんだ、ごめん。」

少しも申し訳なさそうではなく、むしろねだるような声で彼が私を宥めながら何度もキスをしてきた。

「目の前にいるのに、髪の毛一本触れられない気持ちがわかる？」

寝返りを打つ私を宥めながら、彼は熱い息を交えて囁いた。

「季節の変わり目の副作用で少し息が苦しいのとは比べ物にならないくらい苦しいよ。」

もし父がエルアンを苦しめたいと思っていたなら、父の行動は何よりも効果的だっただろう。

「それじゃ……。」

私は彼の深い黒い瞳を見つめながら、息を整え、囁いた。

「早く埋めなければいけませんね。」

「それでもゆっくりやらなきゃ。」

低く押し殺した声が私の頬や首筋、肩に降りかかった。

「君の言うことなら全部ちゃんと聞くから。」

体を包み込むゆっくりとした手の動きは優しく、硬い腕が私の腰を抱きしめた。

ぼんやりとした灯りの下で、焦るような彼の瞳が私を突き刺すように見つめていた。

全身に彼の体温が染み込み、無意識に彼の衣の裾やベッドシーツを掴んだまま浅い息をついたときだった。

「リチェ？」

扉をノックする音に、私たちは驚いて息を止めてしまった。

それは叔母の声だ。

「もしかして寝てる？」

私は慌てて窓を開け、絶望的な表情をしているエルアンを送り出した後、身なりを整えてようやくドアを開けた。

「……あ、叔母さん。」

エルアンの目には涙が少し浮かんでいるようだった。

無事に彼が行けたかどうかの心配を後回しにして、私は息を整えた後尋ねた。

「どうしたんですか？」

「どうしてこんなにドアを開けるのが遅いの？顔はなんでそんなに赤くなってるの。」

「あ、えっと……暑くて、その……窓を開けてたら遅くなりました。」

表情を演じる自信はなかったが、暗い明かりの下で……

それが本当に幸いだった。

「外が少し騒がしいけど、大丈夫？」

「え？ あ……まあ、そんな感じですね。」

そのときになって初めて、エルアン以外の感覚がはっきりしてきて、遠くから馬が駆ける音などが聞こえてきた。

「主人に聞いてみたら、今あちこちで正体不明の襲撃が起こっている最中らしい。反乱軍の仕業のようで、ジェイド皇太子が出陣したらしいよ。」

「……え？」

反乱軍はもともと散発的に起きていた。

見るところ、今は突然勢力を拡大し、隣接する領地を急に掌握して反乱軍の領土に編入する段階に入ったようだ。

しかし、何か途中で予想外の事態が発生したのか、私が回帰する前よりもはるかに時期が早まっていた。

もちろんジェイド皇太子がすべて片付けるだろうが、いずれにせよ重要なのは、今皇宮にジェイド皇太子がいないということだ。

皇帝は病床に伏せており政務を執るのが難しいため、事件の全容を解明し処罰を下すのはジェイド皇太子でなければならない。

しかし今、彼が皇宮にいないのか？

このように時間を引き延ばしている間に、ハエルドン皇子が何らかの手を打って、自分だけうまく逃げ出す可能性もあった。

実際、回帰前にも皇太子が反乱軍を根絶する際、ハエルドン皇子は最後まで隠れていたのではないか。

もちろん、ジェイド皇太子が「全員死刑だ」と叫んだおかげで、背後の黒幕が暴かれなかったことも影響していたのだろう。

今は幸いなことにハエルドン皇子がひとまず逮捕されているため、何か手を打つ余地があると言えるだろう。

『結局、私が出るしかないんだな。』

やはりジェイド皇太子にすべてを任せたまま、適切な処罰を待っているだけの運命ではなさそうだった。

自分の意志であれ、他人の意志であれ、敵陣に直接乗り込むことになった以上、どうしても自分の手で決着をつけなければならないようだった。

「セルイヤーズ公爵が騎士団を派遣してくれなかったら、フェレルマン領地も危険だっただろうね。幸いだった。」

「では、叔母さんは私たちの交際をもう許してくれるんですか？」

「いいえ。」

叔母はきっぱりと言った。

「でも、私たちはやっと君に出会ったばかりで、絶対に君を公爵家に送ることなんてできない。私が独り身だという話なんだけど、家族と一緒に楽しく暮らさなきゃいけないでしょ。」

私は叔母と父の会話を思い出し、それが「家族と一緒に楽しく過ごす」ということなのか、一瞬真剣に考えてみた。

とはいえ、まだその話を切り出す段階ではないようだった。

「それで起こしたんですか？他に何か用事はないんですか？」

「本当の用件は別にあるわ。主人がハトを捕まえたの。急いでいるみたいだから起こしたのよ。」

「ああ。」

私は嬉しさを感じながら部屋に駆け込み、机の上にあった羽ペンを急いで手に取った。

「手紙は私に渡して。1階から送ってあげるから。」

「はい、ありがとう。」

急いで書いた短いメモを叔母に渡しながら、私はにっこりと笑った。

「セルイヤーズ公爵城、ディエルに送ってください。」

皇宮に到着すれば、これで私のお願いを聞いてくれたディエルに会えるだろう。

「静かに暮らそうと思ったのに、無理みたいですね。」

ハエルドン皇子がこんな行動をとった以上、どうやら私の聡明さを都の多くの人々の前で示さなければならないようだ。

私に直接手を出したイシドール伯爵は、今セルイヤーズ公爵城に閉じ込められている。

皇子だからといって、できないことはなかった。