あなたの主治医はもう辞めます！【８５話】ネタバレ

イザベルは静かに物思いにふけっていた。

彼女の机の前にはあちこちから来た縁談の手紙が積まれている。

夏期狩り大会1位という名誉を手にしてから、とても遠い所から連絡が来た。

もちろん、彼女は特に息子の結婚に関与する気はない。

「どうせ私の言うことを聞かないし・・・」

別に得たい嫁がいるわけでもないし。

彼女は誠意のない手紙を調べながら、実際は別のことを考えていた。

リチェの成人誕生日パーティーに没頭するために優先順位を後回しにしたが、忘れていない事実。

たった一人の甥の失踪だ。

彼女はロマンやウェデリックに微妙な感情を抱いていた。

それとなくお金を要求したり、領地をきちんと管理できない姿を見ると情けなく思う。

たった一人の血縁にもかかわらず、不思議と情がわかない。

それは理性的な判断というより本能的な拒否感だった。

しかし、頻繁に訪ねてきて安否を尋ね、自分の面倒を見てくれて、幼いエルアンを気遣ってくれたという心理的な借りがある。

遠ざけるべきだという第六感がひらめいた時は、それでも血縁なのに、本当に自分が世間の評価のように血も涙もないのか、自己嫌悪になったりした。

「それでも甥っ子なので、ちょっと手伝わないといけないのかな」

ロマンが西の領地を狂ったようにさまよい、建国祭のためにしばらく自分の領地に戻ったという噂は聞いた。

建国祭に参加する商人たちの物品リストを許可するためには仕方がなかっただろう。

「ところで大きくなったやつが一体どこに行っているんだ？」

リチェの助手もいなくなったというから、もっと気になる。

リチェの助手であるアーロンがいなくなったとき、リチェの代わりにディエルが答えた。

『実は、リチェが助手をたくさん回したので逃げたと思います。薬草の手入れを一日中させておいたので・・・』

イザベルもまた、あの助手が温室あるいは部屋に閉じこもって薬草だけを世話するという話をちらっと聞いたので、最初は軽く見過ごした。

そろそろロマンに安否でも尋ねるべきかと思うと、騎士団と一緒に夜明けの訓練を終えてきたエルアンが現れる。

「お母さん、お話があります」

イザベルの前に座っていた彼の視線が机いっぱいの手紙に届いた。

彼はそのうちの1つを取り上げ、眉をつり上げる。

「まさか・・・また無駄な考えをするのではないでしょうね」

「え？」

「私の結婚は私が決めます」

イザベルは呆れたように舌打ちをした。

「結婚する気はあるの？」

「はい」

エルアンは平然とうなずく。

「したいです」

「本当？もしかして相手がいるの・・・？」

「相手の同意を得たらすぐ申し上げますから、訳もなくインクがもったいないようなごみの書信に返事しないでください」

「なんと、そのかわいそうな相手の同意を得る前なんだ」

イザベルはそうであるかのようにあごをひねった。

「就任式で会ったの？それとも宴会？狩り大会？もともと貴族の令嬢たちと接点が多かったから・・・」

ちゃんとした子が入ってくるのはだめだという口調でイザベルはあまり関心なしに話した。

「でもまさかそれが『申し上げる言葉』じゃないよね？」

「はい、実はウェデリックのために来ました」

「兄」という呼称がなかったので、イザベルは少し緊張した表情で彼を眺める。

「リチェの誕生日も過ぎたので、もう血を見てもいいなと思って」

イザベルの表情はこわばった。

「今、地下牢にいます」

エルアンが一部始終を淡々と説明すると、イザベルの唇が怒りで震え始める。

すべての状況を聞いた後、イザベルは黒い目を光らせながら言った。

「エルアン・イリアード・セルイヤーズ」

彼女は優雅に茶碗をつかんだ。

「あなたはなぜセルイヤーズ公爵家が帝国を支配できなかったのか知っている？」

実際、セルイヤーズ公爵領はかなり広く、裕福だった。

帝国の建国時から開国公神だった彼らがなぜ公爵という地位に満足し、数百年を続けてきたのかを尋ねる質問。

「あなたのお父さん、ケイロンが私にこう言ってくれたのよ」

エルアンは静かに彼女の話を間いた。

「セルイヤーズは天性が冷酷で、聖君になって包容力をもって全帝国を導くだけの人間性にならないと」

イザベルはお茶を一口飲み、ガラガラという音とともに置いた。

「今や彼らは母親の実家の家族ではなく、セルイヤーズの敵よ」

一寸の迷いもない断固たる結論。

「だからお前が勝手に包容力がないように処理しなさい」

数年前、彼女を毒殺しようとした背後が、リチェを害そうとした後の勢力が、息子の体を弱めた犯人が彼女の血肉だったとは。

「しかしロマンはこんな事をするだけの背景も、配布も、能力もない奴なのに・・・」

「それは私も同感です。フェレルマン子爵の娘と関連した何かがあるようですね。詳しいことは私のウェデリックも知らないようでしたが」

エルアンは冷淡に答える。

「私がその娘と何か関係があるわけでもないし、敢えてそこまで暴く必要は感じませんでした」

彼は非常に一貫した人なので、リチェが関わらなければ関心がなかった。

「どうして関係がないの」

イザベルは婚約に関する手紙を衝動的にちらりと見て言った。

「シオニーと私は、あなたたちを婚約させようと契約書まで作成したのに」

「それも一緒に捨ててください」

「でも、あの娘が帰ってきたら、私は他の貴族の令嬢よりは・・・」

イザベルはエルアンの不満の表情を見て、結局言葉じりを濁してしまった。

もちろんエルアンのイライラするという表情には他の理由がある。

彼は本格的に心を告白したので、できるだけ他人の助けはすべて動員してみようかと悩んでいた。

リチェとイザベルの仲が良いので、その事実を利用してみようかとも考えてみた。

しかし、イザベルが彼女を大切にしていることとは別に、平民を一人だけの息子のパートナーと考えるかは未知数だ。

エルアンとイザベルは母子の仲ではあるが、幼い頃から絆があまりなく、帰ってきても仲が良くない。

そのため、イザベルがどの線までリチェを大切にしているのか、エルアンは把握できていなかったのだ。

有名な貴族たちの縁談の書信を見ながらもあきれる感じだったが、フェレルマン子爵の娘まで言及するのを見ると、さらに事がうまくいくまでは隠さなければならないという気持ちが確実になる。

まだリチェの心を得ることができなかったが、イザベルが邪魔をするかもしれないという気もしたし。

かなりリチェを大切にしているように見えたと思ったら、イザベルはなんとなく自分の考えを婚相手として、リチェは最初から考えもしていないことも一役買った。

確かに、彼女も自分を助けてくれたという理由だけでリチェをぞっとさせたので、エルアンがリチェを同じ気持ちで大切にしていると考えることもできた。

イザベルがどれほどリチェを執着するように大切にしたのか、公爵城の人たちはリチェにだけ優しいエルアンを見ながらも「奥様に似ているようだ」と思いながら見過ごすほどだ。

みんなエルアンとイザベルを一緒に束ねて「有能なリチェを執着的に大切にするちょっと変人たち」と思っている。

貴族と平民の身分の差も身分の差だが、他の人には冷たく、リチェにだけ優しい羊のような姿がイザベルと共に絡み合い、男女間の感情という疑いさえ受けることができなかったのだ。

エルアンの固い表情を見て、イザベルは舌を蹴った後、話題を変えた。

「それで、どうするつもり？」

「フェレルマン子爵にも返済の借りがあるようで、しばらく苦しさに身もだえするようにしておこうと思います。おそらく、リチェが助けてくれるように見えました」

「ああ、リチェ・・・」

イザベルはため息をつきながら額をついた。

「あの子が代父の件で気が弱くなったらしいわ。本人は何の関係もないのに・・・」

「もともとそういう人ですから」

「あなたはフェレルマン子爵の娘に興味がなくても、私はシオニーの娘に無関心ではいられない。尋問する時、私が直接参加するわ」

「そうしてください。とにかく、私はこれで失礼します」

エルアンは机の上に積まれている手紙をもう一度不満そうに見て付け加えた。

「建国祭に関連して処理しなければならない書類が多いですね」

「じゃあ、あなたの部屋に持っていく？」

「いいえ」

彼は立ち上がり、大したことはないように話した。

「厨房にちょっと寄ろうかと思います」

厨房の使用人たちがあっという間に非常事態になることを予感し、イザベルは理由も聞かずに行くように手を振った。

そして彼女の弟を思いながら慎重に歯ぎしりする。

亡き夫にそっくりな息子の固い後ろ姿を眺めながら、彼女にできる最高の復讐は，彼女の息子がやりたいように放っておくことだった。

「シオニー・・・」

しかし、彼女が気になることは別にある。

ラベリ島のシオニーは、帝国の社交界に顔を出すやいなや、多くの人々の好感を得た。

無愛想なセイリンさえも親しく過ごすほど魅力溢れる人だ。

最小限の社交活動をしていたイザベルでさえ、賢くて可愛い彼女と良い友逹になった。

イザベルもシオニーの死を考えると、心が痛くなる人の一人。

ところが先日、エルアンからシオニーが娘をセルイヤーズ公爵領に送ったという話を聞いた。

リチェが日記の暗号を解読したのだ。

すべてと言ったが、彼女は全く知らないことだった。

おそらく彼女を信じて娘を送ったが、途中で何かが起こったに違いない。

ところが、ウェデリックとロマンさえもその娘と関連があるとしたら・・・。

「私はあの世であなたの顔をどう見ればいいか・・・」

イザベルはため息をつきながら手に顔をつける。